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特集(制度関連)

介護現場のためにできること[職員編]

映像作品から学ぶ介護の世界 ①「ぼけますから、よろしくお願いします」

2022.11 老施協 MONTHLY

皆さんにとって身近な介護の世界は、映画やドラマによってどのように描かれているのか…。介護の日常にスポットを当てた映像作品の数々から、日々のヒントを見つけてみよう。


カメラを通した介護の世界は日常の問題を描き出してくれる

プロフェッショナルの皆さんにとって、介護は日常である。だが映像とは、カメラを通すことによって、俯瞰でものを感じ取ることができ、新たな気付きを与えてくれる“装置”なのだ。だからぜひ、この特集で取り上げた介護をテーマにした作品を見てほしい。きっと普段感じ取ることのできない問題が見えたり、それを解決するヒントが浮かんでくるはずだ。

第2弾(公開中)「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~」
信友直子監督 スペシャルインタビュー

家族の介護を捉えたドキュメンタリー映画が話題となり、2作目が公開中の信友直子監督が、カメラ越しに考えたこととは…。介護をする側が見た世界を通して、介護の世界を垣間見る。

あぁ、私は何でこんなふうになってしもうたんじゃろう…

介護ドキュメンタリーは全て偶然から始まった

 東京で映像作家をする一人娘。ある日、両親が暮らす実家へ帰ったとき、娘は母の異変に気が付く。診断はアルツハイマー型認知症。そこから90歳を超えた父による老老介護、そして娘の遠距離介護が始まる──。そんな日常を捉えた信友直子監督のドキュメンタリー「ぼけますから、よろしくお願いします。」は’18年に公開され、大きな反響を呼んだ。そして今年、その後の母の入院や父の姿を描いた続編が公開された。

 実は、この作品の完成はいくつもの偶然が導いたものだった。

「最初は、撮りためていた動画を人に見せるつもりはなかったんです。両親のプライドもありますし、表に出すとしても、2人が亡くなってからじゃないと申し訳ないと、勝手に思っていました」

 とはいえ、なぜ2人の姿をカメラに収めていたのだろうか。

「仕事の取材の際の練習です(笑)。自分でカメラを回すために購入してから、ずっと両親を練習台にして撮影していたんです」

 年末年始の帰省で、娘は家の前からカメラを回し、出迎える両親を映すのが年中行事だった。

「でも、母が認知症になってから、現実を映すことが母を傷つけるかもしれないと考えて、撮るのをやめていたんです。そうしたら母が『直子は何でビデオを撮らんようになったん? お母さんがおかしゅうなったけん、撮らんようになったん?』と言うんです。そうか、私は勝手に母を撮ってはいけない人になったと思い込んで自粛してしまった、母に対して大変失礼なことをした、と思ったんです」

 こうして収め続けた両親の姿が、たまたま仕事のテープの中に入っていた。それを「Mr.サンデー」(フジテレビ系)のADが見つけ、知らぬところで情報番組内の一つの企画になっていく。

「プロデューサーから『うちの番組の特集で放送しませんか?』という連絡が入ったときには、正直あまり乗り気ではなかったんです。で、両親に相談をしたら、『あんたがやりたいと思うならええよ。協力するわ』という返事が返ってきた。そこで踏ん切りがつきました」

母の心の声を聞き絶対に世に出そうと決意

 認知症と介護の現実を捉えながらも、作品の中にはクスリとするような、どこか温かいムードが漂っている。それはカメラを回す娘に対して、両親が信頼しているからだろう。そんな雰囲気の中で、母の口からある言葉が出た。

「母がポツリと、『ああ、私は何でこんなふうになったんじゃろう』と言ったんですよ。この言葉を聞いたとき、ハッとさせられました」

 このとき、信友監督の脳裏には過去に撮った自作の記憶がよみがえってきた。それは若年性認知症の人々を追った仕事だった。

「撮影したきっかけは、偶然テレビで見た、クリスティーン・ブライデンさんという認知症の女性が国際会議で発表をしている姿でした。いろんなことができなくなっていく怖さ、自分の行動を見た周りの言動に傷つくことなど、自分の思いの丈を話されていたんです。私たちは認知症になった人たちを『何もかも理解できなくなってしまった』と思いがちですが、本当は周囲が何を言っているか分かっているんです。だからこそ、認知症になった本人が一番つらい。介護したり振り回される側だけではなく、認知症の方々の苦しみを理解して、付き合わなくてはいけないんだと、気付いたんです」

