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メーカー&導入施設から見る 介護ICTが開く業務効率化の最前線

 

令和6年度の介護報酬改定で新たに設けられた「生産性向上推進体制加算」によって、国は介護現場のICT化に大きくかじを切りました。現在の状況や今後の展望について全国老施協の岩井広行委員長やメーカー、施設に話を伺いました。

岩井広行

全国老施協生産性向上推進委員会委員長。
積極的にDX・ICT化を推進するささづ苑グループ理事長を務める。

 


ICTを推進する施設職員の1万9000円相当の賃上げを支援

ICT化を進める介護現場に国が重点的に予算配分

 令和6年度の介護報酬改定で生産性向上推進体制加算が新設。その背景には、介護人材の確保が難しくなっていることが挙げられます。

 人材確保のために職員の処遇改善を進め、介護ロボットやICTといったテクノロジーを導入・活用して、サービスの質を確保しながら職員の負担軽減を図るという、介護事業の生産性を向上させる取り組みに対し、国としてのバックアップを強固にする改定でした。

 しかし加算取得は進んでいるとは言い難い状況です。厚生労働省が、令和7年8月に全国7万8000余りの施設に調査したところ、未取得が75.2%、特養では加算取得率が若干増えたものの、65.3%が未取得という結果が出ています。

 これから先この生産性向上推進体制加算によって、介護業界の未来が大きく変わると語るのが全国老施協の生産性向上推進委員会委員長の岩井広行氏。積極的にDX・ICT化を推進するささづ苑グループの理事長。

 「その理由としては、昨年12月に成立した国の補正予算で、生産性向上推進体制加算に対する国の本気度が明らかになったことが挙げられます。介護従事者1人当たりの賃上げ支援として月額1万円相当に加え、加算を取得するなど生産性向上に取り組む施設に対してはさらに月額9000円相当を上乗せする施策が打ち出されたのです」

 単純計算で、介護従事者が100人いる法人で、基礎部分の支援だけでは半年間で600万円の支援となりますが、DXなどの生産性向上に取り組めば半年間で1140万円、実に540万円もの差が生じます。

 「この9000円の差は、現場の職員にとってはやりがいにつながり、施設としても人材確保のための大きなメリットとなるでしょう。この流れは、令和8年度の処遇改善加算の改定として引き継がれています」

 さらに「個人的な見解ですが」と前置きして、岩井氏は続けます。

 「DX化を進める介護現場に予算を回すという国の方針はさらに加速化する傾向にあると感じています。令和9年度の介護報酬改定では、生産性向上に取り組んでいる施設とそうでない施設の報酬格差はさらに大きく広がるのではないかとみています」

 では、実際にどのようなプロセスを踏むべきなのでしょうか。

たった3つの要件と導入・定着への5ステップ

 介護現場のICT化は、従事者のやりがいを支え、施設の経営を安定させることにつながります。

 「加算を取るためのハードルは高そうだと思われるかもしれませんが、入り口となる加算(Ⅱ)の要件は、実は低いのです」(岩井氏)

 要件はたった3つ。
A 委員会の設置(3カ月に1回以上開催)
B テクノロジーを1つ以上導入
C 国にデータ提供(年1回)

 「テクノロジーと言っても、見守り機器、インカム、介護記録ソフトのうち、1つを導入することです。既に介護記録システムを入れている施設ならクリアしています」(岩井氏)

要件がそろったら、現場に定着させるかが重要。岩井氏は経験も踏まえて、5つのステップを提唱します。

①現状を知る

 「委員会を中心に、現場のリアルな課題を共有することです。経営層が機器を買い『使ってみましょう』では定着しません。『現在、一番困っているのは何なのか』を徹底的に話し合うことが重要です」(岩井氏)

②課題解決を考える

 ①で挙がった課題を、具体的にクリアするための方策を洗い出す。

③機器選定をする

 現場の課題に合った製品を選ぶ。
「多くのメーカーでは、お願いすれば1カ月ほど無料のデモ期間をもらえるので、活用することを念頭に置くといいでしょう」(岩井氏)

④導入はスモールスタートで

 導入時は、仕事のプロセスが変わることもあるため、システムを一気に施設全体で導入せず、ワンフロアや1つのユニットから始動する。

⑤法人全体に広げる

 スモールスタートで始動した上で、法人全体に広げていくことが賢明とのこと。「例えば、私が理事長を務めるグループで音声入力のシステムを入れたのは定員29人の施設からでした。そこで機器使用のマニュアルを固めて、1年半後に最も大きな特別養護老人ホームに導入したことで、全体にシステムを定着させることに成功しました」(岩井氏)


