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チームのことば

【INTERVIEW】老犬老猫ホーム 東京ペットホーム代表/一般社団法人 老犬ホーム協会 副会長 渡部 帝

2023.05 老施協 MONTHLY

「老犬ホーム」「老猫ホーム」という存在をご存じだろうか。ペットを飼っている人でも意外と知らないこの業態は、文字通り老いた犬猫を預かり世話する施設のことだ。本格的に整備され始めたのは、動物愛護法の改正で認定制度もできた2013年ごろから。2018年には「老犬ホーム協会」も設立されている。今回は都内で施設を運営し、老犬ホーム協会の副会長も務める渡部帝(あきら)氏を訪ね、言葉の通じない相手とのコミュニケーションをどのようにしているのか、また「ペットの老後」を取り巻く社会環境などについても伺った。


ペットは飼い主にとっては“わが子”
僕らスタッフも一緒に“家族”になるためのホーム作りを心掛けています

老犬ホーム協会とは?

2013年の動物愛護法の改正により、ペットの預け入れ施設としての「老犬老猫ホーム」の登録制度が始まったが、具体的な施設の指針がなかった。そのため、渡部さんをはじめとする有志が、業界スタンダードを制定すべく2018年に発足させた団体。協会が制定した従業員一人あたりの飼育頭数制限などの基準は、2019年の動物愛護法の改正に盛り込まれた

東日本大震災の被災犬が施設立ち上げのきっかけに

 10年ほど前から羽田空港近くで「東京ペットホーム」を運営する渡部さん。もちろん大の動物好きなのだが、実は神奈川県の団地育ち。このホームの運営を始める頃までは、ペットを飼ったこともなかったという経歴の持ち主だ。

渡部「きっかけは東日本大震災のニュースで見た被災犬の話ですね。避難所にペットは連れて行けないので放置された結果、野生化してしまう。お金を払ってもいいから誰かに面倒を見てもらえる施設があればいいのに、結局捨てるしかない。それを見て老犬ホームを作ろうと思い、経営していた工務店を閉めて立ち上げたんです」

老犬、老猫ホームと、介護対応ペットホテルを持つ「東京ペットホーム」。羽田空港に近い東京都大田区にあり、居抜き物件を工務店を経営していた渡部さん自ら改装した。ここは犬専門棟で、この棟とは別に、すぐ近くに渡部さんの奥様が店長を務める猫専門棟もある

 ちょうどその頃、’13年の動物愛護法の改正で、老犬ホームの業態を認可、登録する制度もできた。

渡部「どっちみち作ろうとは思っていたので、たまたまタイミングが合ったということですね。まず考えたのは、離れていてもペットは家族ですから、いつでも飼い主の元へ戻れる可能性がないといけません。そういった意味では、人間の老人ホームを見本にしたサービスが必要だと考えました」

 そもそも、法律的にペットとはどういう存在なのだろう?

渡部「所有物です。われわれが立ち上げる前にも、『老犬ホーム』という看板を掲げている業者はいたんですが、内情は『引き取り屋』。売れ残ったペットや飼えなくなったペットを預かって終生を面倒見るよと。所有物ですから譲渡契約をして、もう飼い主は存在しなくなります。言ってみれば手切れ金として100万円と犬を置いていきなっていうイメージですね。親が入居したら、もう他人になって会わせてもらえなくなる老人ホームがあるわけないですよね。われわれは譲渡されるのではなく、預かるんです。その期限も有期限ではなくて、場合によっては無期限でみとりまでします。それも預かったら終わり、預けたら終わりではなくて、飼い主には口だけは出してくださいと。僕たちはこの子のこと何も知らないわけで、これからも飼い主が一番の先生だからと伝えます。例えばこの子(上の写真で渡部さんが抱いている犬)は『ちょこ太』くんっていうんですけど、家では縮まって『ちょこちゃん』と呼ばれているとか、飼い主でないと分からないことがたくさんあります。言われた通りのレシピ、量でもご飯を食べてくれない。でも、声を掛けながら尻尾をなでてやると食べるとかですね。このホームを第二のわが家のように、自宅の環境を再現することが重要で、そのためにはとにかくヒアリングが大事になってきます」

