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介護ロボット&ICT啓発 第2弾② 介護ロボット&ICT啓発 対談「2025年問題に介護ロボットで挑む!」

右)株式会社マクニカ  DXコンサルティング統括部 新事業創発コンサルティング室 八代 秀一郎 室長2010年株式会社マクニカ入社。半導体事業やサービスロボット等の新規事業立ち上げを経て2021年にDXコンサルティング統括部に参画。様々な業界のDX推進に携わる。ビジネスにおける座右の銘は「Quick win & Small success」


中央)社会福祉法人善光会理事、 最高執行責任者、統括施設局長 株式会社善光総合研究所 代表取締役社長 宮本 隆史:2007年新卒で社会福祉法人善光会に入職し、2017年より理事 最高執行責任者。2023年に株式会社善光総合研究所を立ち上げる。デジタル行財政改革会議課題発掘対話などの政府会議に有識者としても参画。 座右の銘は「一期一会」


左)株式会社Minoli SXコンサルタント 高本 長門 代表取締役:金融、証券、再生可能エネルギー業界を経て、2015年のSDGs元年に株式会社Minoli創業。SX(持続可能な経営変革)コンサルティングとしてさまざまな企業の経営アドバイザリーに携わる。座右の銘は「さとり」

 

見守り機器は なぜ導入しやすいのか

─介護人材不足が深刻化する2025年まであとわずかです。その対策として期待されているロボット&ICTを介護現場にいかに導入させればよいのでしょうか?

宮本さん 一つは費用対効果をきちんと出すことでしょう。作業時間をどれだけ減らし、ご利用者の満足度をどれほど上げられるか。そしてどう使いこなせるかです。

─データで見ると「施設の見守り機器」の導入率が高いですが、ここに何かヒントがありませんか?

宮本さん 私たちは介護の仕事を「直接介助」「間接業務」「間接介助」の3つに分類しています。この「間接介助」にあたるのが見守りや保安業務で特別養護老人ホームでは15%弱あります。この業務が効率化の最初のターゲットで、今までは人海戦術でやっていたところをセンサーにやってもらいます。「機械に見守らせるなんて」という意見もありますが、人間は見るだけでご利用者の脈も心拍数も取れない。さらに100人のご利用者をずっと見守るには100人の職員が必要になりますが、これは不可能です。見守り機器は機械でやった方が正しい情報をリアルタイムで拾い続けてくれるという点で人がやるのとかなりの差がでます。一方、見守りという業務そのものはご利用者の属性に左右されないという点 でも導入しやすいのだと思います。

─業務が24時間途切れることなく続き、人海戦術が必要だがご利用者の属性に左右されない作業は、必ずしも人がやらなくてもよいということですね。

八代さん ご利用者の属性に左右されない、ということはまさに大切で、転倒予防のための見守りセンサーでは、体動の大きい方、動くスピードが速い方などご利用者を大きく3分類することで、最適な見守りセンサーの組み合わせや設定を決め、実運用に浸透させたという経験があります。

業務支援ソフトやAIの活用で 介護の質を上げ、業務改善も

─介護業務支援も導入は進んでいますが、外の業界から見ると、記録から情報共有・請求までが転記不要の一気通貫になっていないのが、なぜなのかと思います。

宮本さん 私たちも介護ソフトの開発を行なっていて、現場が作る現場のためのソフトであるべきだと、無駄は省いて機能もしぼりこんでいます。しかしレセプト請求をしやすいように作ろうとすると、一気通貫しにくくなる。というのも介護保険は地方分権なので、自治体ごとのソフトが違うと一気通貫で全部使えないこともあるのです。

─そこは行政にも考えていただかないとならない点ですね。音声入力の活用は進んでいますか。

宮本さん 音声入力はAppleやGoogleの音声認識の性能が日進月歩で進んでいるので、それを使える仕様にしておけば特段問題ありません。一昔前だと介護の専門用語をきちっと変換してくれなかったのですが、今は精緻できれいな文章として作ってくれるので、導入しやすいと思います。

─生成AIは活用できそうですか?

