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チームのことば

【INTERVIEW】サイボウズ株式会社 チームワーク総研 シニアコンサルタント 松川 隆

2023.06 老施協 MONTHLY

サイボウズ株式会社は、グループウエア、クラウドサービスなどで組織内情報共有や業務効率化をサポートする企業の先駆者として知られている。2010年には既にリモートワーク制度を採用し、勤務時間が柔軟に選択でき、副業も認めるなど、「働き方改革」先進企業としても有名だ。今月は、そのノウハウを社外へ提供する「サイボウズチームワーク総研」のコンサルタント、松川隆さんに活性化する組織作りのヒントを伺った。


どう問題になっているか=解釈ではなく何が問題になっているか=事実に目線を合わせて議論するのが問題解決には重要です

高い離職率を解消するためスタートした職場改革

 今でこそ働きがいのある会社として内外に有名となっているサイボウズ株式会社だが、創業から8年目の’05年、売り上げは順調に伸びているのにもかかわらず、離職率が28%までになったという。

社名の「サイボウズ」は、電脳を意味するcyberと、親しみを込めた子供の呼び方のbozu(坊主)を足したもの。電脳小僧といったところだろうか。“電脳社会の未来を担う者たち”という意味も

松川「僕は’12年入社なので、聞いた話を基にですが、当時はベンチャーがのし上がっていくステップ。どうしても売り上げとかユーザー数などといった、経営戦略や利益が優先されがちで、企業理念みたいなものを忘れてしまっていたということだったんだと思います。そこで改めて企業の存在意義、目的を『チームワークあふれる社会を創る』と設定したんです」

 同じタイミングで、創業メンバーから2人目の社長として現在の青野慶久氏が就任。この企業理念を実現する職場改革に乗り出す。

松川「“伝説の本部長合宿”という名前で引き継がれているんですけれども、最初は青野社長はじめ役員、幹部社員15人くらいで合宿して議論を始めたそうです。ところが、各部署が他の部署の責任を追及するばかりという険悪な雰囲気で始まり、結局最後は収拾がつかない形で終わってしまったらしいんですね。そこで、一度落ち着いて、再度リベンジの合宿を行って確立したのがこの『問題解決メソッド』(⬇)というフレームワークです。いろいろ書いてありますが、要は事実と解釈を切り分けて考えるということ。ある事実があって、それを問題だと解釈するのは各個人ですが、当然解釈は人それぞれで、どう解釈するかも個人の自由です。ですから話し合うときには何の事実を見て言っているのかというところに目線を合わせないと、ここでいうネクストアクションもかみ合わないものになってしまうんです。よくあるのが、『うちも似たようなことがあります、部下に意図が伝わらなくてね』『うちもそうなんですよー』と話が進むと、いろんな事実が混在して、なんとなく部下が言うことを聞いていないことが結論になっちゃう。それぞれの事実は違うはずなのに、解釈で議論をしているとネクストアクションとして“飲み会を開く”みたいなね。本質的な結果につながらないような解決策が出てきてしまうんです。一つ一つ事実を見ていくと、解決策は違ってくるので、その事実に目線を合わせる。かなり嫌な作業になることもあります。『誰々さんが何と言った』という事実から始まらざるを得ないとかね。日本人は和を大事にしますから、そこを避けたがるんですけど、事実と向き合うことで、建設的な議論に発展すると思いますね」

議論のフレームワーク
「問題解決メソッド」

問題を共有するには、「どう」問題と感じているか(解釈)の前に、「何を」問題として感じているか(事実)を個別に丁寧に見て、一つ一つに対してチームの理想、個人の理想に近づけるためのアクションを考えていく

働き方改革で先行する企業のノウハウを広めるために

 このメソッドを基に、サイボウズは副業OKなど、政府による働き方改革のスローガンを何年も先行した画期的な人事制度も確立していった。しかし、現場への浸透はそう簡単ではなかったという。