 犬や猫の老化は、人間と同じような症状なのだろうか。

渡部「犬の場合そうですね。大体、15、16歳くらいから認知症になってくるんです。代表的症状が、徘徊と、昼夜逆転による夜泣き。夜泣きの場合、飼い主は耐えられても、ご近所が許してくれないこともありますから、それでうちに入居させる方も多いです。あとは犬が寝たきりになっちゃうと、わんちゃんを置いて飼い主が仕事に行けなくなっちゃう。自分で水のあるところまでたどり着けないので、排せつも垂れ流し。そうなると、帰ってきたらひどいことになってますので。飼い主が昼間留守にすることが多いと、犬は昼間寝て、飼い主が帰ってきた夜にスイッチが入ってはしゃぐ。それで昼夜逆転状態になります。うちでは最初のアプローチとして、体内時計の正常化を図ります。昼間なるべく散歩させて、夜眠れるようにする。体内時計の正常化は長寿にもつながりますからね」

 ホームでは当然、犬や猫のみとりまで行うケースもある。

渡部「ここで提携している病院もあって、お医者さんと相談しながら QOLを保てるのだったら入院を勧めますが、もう死期が近づいているということであれば、住み慣れたホームでみとることが多いですね。普段から、飼い主がもういいわよっていうくらい、日々の状況を動画付きのLINEで知らせたり、月報を出したりして情報を共有しています。犬の老化は、単純に寿命が1/5ですから人間の5倍のスピード。ここからの老い方は半端ないですよといったことを飼い主と一緒に想像していってあげることが大切です。ペットが飼い主より先に死ぬのは寿命を考えれば当たり前なんですが、完全に擬人化が終了しちゃっていて、頭では分かっていても感情面で認められないという方も多いんです。人間の老人ホームは親を預けるわけですが、飼い主にとってペットは“わが子”なんですね」

施設のキャパは犬20頭、猫20頭。現在、常時いるのは犬12頭、猫15頭で、空いている部屋をショートステイやペットホテルに利用。猫ホームは別の建物で、完全に分けている

スタッフは父親役と母親役でチームワークを構築?

 聞けば提携しているペット霊園もあり、葬儀の手配や納骨、返骨などの判断に関しても、常に飼い主と相談しながら進めるのだという。人間なら役割分担ができている業務を全てこなすのは、プレッシャーも大きいのではないか。

渡部「スタッフの女性たちはそれで悩んで離職までいくケースもあります。飼い主の気持ちに寄り添って“わが子”をみとることをしょっちゅう経験するわけですから。みんなが動物好きでこの仕事に就く人がほとんどで、しかも老犬の介護は、老人の介護より人間の赤ちゃんの世話に似ています。何もかも依存してくれるのでかわいいんですね。でもその分、亡くなったときの心のダメージも大きい。介護をする人間として、僕自身には男ならではの冷たさというか、俯瞰して見る感覚がある。でも、大切な飼い主との共感力という点においては女性にアドバンテージがある仕事だなって思います。母性本能なんですかね、観察力もすごい。ですから、僕からスタッフにアドバイスすることはほとんどないんです。たまに独りよがりというか、どうしても親の気持ちになって、自分だけの判断で動いているような傾向があったら僕も口を出すようにしています。いわばスタッフはみな母親で、僕が父親みたいな目線でしょうか」

 ペットではなく、飼い主の老化で預けるケースというのは?

渡部「猫の場合は9割以上そうです。飼い主が施設に入居するか、亡くなられるか。犬だと飼い主の老化と犬の老化が半々くらい。そもそもリタイアしてからペットを飼おうと思う方が多いですから」

 飼い主が先に亡くなったら?