国の支援も手厚くなる今が、ICT化に踏み出すチャンス

職員の負担軽減と入居者の快適な介護体験

 「ICT化の価値は、単なる時間短縮ではなく、現場の職員が実感できる喜びにあります」と岩井氏。自身の法人・ささづ苑グループでの実例を踏まえて、メリットを解説。

 「例えば、先に挙げた音声入力システムは、近年精度が格段に上がっています。導入すると、職員が作業中に話したことを介護記録に入力できるため、介護業務が終わった後にPCで記録するという作業が省けます。

 『眠りSCAN』などの見守り機器も、起きている方のおむつ交換にピンポイントで入れるようになり、職員の訪室の負担が減らせます。また、入居者の方の安眠を妨げず、快適に過ごしていただけます」(岩井氏)

 加えて、職員全員にiPhoneとインカムを支給。ここにも現場の声が反映されているとのこと。

 「インカムはウエアラブルなものですから、他の職員との使い回しに懸念を示す人も多かったんです。なので、個別に支給できるようにして、さらには耳をふさがない骨伝導タイプを選ぶことで、周囲の音も聞きながら、安全に作業できるようにしました」(岩井氏)

 さまざまなメリットがあるとはいえ、いざゼロから導入するとなると、不安を感じる施設も多いはず。

 そうした懸念に対して、岩井氏はゼロから施設にテクノロジーを導入した経験を基に「まずは、ICT機器を導入している施設を見学することから始めることをおすすめします」とアドバイス。

 「数年前、当法人で事業譲渡を受けた老健施設は、建物は築30年でWi-Fi環境もなく、システムも古い医療用のものでした」(岩井氏)

 そこで岩井氏は、老健施設の職員全員にICT化が進んだささづ苑を見学してもらい、導入した際のイメージをつかんでもらうことから始めたことが成功のカギだったという。

 「結果、2カ月でWi-Fi環境を整え、その数カ月後には音声入力での記録を開始、譲渡から半年で加算(Ⅱ)を取得しました」(岩井氏)

 介護ロボット・ICT導入に関しては、都道府県の補助金があり、ICT機器や通信設備の導入などに係る経費の5分の4が基本的に補助されます。さらにこの補助金にはいくつか補助メニューがあり、小規模法人を1以上含む複数の法人により協同化なども補助対象となっています。富山県の事例ですが、組み合わせることで最大1200万円もの助成が受けられるものです。岩井氏が挙げたケースでも、実際の投資比率は総収入の1.76%で済みました。

 「ささづ苑では、ICT化によって生まれた時間を、利用者の方々への手厚いケアに充てることを目指しています。また、ありがたいことに、『最先端の設備で働きたい』という新卒者が定期的に応募してくれます。外国人スタッフ・派遣職員、紹介会社への高額な手数料もゼロですから、費用対効果を考えたときに、大きなメリットを感じています」(岩井氏)

 国の支援も手厚くなる今が、事業所のICT化への一歩を踏み出す好機。次のページからの実例も参照にして、考えてみましょう。

 

導入目的に応じた介護ICT

導入目的・ねらい 必要な介護ICT

訪室の最適化

(夜勤負担軽減)

