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特集(制度関連)

日々のケアがそのまま予防に!? ⾝体ケアや⾷事でクリア!⼊居者の夏バテ予防必勝法

2023.07 老施協 MONTHLY

夏バテは、高温多湿な夏場の暑さから自律神経の働きが乱れるなどして起こる体調不良の総称。高齢者は重症化しやすく、熱中症や持病の悪化につながることも。では、施設入居者にとっての夏バテ症状とは何か。その特徴と予防策を考える。


夏でも入居者は冷えている!? 施設特有の夏バテ対策に迫る

 夏バテに科学的な定義はないものの、一般的には暑気あたりや室内外の温度差から自律神経のバランスが崩れ、全身のダルさや疲労感、食欲不振といった症状が起こるとされる。小まめな水分補給と栄養価の高い食事、十分に睡眠を取ることが三大対策として知られるが、実は運動も夏バテ対策には欠かせない要素といえる。

「実際、高齢者でも運動習慣がある人は夏バテしにくい傾向にあります」と話すのは、老年体力学研究の第一人者である筑波大学の大藏倫博教授。ストレッチ体操など軽めの運動でも日常的に続けている人は、発汗能力が衰えにくく、夏の暑さに体が適応する“暑熱順化”しやすいと考えられる。逆に発汗による体温調節機能が衰え、体内に熱がこもりやすくなることで熱中症のリスクは高まる。

「ただ、年間を通して空調が管理されている施設では、熱中症になる入居者は多くないでしょう。むしろ冷房による“体の冷え”が、夏バテの原因になり得ると考えられます。そういう意味でも、施設入居者には暑さ対策に併せて冷えにも負けない体づくりが必要で、身体状況に応じた体操などを日常生活に取り入れていくことをオススメします」と大藏氏は語る。

 本特集では特養における夏バテ対策を下記の4つのポイントから考察。まずは運動と睡眠について、前出の大藏氏と理学療法士でもある寺岡かおり氏に具体策を解説していただく。栄養と水分補給は、入居者の食事の経口摂取化に取り組む地域密着型特別養護老人ホーム「五本松の家」の実践例から対策のヒントを学んでいく。


健康増進学&老年体力学のプロフェッショナル
筑波大学 体育系 教授 大藏倫博氏

筑波大学 体育系 教授

大藏倫博

Profile●おおくら・ともひろ=筑波大学体育系教授・高細精医療イノベーション研究コア長。2000年、筑波大学にて博士号を取得後、国立長寿医療研究センター研究員を経て、2020年より現職。高齢者の転倒と認知症予防のための脳アクティベーション運動「マットス」の開発も(https://mattoss.org/)

地域理学療法学のプロフェッショナル

日本保健医療大学 理学療法学科 講師

寺岡かおり

Profile●てらおか・かおり=理学療法士。2019年、順天堂大学大学院にてスポーツ健康科学修士号取得後、筑波大学大学院にて高齢者の体力についての研究を深め、2023年、公衆衛生学博士号を取得。同年、日本老年医学会にて、優秀論文賞を受賞(「COVID-19流行下の高齢者の体力の変化」)


特別養護老人ホームでの基本的な夏バテ対策

1 室内外の温度差に負けない身体ケア

夏は室内外の激しい温度差に自律神経のバランスが崩れがち。重介護度の入居者でも楽しめる“呼吸筋”を意識した簡単ストレッチで、心身の不調を改善しよう!

2 元気に夏を過ごすための栄養補給

嚥下が困難でも、口から食べる楽しみを! 経管栄養から経口摂取移行への取り組みや、入居者が「食べたい」と感じる嚥下調整食を紹介。食欲がない入居者への対応にも注目。

3 嚥下しやすく工夫する水分補給

油断するとたやすく脱水症になりやすい高齢者。水分を取りたがらない、お茶を飲むとむせてしまう…そんな入居者が積極的に摂取したがるようになったものとは?

