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特集(制度関連)

介護業界がどう変わる?「骨太方針2023」ってナニ??

2023.07 老施協 MONTHLY

6月16日、日本全体が抱える課題をどう乗り越えるかが示され、今後のかじ取りに大きな影響を与える「骨太方針2023」が閣議決定された。介護業界にどう影響を与えるのか、真野俊樹氏と小泉立志副会長に伺った。


Q. 「骨太方針」とは?

正式名称「経済財政運営と改革の基本方針」。総理大臣が議長となる経済財政諮問会議で策定される、重要課題や翌年度予算編成の方向を示す方針のこと。岸田文雄総理となってからは「新しい資本主義」の名の下、官民一体となって、成長と分配の好循環を実現する目標を掲げている。

Q. 人材不足問題とDX化の動きは?

マイナンバーカードの健康保険証の一体化およびオンライン資格の拡充による「全国医療情報プラットフォーム」の構築を行うことで、電子カルテ情報・レセプトを標準化。人材提供に関しては、公的・有料職業紹介事業の適正化とともに、介護ロボット・ICT機器導入などのDX化を推進する。

Q. 地域医療構想のの推進とは?

医療費の地域差を半減することを目標に、都道府県が地域の実情に応じて地域差がある医療費の適正化に取り組む「地域医療構想」を推進。医療連携推進業務を行う一般社団法人を都道府県知事が認定する地域医療連携推進法人制度の有効活用を目指す。また都道府県の責務も明確化された。

Q. 介護報酬改定の行方は?

「ワイズスペンディング(賢い支出)」により、保険料負担上昇抑制を目標とする改革の工程を具体化するとした一方、来年度の診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬のトリプル改定については具体的な方針はなかった。自己負担2割の高齢対象者拡大についても、年末の判断に。

介護業界については一定の配慮と厳しい文言に

 6月16日、岸田政権2度目となる「骨太方針」が閣議決定された。「新しい資本主義」の下、揺れ動く世界状況の中、日本社会全体で限られたリソースをどう配分するのかということが焦点となる方針だった今回。主に少子化対策に乗り出すことを明確にし、歳出改革を徹底化するとしている。

 医療・介護分野に目を移すと、まずは不況化において将来的な利益を見込める事業・分野を選んで財政支出をする、“ワイズスペンディング”をキーワードにした保険料に関する記述が目を引く。

「全世代型社会保障の実現に向け(中略)給付・負担の新たな将来見通しを示す」とし、短期的な保険料の値上げはないように見えるが、これが来年度の診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬の同時改定にどのような影響を及ぼすかは不透明な印象を受ける。

 また介護事業者に対しては、「職業紹介について(中略)公的な職業紹介の機能の強化に取り組むとともに、有料職業紹介事業の適正化」を行い、「医療機関の連携、介護サービス事業者の介護ロボット・ICT機器導入」による従事者の賃上げや業務負担軽減が適切に図られるような方向性が示された。しかし、そのためには“協働化・大規模化”“経営状況の見える化”という課題が残されたため、特に地方の中小の事業者にとってはかなり厳しい文言が並んでいる。

 加えてマイナンバーカードの健康保険証の一体化から始まり、オンライン資格の拡充による全国医療情報プラットフォームの構築を行うとしている。明確な記述はないが、LIFE(科学的介護情報システム)などとの連携によるより一層のデータヘルス化が求められていると言えるだろう。

 それに、医療費の地域差削減に向け、都道府県の責務を明確化した上での“地域医療構想”を推進することも明言されている。この構想は地域包括ケアを担う介護従事者にも少なからぬ影響が与えられるだろうことは想像できる。

 今回の骨太方針は、介護業界にとっては一定の配慮のある記述も見て取れるが、トータルとして業界としての厳しい先行きを突き付けられている感覚を拭えない。今の課題と今後の展望はどうなるのか、次ページから真野俊樹氏と小泉立志副会長に話を伺っていく。


中央大学戦略経営研究科(ビジネススクール)教授
真野俊樹氏に聞きました

Q. 中小の介護事業所にはどのような影響がある?

A. DX化の推進など効率化を強いられるが、事業者間の「緩やかな連携」で地域に根付いた活動をすれば未来があると思います。

効率的・効果的を目指す介護従事者と地域医療構想

 今回の「骨太方針2023」では来年度の診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬のトリプル改定について注目されたが、少子化対策をはじめとする財源確保、物価高騰などにも配慮して、「必要性を踏まえ、必要な対応を行う」という明言を避けた結果に。

 医師でもあり、中央大学大学院教授として医療経済学を専門とする真野俊樹氏は、「具体的な物言いではないものの、介護業界にも効率化を強いることになるともとれる文言でした」と語る。

 長く懸念されている人材不足への対応にも効率化が求められた。

「これまでもいったん職をリタイアしたシニア世代、もしくは海外の方を雇用するという対策が取られてきました。しかし、それだけで充足させるには、到底無理があります。そこで第三の手段として、介護ロボットなどによるDX化が望まれているわけです」

 以前より進められてきた、〝介護ロボット・ICT機器導入や協働化・大規模化導入などのDX化〟を推進しようという記載がある。

「希望的観測を交えた部分もあるかもしれませんが、近年の技術の進歩からみれば、人材不足を十分に補えるものになると思います」

 しかしこういった課題解決は、中小の介護事業所にとってハードルが高いように思える。さらに、2025年を目標とした〝地域医療構想〟の推進も迫ってくる。

「エリアの医療ニーズをくみ取るという地域医療構想に即した病床機能再編が進んでいけば、地方の民間医療法人などの医療プレーヤーが介護分野に進出する傾向が、これまで以上に強まる可能性も考えられます。医療法人がつながっていた方が、より効率的・効果的な治療や介護が受けやすいという意味でも、この考え方は増えていくのではないでしょうか」

