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特集(制度関連)

福祉先進国が考える幸せな社会の作り方 北欧に学ぶQOL

2022.08 老施協 MONTHLY

日本でも「QOL(Quality of Life)」が語られて久しいが、福祉先進国として知られる北欧の各国はどのように捉えているのか。
国連発表による世界幸福度ランキング5年連続1位で、“福祉の国”と言われているフィンランドからの現地リポートを交え、日本との違いや高齢者福祉の特徴、そこから得られるヒントをお届けする。


北欧とは?

ヨーロッパの北部地方を指し、特にデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドは高福祉の国といわれる(これにアイスランドを加えた5カ国が北欧と呼ばれる)。一方、国民が高い税を負担する代わりに、介護や医療、教育などの社会保障サービスが国民に普遍的に提供される国づくりが行われているため、高負担の国ともいわれている。

ノルウェー
自治体によって異なる体制の下、できるだけ自宅での生活を続ける。

デンマーク
スタッフのほとんどが公務員で、高齢者福祉サービスの提供に平等性が高い。

フィンランド
在宅介護を中心とし、家族介護者をサポートする近親者介護サービスがある。

スウェーデン
自治体が実施主体となり、生活のケアを重視した福祉サービスを提供している。


斉藤弥生教授が解説する!
日本と北欧におけるQOLと介護の歴史、考え方 そして未来

QOLとは「Quality of Life」の略で、日本語では「生活の質」と訳される。北欧型福祉国家と言われるデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドでは、要介護高齢者のQOLはどのように考えられているのだろうか。国際比較に詳しい斉藤弥生教授に伺った。

斉藤弥生

Profile●さいとう・やよい=東京生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科教授、放送大学客員教授。学習院大学法学部政治学科卒、スウェーデン国立ルンド大学政治学研究科(行政学修士)、大阪大学学術博士(人間科学)。専門は社会福祉学(比較福祉研究、高齢者介護研究)。日本社会福祉学会・日本地域福祉学会・日本比較政治学会・北ヨーロッパ学会所属

3分で分かる! 北欧型福祉国家の3つの特徴

①高齢者ケアの三原則を基に個別にサポートをする

「人生の継続性」「生活の自己決定」「残存能力の活用」を基本として、個別ケアを実施している。

②介護が文化として生活の中に定着している

利用者と介護者との対等な関係の中で、長い時間をかけて「介護とは何か」がつくられていた。

③現場での介護職員の裁量が日本に比べて大きい

「一緒にコーヒーを飲む」など、利用者が日常的に求めるケアに対応しやすい環境が原点になっている。

利用者と介護者の関係性でつくる個別ケアに立ち返る

北欧ケアの流入が日本のQOL議論の契機に

 QOLとは、人が生活する文化や価値観の中で、幸福や満足を感じているかを示す概念。介護分野ではADLと共にQOL向上を重視し、利用者一人一人がより充実した生活を送れるようにケアをする。斉藤教授によると、要介護者のQOLが日本で議論されるきっかけになったのが、’90年代に北欧の介護が紹介されたこと。まずは介護の歴史からひもといてみよう。

「日本では’60年代に現在のホームヘルプに当たる老人家庭奉仕員制度ができました。しかし救貧的な施策としての側面が強く、利用に当たる制約や、介護は家族が担うものという風潮から普及しませんでした。一方、同じ時期にホームヘルプが始まり、30年ほどかけて介護が生活の一部として定着したのが北欧です。自立心が強く多くの親子は同居をしないため、在宅介護が広く普及しています」

 ’90年代に北欧のケアが日本にも紹介されることになる。措置制度を取っていた当時の日本は、利用者本位の福祉ではなく行政の権限が強かった。「例えばスウェーデンでは当時、地域の中に介護の責任者がいて、サービス提供のリーダーでもあり、職員のことも地域に住んでいる要介護者の様子も把握していました。地域全体が一つのユニットだったんです。認知症の高齢者が介護を受けながら自宅で普通に暮らしている姿が紹介され、日本でも要介護者のQOLが議論されるようになりました」

