福祉施設SX
口腔・栄養・リハビリから考える 「食べる」を諦めない高齢者の食支援

高齢者にとって「食べる」ことは栄養摂取だけでなく、身体機能や生きがい、人とのつながりを支えます。「食べる」を長く支えるため、介護施設には何が求められるのでしょうか。高齢者の栄養管理に詳しい水野英彰先生と、食支援に力を入れる3施設に話を聞きました。
お話を聞いたのは

目白第二病院副院長
水野英彰氏
目白第二病院副院長・外科部長。高齢者の低栄養やフレイル、経腸栄養をはじめ、臨床における栄養管理や食支援に幅広く携わる。
食べられないには理由がある 介護職の気付きが食支援を変える
栄養補給以外にある「食べる」の3つの役割
「食べる」ことは、人間の基本的な営みです。特に健康な人間なら当然のこと──。だからこそ、気を付けないと変化を見落としてしまいます。
「表に見える症状は重く見るのに、その前の段階の、食べることの重要性が認識されていないんです」と語るのは、目白第二病院副院長の水野英彰氏。高齢者の栄養管理に長年携わり、食支援の在り方について研究・実践を重ねてきました。
では、高齢者にとって「食べる」には、栄養を取る以外にどんな意味があるのでしょうか。先生は大きく分けて3つあると言います。
❶身体機能と健康の維持
一つ目は、身体機能を保ち健康寿命を延ばすという機能的な意味です。
「咀嚼や嚥下を行うことで、舌・頰・咽頭周囲の筋力低下を防ぎ、オーラルフレイルの予防にもつながります。また、脳への刺激や認知機能の維持、消化器機能の活性化にもつながります。さらに、サーカディアンリズム(体内時計のリズム)の形成──例えば、朝日が出て朝食を食べることで、体内時計がリセットされる。そのリズムを保つためにも、食べることは大事です」
❷心理的・精神的な充足
二つ目は、食事を通じて得られる楽しみや自立感、生きがいといった心理的・精神的な意味です。
「人は食べ物を前に見た目や匂いで『おいしそうだ』と感じますよね。食事はその五感を維持するためにも必要な行為ですし、自分で食事をしているんだ、という自立の心、そして食べるという生きがいを維持するためにも重要です」
❸社会的つながりと文化的生活
三つ目は、誰かと食卓を囲むことや季節の食事を楽しむことで生まれる、社会的な意味です。
「高齢になればなるほど、独食ではなくみんなでご飯を食べる機会を増やすことで、孤立感を防げます。また、例えば旬のものや、好きだったものを食べることで、季節感や思い出の想起にもつながります」
「食べたくない」のか「食べられない」のかの差
では、加齢とともに、食べる力はどう変わるのでしょうか。
食べて飲み込むまでの過程は、いくつもの段階に分かれています。食べ物を認識し、口に運び、かんでまとめ、飲み込み、食道を通って胃へ送る。摂食嚥下は、こうした一連の過程を「5期モデル」で捉えることができます。加齢とともに、こうした機能は少しずつ低下していきます。
「かんで飲み込むための力なのか、それとも食べ物を認識する力なのか。さらに、食べる姿勢が保てているのか…。食べる力のどこが衰えているのかは人によって違います。どこを強化しなきゃいけないのかを見極めることが、食支援には求められます」
そして、その土台にあるものが「筋肉」だと言います。
「当然ですが、フレイル・サルコペニア(加齢による筋肉の減少)の悪循環を起こさないためにも、低栄養になってはいけません。低栄養は、筋肉の減少や萎縮につながります。筋力が落ちれば、体を支えられず、かむ力も落ちます。すると、ますます食べられなくなる。悪い循環に入ってしまうのです」
食事量が減ったときに大切なのは、その理由を見極めることです。例えば、利用者が食事を残したとして、それが「食べられない」のか、それとも「食べたくない」のかでは、必要な支援も変わります。
「高齢になると亜鉛が不足しやすく、味を感じにくくなります。ですがその前に、先ほど申し上げたとおり、食事には個々の嗜好があります。その方にとって昔から嫌いなものが出たなら、心理的に『食べたくない』わけですよね。ですから食事を出したときに、どういう反応を示すかを見るべきです。事前に本人やご家族から好物を聞いておき、好物を出しても箸が進まないなら、何らかの身体機能が低下して『食べたくても食べられない』可能性があります」
食べられないのは高齢だから、身体が動かせないから…。そんな安直な判断をしないことが重要です。
「食べられない条件がどこにあるのか。ひょっとしたら条件が多岐にわたる場合もあります。そのためにも、入居者の方の“食のスタンダード”を知っておくべきでしょう」
見るのは食事量だけではありません。食事を始めるタイミングや姿勢、食べるペース、呼吸の変化、食後の疲れ方、口の中に食べ物が残っていないかなど、食前・食中・食後の様子を観察します。
「入居してから10日ぐらいの間に、スタンダードを把握しておくことが大切です。いつもの状態が分かれば、悪くなったときに『何か問題が起きている』と気付くことができます」
そのためには、一番近くで食事に関わっている介護職の観察力が必要となります。「配膳して食器を回収して終わり」ではなく、個々の“食のスタンダード”をデータとして共有し、多職種で連携していくべきだ、と水野先生は提言します。
高齢者介護に重要な“食べさせ士”の役割
嚥下、口腔、身体機能、姿勢、栄養──この5つの要素は、全てが連動しています。献立を作るのは管理栄養士の仕事ですが、その食事を口にした利用者が、どんな反応をしたかを日々見ているのは、介護職です。高齢者施設における食支援のキーパーソンは介護職になるわけです。そこで、水野先生が提案するのが「食べさせ士」の役割です。
「スウェーデンなどでは、要介護の方に食事を食べさせるためのアシストをする役割があります。私が関わる施設でも、全く知識のない状態から5期モデルや口腔ケアなどについて独学で学び、誰も食べさせられなかった人を食べさせてしまう職員がいます。そういった“食べさせ士”の役割を持った人がリーダーになって、気付いたことを専門職にフィードバックする。そうした担い手を育てていくことが食支援には必要だと考えています」
“食べさせ士”が全てを担うわけではありません。食事から変化に気付き、必要に応じて管理栄養士や歯科衛生士、介護職などにつなぐ。いわば多職種による食支援の橋渡し役です。食事形態を安易に変えるのではなく、なぜ食べにくくなったのかを考え、口腔ケアや栄養面など必要な支援へつなげる。本人や家族が望む食事の在り方も確認します。
医食同源という言葉通り、健やかな生活を送るためには、まず食べる行為を考えることから始まります。「食べることを軽く見てはいけません。食事に携わる人は、人を弱らせることも、元気にすることもできる。それだけ重要な介護の仕事です」
5つの要素の相互関係

