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「備える」から「動ける」へ!介護施設の災害対策

地震や豪雨などの自然災害が相次ぐ今、介護施設には「備える」だけでなく、災害時に「動ける」体制づくりが求められています。今回は、防災の基本から被災経験、実践事例までを通して、利用者と職員の命を守るために必要な災害対策を考えます。


最悪の事態に備えた「動ける防災」を考える

 7月28日16時27分、令和8年熊本地震が発生しました。被害を受けた皆さまには謹んでお見舞いを申し上げます。このたびの災害を受けて、全国老施協では、即時に大山会長を本部長とする災害対策本部を設置し、熊本県老施協をはじめ関係機関と連携して、被災地への支援を行っております。

 こうした大きな災害が毎年のように各地を襲う今、介護施設は何を備えるべきなのでしょうか。

 ’24年元日に起こった能登半島地震で、被災地支援に入った日本介護支援専門員協会常任理事・山口浩志氏は、そのときの状況を振り返ります。

 「特に奥能登では施設自体のライフラインが遮断され、そこで生活すること自体が不可能な状況でした。そこで学校の体育館などの1次避難所からホテルや旅館などの2次避難所に行くまでの待機場所として、金沢市内に1.5次避難所という環境がつくられました」

 1.5次避難所は能登半島地震で初めて設けられた避難所で、高齢者や健康上の配慮が必要な人を一時的に受け入れる役割を担いました。

 「その中で要介護状態と判断された方が運ばれてくるエリアを担当、次の特養や老健施設へつなぐアセスメントとマッチングを受け持ちました」

 その後は在宅の要援護者を訪問し、スクリーニングやヒアリングなどの支援を行った経験も踏まえ、「施設の防災の根本は、利用者と職員の命を守ること」とし、「最悪の事態にまで備えた『動ける防災』が必要」と山口氏は話します。

 「まず、施設ごとにどんな災害が起こるのかを想定しておくべきです。各地域にはハザードマップがあり、津波、土砂災害など、ある程度想定されている災害があるからです」

 自治体は防災計画で、各地域で起こり得る災害を想定しています。施設に問われるのは、その想定に自分たちの動きを重ねられているかです。

 「ライフラインが途絶えたらどうするか、何を備蓄しておくべきか。近隣との連携の取り方や、福祉避難所の場所、自分の施設が福祉避難所になっていたら受け入れ可能人数も把握しておかねばなりません。発災の時間や時期によっても対応は変わるでしょう。考え得る限りの想定を頭に入れ、訓練を行い、BCP(事業継続計画)を練り直す。災害は平等に起こりますが、備えによって被害は変えられます」

災害は平等に起こりますが、備えによって被害は変えられます

利用者と職員の「命を守る」5つのポイント

 山口氏は施設に求められる「命を守る」重要なポイントを、5つに整理してくれました。

1 起こり得る災害を知り、備える
 「自分の施設に起こり得る災害の特徴を捉えておくことです。また在宅と違い、施設利用者は自分一人で避難できる方が少ない。車椅子で避難する方、ストレッチャーが必要な方、独歩で移動できる方が何人いるか、そしてまず優先的に避難させるべき方は誰か…といったことを決めておくことも必要でしょう」

2 防災マニュアルを作成する
 「起こり得る災害に合わせて、作業分担や行動手順をどう取るかを考えておきましょう。職員自身が被災して出勤できないケースなども踏まえ、一人で背負わない備えが必要です」

3 発災からのステップを知る
 「まずは初動対応。特に発災直後の10分、15分で利用者さんの状況を確認することが重要です。次にその情報共有と連絡。連絡先の洗い直しや、普段から連絡ツールを点検することも必要ですね。その上で建物や設備の安全を確認し、避難しなければならないかどうかを判断します。続いて利用者さんの誘導、安否確認と報告──という一連の流れを周知徹底しておきましょう」

4 「気付き」を重視した訓練を行う
 「発災時は想定外のことが起こります。形だけではなく、実際に動いてみて『さらにどんなことが想定されるか』という新たな『気付き』を生み出せるような訓練を行い、訓練での行動理由や、迷ったこと、困ったことを言語化する『振り返り』を行うことが重要です」

5 避難所生活が与える影響を知る
 「利用者さんに避難してもらうケースを考えなければなりません。環境の変化による症状悪化、感染症や体調不良、医療・介護ニーズが満たせないといったリスクや影響を考えて、備えることが必要です。避難先でお世話をするのは、利用者さんを知らない人かもしれません。まずはその方の服薬管理、既往歴といった命に関わる情報の管理は必須です」

