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第4回 兵庫県 社会福祉法人 神戸海星会 うみのほし

社会福祉法人 神戸海星会 うみのほし
神戸市灘区と東灘区の各施設において特養、グループホーム、デイサービス、ショートステイ、訪問介護、定期巡回訪問介護、地域包括支援センター、居宅介護支援、訪問看護ステーション事業を展開

 

「愛と奉仕」の理念で、
地域に開かれた施設運営を

宗教・国籍・民族の壁を 越えたケアをするために

 海と山に抱かれた街、神戸。そのなかで国立公園・六甲山の麓に広がる六甲エリアは風光明媚な場所として知られ、商業施設が建ち並ぶ繁華な駅前を離れて山側へと向かうと、豊かな自然環境のなかに閑静な住宅街が広がります。その一角に社会福祉法人神戸海星会(以下、海星会)が誕生したのは、1999年のことでした。

 創設当初の経営母体は神戸海星病院。今も海星会と同じ敷地内にある同病院は、フランシスコ修道会が経営にかかわった経緯があることから、キリスト教に基づく「愛と奉仕」を理念とし、その精神が海星会にも受け継がれています。

 「こうした成り立ちと、港町・神戸は古くから外国人が多かったことから、海星会では宗教や民族を問わず、これまでアジア圏や英語圏などさまざまな国からご利用者を受け入れてきました」と話すのは、統括施設長の宮脇斎久さん。

 神戸海星病院とは協力医療機関として今も昔も連携を続けています。

 「敷地内のすぐ隣に総合病院があることは、ご利用者の大きな安心感につながっていると思います」と宮脇さんは話します。

 なお、海星会と海外との深いご縁は、職員にも及びます。具体的には、15年ほど前に神戸でもっとも早くEPA(経済連携協定)制度を利用してインドネシア人職員を採用。そして現在も、EPAで来日し、日本で介護福祉士や准看護師の資格を取得した外国人職員が、海星会の各施設で働いています。

 

❶本拠地である「うみのほし六甲」の建物内には、多床室のショートステイも。カーテンだった仕切りをドアに変え、個室風となっている ❷日本語レベルN2のインドネシア人職員も介護福祉士として活躍中 ❸「うみのほし六甲」内のデイサービス。「全員で行うレクリエーションよりも、それぞれが好きなことをして過ごす時間を大切にしています」(宮脇さん) ❹ご利用者の手しごとが特養フロアの壁を彩る

 

市内中心に近い場所に すべての事業所を集結して

  「海星会は『うみのほし』という名前で居宅、デイサービス、ショートステイ、グループホーム、特養など、ケアプランの作成から施設まで15の介護事業を展開しています。そして、そのすべての事業所が、神戸市内の灘区と東灘区にあります。市内中心部へのアクセスもよい街なかにすべての拠点を揃えることは、住み慣れた神戸でずっと暮らしたいという高齢者の思いを叶えることだと考え、目下さまざまな取り組みを続けています」と宮脇さん。

 早速、その中身をご紹介しましょう。

 

「自由で開かれた精神で
ご利用者の喜びを支援したい」

「愛と奉仕」で大切なのは 「と」の部分

  「先ほどお話ししたように、『うみのほし』の取り組みの根底にあるのは『愛と奉仕』という理念です。では、そもそも『愛と奉仕』とは何かというと、『愛=気持ち』、『奉仕=行動』だと捉えています。ご利用者を大切に思う気持ちがあっても、行動が伴わなければその気持ちは相手に伝わらず、逆もまたしかり。つまり、大切なのは『と』の部分。我々の業務には気持ちと行動、両方が必要だと思っています」

 「と」が重要だという意識に行き着くまでには困難があったと言う宮脇さん。

 「実は、経営が思わしくない時期もありました。今から数年前のことです。思い返せば当時は、愛のある介護はできていても、奉仕の部分にムダが多く、『愛と奉仕』がアンバランスだったのです。その結果、事業を継続できなくなれば結果的にご利用者とご家族に迷惑をかけてしまいます。それでは本末転倒なので、改めて『愛と奉仕』の意味を考え直し、職員の意識改革を図るとともに、連絡事項のクラウド化を推進し、非効率な業務を改善していきました」

 そうした取り組みが奏功し、2022年度には利益がV字回復。

 「業務改革で再認識したのは、管理者は数字を意識した上で新しいことをしないといけない、ということ。そこからファン・ゲット・ミーティング(以下、FGM)やデイサービス『タブリエ』などを始めることになりました」

目指すのは既存事業の なかでのサムシングニュー

 FGMとは毎月開催される管理者会議のこと。そこでは各事業所の売上、人件費、営業利益などの数字をもとに、地域の方を「うみのほし」ファンにするための取り組みについて検討しています。

 「FGMのなかで生まれたのが、ライフタイムバリュー(LTV=顧客が長期的にその企業のサービスを利用し、もたらされる価値のこと。詳細は左ページ)を高めるという戦略です。我々の事業所は市内に集中し、包括支援から施設まで揃っているので、地域の方の人生を我々に託していただくことができます。そのことをもっと明確に打ち出してLTVを高めようとなったのです」

 この会議を経て誕生した手芸を楽しむデイサービス「タブリエ」も、LTVを高める方法の一つ。実際、2022年の開設後は、ほかにはない斬新なデイとして地域の注目を集めています。

