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特集

すべての人が助け合い、 人格を尊重し合う社会へ

誰もが希望と尊厳をもてる社会へ

誰もが認知症になる可能性がある共生社会の実現を自分ごとに

 昨年の6月に可決・成立した「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)が今年から施行されました。この法律には7つの基本理念が掲げられていますが、その冒頭に「全ての認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができるようすること」と記されています。この言葉のなかに共生社会とは何かを考える大切なエッセンスが込められています。

 令和元年に取りまとめられた認知症施策推進大綱では「共生」と「予防」を車の両輪として認知症施策を推進するとされていましたが、今回は「共生社会の実現」ということに重きが置かれました。

 認知症は誰にとっても避けて通れるものではない自分ごとです。認知症になってからも基本的人権が守られ、その人の意思が尊重され、希望のある人生を送ることができる共生社会を実現することは、自分自身のこととして考えていかなければなりません。

自ら意思決定することが生きる希望につながる

 認知症基本法のなかに「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望をもって暮らすことができるように、認知症施策を総合的かつ計画的に推進する」と書かれています。そのためには認知症の人が自らの意思で日常生活や社会生活を営めるように支援していくことが大切です。

 もちろん「当事者がこうしたい」ということを「はいそうですか」と聞き入れればよいということではありません。本人の思いに耳を傾け、本人の意思を尊重し、信頼関係をつくりだしながら、その人が意思を形成できるように、本人にわかりやすく説明し(意思形成支援)。「私はこういうふうにしたい」ということを表明しやすい環境をつくり(意思表明支援)、その上で、できるだけ意思を実現できるようにチームで支援する(意思実現支援)。  この一連の流れが基本的施策のなかにも書かれている「認知症の人の意思決定の支援」です。

 この一連の流れが基本的施策のなかにも書かれている「認知症の人の意思決定の支援」です。

認知症の当事者が声を上げられる場所を増やす

 もう一つ、私が痛感するのが認知症の人がもっと当事者として認知症ケアに参画すべきだ、ということです。

 今でも本人や家族の意見収集が義務付けられていますが、形式的に「声を聴く」だけになりがちです。

 実際には認知症の人自身は声をあげにくかったり、ケアする側や支援者、供給者の目線で各種施策が組み立てられることが多いからです。これを当事者目線でアップデートするにはどうしたらよいか。

 たとえば当事者同士が出会い、語り合う本人ミーティングでは、当事者のしっかりとした思いや意見が発信されます。そのような場で当事者の声を聴くことによって、多様な認知症の人のニーズを拾い上げることができます。

BPSDは本人の体験を丁寧に聞き取り、把握し、理解することから

 4月からBPSDという認知症に伴う行動や心理状態の予防や軽減にチームで取り組む介護施設に加算がつくようになりました。これはとてもよいことだと思いますが、BPSDと一括りにしてケアをするのは適切ではないように思います。

 BPSDという用語を使うことよりも、その人が今何を感じているのか、怒りを感じているのか、悲しみを感じているのか、不安を感じているのか、辛さを感じているのか、誰かから被害を受けていると感じているのか、現実には存在しないものが見えているのか、そのような体験の一つ一つを丁寧に聞き取り、表出を観察し、把握し、理解することからはじめなければなりません。その上でその背景にあるさまざまな要因をチームでしっかり考えて対応することが重要です。

 そのためにはまず起きている現象を言語化して記録する必要があります。そしてケアにあたるチーム全員がそれを共有して、「なぜ怒っているのか」「なぜ外に出ていこうとしているのか」をみんなで考えるのがよいと思います。背景にある要因は、多くの場合、その人が体験している辛さや不安や悩みの要因ということになりますが、それはしばしば複合的であり、簡単には解決できない場合も少なくありません。しかし、だからこそ知識や技能が必要であり、加算に値するのだと思います。

 認知症施策推進のための関係者会議  
 

(3月28日初会合 会長:粟田主一委員)

この会議では、政府が関係者会議の意見を聞いた上で、1月施行の認知症基本法に基づき、秋にも「認知症施策推進基本計画」をまとめる。さらに関係する諸団体からの意見聴取を踏まえて基本計画策定に向けた意見が取りまとめられるが、その際には、共生社会の実現の推進という認知症基本法の目的と、同法の第3条に記されている7項目の基本理念に沿った意見集約が行われるものと考えている。そして、それが現実世界において実効性のある政策に結びつけられるように、綿密に構造化された基本計画が策定されるものと期待している。

 

 

自分のことを考えてくれる人々と暮らす。
それが希望の光につながる

怒りの感情はネガティブなものだけではない

 日常の介護の仕事のなかで、介護従事者の方も怒りの感情に包まれることもあるでしょう。そんなときに救いとなるのは、その気持ちを聞いてくれるチームがあることだと思います。認知症の人にとっても、誰にとっても怒りの感情は決してネガティブなものだけでなく、怒るという感情をきっかけにして自分が抱えている悩みや不安を克服していることもあるのです。

