福祉施設SX
第 6 回 レクリエーションの 舞台裏 園芸療法


植物を育てる作業を通して
高齢者のこころとからだをリハビリテーション
高齢者施設での暮らしに楽しみをもたらすレクリエーション。
今回は、園芸を楽しみながら、コミュニケーションのきっかけや からだを動かす機会、達成感などを得て、心身のリハビリテーションへと つなげる「園芸療法」について伺いました。
自己有用感も高めてくれる園芸作業は高齢者の心身機能の維持回復にも活用可能
澤田みどりさんが園芸療法に関心をもったのは短大生のとき。 “アメリカには車椅子の人でも花の香りを楽しみ、車椅子に座ったまま作業ができる花壇がある。目の不自由な人でも嗅覚や触覚、味覚で楽しむ花壇もある”と講義で聞いたことがきっかけです。そこで園芸関係の財団で働きながら、夜学で福祉の学校へ通いましたが、そこでも、実習先の施設でも園芸療法が知られていない現状を知り、留学を決意しました。
アメリカでは、障がい者施設で園芸を担当した後、アメリカ園芸療法協会会長のもとで実践研修を重ね、お世話になった方々に園芸療法を日本に紹介することを約束して帰国。1995年に日本最初の園芸療法実践者育成のための勉強会を立ち上げたのがNPO法人日本園芸療法研修会のはじまりです。
現在、会員は北海道から沖縄まで220名を超え、それぞれが研修や情報交換をしながら高齢者施設や障がい者施設、病院、ホスピスなどで活動しています。
「園芸作業は自信や自尊心、達成感、満足感、期待や喜び、そして、自分はここに居てもよいのだという自己有用感を与えてくれます。園芸療法は、それを心身機能の維持回復、介護予防、認知症予防などに活用するもので、園芸福祉の対象がすべての人なのに対して、園芸療法の対象は、何らかの支援を必要としている人になります」
植物のもつ不思議な力を 関心のあった福祉の分野で 活かすために
澤田さんの活動の原点は、入院中の祖父母の見舞いに毎週のように通っていた、幼稚園から小学校にかけての時代にあります。小さな手で摘んだタンポポやヒメジオンを持っていくと、祖父母だけでなく、待合室にいる見知らぬ患者さんたちまでが“もうタンポポが咲いていたのね” “どこで見つけたの”と笑顔で声をかけてくれて、花のもつ不思議な力を感じたといいます。
「中学生の頃から植物が好きで大学は園芸科を選びましたが、福祉にも興味があったので、学生時代には特別養護老人ホームでのおむつたたみや散歩の付き添い、障がい者施設への泊まりがけの活動など、福祉の現場にも深く関わるチャンスを得ることができました。こうして園芸と福祉という二つの道が交わり、自分の使命を見つけることができたのです」