 では、中小の介護事業所はこれからどういう対応をしていけばいいのだろうか。真野氏は事業所間の“緩やかな連携”を提案する。

「“経営統合”などという大仰な話ではなく、地域の事業者間で緩やかなグループを作る、という感覚のものでいいと思うんです。例えば、DX化をするためのロボットを導入するにしても、一つの事業者ではなく、複数の事業者で共同購入するというイメージですよね。さらにはアイデアの融通や人材の連携を利かせることだってできるかもしれません。人材教育も、自分の施設だけではなく全体でやれば、より効果的でしょう」

 地域医療に介護従事者が重要な役割を果たすのは間違いない。

「介護プレーヤーは医療従事者の中でも、最も地域に根付いた活動をされている方々ですから、今後もその気持ちを持って活動を続けていただきたいと願います」

介護施設利用者数の変化
出典「特別養護老人ホームの経営力強化」(ウェルフェアー・J・ユナイテッド株式会社)

※介護保健施設及び認知症高齢者グループホームは、「介護給付費等実態調査(10月審査分)」【H25~H29】及び「介護給付費等実態統計(10月審査分)」【H30~】による
※介護老人福祉施設は、介護福祉施設サービスと地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護を合算したもの
※認知症高齢者グループホームは、認知症対応型共同生活介護により表示(短期利用を除く)
※養護老人ホーム・経費老人ホームは、「社会福祉施設等調査(R2.10/1時点)」による。基本票の数値(利用者数ではなく定員数)
※有料老人ホームは、厚生労働省老健局の調査結果(利用者数ではなく定員数)による。サービス付き高齢者向け住宅は除く
※サービス付き高齢者向け住宅は、「サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム(R3.9/30時点)」による(利用者数ではなく登録戸数)

 近年の介護施設利用者数の変化を示したグラフを見ると、ここ数年で有料老人ホームとサービス付き高齢者向け住宅の増加幅が大きいことが分かる。厚生労働省ではかねて、これらと医療・介護サービスとの連携を推進している。地域医療構想が掲げられる中で、医療と介護が一体化する傾向は今後も増えていく可能性が高いのではないだろうか。


特別養護老人ホーム鶯園 常務理事/
公益社団法人 全国老人福祉施設協議会 副会長

小泉立志氏に聞きました

Q. 医療情報の連携ネットワークは必要?

A. 実現すれば理想的な構想だが、まずは現場視点の課題が散在しているので、何ができるのかを提案していくべき。

現場の意見を訴えかけ理想的な介護サービスを

「『骨太方針』は少子化問題を柱に日本の限られたリソースをどう配分するかが焦点になっています。その中で《医療・介護の不断の改革によりワイズスペンディングを徹底し、保険料負担の上昇を抑制することが極めて重要》としていますが、財源への一抹の不安はあります。サービスの質の低下とならないように実効性のある制度設計をする必要があると思われます」と語るのは全国老人福祉施設協議会の小泉立志副会長。

 介護事業者が抱える問題の一つ、人材確保について「公的な職業紹介の機能の強化に取り組むとともに、有料職業紹介事業の適正化に向けた指導監督や事例の周知を行う」という旨が明記された。

「これまでも厚生労働省の介護保険部会で公的な職業紹介についてお願いをしてきました。厚労省からは迅速にハローワークへ通達をしていただいたようですが、その後も改善は進んでいないようです。となると施設を運営する側としては、民間紹介事業に頼らざるを得なかった。今回行政から公式な見解が出たからには、公的なサービスによるサポートや、有料職業紹介事業料金の値下げなど具体的な方策を考慮いただきたいです」

 骨太方針では、医療費の地域差の適正化、都道府県の責務明確化が明記されたこともポイントだ。

「介護保険についても地域ごとに考える、という時代に入っていますが、当然人口差や立地によって地域差が生まれてきます。そういった地域医療構想の中で、“かかりつけ医”機能の整備がうたわれてきました。ただ、各地域で的確に機能させるための細かな制度設計については、まだ机上の案を抜けていないように思えます。かかりつけ医は地域包括ケアシステムを構築する中で重要な位置を占めます。ここから方策を進めていくには、かかりつけ医に必要な体制づくり、さらに医療機関に与えられるメリットといった、細部の議論を進めていくべきだと思います」

 今回は、オンライン資格確認、電子カルテ情報交換サービスなどで築く、“地域医療構想”や“かかりつけ医”機能を推進している。

「ただ介護事業者からすると、現場から見た課題が議論されず横たわったまま、構想が進んでいる感想です。例えば、われわれが入所される方のマイナンバーカードを預かり、暗証番号を伺って管理するわけにもいきませんから」

 世論には、マイナンバーカードと健康保険証の一体化も含め、拙速なデジタル化への懸念も見える。

「医療のネットワーク化は、実現すれば大変理想的な構想であることは確かです。ですから、課題と理想のギャップを埋めるため、介護の現場が抱える現状を訴えかけねばならないと考えます」

全国医療情報プラットフォーム(将来像)
厚生労働省 老健局(令和5年6月2日)

 今回の「骨太方針」でも示された「全国医療情報プラットフォーム」。オンライン資格確認システムを拡充させることから始まり、レセプト・特定健診情報、電子処方箋情報、電子カルテといった、現在はバラバラに保管されている医療・介護情報を一元化する。政府の医療DX推進本部ではその一環として「電子カルテ情報共有サービス(仮)」を2024年度から運用開始し、オンライン資格確認を導入。“概ね”全ての医療機関・薬局に電子処方箋を同じく2024年度に導入する予定。


構成=玉置晴子/取材・文=一角二朗/イラスト=PIXTA