最新制度解説

特集(制度関連)

9⽉21⽇「世界アルツハイマーデー」に考えたい!

認知症との新しい共生社会で私たちにできること①

2023.09 老施協 MONTHLY

今年は認知症に関する法律が成立。アルツハイマー病の新薬も厚生労働省専門部会の了承を得た。急速に高齢化する日本は今、新しい認知症政策へとかじを切った。認知症ケアに尽力してきた介護事業者が、この機をどう捉えるべきか考える。


公共政策のエキスパート
日本医療政策機構 シニアマネージャー 栗田駿一郎氏

日本医療政策機構 シニアマネージャー

栗田駿一郎

Profile●くりた・しゅんいちろう=早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、東京海上日動火災保険株式会社を経て、非営利・独立・超党派の政策シンクタンク「日本医療政策機構」に参画。早稲田大学大学院政治学研究科修了。現在、東海大学健康学部非常勤講師。公共政策、医療政策に関する講義・講演・執筆も多数している


認知症政策を巡る動きが活発化している現状に迫る

 わが国は’25年にも認知症の人が約700万人まで増えると推計されている。政策の充実が求められる中、今年6月には「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立。8月にはアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が厚生労働省専門部会で了承され、認知症を巡る動きが活発だ。

「〝基本法〟と名の付く法律は、これまでにも「がん対策基本法」(’06年成立)、「循環器病対策基本法」(’18年成立)などがあります。いずれも疾病対策を目的としていますが、認知症基本法は〝共生社会〟というワードが大きな鍵を握っています」と語るのは、国会始め、社会に対して数多く提言を行なってきた「日本医療政策機構」の栗田駿一郎氏。治療薬については「ごく初期の病状が対象の薬で、早期発見と薬価算定の課題を注視すべき。薬のことだけでなく医学的・社会的側面が両輪のように進歩していくのが理想」と指摘する。

 本特集では、認知症基本法で制定された9月21日の「認知症の日」と同日の「世界アルツハイマーデー」を受け、同法のポイントと認知症ケアの現状について触れる。

 前半では今年開催された全国老人福祉施設大会・研究会議(栃木大会)で、優れた認知症ケアの実践報告を行った認知症対応型デイサービス「聖ヨゼフの園」(北九州市)と特別養護老人ホーム「アクティブハートさかど」(水戸市)の取り組みを紹介。後半は栗田氏の解説により、認知症基本法が成立に至った背景や、他の疾病予防政策とは様相が大きく異なる法律内容となったことの意義などについて詳しく話を伺う。

【9月は認知症強化月間】

身近になりつつある認知症を理解して共生するために

「世界アルツハイマーデー」は、1994年9月21日に開催された国際アルツハイマー病協会国際会議において制定されたもので、日本では「認知症の人と家族の会」が中心となり、アルツハイマー病を含めた認知症への理解を社会に広げる活動を行っている。折しも今年成立した「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」でも、9月を「認知症月間」、同21日を「認知症の日」と制定。厚生労働省では認知症の当事者を「希望大使」に任命し、自らの体験を自らの言葉で語ってもらう啓蒙活動をしているという。この9月を機に、認知症を巡るさまざまな活動に目を向けてみよう!

出典:公益社団法人認知症の人と家族の会 世界アルツハイマーデー2023ポスター

調理活動がもたらした“輝き”

社会福祉法人 援助会
認知症対応型デイサービス 聖ヨゼフの園

聖ヨゼフの園
逆瀬川陽祐さん
鷹見台事業部統括 管理者
逆瀬川陽祐さん

養老院を母体に1992年に特別養護老人ホームとして開設され、2017年からデイサービスもスタート。北九州在住で、原則65歳以上の認知症の診断を受けている要支援1〜2、要介護1以上の方を受け入れている。調理活動と野外活動に注力し、地元地域との交流も積極的に行っている。

住所:福岡県北九州市八幡西区鷹見台1-4-17
電話番号:093-603-8222
URL:st-joseph.or.jp/service/day_service.html
定員:12名

役割を任されることで自信に 調理活動によりQOLが向上

 調理活動に注目した取り組みを実施している認知症対応型のデイサービス「聖ヨゼフの園」。毎日の昼食を利用者とスタッフが協力して自炊している。「最初は職員さんが不慣れな調理活動をする不安から反対の声も多かった」と語るのは、管理者の逆瀬川陽祐さん。ただ、スタートしてみると表情が生き生きし、周辺症状が緩和。スタッフも「やって良かった」と思うように。

「『この料理ならこの切り方がいい』とアドバイスをくれる方も多く、回想法でも聞き出せない潜在的な知識や過去を知ることができるいい機会に。また、海外の料理を作る日を設け、世界の料理を一緒に調べることも。調理活動が〝何かに興味を持って行動する〟きっかけになっています」(逆瀬川さん)

 利用者は自宅でも家事を手伝おうとするなど自立心が湧き、QOLが向上したという。その成果の裏には、スタッフの専門性の高い気配りがある。

「作業中はスタッフが必ず付き添うなど安全面を徹底しています。買い物を含め、安全が確保されているからこそできる活動だと思いますが、周辺地域での認知症の理解がもっと深まれば、安心ももっと広がる。認知症基本法にもあるように、地域の皆さんと共に見守れたら。そのためにも職員の相談援助技術などをさらに高めて、情報を発信していきたいと思っています」(逆瀬川さん)

