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日本全国注目施設探訪

第13回 兵庫県神戸市 社会福祉法人弘陵福祉会 特別養護老人ホーム 六甲の館

2023.04 老施協 MONTHLY

独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!


利用者を抱え上げないノーリフトケアで、利用者、スタッフ共に満足

標高約415mに位置する神戸六甲山の自然豊かな施設

 日本有数の港町である兵庫県神戸市。その背後となる北方にそびえ立つ六甲山に市の中心部から車で約20分ほど登った標高約415mもの高さにある、豊かな自然に囲まれた特別養護老人ホームが「六甲の館」だ。

特別養護老人ホーム「六甲の館」の外観
総面積3510.22㎡の敷地に立っている延べ床面積2287.84㎡の建物は、鉄筋コンクリート造りの3階建てとなっており、立地の関係から3階にエントランスがある造りとなっている。
理事長・施設長の溝田弘美さん
理事長・施設長の溝田弘美さん

社会福祉法人弘陵福祉会

1983年に学校法人神戸弘陵学園を創設し、同年、神戸弘陵学園高校を設立した神戸市会議員であった溝田弘利さんが、1986年に社会福祉法人弘陵福祉会を創設し、同年、特別養護老人ホーム「六甲の館」を設立。溝田弘美現理事長は、同施設長の他、兵庫県社会福祉士会理事も務めている。

 神戸市会議員だった創設者の溝田弘利さんが、’83年に高校が不足しているという市民の陳情から、学校法人神戸弘陵学園を創設し、神戸弘陵学園高校を設立。そして、今では神戸市内は高齢者施設が大幅に増えた激戦区ではあるが、’86年に同じく老人ホームが不足しているという市民の陳情から、社会福祉法人弘陵福祉会を創設し、同施設を設立したのである。

 設立当初は、溝田弘利さんを頼ってその選挙区である長田区からの利用者が多く、今でもほとんどが神戸市内の利用者だそうだ。

[1]介護士が利用者を抱え上げることなく、ベッドと車椅子に移乗できる天井走行式リフト「リコ」 [2]屋根が備わり、雨にぬれずに済み、車椅子用スロープも備わるエントランス [3]白と赤のコントラストが美しい、明るいエントランスホール

「心からのおもてなし」で「ひとつの家族」を目指す

 同法人の理念は、「心からのおもてなし」。笑顔とありがとうの言葉があふれ、スタッフ自身が受けたいと思う家庭的なサービスを提供し、ノーリフトケアで腰痛ゼロの施設にすることを掲げる。

 総面積3510.22㎡の敷地に立っている延べ床面積2287.84㎡の建物は、鉄筋コンクリート造りの3階建てとなっており、居室は、1〜3階に、3人部屋が4室、4人部屋が17室となる。定員は、長期入所が70人、ショートステイが10人である。

 スタッフは、現在、男性35%、女性65%の合計46人。平均年齢は42歳。外国人スタッフを積極的に受け入れており、現在、ベトナム人が5人、フィリピン人が3人、スリランカ人が2人、内訳は、介護ビザが8人、特定技能実習生が2人となっている。

[4]入り口は立派なれんが造りでいかにも神戸らしい洋風の門 [5]施設へ続く通路の途中にある装飾が素晴らしい洋風の門扉 [6]災害など緊急時に活躍するアメリカ製のプロパンガス自家発電機
[7]創設者である溝田弘利さんの像が見守る、各種イベントを開催する3階の多目的ホール [8]皆が集って過ごす食事やくつろぎの場でもある3階のリビング [9]天井走行式リフトや見守りセンサーなどのICT機器も備わる3〜4人の多床室 [10]利用者の体の状態に合わせてさまざまな特殊浴槽がそろっている1階の浴室

ノーリフトケアとICT/DXを積極的に導入

 溝田弘美理事長は、阪神・淡路大震災、留学後、ニューヨークで9.11テロを経験したことにより、リスクマネージメントを重視しており、「災害」「感染」「人材不足」という3つのリスク対策を日々行っている。中でも人材不足につながる離職の一番の原因は腰痛だと考え、利用者を人力で抱え上げないノーリフトケアを導入。全スタッフが日本ノーリフト協会の研修を受講、ノーリフトケア委員会を発足し、機器導入や事例の検討を行い、現在は全21機のリフトが稼働している。この取り組みは、日本看護協会「看護業務の効率化 先進事例アワード2021」奨励賞を受賞した。ノーリフトケアは、厚生労働省が’23 年4月1日〜’28 年3月31日に実施予定である「第14次労働災害防止計画」の重点対策の項目にも取り上げられている。

 また、ICT/DXも積極的に導入、各種センサーやロボットなどを導入し、データ管理などもPCやスマートフォンで行っている。この取り組みは、全国老施協版介護ICT導入モデル事業の実施施設に選ばれている。

 さらに、災害への対策として、貯水タンクやプロパンガスによる自家発電機などを用意し、インフラが破壊された際のリスクに備えていることで、海外のエルダーケアイノベーションアワード2020でファイナリストに選ばれている。

 スタッフの業務効率化、負担軽減がスタッフの余裕を生み、それが利用者へのサービスの質を向上させ、利用者、スタッフの幸せへとつながっているのだ。

[1]カメラで利用者の危険動作の予兆を検知する予測型見守りシステム「ネオスケア」 [2]利用者の状態をリアルタイムでモニタリングできる見守り介護ロボット「aams」 [3]「ネオスケア」や「aams」の情報は、スマートフォンでリアルタイムに確認できる [4]利用者を癒やしてくれるコミュニケーションロボット「ペッパー」(奥)とセラピーロボット「パロ」(手前) [5]甘がみロボット「甘がみハムハム」。左が三毛猫のゆず、右が柴犬のコタロウ [6]極微細気泡で体を洗浄、こすり洗いとボディーソープが不要な入浴介助装置「ピュアット」 [7]車椅子を丸洗いできる車椅子自動洗浄機「リフレッシャーライトⅡ」
さまざまな取り組みが評価され、受賞した賞状やトロフィーが並ぶ

【キラリと光る取り組み】
看護師のケアマネジメント力を介護負担軽減と二次障害の予防に活かす
〜老人介護施設における看護師の役割とノーリフト推進〜

日本看護協会「看護業務の効率化 先進事例アワード2021」奨励賞受賞
看護師 大崎恵美さん インタビュー
看護師の大崎恵美さん
看護師の大崎恵美さん

――この取り組みを始められたきっかけは、どんなものだったのでしょうか?