植物が主役ではない、 人が主役の園芸療法
「園芸療法と聞くと、美しい花壇を作ることや、立派な野菜を収穫することが目的だと思われがちです。でも園芸療法の目的は、植物を通じてご利用者一人ひとりがその人らしく生きられる時間をもつこと。園芸療法の主役は植物ではなく、あくまで人なのです」と澤田さん。
ある認知症のデイサービスでのジャガイモの袋栽培では、植え終えた途端に一人のご利用者がトントンと肩を叩き、“すごいの、ジャガイモ見つけちゃったよ”と、植えたばかりのジャガイモを引っ張り出してしまったそう。それを聞いたもう一人のご利用者もすぐに真似して“私も見つけたよ、不思議だね”とにっこり。澤田さんは驚きつつも“ご存じですか、これを植えて3カ月ぐらいするとジャガイモができて、今の何倍も食べられるんですよ”と、もう一度最初から説明をし、今度は絶対に手が届かない場所に袋を置いて、作業を終えたそう。
後で職員の方から、“今日は二人のご利用者がとても楽しそうだった”と報告を受けた澤田さんは「たとえ認知症が進行していて数分後には忘れてしまっても、その瞬間瞬間の喜びや驚き、発見の感動は確かに存在するので、その時間が充実していれば、それが積み重なって穏やかな日々につながっていくはず」と確信したそうです。
また別の施設では、久しぶりの土の感触が気持ちよく、「さあ、次は植え付けをしましょう」といくら促しても、なかなか土から手を離そうとしないご利用者がいらしたそう。そこで澤田さんは急遽予定を変更し、その日は土でお団子を作ったり、カップに入れてプリンのようにしたりする土遊びに変更。まるで砂遊びの時間のようになってしまったけれど、ご利用者が心から喜ぶことを、澤田さんは優先しています。
「園芸療法は必ずしも園芸をしなければいけないというわけではありません。植物や園芸に使う素材に触れることで、ご利用者にやる気が生まれ、楽しく充実した時間を過ごせればそれでよいのです。計画通りの寄せ植えが時間内にできたとか、おいしい果実がたくさん収穫できたという結果は、園芸療法の第一目的ではありません」と澤田さんは改めて強調します。
自分で選択し、種をまき、土に触れて自分で作業し、自分で収穫する。そのプロセスのなかで、役に立っているという実感や、生きている喜びがあることが何よりも大切で、実際、ガーデンに行くと、ご利用者は驚くほどよく動き、生き生きとして、ずっとそこに居たがることも少なくないそう。土のある場所で活動できることが、これほどまでに人の意欲をかき立てるのかと、改めて実感させられると言います。
園芸を通して得られる 喜びと驚きが日々の生活に 彩りを与える
現在、澤田さんが活動する施設の一つでは、ご利用者に何が食べたいかを尋ねて、それに合わせて植え付ける野菜を選んでいます。ほうれん草のゴマ和えが食べたいという声が上がればほうれん草とゴマの種をまき、「ちゃんと育てるとランチがもっとおいしくなりますよ」と励ましています。「皆さん“花より団子”で、野菜づくりは人気があります。自分たちが育てた野菜で作った料理を食べる喜びは格別ですから」
収穫の際には数当てゲームを行い、生姜がいくつ取れるか、ジャガイモは何個埋まっているか、みんなで予想を立てて掘り出していくのだそう。予想が当たった人には拍手が送られ、予想外に大きな野菜が出てくれば歓声が上がります。花を育てたら食堂に飾ったり、デイサービスの場合は家に持ち帰って楽しんでもらったり。こうした小さな喜びと驚きの積み重ねが、日々の生活に彩りを添えていくのだと言います。
季節を追いかける喜び 園芸療法カレンダーの一例
3月にはジャガイモを植え、4月にはレタスやニンジン、二十日大根の種をまく。5月上旬にはインゲン、枝豆の種をまき、夏野菜のトマト、ピーマン、ナス、キュウリなどの苗を植え、下旬には、サツマイモ、里芋、生姜を植え付ける。6月にはジャガイモの収穫パーティーを開き、7月には夏野菜が次々と実をつけ始める。8月の猛暑の時期には、室内で藍染めやマリーゴールドを使った染め物、野菜くずで作る野菜スタンプなど、涼しい場所でできる活動に切り替える。 9月には白菜を植え、大根の種まきをし、10月になってカブ、ほうれん草、小松菜、水菜、豆類などの種をまく。下旬にはサツマイモを収穫し、ツルでリースを作る。11月には寄せ植えでパンジーやビオラ、チューリップの球根を植え、里芋や生姜を収穫。12月には大根や白菜の収穫が待っている。冬を越して春になると、秋に植えたスナップエンドウやそら豆、玉ねぎが順番に収穫期を迎える。
一年のサイクルを通してご利用者は季節の移ろいを実感し、春のことを考えて秋に準備をし、数ヶ月先の収穫を楽しみに待つなど先を見通す力を養うことができます。こうした時間の流れのなかで生きることが、認知症の進行を遅らせると期待されています。
場所や人手が足りない施設でも 簡単に始めるなら袋栽培
【栽培方法】
❶ホームセンターで購入した培養土の袋の端をハサミで少し切り取り、さらに削った割り箸などでブスブスと穴を開けて排水するように整える。
❷ジャガイモの場合は培養土の半分ほどを別の容器にうつす。
❸ジャガイモは半分に切り(防腐のためにしばらく灰につけると尚よい)、サツマイモは茎が伸びている挿し穂をホームセンターなどで購入する。
❹袋の真ん中にジャガイモを置き、芽の部分が上に2つぐらい出る程度に土をかける。サツマイモは挿し穂を土に斜めにさす。
❺芽が出てきたら3本ぐらいを残して間引き、取っておいた土を足してかぶせる。ジャガイモは日に当たると青くなって毒素が出るため、ときどき土をかけて日光を遮る。
“こんなちっちゃいのもあるよ” “これは大きいね” と言いながら、室内でも収穫の喜びを味わえるのが袋栽培の醍醐味。場所を取らず、ベランダや室内の日当たりの良い場所に置いておくだけでよいので目も届きやすく、土の処分も袋ごと捨てられるため、後片付けも簡単です。園芸療法の第一歩として、まずは袋栽培から始めてみてはいかがでしょうか。