 さらに監督は、晩年に認知症になった祖母の姿を思い出していた。

「祖母が認知症になってから、『おばあちゃんがボケた。何も分からない、怖い存在の人になってしまった』と避けるようになってしまったんです。本当は私と話したかったかもしれないのに…。そういう贖罪の思いもあって、認知症の方々の声を聞くドキュメンタリーを撮り始めたわけです」

 それから10年以上がたち、認知症となった自分の母をカメラに収める日がやってきた。

「ただ、はっきりとした当事者だからこその苦しみの言葉を口にしたのは母だけだったんです。これは絶対に世に出さなければいけないと思いました。背中を押したのは、この母の一言でした」

テレビで放送することで周りと共有できるように

 そして、テレビの放送が決まったことにより、介護の仕方が明らかに変わっていくことになる。

「父はずっと『全部ワシがやるんじゃけ、ほっとってくれ』と言っていました。父親世代ならではの、人の世話になりたくないという気持ちがあったみたいです。ただ、母が認知症になってから、迷惑をかけないようにと外に出さないようになってしまって…。母のためにも良くないと思っていたんです」

 夫婦の様子を最初に流した「Mr.サンデー」は情報番組。なので、監督は地域包括支援センターへの相談という“情報”を入れることに。これにより、信友家だけの問題だった“介護”に自然と外部の人が関わるようになった。

「センターの方に相談したら、職員の方が『私に任せてください!』とおっしゃって。その方が家に来て説明してくれたことで父の気持ちも解けて、母も介護認定を受け、デイサービスを受けるようになった。そこからは、他の方々とコミュニケーションを取るようになり、父と母に笑顔が戻ったんです」

 家族だけで抱える秘密だったものが開けた介護になったことで、監督は初めて近所の人に、母の症状を伝えることができた。

「私、お向かいのおばさんにめっちゃ怒られたんです(笑)。『言うのが遅い!水くさいわ。言ってくれたら、あんたがおらんときに何かやってあげられるのに』って」

 困ったら頼れる人がいる。だが頼るのは悪いと思って、閉じこもってしまう。実は信友家に限らず、こうした思いに陥る人たちは多い。

「テレビでご一緒した和光病院の今井幸充先生が『介護というものはプロの人とシェアすることが大事なんですよ。お世話になることを悪いなんて思っちゃいけない。プロにできるところは任せて、家族は介護する人のことを心から愛してあげるのが仕事ですよ』とおっしゃったんです。実際にサービスを受けるようになって、本当にその通りだなと。とにかく困ったら、プロに頼るべきと強く感じました」

 こうしたプロセスが記録された映像は大きな話題を呼び、後にBSの2時間番組となり、ついには映画作品となっていった。

 いくつもの偶然によって映画となり、その映画が信友家のピンチを救った。そして、そんな映画を偶然見た人たちがいたとしたら…。その人たちにとっても大きな救いをもたらすことは間違いない。

第1弾「ぼけますから、よろしくお願いします。」

つらくとも温かい、家族の介護のかたち

認知症の母を抱え、家事も介護も全て自分でと考える父。それがオープンな介護となり、明るい光が差していく様子が、娘の目線で描かれていく。つらくとも温かく、多くの人が“気付き”を得る作品。動員20万人を超える大ヒットを記録。母親のその後と100歳を迎えた父親の姿を追った続編も今年公開。

監督・撮影・語り:信友直子
配信 U-NEXT、FODほか
DVD 発売元:フジテレビジョン/販売元:TCエンタテインメント 4180円
発売中


信友直子

Profile●のぶとも・なおこ=乳がん体験を捉えた「ザ・ノンフィクション『おっぱいと東京タワー〜私の乳がん日記』」(2009年)などで知られ、講演会なども精力的にこなしている


取材・文=一角二朗/撮影=後藤利江(信友直子監督)

©「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会(ぼけますから、よろしくお願いします。)©2022「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん~」製作委員会(ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん~)