4 快適な睡眠&室内環境

さまざまな心身の事情から不眠に悩む入居者は多い。介護職員にも夜間介助の際に参考にしてほしい、入居者の安眠につながるメンタルヘルス対応やリラックス法を紹介。


CARE1
健やかな心と体をつくる身体ケア

入居者の心身の健康増進 カギになるのは“呼吸筋”

 特養には車椅子利用者や寝たきり、認知症の方々が多く入居している。いずれも日中は座位や臥位といった同じ姿勢で過ごしがちで、息が弾むほど体を動かすことも難しい。こうした場合、どのような運動なら夏バテ対策として効果的か。大藏氏は「まず、ご本人がストレスを感じない、心地よく行える軽めの運動を実践してもらうことが大事。いずれの方々も呼吸筋を刺激するストレッチやマッサージをぜひ試していただきたい」と語る。なぜ“呼吸筋”がカギとなるのか。日本保健医療大学で理学療法学科の講師を務める寺岡氏は、次のように解説する。

「高齢になると肺が加齢性変化を起こして呼吸筋が衰え、肺活量も低下してきます。呼吸機能が衰えると呼吸が浅くなり自律神経も乱れてくるので、気分も落ち込み気味に。さらに肺の加齢性変化が進むと体に酸素が十分に取り込めなくなり、運動や日常生活動作(ADL)を続ける能力である全身持久力や筋力も低下。それらの影響から認知症の進行が起こりやすいとも言われています。入居者の方々が現在どのような身体状況であっても、胸郭を広げるストレッチや呼吸が楽になる呼吸筋マッサージを行うことで、心身の不調が少しずつ改善されていくと思います」

 また、入居者にストレッチ指導やマッサージをする際、「室温を下げ過ぎないこと。基本は25〜26℃を目安に」と寺岡氏は注意を促す。慢性的に手足が冷えている高齢者には、足浴をして血行促進してからリハビリ指導をすることもあるそう。大藏氏も「涼し過ぎる環境下だと筋肉や関節がこわばってけがの原因になる」とも。

「呼吸筋ストレッチは介護度が重い方々にも運動する気持ち良さを感じてもらえる運動法。夏バテ対策としてだけでなく、継続的に心身の健康増進を図ってもらえたらと思います」(大藏氏)

心地よく生活できる体をつくるために
まずは呼吸筋まわりをほぐす

呼吸筋は呼吸を行う筋肉の総称で、横隔膜や肋間筋、胸鎖乳突筋が代表的。「背骨が大きく前傾した円背の状態にある入居者に対しても、呼吸筋マッサージは有効」と寺岡氏。円背になると肺や胃が圧迫され、息苦しく食欲も落ちる。頭を支える首も伸びた状態で水分や食べ物を飲み込みづらく、痰も出しにくいことから誤嚥性肺炎のリスクも。「胸郭を広げて背中を反るストレッチと併せて、胸鎖乳突筋や肋間筋をほぐすとリラックス効果抜群です」(寺岡氏)

寝たきりの方はマッサージ、
認知症の方は遊びで柔軟を!

「ずっとあおむけで寝ている方は、後頭部から背中、腰にかけて筋肉が硬直しがち。横向きの側臥位になってもらい、首の後ろから背中をマッサージするだけでも呼吸がしやすくなります」と寺岡氏。一方、認知症の方は運動する意味を理解できない場合があるので工夫が必要だ。「高所に向けて輪投げをしてもらったり、バランスボールを転がしたり、パスし合ったり、一緒に遊びながら自然とストレッチできるような機会をつくりましょう」(寺岡氏)

車椅子の方は座ったままで肩甲骨や胸郭をストレッチ!

