最新制度解説

特集(制度関連)

義務化まで残り約7カ月!もしものときも業務を止めないための「介護施設BCP策定」ガイド

2023.08 老施協 MONTHLY

「令和3年度介護報酬改定」で、全ての介護サービス事業者に策定が義務付けられたBCP(業務継続計画)。義務化までの経過措置期間は2024年3月末で終了する。これから策定作業をするという施設も焦ることなかれ。策定のポイントや見落としがちな点をチェックしよう。


リスクマネジメントのプロフェッショナル
本田茂樹 氏

ミネルヴァベリタス株式会社 顧問

本田茂樹

Profile●ほんだ・しげき=医療・介護分野を中心に、リスクマネジメントおよび危機管理に関するコンサルティングを行うと同時に、執筆、講演活動も行っている。これまでに信州大学特任教授なども務めた。近著は「介護施設・事業所のためのBCP策定・見直しガイド」(社会保険研究所)など


地域に不可欠な特養だからBCPという仕組みが必要

 このほど介護サービス事業者にBCP(Business Continuity Plan:業務継続計画)の策定が義務化された背景には、感染症や災害発生などの非常時でも、事業者が介護サービス提供を継続することで利用者の生命と安全を守る、という大きな目的がある。令和3年度(’21年)改定の施設運営基準でも、BCP策定は研修・訓練と併せて実施徹底を求められることとなった。

 過去3年の感染症対応を含め、これまでも介護施設は非常時に入居者や利用者、地域のために業務継続の努力を続けてきた。では、なぜ今、改めてBCPの運用が求められるのか。医療・介護分野の危機管理を専門に研究や講演活動を行う本田茂樹氏は次のように指摘する。

「これまでは、地域に不可欠な介護サービスを提供する特養職員の高い職業意識と献身的な努力によって、事業の継続が可能となっていた面が多分にあったはずです。しかし、これからは職員の過重労働やメンタルヘルス対応への適切な措置を講じることが施設経営者の重要な責務になります。労働契約法第5条(使用者の安全配慮義務)の観点からも、職員の健康と安全を確保することで初めて施設利用者の安全が保たれ、地域にも貢献することができる。そのためにも旧来の気合や根性論でなく、たとえ新人職員しか被災現場にいなかったとしても重要業務を継続できるよう、実用性の高いBCPという“仕組み”を構築していくことが急務なのです」

POINT1
「介護 BCP 厚生労働省」で検索して、公式サイトで資料を入手しよう

まずは厚生労働省のサイトで、感染症と自然災害それぞれのガイドラインをダウンロード(下記写真の赤線部分)。その後、例示入りの「ひな形」(緑線部分)もダウンロードしよう。

出典:厚⽣労働省ホームページ

POINT2
例示が入った「ひな形」を活用する

例示の黒字は内容を確認し、必要があれば修正、追加、削除を。青字は手順やヒントなので、それに従い、補足、様式資料を作成。赤字は自施設の実態に合わせて修正しよう。

出典:厚⽣労働省「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成⽀援に関する研修」

BCPとは育てていくもの
最初から完璧を求めない!

 BCP作成時には、上下図の感染症と自然災害フローチャートを参考に、必要な情報を集めていこう。ただし、リスクの洗い出しなど、冒頭で停滞していたら要注意。「全体の流れを理解し、やりやすい項目から始める“着眼大局・着手小局”がコツ。既に感染症対策の備品リストがあれば、それをBCPに落とし込むことから始めてみては。完璧を目指さず、できることからスタートし、PDCAサイクル(※)に沿って見直しながら計画を育てましょう」と本田氏。
※PDCAサイクル:Plan(計画)→Do(実践)→Check(評価)→Act(改善)

 また、各施設に既にある防災計画とBCPの役割の違いについても本田氏は注意を促す。「防災計画は施設の経営資源を守るためにあり、一方のBCPは資源が欠けた場合の代替戦略。この二段構えで緊急時でも①重要業務を中断させない、②万が一、中断しても短時間で復旧させる仕組みが機能すると認識していただきたいです」

 本田氏には、最後にBCPの見落としがちなポイントを解説していただく。さらに次項では台風水害時に迅速に全員避難を成功させた特養の事例を紹介する。

[新型コロナウイルス感染(疑い)者発⽣時のフローチャート]
厚⽣労働省「新型コロナウイルス感染症発⽣時の業務継続ガイドライン」P10より作成
[自然災害(地震・水害など)BCPのフローチャート]
厚生労働省「自然災害発生時の業務継続ガイドライン」P8より作成

