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2026年10月1日施行 カスハラ対策義務化へ 職員を守る現場づくり

近年、顧客などによる理不尽な要求や暴力的な言動といったカスタマーハラスメント(カスハラ)問題が深刻化しています。このため、本年10月1日から全ての事業者にカスハラ防止のための対策を講じることが義務付けられることに。介護業界でも進められてきたハラスメント対策の中にカスハラ防止策をどのように組み込んでいくべきでしょうか。全国老施協の法律相談もご担当いただいている長野佑紀弁護士にお話を伺いました。
お話を聞いたのは

宮澤潤法律事務所
副所長・パートナー弁護士
長野佑紀氏
京都大学法学部、京都大学法科大学院卒業。2012年に弁護士登録して以来、全国の介護施設、福祉施設、医療機関からの法律相談、紛争・訴訟対応を中心に取り扱う。埼玉医科大学医学部非常勤講師や令和7・8年度厚生労働省委託事業「介護系スタートアップ支援事業 powered by CARISO」サポーターも務める。主な著書は「Q&Aでわかる! 介護施設の紛争予防・対応マニュアル」(日本医事新報社)、「Q&Aでわかる! 病院・診療所の紛争予防・対応マニュアル」(日本医事新報社)。問い合わせは、https://nagano-lawyer.jp/contact.phpまで
カスハラを受けやすい介護職員を守る体制とは
介護現場では、利用者やその家族と事業者の間に信頼関係があってこそ、より良いサービスの提供が可能となります。しかし、実際にはサービス利用者やその家族による介護職員へのハラスメント行為は少なくありません。厚生労働省の調査では、3年間でパワーハラスメントをはじめとした各種ハラスメントの相談があった企業のうち、カスハラ事案が92.7%と最多に(下図)。特に利用者と距離の近い介護職員は暴言や暴力を受けやすく、けがやメンタルヘルス不調のリスクを抱えています。
過去3年間のハラスメント該当件数の傾向(ハラスメントの種類別)

そこで令和3年度介護報酬改定より全ての介護事業者に対して、ハラスメント対策の実施が求められてきました。厚労省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」で示された介護現場で起きやすいハラスメントを改めて確認しておきましょう。
①身体的暴力(身体的な力によって危害を及ぼす行為)
例:物を投げる、蹴る、唾を吐くなど。
②精神的暴力(個人の尊厳や人格を言葉や態度によって傷つけたり、おとしめたりする行為)
例:大声を発する、怒鳴る、特定の職員に嫌がらせをする、理不尽な要求など。
③セクシュアルハラスメント(意に沿わない性的誘いかけ、好意的態度の要求、性的な嫌がらせ行為)
例:不必要に身体を触る、抱き締める、入浴介助中あからさまに性的な話をするなど。
地域の関係者が連携してハラスメント予防・対策に取り組むイメージ