 そうして日本でも、’00年に「自立支援」「利用者本位」「社会保険方式」を基本的な考え方とする介護保険制度が始まる。今日までにさまざまなサービスが生まれ、北欧から個別ケアの考え方も流入して新型特養も設置。しかし昨今は財源不足や人手不足などから、利用者のQOL向上を考えて介護をすることが難しくなってきていると斉藤教授は危機感を募らせる。

北欧の高齢者介護の原点は「オムソリ」という言葉

「北欧では『人生の継続性』『生活の自己決定』『残存能力の活用』の三原則が高齢者ケアの基本」と斉藤教授。身体機能が低下しても、本人の意思を尊重し、その人らしい生活が送れるよう支援することを大切にする。斉藤教授らの共同研究に興味深い調査結果がある。スウェーデンと日本で“生活の質向上のための援助”として、日常的に行っていることを聞くと、「一緒にお茶やコーヒーを飲む」「散歩に付き添う」「ヘアケア・マニキュア」といった回答が、日本に比べ北欧諸国の方が多かった。

「日本に比べて現場職員の裁量が大きい。日本の介護保険ではサービスとして認められないことも、北欧ではつい最近まで合意があればコーヒーを一緒に飲んだりできるわけです。人によって食事は少なめで良かったり、友人や家族と一緒に食べられれば満足だったり。QOLを考えたとき、求めるもの、幸せに感じるものは個々で異なるからです」と、北欧では生活の質を上げるための日常的な援助行為が、日本よりも多く行われているのだ。

 こうした考え方は、高齢者介護を指す「エルドレオムソリ」というスウェーデン語にも表れている。

「“オムソリ”は、『面倒を見る』『悲しみを共にする』という意味と、『気配り』『心遣い』という意味が含まれます。介護の実働と感情、両方の側面を示しているんです。英語でオムソリは“ケア”と訳されるのですが、オムソリは動物の世話や物の管理、家族による介護には使われない言葉。あくまで外部の介護職と利用者との関係性を示す言葉で、ここに北欧の介護の原点が表れていると思います。QOLを高めるために、介護はサービス提供者と利用者が一緒になって作り上げていくものなんです」

 スウェーデンではホームヘルプが始まった当初、ヘルパーは滞在時間だけが決まっていて、何をするかはヘルパーと利用者がその日に決め、プライベートな時間を過ごすことも多かった。介護職員と利用者は対等な関係であり、その関係性の中で介護がつくられ、「オムソリ」という文化が築かれてきたと斉藤教授は語る。

北欧4カ国における介護サービス利用率の推移
スウェーデン:65歳以上高齢者の介護サービス利用率(1980〜2012年)
フィンランド:65歳以上高齢者の介護サービス利用率(1990〜2011年)
ノルウェー :65歳以上高齢者の介護サービス利用率(1992〜2013年)
デンマーク :65歳以上高齢者の介護サービス利用率(2008〜2013年)
斉藤弥生・石黒暢『市場のなかの北欧諸国と日本の介護』(2018年、大阪大学出版)より引用
生活の質向上のための援助
*️ p<0.05「あなたが日常的に行っている仕事を思い浮かべて下さい。あなたは次のことをどのくらいの頻度で行っていますか」という設問で、表に示す数字は「1日に数回」と「毎日」という回答の比率を合計したものである。(他の回答の選択は、「週に1回」「月に1回」「行っていない」)
注1)「過去1カ月の仕事のなかで、あなたは次に仕事をしましたか」という設問で、表に示す数字は「はい」という回答の比率。(他の回答の選択肢は「いいえ」)
介護の仕事「オムソリ」・「ヴォード」・「サーヴィス」・「ヘルプ」