松川「僕が入社したのが’12年で、この新しい企業理念や問題解決メソッドというのは用語や考えは浸透していたんですけれど、全てのメンバーが事実と解釈を分け、正しく活用されるまでにはそれなりの時間がかかったと感じています。他にも、このメソッドから生まれたリモートワークの制度も、僕が入社する2年前からあったんですけど、一部の人のみが利用しており、あまりメジャーではないというのが実態でした。ただ、社長が結構本気で。企業理念と経営戦略で大事なのは企業理念の方であって、企業理念に基づいた経営戦略がうまくいかないのなら、サイボウズという会社が社会の役に立たないということだから、何ならつぶれたっていいくらいのことを言い始めるんです。そういった考えが社内にも浸透したのか、気が付けば離職率は5%ほどになり、売り上げも徐々に伸びていくので、社内はもちろん、社外からも大きく注目を集めるようになります。取材や講演の依頼も増え、ニーズがあることを実感し、これを事業として展開するのはどうかということとなり、’17年にチームワーク総研が誕生したんです」

 総研ができてまだ6年だが、現在ではパナソニック、ブリヂストンをはじめ、大手企業からも研修や講演の依頼が来るという。

松川「大きな話だと企業理念を浸透させるですとか、現場寄りだとテレワークを浸透させたいとか、ディスカッションスキルを上げたいとかですね。講演だけの場合もありますし、何回かに分けて研修を行わせてもらう場合もあります。いずれにしろサイボウズがたどってきた変化の歴史を伝えるというのが主でして、理論じゃなくて実体験であることが私たちの強みの一つです。お勉強じゃないですと。例えばウチの企業理念を提案してほしいと言われてもできないですよね。できるのは社員各自の心の中にある言葉や思いを導き出すことで、そのファシリテートはします。そんな感じです。よく、モチベーションを高く保つにはみたいなお話もいただくんですが、私たちはモチベーションとテンションは違うので、言葉としては気を付けようと普段から言っています。ボーナスをもらったから、仕事がうまくいったからモチベーション高いっすっていうのは、一時的にテンションが上がっただけ。モチベーションとは理想を実現するためのやる気のことなので、短期的に上下動する話ではなくて、中長期的に持続するものです。ですからチームが共感する理想=やるべきこと、自分の理想=やりたいこと、スキル=できることを重ねる。よくウィル、キャン、マストって言いますが(⬇)、これがちゃんと重なっているかを丁寧に確認しながら仕事をしていくことが大事だと思います」

仕事をする上でのモチベーション3点セット


それぞれwill、can、mustが全て重なるところを見つけて、中長期的な視野で達成を目指すのがモチベーションだという。重なる部分の大きさ(ミッションの数)は、必ずしも大きい方がいいというわけではない

 依頼者に寄り添った対応も信頼されるゆえんなのだろう。

勇気を持って社内のさまざまな情報をオープンにしていくのが大事だと思います

介護現場の組織活性化にITが役立つこと

 ところで、もし松川さんが介護施設における組織活性化のヒントが欲しいと依頼されたらどんなポイントを挙げてもらえるだろうか。介護士、社会福祉士、医師など、異なる国家資格を持つ人員が集まる介護の現場は特殊なものだ。

