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特集(制度関連)

期待・不安・提案

どうなる介護業界の未来!

2022.07 老施協 MONTHLY

全5章にわたり方針が語られた経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)から、編集部が介護業界に関わるキーワードを4つピックアップしてみた。①人材確保 ②働きがいのある社会 ③働き方改革 ④世界情勢に伴う事案への対応。この4つの項目に対する期待や提案を、さまざまなジャンルのスペシャリストの視点から語っていただいた。


各ジャンルのスペシャリストが採点

社会保障からの視点

日本の社会保障の議論が次のステップへ進んだのでは

経済学者/慶應義塾大学商学部教授

権丈 善一氏

①人材確保(インバウンド活性化に伴う「外国人労働者や技能実習生」をはじめ、「人的資本投資」などに関する指針が骨太の方針には記載されている。)

数を減らすとしても質を視野に入れた議論が必要

 将来の介護労働者の規模は、2019年の約221万人を基準とすると、2025年では約1.2倍、2040年では1.3倍も必要になると見込まれています。この間、人口が減少することを踏まえると就業者全体が減るため、介護労働者の割合は2025年度には6.4%、2040年度には8.9%と高まります。ゆえに、労働力を節約したいという気持ちは理解できます。ただし、介護の労働生産性は分子に介護サービスの質を置くべきで、介護労働力の節約は利用者のQOL、その家族の満足度、地域福祉への貢献などのサービスの質を落とさないように工夫する必要があります。


②働きがいのある社会(「賃上げ・最低賃金のアップ」「共生社会づくり」「女性活躍」などの文言が確認できる。働きがいのある社会に必要なこととは?)

付加価値を高めるのは経営者の仕事

 日本の労働力は他の国と比べて、質が悪いということはありません。しかし、生産した物を高値で売ることができず、付加価値生産性が低くなっています。だが、これは労働者ではなく、経営者の責任です。もっと言えば、付加価値が低い企業でも存在することを許してきた政策の責任。例えば、厚生年金の適用拡大で保険料を負担すれば倒産してしまう企業があるとすれば、それは経営者のアイデア、経営力の責任です。労働者は守るが、経営者は…。それは骨太の方針の最低賃金引き上げや適用拡大への考え方にも表れていると思います。


③働き方改革(骨太の方針には、介護現場が注目しているデジタルトランスフォーメーション(DX)への投資に関する事柄も書かれている。)

介護の生産性向上には財源の話が必要不可欠

 介護の労働生産性を「介護サービスの質/労働力」と考え、サービスの等しい水準の質を生産する際に、労働の資本装備率(資本/労働力)を高めるという考え方は成立するし、生産年齢人口が減少していくこれからの社会の中で重要な意味をもつことになります。ただ、介護関係者から見れば、仮に資本装備率を高めて労働力を節約できるとすれば、その質のサービスをより多くの人に提供したい。職員のワーク・ライフ・バランスやはたらきがいの向上に使いたいと考えると思います。そのためには、やはり、介護の財源の話をせざるをえなくなります。


④世界情勢に伴う事案への対応(「新型コロナウイルス感染症対応」や「ウクライナ情勢に伴う価格高騰」など、従来は考えられなかった事態への対応とは?)

子育て社会化に向けた財源確保が始動

 公的な医療、介護、年金保険を通じて、高齢期の支出が社会化されているので、子育て費用が社会化される必要があるのは当たり前のこと。そうした議論の中で、医療、介護、そして年金保険制度の持続可能性を確保するために、これらの社会保険から全国民が連帯して子育て支援基金に拠出するという子育て支援連帯基金の話がでてくると思います。介護保険御持続可能性のためには必須な制度になっていきます。そして子育て支援連帯基金の構想の中では、国民全体で子育てを支えるためには介護保険の被保険者は二十歳からにするのが自然です。


総評(今回の骨太の方針を、専門家それぞれの視点や立場から◎、○、△、×でジャッジしていただいた。)

社会保障の機能の意識を切り替えた点は高評価

 介護業界からの視点では答えることはできませんが、国民全体の高齢期の生活保障の観点から見ると、今回発表された骨太の方針は、なかなか高得点になるのではないでしょうか。10ページの子育て支援連帯基金の財源候補の図にもあるように、消費の平準化という観点から見たときに、医療や介護保険は短期保険ではなく、年金と同じ長期保険であると考えられていたところは、とても評価できます。これからの政府の手腕に期待します。