宮本さん 生成AIも私は非常に親和性が高いと思っています。個人情報の点に配慮しないとならないという課題はありますが、例えばAさんに対してこういうプランを作った方がいいということを職員の頭の中で考えているとすると、その頭のメモリーには限界値がある。それを生成AIで、インターネット上にある情報からいろいろなケースを調べて引っ張ってきたり、対話もできたりすると、プランニングしていく時間が限りなく早くかつ正確にでき、業務改善もしやすくなると思います。2025年問題は2040年にかけてピークになり、ケアマネジャーなどの専門職も、一人当たりが対応しなければいけない利用者数は増える一方です。生成AIが事務作業を減らしていく一つのきっかけになると考えています。

 

今後の開発に期待したい 排泄支援と移乗サポート

─大きな課題である排泄支援センサーは?

八代さん ある介護老人保健施設ではパッド交換の空振りや、失禁によるリネン交換にかかった時間をカウントしていくと、1日あたり結構な時間になっていました。排泄センサー導入のビフォア・アフターは効果がわかりやすいですね。

宮本さん 排泄は個人差が大きい点が見守りセンサーとは異なります。しかし排泄の予測を立てるセンサーもいろいろ出てきていて、これがオムツやパッド交換の空振りを少なくしたり、失禁時のリネン交換の時間や費用を減らしたりすることにつながるなど、今後、ニーズに応える機器が出てくれば、確実に伸びる分野だと非常に期待しています。

─移乗サポートロボットは必要ですか?

宮本さん 大前提としてこうした機器を使った方がいいし、現場の方も必要性はわかっている。なのに導入が進まないのはロボットでは移乗に時間がかかるからだと思います。人がやって1分のところを機械だと5分かかっては、1日に何回も移乗をするのには使いたくなくなる。しかし、移乗という「点」だけで見てしまうとそうなのですが、先ほどのセンサーなども含めて、さまざまなロボット&ICTを活用していくことによって、時間的余裕が生まれれば、このご利用者には移乗サポートロボットを活用してみようというように、幅を徐々に広げていくことができると思います。

製造業のシミュレーターを活用して 入浴介助業務の短縮化に成功

─移乗サポートでは時間がネックになっていますが、入浴介助では時間短縮が可能になったそうですね。

八代さん 一昨年にDXパートナー協定を結んだ当時100床規模の介護老人保健施設では、入浴介助が課題になっていました。入浴する場所まで距離もあったので、そこに連れて行った先で待ち時間が発生してしまう。最大で1時間ぐらい入居者の方をその場で待たせることもありました。これをスタッフ総出でやりますから、別の業務をしていても、みんな入浴介助業務を優先する。10何年ぐらいずっと課題として抱えられていて、月100時間を超えるほどの残業時間が発生していました。これは何とかならないかという話になったときに、弊社の方から提案したのが、製造業で工場を建設したり生産性を上げたりするときに使われるシミュレーターです。通常はシミュレーターの中で工場のラインを再現するのですが、そこに老健の施設を再現させて、入居者の方の属性などを入れていきながら、どの順番で連れていくのが最も効率的なのかというのをシミュレーションしました。その結果、今まで男性が先、女性が後だったのを、順番を逆にすることで、残業時間を8割減らせました。100時間を超えたものが20時間以内に収まるようになり、ご利用者の待ち時間が最大1時間ぐらいかかっていたのがゼロになる。待っている間の介助の人手も少なくて済むようになったので、これまで17名で介助にあたっていたものが、14名で当たれるようになりました。人手も残業時間も少なくなり、ご利用者の待ち時間も減ったという経験をプロジェクトの中で得られました。

─シミュレーションの条件はタイマーなどで計ったのですか?