座位で行えるストレッチを紹介。「高齢者は肩甲骨や脇腹まわりの筋肉が硬くなっていることも。ひねりや側屈など、普段の生活動作ではやらない動きをしてみましょう」(寺岡氏)。その他、太ももなどの下肢筋肉を鍛えると筋肉の血液量が増え、脱水症にかかりにくくなるそう。「日常的に椅子からの立ち上がりや膝伸ばしを各10回×1〜3セット行っておくと、暑さに強い体づくりに役立ちます」(寺岡氏)

胸郭のストレッチ①
背骨を回旋させるイメージで、体幹を左右にひねる
胸郭のストレッチ②
側屈も胸郭の柔軟性アップに役立つストレッチ

CARE2
暑さに負けない体をつくる栄養補給

入居者の「食べたい」を大事に おいしく安全な食事作りを

 摂食・嚥下機能や認知機能が低下し、食事の経口摂取が難しい入居者が少なくない特養では、夏バテなどの体調変化に応じた丁寧な栄養ケアが必要になってくる。

 広島県福山市の地域密着型特別養護老人ホーム「五本松の家」は、入居者の「口から食べたい」という思いに応えるべく、経管栄養から経口摂取への移行に熱心に取り組んでいる(詳細は下記コラムを参照)。同事業のメンバーである看護師の森川恵理子さんと管理栄養士の新山由加理さんは、施設各ユニットの介護職員と連携して、全入居者の栄養補給と水分補給状況をマネジメントしている。

「夏場は体温調節機能が低下した寝たきりの方の体温管理に気を使いますね。他の入居者さんも一日3回の検温と食事・水分摂取量の記録を確認して体調の変化を把握。介護職員から『少し食欲がないみたい』『いつもより活気がない』といった報告があった方は、必要に応じて提携病院の医師やご家族に相談します」(森川さん)

 食事は、右写真のように入居者の嚥下状態によって普通食と嚥下調整食(ソフト食)に作り分けしているという。「口から食べることはADL改善にもつながります。嚥下に困難があっても、“食べたい”と感じる料理をおいしく安全に食べていただける食事作りを心がけています」(新山さん)

ちらしずしは入居者にも大人気。左は普通食、中央はムース状にした嚥下調整食。「ソフト食でも普通食との差を感じさせないよう盛り付けを工夫しています」(新山さん)。右もソフト食の煮物。野菜の肉巻きや市松模様のおかずが目にも鮮やか。

社会福祉法人 祥和会
地域密着型特別養護老人ホーム

五本松の家

住所:広島県福山市多治米町六丁目14番26号
電話番号:084-999-6321(代表)
URL:https://5pines.jp/
定員:個室 29室、ショートステイ個室 20室

2017年6月開所。入居者の多くは80代で平均介護度4.2。地域の介護拠点としての役割を担い、施設内に広島県初の「暮らしの保健室ふくまち」を設置。介護や健康相談だけでなく、地域交流スペースとしてイベントなども開催している。

まずは食べる楽しさを生む“経口摂取獲得”に励む

近年、国は高齢者の嚥下機能が衰えても口から食べる楽しみを得られるよう、栄養ケア・マネジメントに基づく食支援の充実を求めている。「五本松の家」では胃ろうなどで経管栄養を行っていた入居者4名に対し、歯科医院と連携して嚥下評価を実施。多職種のチームケアにより全員の経口摂取が可能となった。「脳卒中後遺症や認知症で誤嚥リスクが高いと診断され、経管栄養の処置がとられていた方々です。しかし、ケアをしている介護職員が、ご本人が『食べたそうにしている』と気付いたことを機に、ご家族とも話し合いを重ね、多職種が関わりながら“口から食べることを諦めない”支援を続けてきました」(森川さん)

看護師
森川恵理子 さん

食欲がないときは入居者を支える一員であるご家族に協力を仰ぐ

同施設では真夏よりも5月や10月の季節の変わり目に体調を崩す入居者が多いという。「発熱で食欲が落ちているときは、ご家族に本人好みの経口補水液やジュース、おかしなどを買ってきていただくこともあります。施設でも電解質飲料などを用意していますが、ご家族からの差し入れはやはりうれしいようです。昼食は残されたのに、差し入れのお好きな和菓子は完食(笑)。ご家族の協力が得られることもありがたいです!」(新山さん)