 そして、この5つのポイントを実際に動かすのは、人です。山口氏が強く語ったのは、日頃からの地域とのつながりでした。

 「有事の際には職員だけではなく、近隣の方に支援を仰がなければいけないこともあります。近隣の方との関係は、急につくれるものではありません。日頃から施設の夏祭りにお招きしたり、地域の運動会に参加するなど、交流を深めることです。普段から互いに気遣い合える関係が築けているかどうかが、いざというときの協力体制につながると思います」

 つながりは、こちらが支えられるだけのものではありません。備蓄があれば、いざというとき地域に頼られる存在にもなります。

 「施設の人間だけではなく、お水や食料、衣類といった物資を何人分ぐらいなら支給できるかも点検しておく必要がありますね」

 山口氏が繰り返し語るのは「動ける防災」とは、計画を書き上げた先にある「実践」の心構えです。

 「最後には『人』が、形式的なガイドラインやマニュアルを、はるかに超える力を発揮するのではないかと、私は考えます」

災害による年代別の死者割合

※1 出典:内閣府資料
※2 出典:平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関する第3回ワーキンググループ資料により内閣府作成

 


山口浩志

一般社団法人日本介護支援専門員協会の常任理事として、地域包括ケアシステムの推進、介護支援専門員の社会的地位の向上などに取り組む。


 

本当に必要な備え

土砂崩れの被害に遭いながら、利用者・職員が全員無事だった──。そんな経験をした特別養護老人ホーム 平成の杜。施設長の若林久美子氏に、「備え」について教えてもらいました。

ガラス1枚が割れただけで、大量の土砂が押し寄せてきた

訓練とは別の斜面が崩れ想定外の垂直避難へ

 ’19年10月12日19時前に、強い勢力を保ったまま伊豆半島へ上陸した台風19号。全国で死者105名、行方不明者3名、負傷者375名の人的被害をもたらしました。静岡県駿東郡小山町にある特別養護老人ホーム平成の杜では、裏山の土砂崩れによって1階が大量の土砂に埋め尽くされて半壊。しかし、利用者と職員は奇跡的に全員無事でした。

 「平成の杜は、土砂災害警戒区域と、さらに厳しい土砂災害特別警戒区域が重なる場所にあります。だから職員は日頃から避難訓練を重ねてきました」と施設長・若林久美子氏。しかし、実際には訓練の想定にないことが起こりました。

 「東側の斜面が崩れる公算が高いとされていたので、土砂が来たら西側へ逃げる、という訓練ばかりしてきたんです。ところが、その日は南側の斜面が崩れてきたんです」

 当日10時37分に土砂災害警戒情報が発表され、平成の杜では避難確保計画に沿って対応を開始。危険視されていた東側の養護老人ホーム1階の11名を2階へ移動させました。その後、19時20分ごろ、南側の斜面に危険が切迫したと判断し、特別養護老人ホームの入居者29名にショートステイ5名を加えた34名を建物2階へ垂直避難させることにしました。

 「裏の住民の方が、沢があふれたから自分たちも避難する、と教えに来てくれたのがきっかけになりました。私どもも1時間置きに状況を見に行っていましたが、カーテンを開けたら、外はもう腰の高さまで水が来ていて…。それを見て『上に逃げるしかない』と決断しました」

 訓練したことのない、全員での垂直避難が始まりました。入居者をベッドや車椅子に乗せエレベーターで2階に。

 「その最中、空気穴や隙間からみるみるうちに水が入ってきて、くるぶしまで水に浸かりながら、みんなで2階へ上がりました」

 そして避難完了直後に、エレベーターがストップ。職員は階段を使って薬や翌日分の水、食料、書類を2階へ運び上げました。その作業が終わった20時5分ごろ、食堂のガラスが割れ、大量の土砂が1階に入ってきました。

 「割れたのは、90cm四方のガラス1枚だったんです。そのわずかな隙間から、10tトラックおよそ50台分の土砂が、水と共に流れ込みました。この日は台風の接近が予想されていたので、夜間に残った職員は通常より5名多い9名でした。停電などに備え、自主的に施設に残っていてくれたおかげで、全員を無事に避難させることができたと思います」

 そして、本来41名分のスペースしかない2階に、入居者と職員、さらに福祉避難所として近隣から避難してきた住民を合わせた82名が一夜を過ごしました。

 「その間も、職員たちがみんな明るく振る舞ってくれて。この災害では自然の脅威も感じましたが、『人の力』を最も強く感じました」

 翌日の10月13日には、特養入居者のうち25名が、近隣の施設へ移動することが決定。14日からは自衛隊と消防が、15日にはボランティアの方が入って施設の復旧作業が進んでいきました。

