福祉施設SX
第5回 島根県 社会福祉法人 島根県社会福祉事業団 雪舟園
社会福祉法人 島根県社会福祉事業団 雪舟園
創設56年を迎える島根県社会福祉事業団は、県内各地で障害者支援施設4カ所、特別養護老人ホーム6カ所、保育所1カ所を運営するほか、聴覚障害者情報提供施設および視聴覚障害者情報提供施設を島根県から受託経営するなど、幅広いサービスを提供。雪舟園は、その最西端の施設として1973年に開設、2013年現地に移転
あなたのくらし わたしのくらし
みんなちがってみんないい
県の受託から独立へ。 従来型からユニット型へ
今回訪ねたのは、社会福祉法人 島根県社会福祉事業団が運営する西端の施設、益田市にある特別養護老人ホーム雪舟園。周辺には田畑が広がり、すぐそばには天然アユが棲息する水質日本一の清流・高津川が流れる、自然豊かな環境のなかに施設はあります。
「当園は島根県下で5番目の特養として1973年に開設されました。当初は100名定員かつ6人部屋での運営でしたが、介護保険法が施行され、制度的に6人部屋が禁止されたことで大規模修繕を行い、4人定員の多床室をつくりました。その後、さらにユニット型への転換を見据えて2013年に現在の場所に移転し、昨年、開園50周年を迎えました。現在は入所70名、短期入所10名で運営しています」と話すのは雪舟園の園長、寺本芳彦さん。
コロナ禍でさまざまな行事の中止が続いた近年でしたが、新型コロナの5類移行を受け、昨年秋には、無事に式典を執り行うことができたといいます。
団結の機運を高めた 基本理念
同園の運営母体である島根県社会福祉事業団は、1965年の設立後、長らく県からの受託経営を行い、2000年の介護保険法施行と同時に、先行して法人内の特養のみを本事業団へと移管。その後、2003年の支援費制度導入を機に、障害者支援施設も自主独立経営となり、現在に至ります。
民営化への動きのなかで、労働組合員として切磋琢磨した寺本さんは、「県から離れたことで経営の自由度が増したことは非常によかったと思っています。ただ独立当初は目の前の経営で精一杯で、理念を定めることまでは難しかったのが事実です。移転が決まった2011年から、全国の先進ユニット型施設の視察などを行い、今後の運営方針について話し合うようになりました」と話します。
そして、現場職員を含めて意見を交わし、生まれたのが「あなたのくらし わたしのくらし みんなちがってみんないい」という現在の基本理念です。「当時いた介護リーダーの発案でした。いいね、これでいこうとなり、一致団結の機運が高まりました」
❶建物内には7つの入所ユニットと、1つの短期入所ユニットがあり、1ユニットの定員は10名。写真はユニット共同生活室 ❷ユニットの廊下には、その月に誕生日を迎えるご入居者の笑顔が、お祝いのメッセージとともに張り出されていた ❸各ユニットには入浴用リフトが設置された浴室があり、介助する側の負担を減らす「ノーリフティングケア」が徹底されている ❹島根の伝統芸能といえば「石見神楽」。園内では、地域の子どもたちが演じる石見神楽のミニ上演会を定期開催
「突拍子もないことでも、
まずは〝やってみんさい!〟」
職員の自主性を重んじる 風土を育みたい
「あなたのくらし わたしのくらし みんなちがってみんないい」。やわらかな印象を与える雪舟園の基本理念は、児童文学者、金子みすゞの代表作「わたしと小鳥とすずと」の最後の一節を借りながら、園が重きを置く価値を明文化したもの。
「ご入居者に『ここに入居してよかった』と心から感じてもらえるよう、支援を続けたいという思いを込めました。大切なのは、この理念を現場に浸透させることです。人事異動などで移転・改築当初に在籍していた職員がほぼいなくなった今、基本理念に基づく行動指針をつくる必要性を感じ、今春から職員らに、自分たちが目指すサービスを見据えた行動指針をまとめてもらっているところです」
何事もトップダウンではなくボトムアップ。職員自らが考え、行動するのを大切にしたいと話します。
「その意味で最近うれしかったのは、介護員が園の畑で採れたタマネギを使ってユニットのキッチンで味噌汁をつくり、ご入居者と一緒に味わったことですね。食事は調理員がつくるものという固定観念を外し、やってみようという自主性を応援したいと思っています」
ちなみに、園にある畑の世話役は、ほかでもない寺本さん自身。5㍍四方ほどの畑では、地元・まつなが牛の牛糞を肥料とした無農薬栽培を実施し、取材で訪ねた日には、丸々とした立派なタマネギやジャガイモが収穫されていました。
「カボチャやキュウリ、ナス、トマトなど、特に夏場は収穫量が豊富です。採れた野菜はご入居者のお食事に用いているほか、四半期ごとに開催している職員とのランチ会などにも利用しています」
ほかにも近隣の保育園児と一緒に苗を植えるなど、畑は地域交流にも一役買っています。
入居したときから 看取りが始まる
さて、雪舟園を語る際に忘れてはならないのが看取りへの対応です。
「看取り介護加算が2006年に新設されましたが、うちではそれ以前からご入居者がご家族と一緒に過ごせる静養室をつくり、看取り介護を実施してきました。時を経て、昨年は亡くなったご入居者24名のうち21名に看取り介護を行いました。多くの場合、看取りは、看取り介護加算の算定要件を満たした日から始まると考えられがちですが、雪舟園ではご入居時から看取りが始まると捉えています」