 だから怒っている人に対してはその思いを聞いてあげ、自分が怒りの感情に襲われたら、仲間にその思いを聞いてもらってください。そうしてできるだけストレスをためないようにして日々の仕事を続けてください。それは自分自身が認知症である場合も同じです。

認知症の人の人権も介護する人の人権も大切に

 高齢者や認知症の人の「尊厳を守る」ということばをよくききます。でも尊厳とは何だろうと考えると難しくなりがちです。私は尊厳を守るとは、ただ1回限りのかけがえのない人生を大切にすることであろうと考えています。そして、そのための条件が「人権」であろうと考えています。国民一人一人が、介護従事者も、認知症の人も、人権を享有する個人にほかなりません。認知症基本法には、認知症の人を含む国民一人一人が基本的人権を享有する個人であること。国、地方公共団体、保健医療福祉サービスに従事する人や生活基盤のサービス提供者、さらに国民が基本的人権を守る責務をもつ人であることを示す記載があります。

 認知症基本法の施行によって介護の方法が変わるのではなく、これをきっかけに認知症の人や仕事をする自分自身の人権を考え、国家やサービス提供者や国民が果たすべき責務について考え直すことにつながればよいのではないでしょうか。

認知症のケアに携わる人は 迷ったり、悩んだりしていい

 認知症も進んでくると、その人がほんとうは何をしたいのか、何をさせてあげたらいいのか迷うことも増えると思います。

 誰にとってもたった一度のかけがえのない人生なのだからと思うと、ますます悩んでしまうこともあるでしょう。

 でも私はそうやって周囲の人が迷ったり悩んだりすることが、認知症の人に限らず、すべての人の幸せにつながる大切なことだと考えています。できれば、一人で迷わずに認知症である本人も含めチームで一緒に悩めばよいでしょう。さらにICTなどを活用して、機械に任せてしまえることは任せてしまい、生み出した時間を、迷ったり悩んだりすることにあてられればよいのではないでしょうか。ちょっと難しい言葉でいえば、介護とはそういった「倫理的葛藤」(何が人間にとって最も価値があることかを考えること)ができる素晴らしい仕事なのではないでしょうか。

 


認知症の行動・心理症状(BPSD)発生予防に
チームで取り組む介護施設などに新加算

認知症の行動・心理症状(BPSD)の発現を未然に防ぐため、あるいは出現時に早期に対応するために「スタッフがチームを組んで対応する」ことを評価するものです。

【認知症チームケア推進加算(I)】

(1か月につき150単位)

(1)事業所・施設における利用者・入所者の総数のうち、「周囲の者による日常生活に対する注意を必要とする認知症の者」の占める割合が2分の1以上

(2)「行動・心理症状の予防・出現時の早期対応に資する認知症介護の指導に係る専門的な研修」を修了している者、または「認知症介護に係る専門的な研修」および「認知症の行動・心理症状の予防等に資するケアプログラムを含んだ研修」を修了した者を1名以上配置し、かつ、複数人の介護職員からなる行動・心理症状に対応するチームを組む

(3)対象者個別に行動・心理症状の評価を計画的に行い、その評価に基づく値を測定し、行動・心理症状の予防等に資するチームケアを実施

(4)行動・心理症状の予防等に資する認知症ケアについて、カンファレンスの開催、計画の作成、行動・心理症状の有無・程度の定期的な評価、ケアの振り返り、計画の見直し等を実施

【認知症チームケア推進加算(II)】

(1か月につき120単位)

▼前述(1)、(3)、(4)をクリア

▼「行動・心理症状の予防等に資する認知症介護に係る専門的な研修」修了者の1名以上配置、かつ複数人の介護職員からなる認知症の行動・心理症状に対応するチームを組む

 


認知症専門ケアに関する主な専門的研修

認知症介護実践リーダー研修)

認知症介護実践リーダー研修では、講義と演習、実習(他施設と自施設)を行います。

自施設で課題に取り組むことで、日常的な介護にすぐに活かせる実践的な学びが得られます。

 認知症介護指導者養成研修 

認知症介護指導者養成研修認知症介護指導者の養成研修では、施設で実際に研修の企画や立案をします。専門的な知識や技術をもった指導者としての活躍が目的です。実際に研修の企画を考えるなど、実践的に学んで指導者としての学びを深めます。 そのため、認知症対応施設での管理者クラスに向けての指導や、認知症介護実践者研修等の講師を行えるようになります。

 

撮影:柿島達郎/取材・文=池田佳寿子