どのような身体状況の人でも
園芸活動に参加しやすくするために
ご利用者が種まきしやすくなる工夫
「手指が動かしにくくなったり、目が見えにくくなっているご利用者のためには種まきにも配慮が必要です。大きめの花の種であれば問題ありませんが、野菜には種が小さいものが多く、レタスや小カブ、二十日大根など、とくに細かい種をまくときには、調味料の空きビンなどにタネを砂と一緒に交ぜて入れ、塩コショウをかけるようにシャッシャッとまくようにしてもらうと作業しやすくなります。多くまき過ぎたときは、後で間引きをすればよいので、最初は気楽にまいていただきましょう。
視覚に障がいがあるご利用者のためには、割り箸を赤く塗って一列に置き、割り箸の横にまいてもらうようにするとやりやすくなります(澤田さん)」

みんなが作業しやすくなる レイズドベッドの活用
園芸療法を実践する上で重要なのが、ご利用者一人ひとりの身体機能に合わせた環境づくりです。澤田さんが特に重視しているのが、レイズドベッドと呼ばれる高さのある花壇。地面に直接植えるのではなく、腰の高さほどの台の上で作業ができるようにすることで、車椅子の人でも杖をついている人でも、無理なく植物に関わることができるようになります。 こうした小さな工夫が、園芸活動のハードルを大きく下げることにつながります。
「レイズドベッドは市販のものもありますが、使わなくなったテーブルの上にプランターを置くだけでも、地面に置くよりは高さが出るため、ご利用者も職員も作業がしやすくなります。
DIYが得意な職員がいれば、ちょうどよい高さに箱を作り、土を節約するために、植物が育つ深さだけ土を入れられるよう底に板を張ります。水が抜けるように板の間は空け、木が腐らないよう不織布を敷いてから土を入れ、ベランダなどに置いておけば10年ほどは使用可能です(澤田さん)」

園芸療法に必要な知識と技術
植物の知識や栽培技術を知るだけでなく、育てた植物を活用するための調理方法や、ドライフラワーづくり、フラワーアレンジメントなどのクラフト技術を学ぶことで幅が広がります。 さらに療法としての活動を深めるためには、
●高齢者など当事者をアセスメント(事前評価)する力 ●当事者の活動目的を設定する力 ●当事者の活動に伴う症状の変化、感情の変化、禁忌事項などを予測する力 ●当事者に適した場面を設定する力 ●評価をする力 などが求められます。
写真提供 = ベルガーデン水曜クラブ他 撮影=柿島達郎 取材・文=池田佳寿子