松川「クライアントの皆さん、大体『うちの会社特殊なんです』って言われます。ただ、僕はむしろ特殊じゃない会社なんてないって思う。どんな企業にも多種多様な部署があって、その会社ならではの部署もある。で、大体異なる部署間の意思疎通が希薄だ、みたいな話をよく聞きます。僕は介護業界のことはよく存じ上げないんですが、専門性の高い部署が複数ある場合に大事なのは『オープン』っていうキーワードだなと思います。私たちサイボウズは、情報共有のためのグループウエアを作っている会社ということもあって、社内の情報、全部オープンなんですよ。営業部が何をやっているか、社長が何を考えているか、数字的なことも含めて。個人情報とインサイダーに関わること以外は全部オープンです。なので詳しくは分からないですけれども、ある入居者さんの症状や病状がどんな状態なのかをITツールを使って全部署で共有すると、例えば直接関係しない部門の人でも、自分の経験からこうした方がいいんじゃないかとか、時には介護士の方から医師の方に助言するといったこともできるんじゃないかと思えます。それが即チームワークに結び付くか確証はありませんが、情報がオープンだと一つ一つの部門が孤立しなくなりますし、同じ状態、症状の入居者さんでも、ご本人や家族がどういう状態でありたいかは人それぞれですから、個別に見ていく必要があるでしょう? ITツールを使うと、個別に見ていきながら多くのスタッフで共有し、いろんな人の目で見ていくということができます。遠くにいるスタッフも話し合いに参加できますから、関われる人も増えていく。これがITツールをうまく使うってことなんだと思います。うちの社内には『マイキャリ』っていう、異動希望のデータベースがあって、当初は人事だけで閲覧できたんですが、自由に書き込めるにもかかわらず、ほとんどの人が書かなかったんです。今の上司に悪いから書けないっていう意見も多くありました。そこであえてこれもオープンにしたんです。すると、一部ですけど書いている人の情報が見えて、しかもこの人結構今の部署でも評価されてるじゃんみたいなことも分かってきて、逆に安心感が広がったようなところがあります。介護施設の入居者さんの情報というのは、もっとデリケートな問題でしょうし、最初は難しかったりドキドキすることもあると思うんです。けれども、やってみていいことはそのうち出てくるんで、できそうなことから始めていくと、なーんだって肩の力が抜けていくと思います。もちろん、ステップはありますが」

入社2年目で人事に異動した松川さんが主導したのが2015年の東京本社の移転。新オフィスをどのようなものにするか、全社員オープンで議論した結果、かなりカオスながらも楽しいオフィスが出来上がった。クライアントなどの来訪は、毎月100人から3000人に増えたという

 人材不足解消のためのITツールではなく、組織活性化のためのITツールという視点は、さすがにこの業界でトップを走る企業人ならではだ。最後に松川さん個人の目標、将来のビジョンを伺った。

松川「とても高い理想かもしれませんが、コンサルティングの依頼がなくなる世の中になるのがいいですよね。それは言い過ぎとしても、私たちの講演や研修に対して、いい気付きをもらえましたといった反響が、始めた当初に比べるとすごく増えた実感はあるんです。やっぱり多くの人が、今の組織の在り方はおかしいぞと思い始めているんじゃないですかね。そういった意識に一石は投じられている感じはします。働き方改革っていうのは、政府に言われてやっているからやるのではないんですよ。弊社では100人100通りの働き方を追求した結果、売り上げ向上にもつながった。そこに気が付いてもらえたらいいですね」

セミナーを行う松川さん(写真右)。講師陣は幅広い年代にわたるが、チーム内で松川さんは最年長だ。「サイボウズチームワーク総研」では、講演、研修、コンサルティングのほか、学校向けプログラムも多数実施している
「サイボウズ商店」は自社のファンを増やしたい、というカスタマー本部の社員が始めたもの。オリジナルのTシャツや文具などを販売。講師陣が執筆した、チーム作りに関する書籍や価値観を考えるカードゲームなど、ラインアップは多種多様だ。エントランスにあるので一般の方も買いに来られ、オンラインの「サイボウズ商店」でも購入可能だ

サイボウズ株式会社 チームワーク総研 シニアコンサルタント 松川 隆

サイボウズ株式会社
チームワーク総研 シニアコンサルタント

松川 隆

Profile●まつかわ・たかし=1972年東京生まれ。子供の頃から大阪、名古屋、京都などさまざまな場所で過ごす。慶應義塾大学卒業後、日本興業銀行に入行。その後広告代理店勤務などを経て2012年サイボウズに入社。2年間の営業部を経て人事部で採用、研修、制度策定に関わり、チームワーク総研講師も担当する


撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之