福祉施設SX
人材について考える 7月号のテーマ「離職防止」

介護人材不足の背景には、労働力人口減少の問題だけでなく、介護現場のさまざまな課題が複雑に絡み合っています。今回は離職防止をテーマに実態調査を丁寧に分析。職場定着に有効な対策を示すとともに、斬新な職場改革によって離職防止に成功している事業者の取組からヒントをもらいます。
人材確保の最優先課題は職場環境改善を図ること
介護人材の確保を巡っては、かねてより「採用促進」と「離職防止」対策の重要性が国から示されてきました。介護事業者においてもさまざまな努力がなされた結果、介護職員全体の離職率は平成19年度の21.6%をピークに低下傾向にあります。令和6年度は12.4%まで下がり、平均離職率14.2%を下回っています(公益財団法人介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」および厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」調べ)
一方で採用率は伸び悩み、前出の調査では令和6年度に14.3%と3年ぶりに低下(前年度16.9%)。賃上げが先行する他業界への人材流出も懸念される中、多くの事業者が今なお人手不足を訴えています。しかし、こうした現状を嘆くより、今、介護現場で働いている職員を大切にすべく職場環境を改善することで、離職防止だけでなく採用促進にもなる好循環を生み出せる可能性があります。
まず介護事業所を転職した経験のある人たちの声を確認しましょう。下図2つの調査結果からは、職場においてどのような課題を最優先に解決すればいいのか見えてきます。前の事業所を辞めた理由では、勤務先における人間関係の問題や事業理念・運営方針への不満が、収入が低いことよりも重視されていました。また、人間関係のトラブルが離職原因の場合、上司・先輩によるパワーハラスメントやリーダーシップの欠如が上位になりました。同僚らとのコミュニケーション不全も離職を招く要因であることが見て取れます。
辞めた理由が職場の人間関係の問題の場合の具体的な内容上位5つ n=1,606、複数回答
パワーハラスメントがあった 49.1%
こうした実態から分かるのは給与向上だけでは人材の職場定着は難しく、人間関係のストレスをいかに減らせるかが最大の鍵になるということです。下図に掲載した現職の介護職員らの意識調査からも「人間関係が良好」「各種休暇の取得や勤務日時を変更しやすい」「職場内での仕事上でのコミュニケーションが円滑化」している職場では、長く働けている職員が多いことがうかがえます。
現在の職場を辞めずに働き続けることに役立っている職場の取組 n=21,325、複数回答
(面談、ミーティング、意見交換会など) 30.9%
※数字は、各種取組が行われていない事業所の労働者の数も含む全数に対する割合であることに注意が必要。また「賃金水準の向上」については、賃金水準の向上の幅によって回答率が変動すると考えられるが、質問項目において賃金水準の向上の幅は特定しておらず、各回答者はそれぞれの任意の想定の幅について、それが役立っているかどうかを回答していることに注意が必要。
出典:公益財団法人介護労働安定センター 令和6年度介護労働実態調査
「事業所における介護労働実態調査 結果報告書」2025年7月
仮にどれほど採用がうまくいったとしても職場環境の改善が進んでいなければ、入職後間もなく辞めてしまうケースも生じかねません。そういう意味で、職員が安心して働き続けられる職場環境づくりは、介護人材確保の最優先課題といえるでしょう。
幸いにも国による介護職員の処遇改善策によって、職場環境を良くするための要件が明確になっています。令和6年度には従来の各種処遇改善加算が一本化され「介護職員等処遇改善加算」が新設されました。算定条件3項目のうち「職場環境等要件」は、6区分(入職促進・資質向上・両立支援・健康管理・生産性向上・やりがい醸成)28項目から所定の数を選んで実施できます。地道に要件クリアに取り組めば、職場環境が改善できる上に加算も増額され、より良い条件で求人広告も打てるという3つの効果が得られるのです。
働きやすい職場改革
離職防止のために求められるのは、人間関係の改善。そこで働きやすい職場改革について考えます。

社会福祉法人合掌苑理事長
森一成氏
IT企業のプログラマーを経て、社会福祉法人合掌苑理事長に就任。1993年、特別養護老人ホーム合掌苑桂寮を開設。その後も高齢者施設や在宅サービス事業の展開を図るとともに、地域の社会貢献活動にも力を入れている。

社会福祉法人合掌苑
住所:東京都町田市金森東3-18-16
TEL:042-799-2144
合掌苑の歩みは、1945年、東京大空襲で家を失った人々を寺で受け入れたことから始まりました。現在は規模を拡大し、東京・町田エリア以外に、神奈川・横浜エリアでもサービスを展開しています。
職員たちにコミュニケーションの機会をつくるのが第一歩
職員らとの定期面談が離職率低下のきっかけに
「人の役に立ちたい」といった意識から介護職に就く人は年代問わず少なくありません。しかし、心が折れてしまう瞬間があるとすれば、本稿で考察してきたように職場環境のあり方が大きく影響しているといえるでしょう。
「社会貢献の志高く介護の仕事を始めても、辞めてしまう人の多くは“心身ともに疲れ切ってしまった”というのが本音だと思います。長時間の肉体労働、サービス残業の常態化、不規則なシフトの上に上司や同僚とのコミュニケーション不足が労働意欲低下に追い討ちをかける。こうした状況を放置していれば離職率が上がるのは当然です」と、社会福祉法人合掌苑の森一成理事長は指摘します。
かつて離職率が20%を超える時期もあったという同法人は、20数年かけて“人を大切にする組織づくり”に取り組んできたといいます(下図参照)。現在までにサービス残業ゼロ化、年2回の長期休暇取得率や女性職員の産休育休後の復職率100%を達成。日勤と夜勤を完全分離化し、月平均残業時間は7時間未満で推移しながらも全正職員の平均年収は400万円超(介護職員等処遇改善加算I算定)を維持しています。こうした実績から法人全体の離職率は10%を切るまでになり、平均勤続年数は10.7年と長く勤められる組織風土が築かれています。