◎見守り機器

 ➡睡眠・覚醒などの居室状況が分かるもの。

  画像やシルエットで居室の状況が分かるものがあればより効果は高まる

記録業務効率化

◎介護記録ソフト

◯タブレット端末・スマートフォン

 ➡見守り機器など使用の場合は一つの端末で完結することが望ましい

◯音声入力アプリ・ソフト

 ➡介護記録ソフトによって、連携できるソフトが異なる点に留意

入居者の状況に応じた個別ケア促進

◎見守り機器

 ➡睡眠や生活リズムが把握できるもの

◯介護記録ソフト

転倒事故防止

◎見守り機器

 ➡離床検知の即時性が高いもの、映像などから「原因」が特定できるものが理想

職員間コミュニケーションの促進

◯インカム

 ➡フロア構成などにもよる

◯介護記録ソフト

 ➡申し送りの高度化

△フロアなどに設置のカメラ

◎=目的達成のためには導入必須
◯=目的達成のためには条件や場合によって導入が必要
△=目的達成のためには必須ではないがあれば良い


Part:1 メーカーの取り組み

導入に補助金を使用できるICT機器を開発しているメーカーに、特徴やこだわりを語ってもらいました。
多くの施設で使われている製品の魅力を垣間見ましょう。

Case:1 パラマウントベッド
現場の声で表示・通知も追加した見守り支援システム

 睡眠改善技術の開発に長年取り組んできた中、夜間の見守り業務を支援する非接触センサー「眠りSCAN」を開発。2023年には、「眠りSCAN」で測定した情報をリアルタイムで遠隔監視する見守り支援システム「眠りCONNECT」を発表。「睡眠」「覚醒」「離床」のみだった表示・通知も「起き上がり」「呼吸数・心拍数」といった種別を増やすなど、現場の声を生かした開発を行っています。

 「提案時や導入後のヒアリングのみならず、開発担当者も介護現場に出向いて要望・ニーズをヒアリングして開発を進めています」(デジタルソリューション事業部・深澤浩二氏)

ベッドの上の利用者の状態を端末のリアルタイムモニター画面で確認することで、状態に合わせたケアで見守り可能に。

 「スタッフの業務効率化になったという声も聞こえています。ICT化を成功させるには“技術”とともに“人と運用”を考えることが大事だと思います」

眠りSCAN/眠りCONNECT
マットレスの下に敷き体動を検出して睡眠状態を測定する「眠りSCAN」の情報を、「眠りCONNECT」で表示。一目で状態が分かります

 

Case:2 ケアコネクトジャパン
運用に合わせて自由にカスタマイズできるツール

 介護サービスで行われる「記録・プラン・請求」までの運営を全面的にサポートする介護ソフト「CAREKARTE」。食事量やバイタルなどスマホを使い、AIを活用した音声記録が可能。日常の業務を強力にアシストします。

 「その先に見据える“人が記録を取らなくてもよい記録の自動化”で介護現場の変革し、『ミライノカイゴ』を目指しています」(ツナぐ課・山下浩和氏)

「CAREKARTE」をメイン機能にAI音声記録入力アプリ「ハナスト」をサービス提供。現在は「ケアモニ」、「ケアコネ」などが展開され、チャットアプリ「ケアコネ」は人気。

 「他社とのデータ連携も積極的に行っております。介護現場の生の声を聞いて、現場が求める製品を意識していますが、『CAREKARTE』などのシステムはあくまでもツールになります。実際に事業所内でどのように活用するかチームを組んでやると効果がより一層発揮でき、運用もスムーズにいくと思います」

CAREKARTE
タブレットやスマートフォンからリアルタイムで入力・共有ができ、情報の一元管理を実現します。記録の抜け漏れ防止や業務の省力化により、職員の負担軽減とケアの質向上を支援。音声入力できる「ハナスト」と併用するとより便利に。

Part:2 導入施設の現在

10年前からICTを積極的に導入している砧ホーム。
利用者にとって安心できる良いケアとスタッフが働きやすい職場環境を実現しています。

 

社会福祉法人友愛十字会
特別養護老人ホーム
砧ホーム

住所:〒157-0073 東京都世田谷区砧3丁目9番11号
TEL:03-3416-3164(代表)

URL:https://www.yuai.or.jp/facility/kinuta-home/

 

ICT導入で、利用者のケアの質向上と職員の負担軽減を両立

ICTを導入することで安心して働ける環境を提供

 ICTの導入に先駆的に取り組み、2023年度に「介護職員の働きやすい職場環境づくり」において内閣総理大臣表彰を受賞した砧ホーム。

 ICT化について「利用者のためと職員の身体的・心理的負担の軽減のために行いました」と語るのは、施設長・武井安浩氏、介護副主任・三浦好顕氏、機能訓練指導員・小谷野祐樹氏。2016年、見守り機能付きのベッドを導入したことが始まりだったとのこと。

 「当時、ほとんどが手動のベッドだったので、補助金で電動ベッドを導入したく、そこに見守り機能が付いてきた感じ。ただこれが使ってみるととても効果的でした」(三浦氏)

[左]「眠りSCAN」用の大型モニターでは、利用者の覚醒状態をすぐに把握できる
[右]ベッドと車椅子の移乗に使用されるリフト

 

 見守り機能付きのベッドを導入したことで、利用者のベッドからの転落事故が激減。その結果、職員にかかる心理的負担も減少していきました。そこで翌年に台数を増やし、見守りセンサやマッスルスーツを導入することに。

