福祉施設SX
第2回 介護の現場を支える仕事 介護タクシー
日々、介護の最前線で高齢者と向き合う介護従事者の方を支えるために、 今、この瞬間も日本のどこかで、介護を取り巻く仕事に携わる人々が、 知恵をしぼり、技術を磨いて、よりよい介護の実現を目指しています。 そんな人々の熱い思いと介護の未来への展望を語っていただきます。
フランチャイズというより 組合のような存在
私ども介護タクシーグループアイラスには、現在、東京近郊の4県で約200の事業者が登録しています。
個人でやっている介護タクシーは仕事中は予約の電話を取り逃がすことが多い。また病院の送り迎えなどで待ち時間が長くなって、1日に1件の送迎しかできないこともある。そこで必要なところに適宜、空いている車を回せるようにコールセンターをつくったのが始まりです。フランチャイズではなく、あくまで組合のような存在です。
一般的なタクシーと違い 運転以外は“介護の仕事”
アイラスの所属ドライバーには、介護ヘルパー2級以上の資格を持っていないとなれません。私たちの仕事は、特別養護老人ホームなどの施設やご自宅から目的地まで、移動困難者の方を安全にお連れし、お帰りいただくことです。車で移送する以外にも、ベッドから玄関、玄関から車への移乗も重要な仕事になります。高齢者に特化したタクシーというより、運転を任せられる介護者であるという自覚をもって仕事に臨んでいます。
ドライバーには実地研修と フォローアップ研修を
アイラスの所属ドライバーなら、どの車が向かっても同じクオリティのサービスが提供できるように、研修には特に力を入れています。新人研修で車椅子やストレッチャーの使い方などを学ぶのはもちろん、フォローアップ研修として年に1〜2回、外部講師をお招きして接遇などの研修も行っています。
ご家庭からの移送の場合は階段があるケースも多いので、車椅子にお乗せしたまま階段を上下する研修なども行っています。
コールセンターにもホームヘルパー2級の資格取得者をおいて、階段の段数や上り框の高さ、お手伝いをしていただけるご家族がいらっしゃるかどうかなどをあらかじめ聞くようにしています。
ドライバーの一人ひとりは個人事業主なので、それぞれが必要だと思われる資格を受講して、現在、 半数が患者等搬送認定事業者、いわゆる民間救急の資格ももっています。人工呼吸器をつけているご利用者は、こうしたドライバーが担当することで、安心して移送を任せていただけます。
親御さんを介護タクシーに 乗せた経験がきっかけに
アイラスに所属するドライバーの多くは、以前はサラリーマンなど別の仕事をしていて、自身の親御さんのために利用した際に、「こんな仕事もあるのか」と興味をもった方が多いようです。
こうしたグループに入っていれば、自分の都合が悪いときの代行も見つけやすいので、自分の時間も大事にしながら、人に喜んでもらえる仕事がしたい、という人には向いているのではないでしょうか。
ご存じのとおり高齢者は年々増えていて、私たちの仕事のニーズも高まっています。とにかく「仕事を断らないようにすること」をモットーにはしているものの、1ヵ月、2、000件以上の依頼があると、お断りをせざるを得ないのが実情です。
介護タクシーのご利用者は、安心できるドライバーであれば、必ずリピートで依頼されます。なので私たちは同じご利用者からの依頼は直接ドライバーに連絡していただき、どうしても都合がつかない場合だけ、別のドライバーをこちらから手配しています。こうやって顧客がついたドライバーは自主売り上げを確立してもらい私たちはできるだけ新規のお客様に対応することに特化しています。
こうしてアイラスから独立して、新しく開業してくれるメンバーを増やし、コールセンターを活用して仕事を効率化させることが、増え続けるニーズに対応するために私たちが考えた結論でした。その根底にあるのは、移動困難者の方々の役に立ちたいという社会貢献の精神です。
父の介護で出会った 介護タクシーの道へ