地域福祉からの視点

大変大きな前進であると評価できるのではないでしょうか

社会福祉学者/日本社会事業大学名誉教授/公益財団法人テクノエイド協会理事長

大橋 謙策氏

①人材確保(インバウンド活性化に伴う「外国人労働者や技能実習生」をはじめ、「人的資本投資」などに関する指針が骨太の方針には記載されている。)

リカレントという言葉が採用されたのは評価できます

 介護、福祉現場のDX化において、ロボット、ICT、補聴器などの福祉機器を利活用するケアの科学化を進めることが、利用者のQOLを高め、ケアワーカーの腰痛予防にもなり、結果として生産性の向上や省力化につながると思います。しかし、福祉機器の利活用を教育体系に導入する、介護福祉養成校の数を増やすなど検討すべき制度はまだあります。その上で、絶対的人材不足解消のための外国人実習生の受け入れといった方策に進むのが正しい順序です。私が1980年代から使っている“リカレント教育”という言葉が採用された点も期待が持てます。


②働きがいのある社会(「賃上げ・最低賃金のアップ」「共生社会づくり」「女性活躍」などの文言が確認できる。働きがいのある社会に必要なこととは?)

包摂社会の実現は地域福祉と発想を同じくする

 こども家庭庁の創設が語られていますが、私は1994年に東京都の児童福祉審議会で子供家庭支援センターの創設を提案し、実現しています。これは社会福祉士、保育士、保健師という専門多種がチームを組んで相談を受けるというもので、2000年には長野県茅野市で現在の地域包括支援センターの原型となる保健福祉サービスセンターの創設にも関わりました。共通するのは縦割りの弊害をなくし、全世代がワンストップで利用できる福祉アクセシビリティを重視したという点です。包摂社会の実現とは、地域福祉の考え方そのものなんです。


③働き方改革(骨太の方針には、介護現場が注目しているデジタルトランスフォーメーション(DX)への投資に関する事柄も書かれている。)

成年後見制度と難聴対策は日本が遅れている事案

 難聴対策に言及しているのは評価します。高齢の難聴者がうつ病を経て認知症になりやすいとWHOがリポートを出していますが、逆に正しい補聴器フィッティングを行い、難聴を克服した結果、認知症が改善した例もあります。このように利用者の意思表明の機会支援にICTを活用することで、介護福祉事業者との円滑なコミュニケーションが期待できます。成年後見制度についても触れられていますが、国連の障害者の権利に関する条約の委員会から、日本はここが十分ではないと指摘されており、今後の動きに注目しています。


④世界情勢に伴う事案への対応(「新型コロナウイルス感染症対応」や「ウクライナ情勢に伴う価格高騰」など、従来は考えられなかった事態への対応とは?)

食糧自給率の向上とSDGsに貢献する地域福祉

 ウクライナ問題で食糧自給率の問題が取り沙汰されていますが、私の教え子が障害者を雇用して農産物を生産し、特養に供給するという活動を行っています。地産地消の生産物を農福連携で生み出す、SDGsにも寄与する活動の大きな柱が社会福祉施設になっているのです。これは私が長年取り組んできた地域福祉の一例です。また2000年には、相続や遺産などの問題に対処するソーシャルワーカーがケアワーカーと連携する、ソーシャルケアサービス従事者研究協議会というのも発足させました。今後こうした発想がより根付くことを期待しています。


総評(今回の骨太の方針を、専門家それぞれの視点や立場から◎、○、△、×でジャッジしていただいた。)

地域福祉の観点から見ると非常に大きな前進です

 包摂社会の実現に関して、多く書き込んでくれていると思います。現在、東日本大震災の被災者を長期的にケアする、災害ソーシャルワークという取り組みをしているのですが、今回そこに言及していることも評価できます。地域福祉の研究者として、テクノエイド協会の理事長として、私が長年取り組んできた事案や言葉が、今回の「骨太の方針」には多く盛り込まれており、個人的にはうれしい思いがあります。非常に大きな前進と言えます。


現場からの視点

成熟期に入った介護業界には経営の大規模化、協働化が必要

社会福祉法人健祥会/公益社団法人全国老人福祉施設協議会 介護保険事業等経営委員長

桝田 和平氏

①人材確保(インバウンド活性化に伴う「外国人労働者や技能実習生」をはじめ、「人的資本投資」などに関する指針が骨太の方針には記載されている。)

国の技能実習生らの受入れ体制の拡充を

 外国人労働者や技能実習生についての国の受け入れシステムは、少し非力だと思います。今はEPA(経済連携協定)でも入ってきますが、現在の求人の数は実際に日本に来る人数の3倍ぐらいあるので、みんな人材が取れないと言っています。そんな中、健祥会では管理団体も自分たちでつくり、業者任せにせず独自のルートで実習生を迎え、さらに日本語を教える専任のスタッフを用意して家族支援も行うことで安心して勉強して働いてもらえる環境を整えています。そこまでセットにすることで、戦力として長期滞在してもらえるのではないかと思います。


②働きがいのある社会(「賃上げ・最低賃金のアップ」「共生社会づくり」「女性活躍」などの文言が確認できる。働きがいのある社会に必要なこととは?)