   「『タブリエ』の人気には刺激を受けています。そこから既存事業のなかでご利用者のためになる新しいことをしようかということになり、今年からグループホームで保護犬を飼い始めました」

 また、今年中にはグループホームと特養で「ご利用者の夢を叶えるプロジェクト」も始動予定。

 「これは『旧友に会いたい』『あの店のラーメンが食べたい』など、夢の大小を問わず、ご利用者の願いを叶えるという企画で、今はそのための詰めの作業を行っています。新しいことをするにはリスクがつきものですが、それを個々にクリアしながら、ご利用者と職員がともに輝ける場をつくりたいと思っています」

 沖に輝く星を羅針盤とする「うみのほし」の挑戦は続きます。

❶六甲に程近い「うみのほし長峰台」では、全室個室の小規模単位でのケアを展開する ❷「今日も生きていることに感謝」という思いを込めて、毎月1日は赤飯と揚げたての天ぷらを出すのが「うみのほし」の恒例。サクサクとおいしい天ぷらは、ご利用者からの人気が高い

❸今年から繁殖引退犬や保護犬を引き取り、飼い始めた「グループホーム魚崎」。人なつっこい保護犬がご利用者を癒し、笑顔を引き出す ❹明るい特養の個室。日差しを浴びることは認知機能にもよい効果をもたらす

 

 

 

 

昨年開催された「第2回JSフェスティバルin岐阜」の実践研究発表において、社会福祉法人神戸海星会の研究発表『手しごとデイサービス タブリエ』が優秀賞を受賞。ここでは「タブリエ」生みの親である理事長・平岡千里さんにその取り組みについてお話をうかがいました。

 

―この研究の背景を教えてください

 デイサービスの可能性として「タブリエ」を知ってほしいと思ったのが研究発表の背景です。

 そもそも「タブリエ」とは、生活リハビリとして、ひたすら手芸を楽しむというデイサービスです。今の高齢者はいわゆる手芸世代で、生活のなかに当たり前のように手しごとがありました。そう思うと、リハビリをするデイがあるように、手芸をするデイがあったら、ご高齢者の楽しみとやりがいにつながると思い、会議で提案したのが誕生のきっかけです。

 

―「タブリエ」での一日はどんなふうですか?

 時間は11時から15時で、一日あたりの最大のご利用人数は10名。その方々が時間中、編み物や縫い物など好きな手しごとを楽しむために、手芸のできる看護師や作業療法士といった職員が3名加わり、必要なサポートを行います。「タブリエ」ではお昼までの時間に手しごとをして、近所のお店からの出前で昼食をとった後は、13時からまた手しごと。14時半からお茶を飲みながら皆でおしゃべりを楽しみますが、作業中もずっと会話や笑い声が絶えません。

 

 

―日常では自立されている方ばかりですか?

 いえ、ほとんどが要介護1で、なかには2の方もいて、多くの方に認知症の症状があります。でも、昔の記憶が手に残っているのか、皆さん、手しごとだけは問題なくできるのです。「勝手に手が動くのよ」とおっしゃいますね。手芸というとハサミや針を使うので高齢者には危ないと思われるかもしれませんが、小さなケガを含め、事故はこれまで一度も起きていません。

 

―ご利用者へのサポート体制を教えてください

 一人一人の様子を繊細に見た上で、できることは自分でやっていただく、を基本にしています。当初はすべて手伝わないといけないのではという思いもありましたが、実際に見ているとそうでもないことがわかりました。ただし、できることは人それぞれ違うので、ハサミ使いがおぼつかない人には切った布を渡したり、アイロンはこちらであてたり、職員が個別に対応しています。そして、できあがった作品は、1階の手芸店で販売もしています。

 

 

―作品の販売もされているのですか?

 はい。建物1階にある手芸店は、よい道具とよい材料を「タブリエ」に供給するために私がつくった個人店なのですが、この店で年2回、30人ほどの作家作品を販売する手しごと市を開催しています。そのなかに「タブリエコーナー」をつくり、作家作品と同じように高齢者の作品を並べて販売しているのです。すると、かなり売れ行きがよくて。ご利用者が自分の作品が売れたのを知ると、本当にうれしそうに「また頑張ってつくらなあかんね!」と言って取り組んでくださいます。つくったものを販売し、買っていただく。その売れたお金でケーキを買って、みんなで食べていただく。手芸活動によって、社会とつながることができます。そのための橋渡しをするのが「タブリエ」の役割です。

 

―「タブリエ」で大切にしていることは何ですか?

 ご利用者の「やらねば」ではなく、「やりたい」をサポートすることです。そのためにもよい生地や材料を使い、満足度の高い手しごとを応援したいと思っています。

元国際線CAというキャリアを活かし、デイサービスに新風を吹き込む平岡さん(左)。「タブリエ」が入る建物1階にある手芸店で、副施設長の宮畑佳代さんとともに

 

 

社会福祉法人 神戸海星会 うみのほし
●兵庫県神戸市灘区篠原北町3-11-15 ●tel. 078-881-1345  ●定員:特養92名、ショートステイ8名、デイ30名 ●https://www.uminohosi.jp/


うみのほし 公式インスタグラム
(@uminohoshi_official)

撮影=本田真康 写真提供=社会福祉法人 神戸海星会 取材・文=冨部志保子