管理栄養士
新山由加理 さん

夏場は麺類が人気! そうめん流しは人気イベント

月1回、各ユニットの担当職員が入居者から聞き取った食べたい献立アンケートが新山さんに提出され、夏は人気のそうめんや冷やし中華などが献立に。炭水化物過多になりがちだが、「タンパク質やビタミン・ミネラルのバランスを考えながら、できるだけリクエストを反映した献立にしています。コロナ禍で延期していた人気のそうめん流しも、今年の夏はできたらいいなと思っています」(新山さん)


CARE3
体内水分量を保つための水分補給

“隠れ脱水”にご用心! 水分を優先した声掛けを

 加齢とともに体内の水分量は減るが、高齢者は喉の渇きを感じる口渇中枢が衰えることもあり水分摂取が遅れがち。だが、体内の1〜2%水分が失われると、脱水症になる手前の“隠れ脱水”状態に!

「水分不足が続けば、夏場は屋内にいても脱水からの熱中症リスクが高まります。トイレが近くなることを気にされて水分摂取を控える入居者さんは多いですが、職員は何より“水分優先”で声掛けし、食欲が落ちているときでも、水分だけはしっかり取っていただくようにしています」と、「五本松の家」の看護師・森川さん。同施設が実践している入居者の脱水予防のコツを下にまとめた。

普段のほうじ茶をゼリーにするなど水分を摂取しやすくチェンジ

入居者の水分摂取量は1日1500mlを目標にしているという。「これはあくまで全体的な目標値で、個別にはその方の体重×30mlを1日に必要な水分量としています」(森川さん)。基本的に朝昼夕の食事時に出すほうじ茶は、午前と午後のティータイムにも飲んでもらい、その他、入居者の嗜好に合わせて、飲みたいときにコーヒーや紅茶、ジュース類を出すこともある。「それでもお茶を飲みたがらなかったり、水分を飲む際にむせやすい方には、ほうじ茶を煮出してゼリーにしたものをお出ししています」と管理栄養士の新山さん。市販のゼリーのもとを混ぜれば手軽に作ることができる上、喉ごしも爽やかで入居者に好評だそう(写真)。「ほうじ茶ゼリーにレモン紅茶を混ぜて風味づけをしたら、結構人気のメニューになりました。他にもコーヒーやココアの粉末を混ぜて味に変化をつけながら、効率的に水分補給してもらっています」(新山さん)


CARE4
快適な睡眠&室内環境

安眠のカギは食事と運動、ストレス管理にあり!

 中途覚醒や夜間頻尿、認知症の昼夜逆転など、特養入居者の睡眠事情は本人だけでなく介護職員にとっても悩みは多い。夏バテ対策も踏まえ、心身の疲労回復に影響する睡眠を、どうしたら質のよいものにできるのか。前出の大藏教授は「安眠を促す食事や運動を提供するほかに、実はストレス管理が結構重要です」と語る。

「ごく一般的な高齢者でも、何らかのストレスを抱えていると寝つきが悪くなるという調査データがあります。そういう意味では、入居者のメンタルヘルス対応は非常に大事です。寄り添ってくれる職員の存在が、入居者の安眠を助けるといえるでしょう」(大藏氏)

冷感タイプのシーツや枕カバーで涼やかな眠りを

「五本松の家」では、体温調節機能の低下から体に熱がこもりやすい寝たきりの入居者の寝具を工夫している。例えば、家族に購入をお願いした冷感パッドシーツや枕カバーを活用しているという。「夏場は夕方になると熱っぽさが増してきやすいので、パッドを敷いておくようにしています。そうすると微熱まで体温が上がることもなく、夜も気持ちよさそうにお休みになられています」(森川さん)

よりよい睡眠を得るための睡眠前の足浴&入浴

夏でも手足が冷えている入居者には、睡眠前に足浴や手指浴を行うと血行促進とリラックス効果から入眠しやすくなる。「ただ、夕食後は入居者の口腔ケアや排せつ介助で職員さんは大忙し。足浴まで手が回らなければ、入浴時に足指の間や足裏をマッサージしてあげるのがオススメ。血行促進と立位や歩行の安定にもつながります」(寺岡氏)


構成=及川静/取材・文=菅野美和/イラスト=佐藤加奈子