なお、同マニュアルでは認知症によるBPSD(行動・心理症状)や精神疾患によって現れる言動はハラスメントとして扱わず、専門的ケアを提供するほか、医療機関などと連携して対応することが求められています。上図はハラスメント対策における地域連携体制のイメージですが、いくらケアを工夫しても重度のBPSD対応に職員らが疲弊するような場合も活用が可能でしょう。利用者の病気や障害が原因でも、職員が受ける心身へのダメージが軽くなるわけではありません。これからは職員の安全を守るための体制を地域の関係機関と連携して構築していく必要があるといえます。
カスハラ対策は職員への安全配慮義務からも必須
こうした労働者保護の観点から令和7年6月に改正された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称「労働施策総合推進法」)には、カスハラ対策の強化が盛り込まれました。改正法施行日の本年10月1日より、事業主はカスハラ防止のための雇用管理上の措置を講じることが義務付けられます。これを受け、介護施設における紛争予防、対応経験の豊富な弁護士の長野佑紀氏は次のように解説します。
「介護現場は身体接触が多いだけでなく、利用者やその家族のサービスへの理解が十分でなかったり、過度な期待があったりすると職員はカスハラを受けやすい。そのことが介護人材の職場定着を妨げる一因になってきたとも考えられます。そのため今回カスハラ対策が義務化されたことは職員が安心して働ける職場づくりを後押しする効果がありますし、迷惑な言動を繰り返す利用者らに対しては法的根拠をもって注意しやすくなることも期待できます」
また、前述した利用者のBPSDなどが重度化した場合については、自施設における対応の限界点を見極める必要性を指摘します。
「これからはBPSDや精神疾患の症状とカスハラの違いを判断する際、専門医などの意見も積極的に確認する必要があるかもしれません。その上で自施設の人的・物的設備で対応可能かどうかを見極め、場合によっては精神科の医師・看護の設備がある施設に転居する手続きを進める。またカスハラ対応においては、何でも自施設だけで解決しようとせず、法人組織として、弁護士や医師などの専門家や地域の関係機関と積極的に相談・連携することをお勧めします。
いずれにしてもこうした事案を職員が一人で抱え込むことなく、複数名での対応を原則とすべきです。事業者は労働契約法によって職員に対する安全配慮義務を負っています。職員の安全が脅かされるカスハラやそれに相当する事案への対策は、事業者の法的義務でもあることに留意しましょう」
カスハラの防止のために講ずべき措置義務5項目
事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
1の対応例
◼ トップメッセージとして、当該方針を広く社内に発信する。
◼ 可能な限り、労働者を一人で対応させない。
◼ 対応に関するマニュアルを作成し、周知する。
2.相談(苦情含む)に適切に対応するための体制の整備
③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
④相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする
2の対応例
◼ 相談に対応する担当者をあらかじめ定める。
◼ 相談窓口の担当者に対し、相談を受けた場合に関する研修を行う。
3.カスハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
⑤事実関係を迅速かつ正確に確認する
⑥被害者に対する配慮のための措置を適正に行う
⑦再発防止に向けた措置を講ずる
3の対応例
◼ 1において定める対処の内容を踏まえて、監督者などがその場で事実関係を確認し、対応する。
◼ 必要に応じて、周囲のスタッフからも事実関係を聴取したり、録音・録画などの客観的な証拠を確保したりするなどの措置を講ずる。なお、録音・録画など証拠を確認するに当たっては、個人情報の保護に関する法律を順守し、顧客などの個人情報を適切に取り扱う。
◼ 行為者に対応する担当者の変更、または複数人で対応する。
◼ カスハラの原因となったサービスや問題そのものの改善を図る。
4.対応の実効性を確保するために必要なカスハラの抑止のための措置
⑧特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
4の対応例
◼ 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については警察へ通報する。
◼ 行為者に対して、店舗および施設などへの出入りを禁ずる。
5.その他併せて講ずべき措置
⑨相談者などのプライバシーを保護するために必要な措置を講じて、労働者に周知する
⑩相談したことなどを理由として不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
5の対応例
◼ 相談者のプライバシー保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行う。
◼ 就業規則、その他の職場における職務規律を定めた文書において、不利益な扱いを受けない旨を周知・啓発する。