標準化できないからこそ今、原点に立ち返るべき

 かつて北欧では国の各自治体が一元的にサービスを供給し、介護の担い手は日本でいう公務員だった。しかし’90年代以降は市場化の流れが進み、介護の在り方が変化。民間委託が進む東部(スウェーデン、フィンランド)はそれと共に介護サービスの利用率が低下、一方西部(デンマーク、ノルウェー)は変化が緩やかだ。また、北欧ではICT化が進み、医療と介護との間でデータが共有され効率化も図られている。斉藤教授は「北欧では国民が個人番組を持つという背景はありますが、’90年代から国が基盤整備を進め、国民のリテラシーも高い。日本でも事業所任せにするのではなく公的に行うべきです」とその必要性を訴える。

 一方で、市場化やICT化により介護の標準化が進むことに懸念を示す。スウェーデンでは290の自治体の介護サービスの評価を一覧にし、誰でも閲覧が可能だ。利用者の視点からはとても利便性があるが、「評価をするには標準化が必要になりますが、北欧の介護は個別ケアの視点で行われています。現場の裁量が小さくなる状況で良いのか。それでは介護の担い手のやりがいをそいでしまうという議論が北欧ではされています」と語る。そして「日本では介護の質とは何かの議論がされなくなってきている」と苦言を呈す。

「北欧の介護研究者は“QOLは標準化されるものではない”と言います。オムソリという言葉が表すように、北欧のケアの根底には利用者と提供者が一緒にサービスをつくるという考え方があります。サービスの管理が進んだ今でも、現場職員の裁量は日本よりも大きい。介護は人同士の関係性にあり、利用者が笑顔になるという喜びで介護職員はやりがいを見い出し専門性を高めていくんです」

 標準化が進み過ぎ介護職員のやりがいがそがれると、結果的に介護職員のQOL向上につながらなくなってしまう。「だからこそ、利用者と提供者が一緒につくる介護を、いま一度考えないといけない時期に来ていると思います」と斉藤教授は言葉に力を込める。

「介護サービスは非常に個別性が高いもの。単に消費するものになってしまっては、QOL向上のための良いサービスはできません。そうした個別性に行政は対応しにくく、事業所単位での取り組みに可能性があると思います。北欧でも非営利団体が運営する施設が多いデンマークは介護の営利化にあらがっている。非営利団体の力は大きいんです」と老施協や社会福祉法人へ大きな期待を寄せていた。

 次からは、北欧介護の一例としてフィンランドリポートをお届けする。斉藤教授によると社会保障制度の整備が北欧の中で後発だったため、介護と保育などを統合した資格・ラヒホイタヤなどの新しい試みも見られるとのこと。QOLに対してどう取り組んでいるか、実際の現場を見てみよう。


取材・文=岸上佳緒里


世界一幸せな国フィンランドの福祉とQOL

国連発表の世界幸福度ランキングで5年連続1位の座に就き続ける北欧の国フィンランド。’60~’70年代から高福祉社会を目指してさまざまな制度を整えてきた同国のQOLはどれほど高いのか。高齢者ケアにフォーカスしてみた。

自立心が強い国民性と弱者に寄り添うアプローチ

 フィンランドといえば高福祉社会の国なので、老後も安心というイメージが強い。足腰が弱って一人暮らしがおぼつかなくなったら、すぐに無料の老人ホームに入居できる? いや、そのようなユートピアではない。それに、フィンランドの高齢者たちは住み慣れた家が大好きなので、そう簡単に施設に入ろうとはしない。自立心が強いフィンランド人は老後も自分のペースで暮らしたい。大きな庭付きの戸建ての家に住んでいても、冬の雪かきや掃除が負担になれば小さなアパートに移って、気兼ねのない小さな快適生活を継続する。