高齢者の「食べる力」は、栄養、口腔機能、摂食嚥下機能、姿勢、身体機能などが相互に関係しています。一つの機能低下が他にも影響するため、食支援ではそれぞれを切り離さず、多面的に状態を捉えることが大切です。
口腔ケアから始める常食化「食べる楽しみ」が生活を変える
お話を聞いたのは

施設長
岡司氏

歯科衛生士
梅村麻里氏

特別養護老人ホーム 黒潮園
住所:〒647-0061 和歌山県新宮市三輪崎2471-1
TEL:0735-22-5689
URL:https://www.kuroshioen.or.jp/
“かめる口”をつくり常食を楽しむ可能性を広げる
義歯と口腔ケアでその人に合った食事形態へ
口腔ケアを起点とした食支援に力を入れている特別養護老人ホーム黒潮園。「口から食べることは、入居者が毎日楽しみにしていることであり、生活の中でも重要なこと。できる限り口から食べられるような“口づくり”を支援しています」と話すのは、施設長の岡司氏。
入居時には歯科衛生士が口腔内を入念に確認。特に自宅から入居する人の中には、歯垢が多く付着していたり、歯の治療がされていなかったり、義歯が合っていなかったりするケースもあるといいます。
「歯周病などの異常があったり、義歯が合っていなかったり、新たに義歯を作る必要がある場合には、ご本人やご家族の希望を確認して、協力歯科医と連携して早めに対応しています」(歯科衛生士・梅村麻里氏)
黒潮園に歯科衛生士が配置されたのは約6年前。それ以前から摂食嚥下や食事形態の見直しに取り組んでいましたが、歯科衛生士が加わったことで、口腔内の課題を専門的な視点から把握し、介護職が行う日々の口腔ケアにも生かされています。
こうした取組を進めてきた背景には、「食事形態への問題意識があった」と岡氏。
「以前は、むせたり喉に詰まらせたりするのが怖いからという理由で、刻み食やミキサー食を選ぶケースが多くありました。でも、本当にその方に合った食事形態なのかを考える必要があります」(岡氏)
そこで約17年前から、言語聴覚士の協力を得ながら摂食嚥下について学び、食事形態を見直してきました。現在は、むせの有無だけで判断するのではなく、咀嚼する力や食べ物を口から喉へ送り込む機能などを確認し、その人に適した食事形態を検討しています。
その中で重要になったのが、“かめる口”をつくること。現在、入居者の半数以上が義歯を使用しているため、義歯の適合状態を日々確認し、少しでも異常があれば歯科受診につなげています。
「長年ベッドの上で生活していた方が、入居後に新しく義歯を作り、今では座って常食をほぼ全量食べられるようになったケースもあります」(梅村氏)
また、歯が数本しか残っていなかった男性入居者が義歯を作った際には、一緒に入居している妻がその姿を見て喜んだこともあったとのこと。「ご家族からも『できれば義歯を…』『普通のご飯を食べてほしい』という声が多いです。状態によりますが、まずは可能性を考えています」(岡氏)
専門職だけでなく、実際に食事を支える介護職の知識や技術を高めることも欠かせません。管理栄養士によるミールラウンドのほか、摂食嚥下に関する勉強会を実施。一度では伝わらないため、複数回開催し、施設全体で方針を共有しています。
また、常食を目指すからこそ、安全への備えも重視しています。誤嚥や窒息について医学的な知識を学ぶほか、窒息事故が起きた際に適切に対応できるよう実践的な研修も行っています。こうした体制を整えることが、職員が安心して食事を支えることにもつながっています。
「食べることは、生きることだと思います。毎日、安全に三食を楽しんで食べて、元気になり、健康に過ごす。安全であることも、栄養を取ることも、全て生きることにつながっています。そのためには、職員が専門職としての知識を身に付け、食べることを支えられる体制をつくることが必要だと思います」(岡氏)
嚥下食の工夫で低栄養を防ぐ 安全・栄養・おいしさをかなえる
特別養護老人ホーム 梨雲苑
嚥下機能が低下しても、安全に飲み込めること、低栄養を防ぐこと、そしておいしく楽しむこと…。全てを取り入れた、独自の取組とは?
お話を聞いたのは