渡部「ペット信託という保険制度があって、負担付き遺贈っていうんですけど、飼い主が亡くなられたら、施設が面倒を見るという負担を負って所有権が移る。そういう契約をうちでも複数結んでいます」

業務体制は3交代制で、朝5時から8時までがスタッフ1名、朝8時から夜8時までが3名、夜8時から深夜2時までが1名で、365日休みなし。従業員1名の時間はケージに入れるので、散歩などの行動は昼間12時間に集約され、昼夜逆転も好転する

地域包括支援センターと動物愛護センターの連携が必要だと感じています

業界全体の発展のために縦割り行政への提案に挑戦

 ここからは、5年前に発足し、渡部さんも副会長を務める「老犬ホーム協会」についても伺おう。

渡部「例えば『老犬老猫ホーム』と銘打って、犬猫好きの老夫婦が民家で100頭の面倒を見てますといった例もかつてあって、もちろん善意でやられていたんだと思いますけど、どちらか亡くなったら、もう多頭飼育崩壊になってしまい、『老犬ホーム』への信用もなくなってしまいます。ですからスタンダードを作らないといけないと思ったんです。これは従業員1人当たりの飼養頭数について法律上は無制限だった事が原因で、やっと最近になって環境省が20頭までと定めました。今は経過措置の段階ですが、施設の継続性や動物のQOLについて、ようやく一定の基準が示されたわけです。老犬ホーム協会は発足当初から、人員や飼育スペースについてもっと厳しい数値目標を掲げ、飼育員1人当たり15頭など、行政などに提案してきました。今後も法令を待たずに、老犬ホーム業界のサービス内容の統一をリードしていくことが協会の役割です。うちのホームではさらにキャパを少なく設定していまして、空いている部屋は普通のペットホテルか、ショートステイ用に使っています。人間同様、ペットも病状によって介護の度合いが違ってくるので、終生介護にもショートステイにもデイサービスにも対応するためです」

 最後に、ホーム、協会副会長としての今後のビジョンを伺った。

渡部「『老犬ホーム』という業態の認知度を広げるためには、地域連携が重要だと思っています。うちでは大田区の包括(地域包括支援センター)や社協と連携しています。飼い主の老化で飼うのが難しくなったときに、包括の相談員さんとかケアマネさんに『老犬ホーム』という存在を知っておいてもらいたいんです。ペットは環境省の管轄なので、協会副会長として環境省の上の方にも、飼い主の老後の選択肢として『老犬ホーム』を正式なものにしてほしいと伝えに行ったら、『うちは全然そのつもりなんだけど、最終的な決定権は地方自治体にある』というんですね。各自治体の動物愛護センターの管轄になるので、そこと包括との連携を、自治体ごとに首長の権限で進めなきゃならないという」

 例によっての縦割り行政である。

渡部「動物に人権はないので、人間のような公的介護保険制度は絶対できないんですが、民間では老犬ホーム入居積立金が入った保険商品を作りたいという会社さんから相談も受けていますし、人間でいう要介護認定員さんを制定する制度作りを、これは協会側から働き掛けて民間の保険会社と協業しています。ペットの病状は獣医師が判断しますが、病院代以外の部分でトータルいくらくらいかかって、どういうプランがあり得るかが判断できる専門員ですね。ペットがいろんな理由で飼えなくなったときに、殺処分覚悟で保健所に預ける、里親を探して他人になる、以外の第3の選択肢として、家族のままでいられる『老犬老猫ホーム』。まだまだ手探りなところはあるんですけれども、いい方向は示せているんじゃないかなという実感も最近は感じています」

猫はあまり老化しないが犬は人間同様、背中が曲がって前が見えなくなったりする。ただ犬の歩行器は、介助というより、残された四肢の訓練の意味合いが大きいという
右が犬ホーム店長の手柴友里さん、左がスタッフの工藤夕海さん。小型犬だけ預かることにしているので、ケージで休む時間も犬たちはストレスなく過ごせる

老犬老猫ホーム 東京ペットホーム代表/一般社団法人 老犬ホーム協会 副会長 渡部 帝

老犬老猫ホーム 東京ペットホーム代表/
一般社団法人 老犬ホーム協会 副会長

渡部 帝

Profile●わたなべ・あきら=1969年、神奈川県大和市生まれ。2002年から現在のホームの近くで工務店を経営していたが、東日本大震災のニュースを見て一念発起、2013年より「東京ペットホーム」の経営に乗り出す。2018年から、発起人の一人でもある一般社団法人老犬ホーム協会副会長に就任


撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之