 福祉の出番は老化が進んで身体機能が低下したり、事故や病気で日常生活に支障を来したりしたときだ。高齢者本人もしくは身内が自治体に申請して、例えば必要な場所に手すりを付けたり、適切な補助道具を無償で借用したりして自立生活を継続する。外出や食事や入浴なども、もし必要になれば訪問介護を手配する。’70年代に子供の親に対する扶養義務が廃止されたフィンランドでは、子供の介護離職という現象は起こりにくい。親といえども自立心が高い大人同士の関係なので、同居はお互いにしたくないし、介護はプロに任せた方が良好な親子関係を維持しやすい。子供として親にできることは、食事を取ったり、コーヒーを飲んだりなど、可能な限り一緒の時間を過ごしてあげること、たくさん話をして孤独を癒やすことだと考えられている。

 料理ができなくなれば、学校や保育園の給食をタクシーが届け、シャワーやサウナ入浴は訪問介護で、掃除は掃除サービスを雇い、費用は自治体が支払う。以前は介護福祉士が、掃除に散歩、料理までしていたのだが、現行のシステムでは、一人にかける1回の訪問介護の時間は20分程度に決められており、回数は状態によって1日4回程度までと決められている。外での散歩は高齢者サービスの内容から外され、掃除は掃除業者、料理は給食と分業化を進めてしまった。これら全てのサービスのために家政婦のような介護福祉士が通ってきてくれていた過去と比べると、こうした効率化はサービスの劣化と評価されている。さらに福祉医療業界の人手不足は深刻で、担当者がコロコロ代わり、急激に進んだ民営化により入れ代わり立ち代わり通ってくる派遣登録の介護者には任せられないと、近親者介護サービスという制度を利用する人たちも増えてきた。介護を行う家族や近親者には、失業手当とほぼ同額の日本円にして約9万円の手当が月々支払われる。

 長い一人暮らしで孤独が精神状態をむしばんでいる高齢者には、デイサービスで他の高齢者との交流の機会を提供し、自宅で老老介護の夫婦には、介護者が休めるように被介護者用の短期ステイなどの活用が勧められる。こうしてやれるところまでやった後の最後のとりでが老人ホームになる。自分が立って歩いたことも忘れて空中に腰をかけ転倒するなど、自宅介護が危険になった人たちが住む場所なので、アルツハイマー病などの記憶障害者専門の施設が多い。

 施設には、賃貸で部屋を借りて入所、つまりお客さまという扱いになる。一日5回提供される朝ご飯から夜食まで、食費は入所者持ちで、年金から差し引かれる。全てのサービスは利用者の所得や資産の大きさで金額が決まるが、貯金がなく、一切手持ちがない人には無償で最低限の何もかもが提供されるので、老後については「持たない方が得だ」と言われている。その誰にでも起こり得る最悪な状況を想定し、弱者に寄り添うアプローチは社会主義的で、北欧型福祉そのものを体現している。

[1]訪問介護士の仕事には、電子化された銀行や公的機関の手続きの手伝いも含まれる。 [2][4]高齢者施設の様子。社交ダンスはレクリエーションとして人気で、他にもビンゴやカラオケなどさまざまな企画がある。[3][5]街中には、四輪スクーターから歩行器、電動車椅子まで、さまざまなツールで散歩や買い物に出かける高齢者の姿がここあそこに見られる

フィンランドの高齢者福祉の特徴

POINT1 高齢者政策の傾向

基本は自宅で可能な限り訪問介護

フィンランドの高齢者政策は1982年の国連の勧告に基づき、高齢者の経済的自立、自己決定権、社会的な統合と公平さを目標とする。社会福祉と保健のサービスは自治体が執り行い、所得、家族の有無は関係なく誰でも受けられる。高齢者ケアは在宅ケアと施設ケアに大別されるが、近年の政策は、高齢者ができるだけ自宅で暮らせるようにして、老人ホームまたは保健病院などの施設入所を遅らせる傾向がある。

Check

在宅ケアの安全を守るために、多くの自治体がナイトパトロール、緊急ヘルプなどのサービスを行っている。トゥルヴァランネケと呼ばれる緊急用の腕に装着するナースコールのようなボタン付き腕時計が活用されている。