その取り組みをより一層深めるべく、園では2019年に看取り介護チームを発足。介護員を中心にご入居者やご家族の思いに耳を傾け、 ご入居者本人のやりたいこと、喜ぶことを、多職種が協力して一緒に形にしていく看取り介護を行っています。
「最期は自宅で迎えたいという方には、訪問看護などの体制をすべて整えたうえで退所手続きをとり、ご自宅に戻っていただいたこともあります。こうした取り組みのなかで大切なのは、ご本人やご家族の意向をいかに聞き出し、現実化していくか。コロナ禍に採用した若い職員のなかにはご家族との面会というものを知らない者もいますから、そこもきちんと教育していかなければと思っています」
人それぞれ異なる、最期の迎え方への思い。それに応えるのが園の看取りだと話す寺本さん。ここにも雪舟園の「みんなちがってみんないい」という基本理念が生きています。
❶園内の畑。脇にあるビワの木は種から育てたもの。「収穫したビワはゼリーにしてご入居者と一緒に食べました」と寺本さん ❷ゆったりとしたユニットのリビング。ここでは先輩職員が新人の介護職員の指導担当となり、1年間業務をともにし、双方の成長を目指す
❸看取り介護に積極的に取り組む雪舟園。園内には付き添いのご家族が宿泊できる部屋も準備されている ❹収穫したばかりのタマネギとジャガイモ。たくさん採れたときは園で使用するだけでなく、職員に分けることもある
昨年開催された「第2回JSフェスティバルin岐阜」の実践研究発表において、社会福祉法人島根県社会福祉事業団の看取り介護の食支援をテーマにした研究発表『ケンタッキーが食べたい!!』が優秀賞を受賞。ここでは雪舟園の主任調理員 安達俊二さんに、その内容や日頃の取り組みについてお話をうかがいました。
―この研究の概要と背景を教えてください
当園ではよりよい看取り介護のために、以前から「ほっとタイム」という個別ケアを行ってきました。そのなかで食支援もしていましたが、担当するのは栄養士で、我々調理員は特別なことはしていませんでした。
そんな折、栄養士からご入居のIさん(胃ろうと経口摂取を併用)がケンタッキーフライドチキン(以下、ケンチキ)を食べたがっていると聞き、何とか食べさせてあげたいと思ったのが、本研究発表のテーマである〝本物そっくりのムース食〟づくりにつながりました。「栄養をとって健康に過ごす」から、「好きなものを食べて自然に老いる」への変化の時期にどう寄り添うか。その試行錯誤の結果を、多くの人と共有したいと思ったのが背景にある想いです。
―Iさんの想いにどのように応えたのですか?
Iさんは認識ができる方なので、出されたものが四角かったら、たとえ味がケンチキでも「これは違う」と思われてしまいます。そこで見た目を本物に近づけることが課題でした。「これは昔、食べたケンチキだ」と思ってもらえる仕上がりを目指して10回ほど試作を繰り返し、1か月ほどかけて何とか完成させました。満足な出来ではありませんでしたが、お出ししたとき、Iさんは本物のフライドチキンを食べるように手づかみで口に運ばれたのがうれしくもあり、もっとスキルアップを図りたいという気持ちにもなりました。
―本物に近づけるための工夫を教えてください
つくるものによって工夫はさまざまですが、ケンチキの場合は、本物の食材を皮と中身に分け、それぞれ攪拌して増粘剤を加え、皮で中身を巻くように包みました。つくる過程では栄養士や看護師からいろんなアドバイスをもらい、それがその後の取り組みにおおいに生きています。
―どういうタイミングで〝本物そっくりのムース食〟を出されるのですか?
ご本人やご家族から、お好きな食べものや今食べたいものの情報を聞き出せたときですね。例えば、介護員から「Aさんはハンバーガーが食べたいらしい」と聞くと、そこから準備に入り、今では2~3日後にはご提供するようにしています。看取り介護に入った方は容体が急変する可能性があるので、迅速対応が要です。
―これまでどんな料理を提供されましたか?
カニクリームコロッケや巻き寿司、カニ鍋、パンケーキ、煮リンゴ、クレープ、ビールなど50種類以上つくりました。残念ながら支援が間に合わず最期を迎えた方もおられますが、「今これが食べたい!」を叶えるために、いつでも誰でも調理できるように調理員同士でOJT研修を行い、情報共有ノートを作成するなど、支援の実施の記録を行い、次につなげています。
―この活動での成果をどうお考えですか?
後悔のない看取り介護の食支援を行うことができ、達成感も味わうことができていると思います。また、ご家族から調理員に直接、感謝の言葉をかけていただくことも増えました。調理員自身も、ご本人の好みやご家族の気持ちを尊重し、その方の人生の最期に真剣に向き合うようになったと思います。
―最後に、現状の課題について教えてください
まだご入居者全員にこうした食支援ができているとは言えないので、栄養士やユニット職員と連携して、ご家族からの情報収集を行い、少しでも多くの入居者に一日一日を大切にした食支援をしたいと思っています。
社会福祉法人 島根県社会福祉事業団 雪舟園
●島根県益田市かもしま北町7-3 ●tel. 0856-22-5200 ●https://www.ssw.or.jp/
撮影=かわもとじゅんいち 写真提供=社会福祉法人 島根県社会福祉事業団 取材・文=冨部志保子