一般的に女性よりレクリエーション参加率が低いと言われる男性も率先して活動。個々の役割が固定されないよう注意しながら、重度の方も献立会議などに参加

POINT1
役割を分けることで、症状に関係なく、全員が参加

調理活動は、7つのパートに分けて担当。1週間を通して一人一人がさまざまは役割を担えるように、毎日全員分の担当パートを記録し、それを確認しながら配置を決定。献立は、基本的には事前に利用者と献立会議を開いて決めているという。買い出しは、コロナ前は全員で行くこともあったが、現在はスタッフと利用者2人が担当。「店内を歩いて目当てのものを見つけることは、認知症の方にとってかなりいい刺激になります。買うものが見つかると達成感も得られます」(逆瀬川さん)

調理活動の役割
  1. 献立決め
  2. 買い出し
  3. 食材の下ごしらえ(切る、ちぎる)
  4. 加熱作業(焼く、煮る等)
  5. 盛り付け
  6. 配膳準備
  7. 片付け(皿洗い)

POINT2
役割を持つことで意欲や対人関係が向上

日常生活を観察して認知症の有無や程度を診断する「N式老年者用精神状態尺度(NMスケール)」では、進行を止めるのが難しいとされる認知症中核症状の数値に変化がなかったが、意欲の指標である「Vitality index」の意思疎通と活動に関して、数値の向上が見られた。実際に、食に対する興味が増したり、自宅でも調理や皿洗いをしたいと思う利用者が増える結果に。「認知症周辺症状により落ち着きのなかった方が穏やかになるなど、目に見える変化も。調理活動で役割を持つことで、やりがいと幸せを感じている方が増えたのだと思います」(逆瀬川さん)

ご家族へのアンケートで調査
※いずれも数値が0.05以下で向上したことを示す

調理活動のデイサービス利用前と、半年後に実施

調査協力:名古屋女子大学 中西康祐准教授 提供:認知症対応型デイサービス 聖ヨゼフの園


見守り支援機器の活用でQOLが向上

社会福祉法人 豊心の会
特別養護老人ホーム アクティブハートさかど

アクティブハートさかど
大関雄志さん
施設長 大関雄志さん

2002年に従来型特養(50床)開設。デイサービス(定員25名)、ショートステイ(同10名)、訪問介護事業、居宅介護支援事業を順次開設。2009年ユニット型特養(30床)増設。「眠りSCAN」は2016年より茨城県ロボット介護機器普及支援事業補助金を活用して導入し、昨年全床配備された。

住所:茨城県水戸市酒門町字西割4390番
電話番号:029-248-5511
URL:ah-sakado.com/
定員:従来型50床、ユニット型30床

認知症ケアの第一歩はいかに良い睡眠に導くか

 認知症と睡眠障害は強く相関するといわれる。アルツハイマー病に関わるとされるアミロイドβタンパク質は、睡眠不足によって脳内に蓄積する。睡眠の質を改善することが認知症の進行や周辺症状の出現を抑える早道となる。

 その意味からも特別養護老人ホーム「アクティブハートさかど」が、全入居者に実施している睡眠時の見守り支援システム「眠りSCAN」を活用した個別ケアへの取り組みは意義深い。

「当施設は入居者80名の約96%に認知症の症状が見られ、うち約65%が見当識障害のある中度以上の方々です。7年ほど前、不眠を訴える入居者の睡眠状態を測るため『眠りSCAN』を導入。以来、科学的な分析を基に入居者らの睡眠状態を把握しながら、個別ケアの質の向上を図ってきました」

 こう語る施設長の大関雄志さんらが昨年行った睡眠データを用いた個別ケア研究も注目だ(下コラム)。施設入所後、環境の変化から不穏な言動が出た80代男性に劇的な改善が見られたという。

「このように認知症の医学研究や介護の実践が進む今、認知症基本法も成立したことで、より多様な認知症施策が展開されることを期待しています。また認知症の方々がその人らしく地域で暮らせるよう、私たちも特養の専門性を生かして社会の理解促進に協力していければと思います」(大関さん)

「眠りSCAN」は入居者の睡眠(青)や覚醒(黄)の状態、心拍数や呼吸数までPC画面上で見える化

POINT1
「眠りSCAN」の活用で生活リズムが安定

ユニットリーダーを務める佐藤里美さんら3名は、昨年入所した87歳男性Aさんに「眠りSCAN」で測定した睡眠データに基づく個別ケアを行った。Aさんはアルツハイマーと脳血管性の混合型認知症と診断されており、「入所後の環境の変化から混乱され、トイレの場所を探すうちに失禁されたことで、精神状態が不安定に。昼夜逆転や暴言などが出始めました」と佐藤さん。夜間はAさんの離床時ではなく覚醒時に訪室して声掛けや排せつ支援を実施。「『眠りSCAN』の通知設定を覚醒時に変えたことで、Aさんが歩き回る前にトイレへの誘導が可能に。排せつ時の混乱や失敗が減ったことで落ち着かれ、日中の活動量も増加。それに伴い夜間の睡眠状況も改善し、生活リズムが安定しました」(佐藤さん)

介護支援専門員兼ユニットリーダー
佐藤里美さん

POINT2
トイレの失敗をなくすことで負のスパイラルから脱出

前出のAさんは居室にポータブルトイレが置かれたことで、施設内のトイレを探し回ることは減った。が、時折ポータブルトイレを使わず、靴も履かないまま廊下に出てくることもあり、ユニット職員らはカンファレンスでAさんの離床時の動線を再確認。「結果、窓側のベッドサイドから起き上がると、反対側にある靴は履けず、ポータブルトイレも視界に入らないため排せつも失敗しがちと判明しました」と佐藤さん。そこでベッドの位置を変え、立ち上がりを一方向からにしたことで靴の履き忘れが減少。その先に置かれたトイレにも気付けるようになったという。

「ベッド配置の見直し後はポータブルトイレの位置もプライバシーや羞恥心に配慮し、ゆっくり排せつできるよう工夫を」(佐藤さん)

構成=及川静/取材・文=菅野美和、玉置晴子