 とはいえ特養エリアや食堂が使えるようになったのは翌年の2月。入居者全員が元の施設に戻れたのは、被災から半年後のことでした。

[左]台風19号による土砂災害で施設裏の斜面が崩落。大量の土砂が建物を襲い、1階は半壊した [中央]土砂だけでなく大量の水も建物内へ流入。あっという間に腰の高さまで水位が上昇した [右]翌日から土砂の撤去や復旧作業がスタート。入居者全員が施設へ戻れたのは約半年後だった

行政に訴えたい「その後」を支える仕組み

 「今回の被災に関しては、長く従事してくれる優秀な職員や近隣の方の機転、偶然が重なって助かった部分が大きかったと感じました。そんな偶然ではダメだと、みんなで話し合い、どんな状況でもみんなが助かる防災計画を立て直しました」

 柱としたのは「早めの避難」です。災害時の職員体制も見直し、市町村が高齢者等避難(警戒レベル3)を出す段階で、全員を2階へ避難すると決めました。

 「あの日以降、豪雨の際に避難をして、何ともなかったことが何度もありました。でもそれでいいんです」

 近隣住民の声掛けで被害を最小限にした平成の杜では、地域との関係もより密になっています。

 「社会福祉施設の物は、自分たちの物ではなく、地域のみんなの物です。地域で車やポータブルトイレといった物が必要になったら、使ってもらうようにしています。またあの日以降、雨が降るたびに裏の沢をチェックして、濁った水が流れてくれば、すぐに町役場へ連絡するようにしています。町役場もあの経験を重く受け止めてくれ、警戒レベルを出す際には、町全体への発令と同時に、平成の杜へ直接連絡を入れてくれます」

 日頃から“お互いさま”の関係があるから、いざというときに助け合える。被災の翌日に利用者を8施設へ分散して施設再開まで受け入れてもらえたのも、静岡県老人福祉施設協議会東部支部会の施設同士が結んでいた協定があったから。

 ただ、被災して気付いたのは、被害を受けた施設の「その後」を支える仕組みだと言います。

 「被災した施設は、入居者を他の施設へ移すとその間の収入がなくなります。『利用者を見ていないのだから当然だ』と言われるかもしれませんが、施設としては職員への給料は払わなければなりません。夜勤手当もなくなりました。昼間に土砂の片付けをしていても、手当は出ないんです」

 工事費や備品代などの災害復旧費は支給され、大いに助かったと言います。けれども、介護報酬そのものが途切れる期間は、施設の体力に関わってきます。

 「復旧までの期間が長いほど、経営していけなくなる施設も出てきます。能登で被災された方々からも、同じ意見が出ているとのことです。地域の介護を絶やさないためにも、行政にはこうした意見に耳を傾けて、被災した施設を支える制度作りをしてほしいと思います」


特別養護老人ホーム 平成の杜

住所:〒410-1311 静岡県駿東郡小山町小山255-2
TEL:0550-76-8008
URL:http://jukohkai.moon.bindcloud.jp/index.html

施設長
若林久美子


 

「動ける仕組み」を作る

いざというときに「動ける備え」を目指すために徹底的に防災対策をしている特別養護老人ホーム等々力の家。施設長の多和田真吾氏に本当の意味での防災訓練について伺いました。

実際に災害が起きたとき、本当にこの備えで動けるのか

アクションカードの活用と珍しい「垂直避難訓練」

 「死傷者ゼロを目指し『災害時に、本当にこの備えで動けるのか』を問い続けています」と語るのは、等々力の家施設長・多和田真吾氏。法人グループ全体としては理事長をトップとする災害対策本部を平時から定期的に立ち上げる訓練を行い、震度5以上を想定した招集体制を整えています。各施設でもBCP(業務継続計画)を策定しており、等々力の家ではさらに「アクションカード」を作り、全職員が携帯しています。

 「BCPのマニュアルは何年も前からありますが、災害が起きたとき、マニュアルを持って動くのは難しいと思ったのがきっかけです」

 アクションカードは、日勤帯・夜勤帯・休日という時間帯ごと、また水害や地震という災害の種類ごとに、職員が「発生から何分で何をするか」を書き出したカードです。0〜3分、3〜10分、10〜30分、30分以降と、混乱しやすい初動ほど細かく刻まれているのも特徴です。

 「パニックを起こさないよう、できるだけシンプルで、分かりやすいカードにすることを意識しています。我々の施設では海外出身の職員が多いことも、その理由の一つです。誰が見ても、すぐに動けるカードでなければ意味がありませんから」

 等々力の家の「動ける防災」の姿勢を象徴するのが、利用者を対象にした階下へ移動する訓練です。

 「火災でエレベーターが停止した場合は、煙が来ないところへ水平避難するのが基本です。ただ建物が崩壊しそうになるような場合を想定すると、垂直避難や階下へ移動するケースが“絶対に”ないとは言えません。そこで、ご家族の同意を得た上で地域の方にもご協力いただき、特養の1フロア約30名のうち、車椅子の22名を職員が担架で搬送しました」