自分たち自身の体制の見直しが必要な時代

 方針に書かれていることよりも、介護業界自体がどの程度、働き方改革ができているかという点が重要だと思います。うちも休みが少ない、残業が多いという体質でした。しかし、休みを順に取り、残業をなくす形をつくり、福祉部分を充実させるために認証制度を活用し、働きやすい環境をつくっていくことで働きがいのある社会になるのではないでしょうか。また、日本人の採用人数は、昔に比べると半分以下に減りました。しかも採用者は半分以上が健祥会の専門学校の卒業生たちです。人材は独自に育てることでしか、安定供給は無理だと思っています。


③働き方改革(骨太の方針には、介護現場が注目しているデジタルトランスフォーメーション(DX)への投資に関する事柄も書かれている。)

まずは実際に全職員が試してみることが大切

 DXや科学技術に関しては、利用する職員たちの動きが鈍いように感じています。これまでも医療介護総合福祉確保基金でいろいろ展開してもらっていましたが、予算が余っていましたからね。健祥会では介護ロボットなどの介護支援センターも委託事業でやっているのですが、勉強会を開いても、皆さんなかなかいらっしゃいません。原因は明白。新しいことに取り掛かりたくない年齢層が多いからです。また、補助率を気にしている部分もあるかもしれませんが、一定期間貸し出ししてもらえるので、まずは使ってみることが大事だと思います。


④世界情勢に伴う事案への対応(「新型コロナウイルス感染症対応」や「ウクライナ情勢に伴う価格高騰」など、従来は考えられなかった事態への対応とは?)

横の連携や地域との協力体制が重要に

 困難な状況が押し寄せてくる中で、骨太の方針などと言っていられる状態ではないかもしれません。しかし、今回のコロナ禍で小さな社会福祉法人が自分の理念を持ってやっていく時代が終わりに差し掛かっていることが如実に表れたように思います。なぜならば職員が罹患した際、応援体制を確立するためにはある程度の規模感が必要になることが明確に示されたからです。ですから、合併しないとしてもそれぞれが連携していく連携推進法人。もしくは山間部や離島などは地域の方に協力してもらう地域密着型の法人にしていく必要があると思います。


総評(今回の骨太の方針を、専門家それぞれの視点や立場から◎、○、△、×でジャッジしていただいた。)

業界としては厳しいが成熟せねばならぬ時期

 評価は介護業界目線と国民目線によって違ってきますが、介護業界としては△だと思います。これまでは高齢者問題を中心にやっていくしかありませんでしたが、もうそこに力点を置ける時代ではなくなってきました。公的介護保険制度開始から20年以上たち、成人して独り立ちできるだけの時間がたったので、介護業界全体として成熟期に入らねばいけません。これからの政策に乗るためにも経営の大規模化、協働化が必要になっていくと思います。

【有識者の目】桝田和平氏が考える、社会福祉法人が生き残るための3つの道

単独での巨大化

社会福祉法人が単独で大きく成長し、最低規模の売上高は30億円ないし50億円を目指す。しかし、地方はもう施設がいらない時代に入っていく直前なので、これは大都市部でしか考えられないスタイル。

法人同士での連携

合併はしないがそれぞれの法人が連携していく方法。連携推進法人として、物品の共同購入や、人事交流などを行うことで資金面の融通ができるように。国の制度化が始まっているが、現状はうまく動いていないという。

地域密着型

孤立奮闘せざるを得ないため、社会福祉協議会なら行政、山間部や離島などは地域の方に協力してもらうなどのバックアップが必要。介護は止めてしまうと困るサービスのため、誰かが続けなければならない。


普通の企業であれば赤字になったらやめる道もあるが、介護事業は最終的な受け皿としての使命は果たさなければならない。しかし、赤字ばかりでは存続ができないというジレンマが生じる。桝田氏は、これから社会福祉法人が生き残っていくには3つの施策があると提言してくれた。


取材・文=及川静、重信裕之