大崎:元々、ノーリフトケア委員会というのが発足したときは、施設長、介護士、ケアマネジャーが参加していたのですが、なかなか施設の中に広まっていかず、そんな中、施設長から声を掛けていただき、看護師としてできるところから取り組んでほしいと言われて、委員会に参加したのがきっかけとなって、取り組むようになりました。

――なぜ介護士ではなく、看護師が取り組むことになったのでしょうか?

大崎:介護士の方はたくさんの気付きがあるのですが、「何か良くなったけど、それが何かは分からない」といったような、なかなか言葉に表せない、言語化、可視化できないというところがありました。ノーリフトがすごくいいと思っている介護士と効果があまり分からない介護士に分かれてしまって、そこを看護師の目線で、例えば「体幹がこれだけ真っすぐになっている」というのを、写真を撮ったり線を引いたりして、効果を可視化するというのは、やはりアセスメントをやっている看護師が向いています。私がやらせてもらうようになって、「何となく良くなっているのは分かってきたけど、見たらもっとよく分かる」といったように、一気にノーリフトケアが施設に浸透していきました。

――スタッフの身体的負担がより重度化していったこともあるのでしょうか?

大崎:利用者さん一人一人の移乗はそんなに大変ではないのですが、1日に20人などを移乗して負担が蓄積されると、夜勤終わりにはすごく体がきつかったりして重度化しているのに、スタッフは気付いていないのです。リフトが導入されて、皆がリフト移乗になって、「こんなに体が楽になるとは思わなかった」という声があったので、ゆっくり重度化していたというのはあったと思います。

浴室に備え付けられた天井にあるレールで移動する、天井走行式リフト「ライズアトラス」

――この取り組みの目的というのは、どんなものがあったのでしょうか?

大崎:介護士の身体的負担というのがすごく多いというのは感じていたので、それを職業病の一言で片付けてはいけないと取り組んできたのですが、ノーリフトケアは、利用者さんにもメリットが大きいと感じています。当初は、当施設のスタッフの腰痛保有率が減少して、身体的負担が軽減したというところから始まったのですが、現在は、利用者さんの拘縮や剥離などをなくすというケアに生かすことがメインになっています。

――取り組みの具体的内容としては、どんなものがあったのでしょうか?

大崎:まず、リフトは、必要だと感じるところは、段階的に増やしています。そして、ベッドと車椅子の移乗において、自分で立てない利用者さんを抱えないということを徹底しています。また、ノーリフトケア委員会では、毎年アンケートを行い、身体的負担が大きいのはどういう作業なのか? 身体的負担を感じているか?などの質問を聞いており、スタッフからもこういうところがきついとか、こういう機械を試してみたいなどの声が上がったりするので、施設長から企業に声を掛けてもらってデモ機を借りるなどして、日々アップグレードするよう努めています。

――この取り組みをなされた成果には、どのようなものがあったのでしょうか?

大崎:利用者さんの移乗事故の件数が大幅に減少しています。剥離などは移乗動作の際に年間11件起きていたのが3件に減少、内出血も年間50件起きていたのが十数件に減少しました。ノーリフトケアは、移乗の際、臀部でんぶを起点にした回転動作がなく寝たままで行えるので、臀部の褥瘡じょくそうも処置数が月2人ほど発生していたのが、2021年から0になりました。スタッフの身体的負担に関しても、昨年までのスタッフの腰痛アンケートでは、業界では平均80%の方が持っているところ、当施設では9%と数字に表れています。また、入浴においても、風呂に漬かっている時間が一人2分から5分に増えているにもかかわらず、リフトのおかげで入浴時間全体を短縮でき、しかもスタッフも半分で済み、新人がすぐに入浴介助に当たれるなど、人材育成にも役立っています。一つ一つの動作にゆとりが持てるというのが大事で、スタッフがバタバタしていると、利用者さんがつられて不穏な空気になってしまうのですが、業務量が削減でき、スタッフにゆとりがあると、スタッフの目をフロアに集めることができ、事故予防にもつながっています。スタッフも利用者さんも、気持ちに余裕ができるようになりました。

――今後、さらに取り組まれたい課題がありましたら、教えてください。

大崎:ノーリフトケア委員会は、以前は指導がメインでしたが、今は成功事例の報告会になっています。私の手も離れて現場の介護士がやってくれるので、維持や管理、お話を聞きに来てくださる方に、ノーリフトケアの良さをもっと広めていきたいと考えています。

多床室のリフトは天井にあるレールで移動し、利用者3〜4人に対して共用する

六甲の館

社会福祉法人弘陵福祉会
特別養護老人ホーム

六甲の館

〒651-1101
兵庫県神戸市北区山田町小部字妙賀山13番地17
TEL:078-594-2451
URL:https://rokko-yakata.jp/

[定員]
特別養護老人ホーム:70人
ショートステイ:10人


撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