 この全国的にも珍しい訓練からは、多くの気付きが得られました。2階の居室から1階の避難スペースまで出るのに平均2分45秒を要し、避難時間の約3割は移乗(車椅子から担架、担架から車椅子への移動)に費やされることや、要介護3よりも5の利用者の方が避難に時間を要することなどが分かったのです。

 時間がかかるのは階段の上り下りだと思っていたら、最もかかったのは移乗。さらに普段は手引きで歩ける人でも、いざとなれば車椅子に乗せた方が早いことも分かりました。それからは車椅子を階段の下にも何台か置くようにしています。

 「訓練の結果によって、BCPの中身もアクションカードの内容も見直しました」とのこと。避難の優先順位、効率的な動線の在り方など、訓練のたびに見直されていきます。

アクションカードを作る

平日日勤帯を想定

発生から 行動のポイント
0〜3分

◉ 職員と利用者の安全確保

◉ 指揮者を決定

◉ 必要に応じて119番通報

3〜10分

◉ 利用者の安否確認

◉ 火災・建物の損傷など危険箇所を確認

◉ 避難の必要性を判断

10〜30分

◉ BCP発動

◉ 必要に応じ避難開始

◉ 法人本部・行政へ状況を報告

30分以降

◉ 最低限のケアへ切り替え

◉ 家族連絡

◉ 業務継続体制を整える

さまざまな人の気付きを取り入れた防災計画

 「防災の気付きを得るためには、施設内だけでなく、さまざまな人の意見が必要。施設の内だけで考えていると、どうしても偏った考えになってしまいます」と多和田氏。

 等々力の家では、入居者のご家族や地域の人を招き、毎回テーマを明確にしてBCP災害訓練を行っています。今年6月の訓練のテーマは、ライフラインが途絶えた災害の翌日を想定したものでした。

 「水が止まったら何が困るのか話し合い、火を使わずに出せる食事を体験していただき、こちらが気付かなかったことも教えていただきました」

 「アルファ米ならレトルトの丼の具材をかければお年寄りでも食べやすくなる」「ウチの親ならこれでも食べられる」といった意見は、一つ一つ蓄積され、更新されます。それにより、内部からも活発に意見提供が行われるようになります。

 「職員の意見で用意したものの一つが、ハラル認証の非常食です。海外の職員が食べられなくなっては、入居者の方を元気にできませんからね」

 福祉避難所なので非常食や水は利用者と職員、そして受け入れが想定される人数分を最低3日分、さらに紙オムツや口腔こうくうケア用品、手袋、マスク、消毒品なども備蓄。こうした備蓄品も、「実際に使わないと分からないことも多い」とのことです。

 「災害用の大きなペットボトルはそのままだと高齢者の方には飲ませにくいという意見が出て、蛇口の付いた4リットルの容器を各フロア2つずつ置くようにしました。また、エレベーターが止まったときを想定して、かつては厨房ちゅうぼうの倉庫1カ所にまとめていた水や非常食を、各階の倉庫にも分けて配置しました」

 こうした訓練・経験からの小さな気付きは、毎月の防災委員会にかけられ、備えを一つ一つ、より実践的なものへ更新していきます。

 「ここ数年は酷暑です。利用者の健康を考え、昨年は大容量のポータブル電源と省エネタイプのスポットクーラーを4台、補助金で導入しました。寒いのは布団や着るもので賄えますが、暑さは対応できません。非常に体力を奪われますから」

 等々力の家の「動ける備え」は、今、次の段階へ進もうとしています。多和田氏が次に見据えるのは、施設が使えなくなったときのことです。

 「これまでは、福祉避難所である等々力の家は、何が起きても施設が存続することを前提に考えていました。しかし、施設自体が生活できる状況ではなくなる可能性もゼロではありません。その場合、避難先は約300m離れた都立高校です。利用者さん全員を安全に移動させられるのかを、訓練で検証する必要があると考えています」

 また、災害時は一施設だけで対応するには限界があります。そのため普段から近隣施設との連携を深め、グループの枠を超えて情報共有や支援要請が円滑に行える関係づくりも進めています。

 「動ける防災」は、施設だけで完結するものではありません。日頃の訓練に加え、地域や施設同士が顔の見える関係を築いておくことが、利用者の命を守る大きな力になります。


特別養護老人ホーム 等々力の家

住所:〒158-0082 東京都世田谷区等々力8-26-16
TEL:03-5752-0030
URL:https://www.foryou.or.jp/corp1/todorokinoie/

施設長
多和田真吾


構成=玉置晴子/取材・文=一角二朗