経験から学ぶ!
水害時の対策

台風被害を乗り越え生命を守る施設造りを

 ’19年10月、台風19号の上陸で施設が水没する被害に遭った埼玉の特別養護老人ホーム「川越キングス・ガーデン」。ハザードマップが作られる以前に開業した施設で、’99年も大雨被害に遭っている。その後、平屋施設A・B棟より高台に避難用の2階建てC棟を増築。大雨時の行動マニュアルを策定し、避難訓練も行ってきた。

 そのかいあって台風被害では、100人の入居者らと職員24人が深夜の約3時間でC棟2階への垂直避難を完了。1階は水没し一時的に孤立するも、翌朝には全員が救出された。当時の様子を施設長の渡邉圭司さんが振り返る。

「夜間に台風通過という予報を受けて、通常時の夜勤職員4名、宿直1名の5人から、19名を緊急参集して24人に増員。施設長の私と副施設長も泊まり込んで、不測の事態に備えました。寝たきりや車椅子、認知症の方々も多い100人もの入居者を避難させるタイミングを見極めるのは非常に難しいもの。それでも転倒事故も起こさずに垂直避難ができたのは、職員のマンパワーと入居者らへのていねいな対応があったからです」

 被災から約2年、特例的な仮設福祉住宅での特養運営を経て、昨年より同市内の移転先で新施設をオープンしたばかり。現在、被災経験からの学びを生かしたBCP策定に取り組んでいるという。


社会福祉法人 キングス・ガーデン埼玉
特別養護老人ホーム 川越キングス・ガーデン
施設長 渡邉圭司さん

住所:埼玉県川越市天沼新田247-2
電話番号:049-232-5155
URL:kawagoekg.or.jp/
定員:多床室80名、ショートステイ20名

2022年に新設移転した定員80名の特養。ショートステイ20名、デイサービス25名。1階には天井吹き抜けの広いデイルームを造り、普段はデイサービスや食堂として使用。災害時は被災者の受け入れスペースにするという。訪問介護や居宅介護支援、地域包括支援センターも併設し、地域の高齢者を総合的に支える拠点となっている。

CASE1
嵐が来る前に備えは万全に
避難開始の目安も決めておく

台風上陸前、渡邉さんは職員の確保のほか、高台のC棟へ避難する場合に運ぶ必要物資を準備。施設公用車なども、近隣の公共施設や会社の駐車場を借りて移動させたという。「また過去の浸水被害から、施設正面玄関前の階段が5段目まで浸水したら避難開始の目安としていました。副施設長が30分置きに水位を観察してくれたので逃げ遅れずに済みました」(渡邉さん)

CASE2
地域との結び付きを強め、連携体制を構築しておく

施設内の垂直避難で災害を乗り切れる場合は、施設長のリーダーシップで入居者や職員の動きを管理できる。だが、いざ施設外への水平避難となると、他の介護・医療施設からの応援スタッフらとのやりとりで混乱を来すことも。「皆さん善意で被災者に手を差し伸べてくださるのですが、それぞれの組織のやり方を主張され、混乱気味に(苦笑)。BCPでも他施設との連携は重要項目です。平常時から近隣施設との結び付きを強めることで、災害時の連携体制も機能しやすくなるのでは。うちの施設も被災時にお世話になった施設の皆さんと、これからもうまく連携していけたらと考えています」(渡邉さん)

CASE3
避難所に向かうときはマットレス持参が理想だが…

消防や警察の救助隊のボートで助けられた際、渡邉さんらは入居者が避難所で使うマットレスも運び出してもらいたいとお願いした。それは要介護者を避難所の床にじかに寝かせるわけにはいかないからだ。だが、救助隊は人命救助が優先ということで断られてしまった。「そのとき、偶然にもラフティング協会のボランティアがボート持参で駆け付けてくれて、入居者らのマットレスを避難所に運び込めましたが、毎回ボランティア頼りというわけにもいきません」と渡邉さん。水平避難する際、入居者が避難所の硬い床で寝起きして褥瘡ができたりしないよう、マットレスも持参できる体制作りが課題と言えそうだ。