施設長
中村春彦氏

管理栄養士
田中瞳氏

特別養護老人ホーム 梨雲苑
住所:〒930-0142 富山県富山市吉作1725
TEL:076-436-2002
URL:https://www.riunen.com/
低栄養を防ぎ、食べる楽しみも守る嚥下食
栄養価にも目を向け改良を重ねる嚥下食
「嚥下食と聞くと、“安全に飲み込めること”が第一だと考えてしまいます。けれど私たちが向き合っているのは、その先の“楽しみ”です」と語るのは、特別養護老人ホーム梨雲苑の施設長・中村春彦氏。
梨雲苑では、入居者の状態に合わせて普通食・やわらか食・ソフト食の3種類を提供しています。やわらか食は歯茎でつぶせる硬さ、ソフト食はゼリー状やムース状で、かむ力や飲み込む力が低下した方が対象です。食形態は一律に決めるのではなく、むせや咀嚼の状態、舌の動き、口腔内へのため込み、食事にかかる時間などを見ながら判断。主菜は普通食、副菜はやわらか食にするなど、組み合わせることもあります。
また日々変化する入居者の状態を把握するため、管理栄養士が週3回以上ミールラウンドを行っています。
「ミールラウンドの情報は介護士や看護師と共有。最近食べられなくなった方の食事内容を話し合い、随時変更をかけています」(中村氏)
こうして一人ひとりの「食べる力」に合わせて食事内容を調整する一方で、大きな課題となるのが栄養です。
「嚥下食は水分を加えるため、栄養価が低くなりやすいという課題があります」と語るのは、管理栄養士である田中瞳氏。
ゼリー状やムース状にするには水分やゲル化剤を加えるため、その分、同量でも摂取できる栄養が少なくなりがち。だからといって単純に食材を増やせばいいわけではありません。
「ゲル化剤は水分に反応するので、割合が決まっています。食材だけを多くすると固まりにくくなる。飲み込める状態を保ちながら、栄養価を高めるかが難しいです」(田中氏)
梨雲苑が嚥下食の栄養価に着目した理由は、嚥下食を食べる人の必要カロリーに対し、食事だけでは十分に補えないケースがあったこと。不足分を栄養補助食品で補っていましたが、「できる限り補助食品に頼らず、嚥下食そのものでカロリーを補えないか」と研究を始めました。
おかゆや高カロリーの栄養補助食品を加え、県外の病院の取組も参考にしながら何度も試作。そして試作を重ねる中で新たに取り入れたのが、栄養価の高い完全調理済みの冷凍ソフト食です。
「朝夕食は完全調理済みソフト食を使い、昼食は厨房で独自に作っています。栄養だけでなく、介護施設で大事なのは季節感。旬のおいしい食材をどう食べていただくかは、お昼の献立でしっかり対応します。このハイブリッドが、今はベストだと考えています」(中村氏)
完全調理済みのソフト食を活用することで栄養を補うと同時に、厨房の負担も軽減。一方、昼食は施設で調理することで、旬の食材や季節感を取り入れています。
さらにイベント食では、付け合わせを星形にしたり、ムースにかける餡に山椒を加えたりと、見た目や香りにもひと工夫。五感を刺激しながら、食べる楽しみを感じられる料理を提供しています。
「年齢を重ねると人生の楽しみがどんどん狭まっていきます。その中でも大きな楽しみが食。おいしく食べることは生きること。その時々の課題に向き合いながら、入居者に合ったより良い方法を探していきたいと思っています」(中村氏)