八代さん 上階から一つ下の階へ連れて行く時間、脱ぎ着をする時間、貼り薬や塗り薬をつけるのであればその時間。あとはお風呂のタイプによって入浴する時間も違ってきますから、そのあたりを全部時間として計測をし、シミュレーター に入力した上で、最適な順番を導き出しました。

 

導入することが目的ではない いかに良質なサービスを提供するか

─冒頭で、導入後に本当に使えるかどうか、オペレーションも重要な問題だとおっしゃっていましたが。

宮本さん 普及には使い方・オペレーションは重要な要素です。取り扱う人材の育成をどうするかですね。

八代さん 私たちが医療や介護の現場のデジタル化支援を行うときにも、コストや使いこなしについて抵抗感や不安をもたれる方も多いので、なぜ導入するのかという目標設定をしっかりするとともに、取り扱いに不安がないように、運用面の再設計もしないといけないと思っています。

─このオペレーションを支えるのがスマート介護士の存在ですね。

宮本さん はい。ロボットは物だけでワークするわけではありませんから、結局それを扱える人材を増やすことが重要です。介護現場にテクノロジーを導入するということに対するアレルギー感とか、間違った理解のようなものがあり、それを解決するために2019年にスマート介護士というものを創設しました。ややもするとロボット&ICTは、導入が進まないことが課題になってしまう。けれど、導入すること自体が課題ではなくて、どういう介護サービスを提供するかということがそもそもの本質なので、やはり国を挙げて人材づくりをやり遂げなければいけないと思っています。産学がきちんと連携をしていきながら、この分野の持続可能性というものを高めていきたいと考えています。

八代さん 現場職員にとって、やらされることに関してはどうしても抵抗感があると思います。でも小さなことでもよいので、自分事になって成功体験を得ると、向き合う姿勢がすごく変わると思います。これを私たちはクイックウィン&スモールサクセスと呼んで大事にしています。あとはデジタルやICTというワードを聞くと、今まで80点ぐらいの業務でよしとしていたものが、100点を求めてしまうことがよくあります。そうなると導入のハードルがとても高くなってしまう。まずはデジタルを導入した上での80点をしっかり定義することがとても大切です。 そして、単にデジタルだけで80点取れることは絶対にない。感覚的には50点60点ぐらい。現場の方々が受け入 れてもらえるようなオペレーションに上手く変えていくことでようやく80点を取ることができる。この考え方でデジタル導入に挑んでいけるかが勝負のポイントだと思っています。

宮本さん 生活を支えていくという前提の中で、デジタル技術がどう活躍できるのか。大手も含めてスタートアップからベンチャーサイドの皆さんまで、いろいろ興味をもって開発していただけるとよいと思っています。

─介護ロボットについては、もっと皆さんが声を上げて、現場が一目見て「あ、これは導入したい」という介護ロボットの開発を、現場を巻き込んで促進していきたいですね。今日はありがとうございました。

 

 地雷探知のノウハウがお掃除ロボットに使われ、その技術が原子炉建屋の調査に使われたように、今、開発が進むロボット&ICTの中から介護現場で応用できる技術が生まれてくるのは間違いありません。
 こうして上手にロボット&ICTを導入している介護現場は仕事に前向きに取り組もうとする求職者にとっても魅力的な職場に感じられて、その面でも人手不足の解消に役立つのではないでしょうか。
 また介護業界そのものがロボット&ICTの活用に積極的であることを発信し続ければ、最先端の技術者やクリエーターがロボットやICTをきっかけにこの業界に関心をもって足を踏み入れ、介護業界の活性化にもつながるはずです。
 いち早く超高齢化社会を迎えた日本がこの難問に果敢に挑むことは、課題解決先進国になるチャンスともいえます。その切り札となるのが、介護する側にも利用者にとっても「人にやさしいロボット&ICT」なのではないでしょうか。

取材:高本長門、高木利弘 撮影:柿島達郎