 「マッスルスーツは、一定数いた腰痛を理由に休む人や辞める人への対策として取り入れました。これが一度使うとラクで。台数を増やして今も活躍しています」(三浦氏)

[左]「マッスルスーツ」は中腰の姿勢をサポート
[中央][右]「見守りセンサ」でプライバシーに配慮しながらスマホで利用者の状態を確認

 その後も、スタッフ同士のコミュニケーションを図るインカムや介護記録システム、眠りSCANなどを導入。その根底には、“利用者のため”という思いがあります。

 「例えばトイレの記録システムを入れたことで、排せつの有無が把握できるようになりました。それまでは自然と下剤が増えてしまうこともあったのですが状況に合った薬を手配でき、失禁も減っていきました。結果的に尊厳のあるケアにつながっていると思います」(三浦氏)

[左]「インカム」でスタッフ同士が円滑にコミュニケーションを取れる
[右]動物型のセラピーロボ「PARO」は癒しの存在

 人の目だと確認しづらかったこともICTによって明確に、リアルに伝わることで、よりその人に合ったケアができるようになりました。

 特に大きかったのは、スタッフの心理的負担の軽減です。

 「夜間の巡視が減ったことで事務作業ができるようになり、自分の時間がつくれるようになりました。そして何より効果として大きいのが、心理的負担を減らせるようになったことです。ベッドに見守り機能がないといつ転倒するかもという不安が常に付きまとっていましたが、それがなくなっただけでもかなり気持ちはラクになったと思います」(武井氏)

 ICT化で異常の早期発見ができるようになり、利用者とスタッフの不安も軽減され、“安心して働ける環境”を生み出しました。

 全てが順調だったかといえば、導入時の反発などはあったとのこと。

 「新しいことを始めることに対して本当に必要なのかという声もありましたし、慣れるまでは効率が落ちました。でも1カ月もしたら使いこなしていましたし、その後は確実に前よりも良くなっています。今も使い続けているのは、結果的に便利だからだと思います」(三浦氏)

ホームのICT化の歴史

2016年 見守りケアシステムM1/M2(ベッド)を導入
2017年 シルエット見守りセンサ、マッスルスーツを導入
2018年 PARO、なでなでねこちゃんDX2を導入
2019年 インカムを導入
2022年 ボイススキャンを導入
2024年 超低床ベッド、自動体位変換機能付エアマットを導入


その他にも、ベッド固定型リフト、眠りSCAN、介護記録システムなどを導入している

 

徹底した“事前検証”が導入成功の近道

 機器の選定に関しては、「現場の声を生かしている」と武井氏。

 「現状に対してどのような問題があるのか不安があるのかの声を日常会話などで拾い、会議で検討し、機器を見つけます。とはいえすぐに導入するのではなく、まずはデモ機を試用し、施設の規模に合っているのか、使い勝手はどうなのかをじっくり現場で判断することが大事。そのためには複数の製品の比較も行ったりします。このプロセスを経ていれば、導入したけど使われない機器は存在しません」(小谷野氏)

 導入成功のカギは、徹底した“事前検証”なのは間違いないようです。そして導入目的はあくまでも“利用者のためにケアの質を上げる”こと。

 「人員を減らすために機器を入れるという考え方がありますが、それだと現場は受け入れません。大事なのは、ケアの質を上げるためにICTを導入するということ。その結果としてスタッフの負担が減り、効率が上がるのだと思います」(武井氏)

 導入に伴う資金に関しては、「補助金制度を理解して使うことが大事」と小谷野氏。砧ホームは、厚生労働省の全額補助から始まり、その後も東京都のモデル事業への参画や補助金を組み合わせながら段階的に導入を進めてきました。これにより継続的な設備投資を実現しているのです。とはいえ補助金はあくまで手段であり、現場の課題解決とセットで活用することが重要であることは間違いなさそうです。

 ICTを導入することで効率化されるのは間違いないですが、それはあくまでもより良いケアとスタッフが働きやすい職場環境を実現するための手段の一つであることを忘れないことが重要。そしてその第一歩は、まずは“試してみる”から始めてみるのがいいのかもしれません。

(左から)機能訓練指導員・小谷野祐樹氏、施設長・武井安浩氏、介護副主任・三浦好顕氏
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構成・文=玉置晴子/取材・文=一角二朗/撮影=伊東武志