姿勢ケアで嚥下機能を支える 「食べる」ことをリハビリにする
特別養護老人ホーム よねやまの里
座って食べることが難しくなっても、口から食べ続けるには…。完全側臥位法をはじめ、姿勢や口腔、栄養など多方面から支える取組に迫ります。
お話を聞いたのは

施設長
石田浩二氏

機能訓練指導員
有間智巳氏

管理栄養士
湯本まゆみ氏

特別養護老人ホーム よねやまの里
住所:〒949-3216 新潟県上越市柿崎区柿崎6414-1
TEL:025-536-4400
URL:https://matunami-fukushi.com/
姿勢を変えて可能性を広げる「口から食べ続ける」ための食支援
完全側臥位法を取り入れ一人ひとりに合う食べ方を
「重度の要介護高齢者にとって、口から食べることは生命を維持するだけでなく、尊厳や楽しみ、社会とのつながりを支えるものです」と話すのは、特別養護老人ホームよねやまの里の施設長・石田浩二氏。
よねやまの里では、入居時にそれまでの生活や食事について聞き取り、管理栄養士、歯科衛生士、機能訓練指導員、介護職、看護職がそれぞれの視点から状態を確認。食事量や食形態だけでなく、口腔ケアや食事姿勢、介助方法まで見直しています。
その取組の一つが、「完全側臥位法」。体を横向きにした姿勢で食べる方法で、導入したのは約7年前。きっかけは誤嚥性肺炎による入退院を繰り返していた入居者でした。
「口から食べ続けられる方法を探す中で完全側臥位法を知りました。歯科衛生士と連携して嚥下機能の状態を何度も確認し、安全性を確かめた上で取り入れました」と語るのは、機能訓練指導員の有間智巳氏。
高齢になると、背中が丸くなるほか、全身の緊張や関節の拘縮などにより、頭部が後屈し座った姿勢を保つことが難しくなる場合があります。姿勢が崩れると誤嚥のリスクが高まるため、座位での食事が難しい入居者には、状態を見極めた上でご家族などとも相談して取り入れています。
導入当初は、「横になって食べる」ことに抵抗を感じる職員もいたといいます。そこで施設では、多職種への説明・プレゼンテーションに加え、導入までのフローチャートやマニュアル、評価基準などを作成。現在は月1回の多職種連携会議に加え、専門職が日々食事の様子を観察し、その方に合った方法を考えています。
こうした支援によって、誤嚥性肺炎のため食事の中止も検討されていた入居者が、約5年間、口から食べ続けられたケースもありました。ただし、「これは完全側臥位法だけによるものではない」と有間氏。
「歯科衛生士や看護職、管理栄養士などが連携し、嚥下機能だけでなく、食事内容や口腔機能などを総合的に見ていくことが大切です」(有間氏)
特に口腔ケアは、法人が直接雇用する歯科衛生士が歯や舌、唇の動き、食べ物を口の中でまとめる力などを確認し、その情報を管理栄養士らと共有。本人の好みも考慮しながら、適した食形態を検討しています。
また、誤嚥性肺炎による入院を減らすことも課題の一つ。介護職も口腔ケアの技術を学ぶとともに、安全に食べるための取組を進めています。その結果、多職種連携の取組を始めてから、ある年の誤嚥性肺炎による入院者の割合が18%から翌年には12%に減少したといいます。
「食事作りで大切なのは、安全性や栄養だけではありません」と語るのは、管理栄養士の湯本まゆみ氏。
「大切なのはおいしく食べること。栄養バランスも大事ですが、口の中で味わい、安全に飲み込めることもおいしさにつながります。入居者の機能に合わせて食形態を変え、食べる楽しみも重視しています」(湯本氏)
口から食べて必要なエネルギーを取ることは、日々の活動を支えることにもつながります。
「食べることにも体力やエネルギーを使います。摂食嚥下機能を維持する上でも、栄養バランスの取れた食事は欠かせません」(湯本氏)
一人ひとりの状態に合わせた支援を多職種で行いながら、「口から食べる」ことを支えています。
「可能な限り、口から食べられる方にはどんな形でも口から食べ続けていただきたいです」(石田氏)
構成・文=玉置晴子/取材・文=一角二朗
特別養護老人ホーム 黒潮園
「年齢を重ねたから、常食は難しい」と決めつけない。口腔ケアや義歯の調整から“かめる口”をつくり、食べる楽しみにつなげる取組を紹介。