4年前、父がリハビリ病院から退院するときに、初めて乗った介護タクシーのドライバーさんがたまたま女性の方でした。道中でいろいろお聞きして、この仕事ならやってみたい、と。家族も応援してくれたので、すぐに介護ヘルパー2級の資格を取り、アイラスグループに所属しました。
50代〜60代の男性が多い中で私は異色でしたが、ヘルパー2級の資格だけでは知り得ない、介護タクシーの現場でのノウハウを丁寧に教えていただけたのでたいへん勉強になりました。
ニーズの多い女性の 介護タクシードライバーを 増やしたい
女性だということで、ベッドからの移乗や階段の上り下りに不安をもたれるご利用者もいらっしゃいますが、基本的に車椅子と合体して重さが自分の体重よりも軽ければ大丈夫です。コールセンターが必ずご利用者の体重を聞いてくれて、重さに応じて、ご家族のお手伝いをお願いするなど、万全の体制をつくれるようにしています。
逆に「女性の方でよかった!」と喜んでいただけることも多く、この仕事の女性へのニーズを感じます。ちょっとした気遣いやお声がけが喜ばれたり、行った先でのトイレの介助なども頼めるということで、依頼のお電話をいただいたときに「ああ、深澤さんが空いていてほんとうによかった」と言っていただけると、この仕事をしていてよかったとやりがいを感じます。
ご利用者に少しでも楽しんでいただけるように、服は明るめのものを選び、ネイルなどのおしゃれもあえてするようにしています。
また春は桜、夏はかき氷や風鈴、秋はハロウィン、冬はクリスマスといった飾りにしています。ご利用者が喜んでくださるだけでなく、介助者の方との会話のきっかけになっていることもあるので、脳の活性化にもつながっていたらよいなと思っています。
今の悩みは、自分が都合がつかないときに、代行してもらえる女性ドライバーがいないことです。女性の後輩ができたら、かつて私が教えてもらったように、今度はこの仕事を教え、広める立場になれればうれしいです。
自分がストレッチャーに寝て からだへの負担を確認
祖母の介護を手伝うこともあり、高齢者には慣れていたこともあって、サラリーマンからこの仕事に転職しました。
私が車の運転をするときに一番気をつけているのは、いかにスムーズにブレーキを踏むか、ということです。健常者にとっては、少しガクッと感じる程度のことでも、頭を前にしてストレッチャーに寝ている方にとっては、かなりの負担がかかります。そのことを自分の身をもって体験するために、私自身がストレッチャーに寝て自分の介護タクシーに乗り、何度もブレーキをかけてもらって、その違いを確かめました。
他にもコーナーの曲がり方なども、実際に自分が寝て乗って体験して、ご利用者にとってできるだけ快適な運転を心がけています。
車椅子の目線で車窓の景色を 楽しめるように窓を配置
ご容態のよくない方もいらっしゃるので、ドアの閉め方も気をつけています。車両を新しくした際にも、音をほとんどたてず閉められる車種を選びました。
ルーフサイドウィンドウをつけたのは、車椅子で乗っていただく方の視線が、ちょうどこの窓のところにくるからで、特別養護老人ホームからの一時帰宅や、お花見などの観光の際に、窓からの景色を少しでも楽しんでいただきたいと考えて選びました。開放感があってよいのですが、中にはあまり日差しを浴びない方がよいという方もいらっしゃるので、黒いスモークは入れてあります。
車内の温度にもとても気を使います。ご利用者自身は意思表示ができないケースが多いので、付き添いの方にこまめにお声がけするようにしています。一緒にやっている仲間といつも言っているのは、「乗る方の立場にたって考えようね」ということです。話しかけられればお答えしますが、静かに過ごされたい方もあると思うので、こちらから必要以上のお声がけはしません。
そして何より大事なのはご利用者の安全ですから、意地を張って一人で頑張ることはしません。必要であれば2人体制、3人体制で行くことをあらかじめご説明して納得していただいています。
ご利用者を送り届けて、ご本人やご家族の方に「ありがとう」と言われるときが何ようりうれしく、一番やりがいを感じるときです。
撮影=松浦幸之助 取材・文=池田佳寿子