POINT2 サービスの種類

サウナ入浴まで幅広い需要に対応

高齢者は在宅介護サービスを享受し、配膳、除雪、掃除などの補助サービスを受けて自宅で自立した暮らしを営んでいる。配膳はタクシー会社が学校給食を届けたり、郵便局が料理を電子レンジで温めて提供するなど、近年では需要に応じてさまざまな民間セクターが参入している。「高齢者の敵は孤独」ともいわれており、社交の場が必要な高齢者用に、ビンゴやダンスが楽しめるデイケアセンターの活動も活発だ。

Check

フィンランドの高齢者は週一度のサウナ入浴でしっかり汚れを落とし、毎日の入浴はシャワーなどで簡潔に済ませる人が多い。QOLを高めるサウナ入浴サービスは、自宅もしくは、送迎タクシーで最寄りの施設に通う。

POINT3 医療と福祉の連携

背番号と電子化で効率化を推進

フィンランドで福祉サービスを受けるためには、ソーシャルセキュリティーナンバーとフィンランド国内の銀行口座が必要となっている。さらに今、国が膨大な予算を割き、社会福祉保健省が推進しているのが、手続きの電子効率化である。入所先の施設で期限切れになった処方箋の更新や、各種疾患や障害の診断書などを、入所者に代わって職員がパソコンで対応。薬局から正しい薬を手に入れ処置をする連携プレーで、素早い対応が可能になっている。

銀行口座を経由して個人を特定する

Check

福祉施設と医療機関の連携で被介護者の個人情報のやりとりがなされる場合には、本人および代理人の承認が必要だ。コロナ禍の後押しもあって、診察も、医師と施設の職員と被介護者でオンラインで済まされる機会が増えた。

POINT4 高齢者ケアの方針とQOL

高齢者の意思を自己決定権で尊重

フィンランドの高齢者ケアを語るとき、被介護者の「自己決定権」という言葉が欠かせない。入浴がおっくう、あるいは怖い、精神状態が食欲に影響するなど、被介護者の意思を尊重し、QOLを守ることが重要視される。老人ホームでは、糖尿病でも高血圧でもコーヒーとシナモンロールは我慢せず、投薬で解決する。歯が弱ければシナモンロールをちぎってコーヒーでふやかして食べる。入所者はお客さまなので、健康維持よりQOLが重視されるのだ。

ケアのポイントはきちんと向き合うこと ⒸEsperi

Check

被介護者の自己決定権により、入浴を拒否するため衛生状態が悪化したなど、弊害が大きい場合には、介護者の判断も重視される。財産管理も、代理人を立てて被介護者が判断能力の欠如から損害を被らないように守る。

POINT5 高齢者施設の立ち位置

最後のとりでの老人ホーム

「可能な限り自宅で暮らすことが良い」という考え方が一般的なフィンランドでは、被介護者が高齢者施設に移るのは24時間のケアが必要となったときだ。本人の申請に基づき、在宅介護の責任者、保健センターの医師、老人ホームの責任者と社会福祉庁の責任者などが本人と家族と共に協議して決める。サービス付き住宅は高齢者向きに造られたバリアフリーの住宅で、ホームヘルプのサービスを必要に応じて契約する。

アットホームな高齢者施設。個室は自宅から家具を持ち込み好みのインテリアを再現し、テラスや暖炉が癒やしの共同スペースも豊富

Check

一日のプログラムは、朝8時以降、起床、朝の支度と朝ご飯から始まり、昼食、おやつ、夕食に夜食と、食事は血糖値を考慮して一日5回提供される。午後は外出と入浴、広間でテレビを見ることや日光浴も楽しみの一つだ。


福祉従事者の働き方とこれからのヒント

近年日本に高齢化率世界一を譲り、4位に落ち着いたフィンランド。厳しい高齢化が進む福祉先進国で福祉職に就く靴家さちこ氏が、同国の福祉従事者の働き方に迫りつつ、日本も見習うべきポイントを紹介する。