法的措置義務を怠ると社会的信用を失うリスクも
それではカスハラ防止のための措置を講じる上で、押さえるべきポイントを見ていきましょう。前出の改正労働施策総合推進法において、カスハラとは「①職場で行われる顧客、取引相手、施設利用者などの言動で、②その雇用する労働者が従事する業務の性質や事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えた言動により、③労働者の就業環境が害されること」で、これら3つの要素を全て満たすものと定義されています。
長野氏いわく、「具体的にカスハラ対策を講じる上では、厚労省が公表した『事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』によく目を通し、特に事業主がカスハラ防止のために講ずべき措置義務5項目(上の概要参照)を改正法の施行日までに準備することが重要です」
また、同施行日以降に雇用管理上の措置義務に違反した事業者は、行政による報告徴求命令、助言、指導、勧告または事業者名の公表といったペナルティーが科せられると長野氏は言います。
「これからの時代、カスハラを含めたハラスメント対策を怠っている事業者は社会的信用を失う可能性が高く、人材確保も難しくなってしまうでしょう。職員を守る施設づくりを進めることは”選ばれる施設”への一歩でもあります」
組織として取り組むべき抑止につなげる環境整備
前述の措置内容を準備する際に大事なこととして、「これまでの施設内ルールを見直して、改正内容を明確にしておくことがハラスメント対策のスタートラインになります」と長野氏。後述のハラスメント防止啓発ポスターを作る際も、施設ごとの優先項目を整理しやすくなるでしょう。
「禁止行為を掲載するだけではなく、違反した場合の施設への出入り制限、契約解除といったペナルティーを契約書や重要事項説明書に明記しておくことも、カスハラの抑止力として有効です。さらにカスハラ発生後、先方に提示する警告書や誓約書のフォーマットも作っておけば、スムーズに交渉に入れる上に再発防止にもなります」
また、カスハラを理由に警告などをする際は、職員の被害状況を正確に把握する必要があります。鍵になるのは「いつ・どこで・誰が・どのような状況でカスハラを受けたか」を記録すること。その際、介護職員が使っている介護記録ソフトは、利用者やその家族とのトラブル発生状況を特記事項に記録できる上、すぐに管理者らにも情報共有できて便利です。
「カスハラ事案の経緯を客観視できるICTツールの活用はお勧めです。現に利用者らがカスハラを行っている場合では、当該状況を相手方に許可なくICレコーダーなどで録音したとしても、通常はカスハラに対する防犯や証拠保全などの正当な目的によるものであり許容されるでしょう。こうした事案対応の手順を詳細に決めていく作業は大変ではありますが、職員を守り、ひいてはサービスの質向上のためにも施設の皆さまには頑張って取り組んでいただきたいと思います」(長野氏)
教えて長野弁護士! カスハラ初期対応フロー2選
利用者やその家族から受けた言動がカスハラに該当するのかどうか…判断に迷う場面も少なくないはず。「迷惑行為の基準を明確に線引きするのは難しいものですが、大きく2つに分けて判断できます」という長野弁護士から初期対応2パターンを教えてもらいましょう!
CASE:1
明らかにカスハラ行為と分かる場合
相手が興奮して怒鳴ったり、机をたたきだしたりした
▼
すぐに対応を中断して「そういう行為はやめてください」と注意する
▼
相手が落ち着かなければ「話し合いを続けることはできないので本日はお引き取りいただきたい」と伝える
▼
しつこく迷惑行為が続くようなら警察への通報も辞さないと警告する

長野弁護士アドバイス
「厚労省の指針では”言動の内容”と”手段や様態”どちらか一方のみが社会通念上許容される範囲を超える場合でもカスハラに該当し得るとされています。たとえ施設への苦情の内容自体に正当性があったとしても、訴え方が暴力的であるならカスハラと判断できるということです。いずれにしても相手に暴力・暴言行為が現れたら、即座に対応を中断して注意しましょう」
CASE:2
個別ケースに応じた検討が必要な場合
利用者家族から面会時「母の様子を毎日メールで報告してほしい」と要求された
▼
その場で安易に承諾せず「上司と検討して後日ご連絡します」といった返事にとどめる
▼
管理者やユニットリーダーらに情報共有
▼
検討後「施設規定に照らし合わせ検討した結果、毎日のメール報告にはお応えできない」旨を家族に電話や書面で通知する

長野弁護士アドバイス
「親を案じる家族には当然の要求に思えても、こうした要求に施設側が常に応えなければならないわけではありません。施設職員に対する過度な要求に応じてしまうと、職員の他の業務に支障が生じ、ひいては他の利用者が不利益を被ることにもつながるので、注意が必要です」
利用者やご家族に向けたハラスメント防止啓発ポスター案

◉カスハラ防止の啓発ポスターに掲げる項目内容は、上記①〜⑮を参考に法人独自に定めた規約に沿って設定しましょう。
◉ ポスターに掲げた禁止行為と同様の内容をサービス利用契約書にも明記し、利用者やその家族と契約を交わす際に必ず確認してもらいましょう。
◉ 契約書に禁止行為を記載する際、万が一カスハラ行為に及んだ際のペナルティー(施設への出入り禁止、契約解除の可能性、暴力行為や暴言などが威力業務妨害罪、脅迫罪、名誉毀損罪などに当たる可能性)がある旨を記載することも抑止力になります。
◉ ただし、カスハラ防止だけを強調し過ぎると、利用者や家族への宣戦布告と受け取られ、顧客感情を逆なでしてしまう可能性もあります。戦略的にも「当法人はあらゆるハラスメント防止に力を入れている」というスタンスを打ち出すことが有効です。
構成=及川静/取材・文=菅野美和
1.事業主の方針等の明確化、およびその周知・啓発
①カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
②カスハラの内容およびあらかじめ定めた対処の内容(※1)を管理監督者を含む労働者に周知する
※1 管理監督者にその場の対応の方針について、指示を仰ぐ。可能な限り、労働者を一人にさせない。犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する。本社・本部などへの情報共有を行い、指示を仰ぐなど