要確認!
見落としがちなチェック項目

平常時に行った準備はもしものときに裏切らない

 介護サービスを中断させないためには、職員・建物・ライフラインなどの経営資源を守り、その上で欠けた経営資源があれば代替策を講じて速やかに復旧を図らねばならない。前述した「防災とBCPの二段構え」について、見落としがちな点を本田氏に詳しく聞いた。

「まず、災害の種類によって経営資源の守り方が違ってくるので、それぞれ事前に必要な準備内容をリストアップしておきましょう。感染症は新型コロナ対策に限定せず、今後も未知のウイルス発生はあり得るという想定で進めた方がいい。地震なら建物の耐震補強工事や家具などの固定。水害ならハザードマップで自施設の浸水の可能性を確認。建物周辺の側溝や排水溝を点検し、止水板や土のうを準備。避難ルート選びも重要で、施設内での垂直避難か、施設から逃れる水平避難かで準備内容も違ってきます。ちなみに法人内に居宅介護支援事業所やヘルパーステーションを併設している場合、ハザードマップで職員が訪問する利用者宅の浸水や土砂崩れリスクも把握しておくべきです。また、BCPで絶対に押さえてほしい最重要の原則は、非常時に職員が生き残ること。何度も言いますが、職員が無事であればこそ、介護サービスが継続できるからです」

 こうした準備をしても、資源が足りない状況ではどうすべきか。

「介護サービスの中核となる利用者の生命と健康を守るための“重要業務”を決めましょう。食事・排泄・与薬・医療的ケアを最優先にして、入浴や清掃、シーツ交換は頻度を減らすか、やらないかを決める感じです。BCPでは“できることorできないこと”でなく、“やることorやらないこと”で判断し、当事者全員の生命を守るための優先順位をつけることが重要です。平常時からの準備は、いざというときに裏切りませんから、ぜひ頑張ってください」(本田氏)

CASE1
職員の自宅から施設までの経路も可視化して確認

災害時、職員は実際どれくらい集まれるのか。また職員の通勤経路のリスク要因を把握しておくことは、実行性の高いBCPを策定する上で重要だ。上記の渡邉さんの施設では全職員を対象に通勤経路の災害リスクを可視化し、感染症発生や自然災害時にどういう働き方を望んでいるのかを聞き取るアンケートを実施したという。「これはBCPの研修で勧められた調査ですが、実施したことで職員らの実態に即した計画作りができそうです。ちなみに私の自宅は施設から15kmほど離れていて、2つの河川を渡るので氾濫したら出勤が難しい。その場合は徒歩30分で施設に来られる副施設長に指揮を執ってもらうことにしています」

CASE2
介護保険の加算算定が同じ程度の施設と連携しておく

施設の水没被害で川越キングス・ガーデンでの暮らしを失った入居者らは、最終的に川越市内外の35施設に分散して仮入所することに。そこで問題になったのは、受け入れ先がユニット型特養などであったこと。多床室メインの従来型特養であった同施設とは入居者の月額利用料も、介護保険に算定する加算にも差が出てしまった。「この件を川越市に相談したところ補正予算を組んでくださり、差額を負担してもらえたのです」と感謝する前出の渡邉さん。今後の自然災害時にも水平避難の際は同じことが起こり得るため、「自施設と同じ程度の加算を取っている施設と、平常時から助け合う受け入れ協定を結ぶとよいと思います」

CASE3
ベッドや車椅子の移送はエレベーターが動くうちに!

川越キングス・ガーデンでは浸水の兆候を捉えると、寝たきりや歩行困難な入居者をベッドや車椅子のまま避難用の建物に移送。「その後、避難先の1階が浸水すると停電してエレベーターが停止。1階で待機していた一部入居者を4〜5人の職員が毛布や担架を作って抱え、階段で2階に運ぶことに。これは相当な重労働で、エレベーターで運ぶべき人や物は早めに確認し移送すべきだったと痛感しています」(渡邉さん)

CASE4
自家発電機の使用方法は平常時から職員全員で共有

「最近は災害停電時の電源に利用できるからと、送迎車などを全部EV車にしたという施設も。それでも結局、平常時からの満タン充電をキープし、車が水没しない場所を確保しておかないと、いざというときに役に立ちません」と本田氏。ほとんどの施設で設備してある自家発電機についても「施設管理者だけが取り扱えても不十分。やはり平常時から、訓練を通して全職員で使用法を共有して備えておくべきでしょう」


構成=及川静/取材・⽂=菅野美和