福祉医療業界の人手不足と手厚い就職支援が特徴

 北欧フィンランドという福祉立国で働く福祉従事者なら、高待遇で仕事環境にも恵まれていると思われるかもしれない。’17年から成人教育施設のラヒホイタヤ(フィンランド語でそばでお世話する人という意味の総合福祉基礎資格)育成コースに通い、’19年から保育園、’20年から自閉症障害者ホームで働いている筆者もその従事者の一人だ。ラヒホイタヤ資格は、中卒なら誰でもいつからでも学ぶことができ、保育や障害者、高齢者ケアからフットケアに歯科衛生までと多くの分野を網羅している。学費は無料、低所得者であれば失業手当や住居手当も支給される。それらの支援は、卒業し無事就職した暁にはたっぷり納税しようと胸が熱くなるほど手厚い。

 ところがいざ働くとなると、給料も平均月額2200ユーロ(約29万円)、手取りで1700ユーロ(約23万円)ほどと、一般企業の社員と比べると平均300ユーロ(約4万円)ほど低い。物価も税金も高いこの国で生活を支えるために、高い手当の付く休日や夜の出勤を多く希望したり、職場を2カ所掛け持ちしたりする人もいる。福祉医療業界は人手不足なので、 社会から必要とされる仕事を率先して受けて立つという意味では尊敬される職種ではあるが、職業訓練校にしか行けなかった低学歴、低所得者というレッテルもある。

他分野で活用できる資格で働き手を積極的にサポート

 フィンランドの福祉従事者の働き方の良い面は、いったんラヒホイタヤ資格を手に入れると就職先には困らないことだ。待遇も就業年数によって決まっているので、やる気の搾取がされにくい。無理なことは無理とハッキリ断って自分を大切にすることは、自己管理の一つと考えられている。さらに、多分野に就くことができる基礎資格であるため、つぶしが利く。例えば、初めは保育士として保育園で働き、次は障害者施設、高齢者施設と、他分野にも共通する知識を武器に新しい分野への転職もスムーズだ。このような地に足が着いた選択を重ねた結果、高齢者サービスには、特におじいちゃんおばあちゃんが好きだという純粋な理由で従事している人が多い。

 また、福祉従事者にはスペインやイラン、タイやエストニアなどといった国出身の外国人も多い。低い語学力が原因で業務ミスが起きることもあり、人種差別のリスクとも隣り合わせでもある。その一方、海外旅行に行けない高齢者の中には、外国人介護士にケアされながら異文化交流を楽しんでいる人もいる。また外国人が話す短く簡潔なフレーズや大ぶりなジェスチャーの方が、認知症の人には聞き取りやすく、コミュニケーションしやすいこともある。国際的な職場環境は、フィンランド人の職員にとっても外国人と共に働くことで異文化への視野を広げる好機にもなる。さらに北欧らしい平等を好む国民性が背景にあるので、フィンランド人も外国人も、職員も被介護者も、無駄に堅苦しい上下関係をつくらず、気さくで対等なコミュニケーションで結ばれている。このダイバーシティーと寛容さこそ幸福度が高い国ならではの特色と言っても過言ではない。

私立の老人ホームや公の訪問介護サービス、重度の被介護者のための施設など、さまざまな場所で働く従業員と被介護者。気さくで対等な関係性が垣間見える City of Helsinki & ⒸEsperi ⒸEsperi

ライター

靴家さちこ

profile●くつけ・さちこ=1974年5月3日生まれ。青山学院大学文学部を卒業後、米国系企業、NOKIA JAPANを経て、2004年よりフィンランドへ。以降、社会福祉、育児、教育、デザインを中心に、フィンランドのライフスタイル全般に関して、取材、執筆活動を続ける


構成=アクセスインターナショナル/取材・文=靴家さちこ