福祉施設SX
第1回 介護の現場を支える仕事 酒井医療株式会社 マーケティング部 商品開発グループ長 本橋孝洋さん
日々、介護の最前線で高齢者と向き合う介護従事者の方を支えるために、 今、この瞬間も日本のどこかで、介護を取り巻く仕事に携わる人々が、 知恵をしぼり、技術を磨いて、よりよい介護の実現を目指しています。
そんな方々の熱い思いと介護の未来への展望を語っていただきます。
衣食住と同じくらい大切な入浴の喜びをいつまでも
東日本大震災の時に痛感した 入浴設備の重要性
介護入浴装置などの福祉機器やリハビリテーション機器の製造販売を行う酒井医療株式会社。2004年に営業職として入社した本橋さんは2011年の東日本大震災を赴任先の宮城県で経験した。 「大震災という状況下においても施設や病院の方々は、自分たちのことよりも、ご利用者や地域のことを第一に考え行動されていました。そんな中、施設の早期復旧には入浴設備が不可欠なので手伝ってほしいと、声をかけていただきました。 当時、この仕事に携わっていることの意義を深く感じたことを覚えています」
高齢者の生活の質の向上に 安全で快適な入浴は欠かせない
「震災の時は、とにかく高齢者や介護施設を支援したいという一心で行動していました。介護施設の方とも、売り手と買い手という関係を超えて一丸となれるよう務めました。この経験を通して、入浴が人間にとっていかに重要な行為であり、それを提供する仕事がどれほど意義深いものであるかを改めて認識できました」
清潔保持に加えて、リフレッシュやリラックス効果などで生活の質の向上に大きく貢献する入浴。高齢者の安全で快適な入浴を支える介護施設の方々の姿から多くのことを学んだという。
きっかけは障害のある 子どものための入浴設備
酒井医療が高齢者のための入浴設備を作るようになるきっかけは、それまで手がけてきた水治療のノウハウを基に、筋ジストロフィーの子どものための入浴方法を考えてほしいといわれたことだった。 「私が生まれる前の話ですが、当時は障害のあるお子さんの身体状況や生活状況を観察し、先生や看護師さん、寮母さんとディスカッションを積み重ねて入浴設備を作り上げたそうです。この取り組みが、その後の介護施設における入浴装置開発の礎となりました。入浴される方の尊厳を大切にしつつ、介助する方とされる方双方の負担軽減を実現することは、当時から重要な課題であったと伺っています。現場に足を運び、状況やニーズを把握すること。そして人間を大切に思う気持ちは、現在の社員にもしっかりと受け継がれている考え方です」
特養にいる祖母の姿を 重ね合わせて、提案していた
本橋さんが酒井医療に入社したきっかけの一つが、彼自身の祖父母への思いだという。 「高校卒業まで祖父母と暮らしていて、祖父母の世代の方々にはほんとうにお世話になりました。だから一人でも多くの高齢者の方に、自分らしく、生きがいをもって、元気に暮らせるようにサポートしたいと思って入社を決めました。営業職の時はご利用者を自身の祖父母にも重ね合わせて提案をしていました」
そんな本橋さんが待望の商品企画部(現マーケティング部)へと異動になったのは、入社11年目のことだった。
「震災から4年後の2015年に現在のマーケティング部に異動になり、商品企画の仕事に携わることになりました。周囲からの期待値の高さと責任の重さにプレッシャーを感じながらも、やりがいを感じる日々です。個人的なエピソードですが、ある時、祖母が特養に入所したのですが、面会に行くと相談員の方が私が酒井医療の社員と知って特浴を見せてくれました。なんと祖母が入浴していたのが、当時私がリニューアルを企画していた製品だったのです。認知症の祖母が、一緒に暮らしていた頃と同じように私を励ましてくれているように思えて、よい入浴装置にしなければと気持ちを引き締めました」
❶1968年/エレベートバス ❷1973年/順送式入浴装置 ❸1982年/車椅子式入浴装置 ❹1999年/介護エイドバス
高齢者の方はもとより、
介助する方々をサポートしたいという思いが強くなってきた
営業職で収集した現場の ニーズを商品開発に活かす
商品企画の仕事に代わってからも、本橋さんは足繁く介護の現場を訪れる。それは介護をする側の視点を持ち続けたいという願いからだ。
「社歴を積むに連れて、高齢者の方はもとより、そこで働く方々をサポートしたいという思いが強くなってきました。介護をする側の方々と接する時間も増え、高齢者に真摯に向き合う姿に感銘を受けたからです。そして商品企画に携わるようになってからは、施設が抱える課題をより深く考えるようになりました。今後も、日本の介護現場は人手不足が続くことが予測されています。介護をする方々の役に立てる、必要とされる製品を作ることが、私たちの使命だと思っています」
実際に浴びて洗って、試行錯誤 して開発したシャワー入浴装置
そんな本橋さんが担当して2021年にリリースしたのが車椅子のままシャワーを浴びることができる装置だ。 「もともと入浴装置はシャワータイプよりも、湯に浸かるタイプの方が主流です。社内でも様々な意見がありました。企画者がブレる訳にはいきませんので、営業部門と協力して市場調査を行い、納得できるまで企画を深掘りしてコンセプトを固めました。機能をつけ過ぎても、その分がコストに跳ね返ってしまいます。装備の一つ一つが本当に必要かどうか、介助をする方の立場に立って考え続け、どうしても分からない時は現場に出向きました」
商品企画として、一連の流れの最初から最後まで関わる本橋さんだが、実際に商品を形にする際には技術部が担当する。 「製品は技術部門の仲間が試行錯誤を重ねながら具現化してくれました。開発にあたっては、実際に裸になって試作機に入り、何度もシャワーを浴びることで使い心地を検討しました。陰部や臀部が洗いにくいというニーズに応えるために、トイレシャワーのような洗浄用装置も設置し、あたり具合や強さを確認しました」
人手不足等の課題解決を目指して試行錯誤を重ねた開発だったが、発売以来多くのご施設から好評をいただいている。
「そうそう、こんなものが 欲しかったんだ」といわれたい
酒井医療が提供したいのは、入浴装置だけではなく、介護のしやすい環境づくりだと本橋さんはいう。 「以前、入浴装置以外のニーズを探しに、全国の施設をまわったことがあります。すると施設の方々が入浴後の服の着替えや移乗に苦労されていることがわかり、脱衣室専用の着衣用ベッドを開発しました。現場の声を収集して、両手がふさがっていてもベッドの昇降がフットスイッチでできたり、スライドシートや小物の置き場所があったり、着替えのためのスペースがとれるよう幅広にするなどの工夫をこらしました。あくまでも一例ですが、入浴環境全体を考えて〝かゆいところに手が届く〟提案をできることが理想です」
変わっていく入浴方法 変わらない入浴の意義
本橋さんが追求するのは、介護する立場の方と介護される立場の方の両方が心から喜んでくれる設備だ。
「介護する方にとっては、入浴後の掃除が楽になるだけでも助かるでしょうし、そんな商品も提案していきたいです。テクノロジーの進歩を考えれば、今後、入浴装置も大きく変化していく可能性があります。一方で入浴することの楽しみなど、変えてはいけない本質的な部分も存在します。介助する方の労力はできるだけ軽減しつつ、入浴の質の向上につなげていきたい。施設やメーカーという垣根を越えて共に協力し、よりよい環境を作っていくことが大切だと考えています。これは震災の経験を通じて実感したことでもあります」
撮影:柿島達郎/取材・文=池田佳寿子