「これまでさまざまな職場改革をやってきましたが、初めの一歩は全職員に対してコミュニケーションの機会を増やすことでした。現在も私は各施設長らと月60回くらい面談していますが、施設長らはそれぞれの施設職員らと月1回のペースで面談しています。ここで現場の声や個人の仕事への思いに耳を傾けつつ、運営側の方針なども丁寧に説明して合意形成ができるよう努めます。他に組織風土チームをはじめ各種チームや委員会を設けているのも、多職種間のコミュニケーションの場づくりという面があります。このように職員間の関係性向上に取り組んだことが、離職率低下のきっかけになったと思います」(森氏)
多様な働き方ができる職場づくりが離職を防ぐ
生産年齢人口が減る時代 働き方の多様化を図る
合掌苑のある東京都町田市(人口約43万人)の高齢化率は現在27.4%。それが今後10年で2割近く増える一方、生産年齢人口は4年後から減少幅が拡大します。
現在、合掌苑の職員の8割が通勤時間30分以内の町田市エリアにお住まいです。遠方から就業した職員には法人借り上げのアパートによる社宅や賃貸住宅の家賃補助を提供しています。今後「通勤しやすさ」で職場を探す市内住民に、多様な働き方ができる合掌苑施設の存在を広く知ってもらうことが重要だと森氏は感じています。
「私たちにとって人材確保の主戦場は、施設利用者となる方々も暮らす町田市エリアです。これから生産年齢人口が大幅に減っていくことが分かっている以上、中高年層の雇用の受け皿を広げていく必要があります。シニア世代はフルタイム勤務が難しくても、多様就業型のワークシェアリングなどで雇用創出できると思います」
多様な働き方を推進する取組として、合掌苑では社会で働きづらさを感じている人たちを対象にした「10大雇用(一人親、障害者、難病者など)」を含む、「25大雇用(ニート、引きこもり、DV被害者など)」も実施しています。
「こうした新しい働き方を推進する一方で、従来型の労働形態にメスを入れることもあります。定年制を廃止したのも一例で、従前の嘱託職員や非常勤職員を正職員化した準職員制度を再構築しました。現在も70・80代の介護職員が熟練のスキルを発揮して活躍中です。また労働時間の管理を徹底し、サービス残業ゼロと残業削減に取り組んだのを機に、月給制とボーナスも廃止しました。残業分を含め実際の労働時間にのっとった時給月給制とし、業績変動リスクのあるボーナスではなく、基本時給のベースアップや各種手当を支給することで、安定的な月収になるよう工夫しています」と森氏。夜勤を専従化したことも好評で、最も採用しやすい職種なのだとか。多様な働き方ができる職場づくりを進めることで、人材確保と離職防止の効果が表れているようです。
定年制の廃止


残業時間を削減

夜勤先住職員の勤務パターン

● 週3日もしくは4日勤務ごとに交代
● 勤務時間は、21:00〜翌朝7:00の10時間勤務(内1時間休憩)
● 時給1600円、夜勤手当は1日1万円
● 採用するのは、5年以上の介護・夜勤経験のあるベテラン職員のみ
● 1カ月14〜17日の勤務で、月給は34万1600円〜41万4600円になる
「当たり前」ではなく「ありがとう」をベースに
社会福祉法人の約3割(介護主体法人は42.3%)が赤字※という現実がある中、合掌苑は「ロマン(サービスの質向上による理念・使命の追求)とソロバン(持続可能な組織運営のための利益の追求)」を組織運営の両輪として掲げ、11年前からアメーバ経営(京セラ創業者が考案した全員参加型経営)を法人の全施設に導入しているといいます。
※独立行政法人福祉医療機構「2024年度社会福祉法人の経営状況について」より

「ロマンは“人は尊厳を持ち、権利として生きる”といった法人創業者の言葉=基本理念などをつづったフィロソフィー(哲学)手帳を全職員に配り、毎日の理念教育で理解を深めます。その共通認識をベースに真に利用者の幸せにつながるケアを提供します。ソロバンについては全職員に経営者意識を育む目的でアメーバ経営を導入。部門ごとの独立採算に加え、ケアの時間あたり採算({売上−経費}÷労働時間)を重視して、売上最大・経費最小・労働時間最短の3要素を徹底改善。その際ケアの質は絶対に落とさず、向上させることを原則としました」
森氏によれば、導入初年度の経費削減額は1500万円に上ったというから驚きです。さらにオムツなどの在庫量を気にすることもなかった職員たちが在庫管理の改善を図るように。こうした取組によって職員の業務負荷が軽減され、労働時間も短縮されました。全職員が対話を重ね、創意工夫しながら経営参画しケアの質も向上させた成果が評価され、合掌苑は昨年度「日本経営品質賞大賞」(公益財団法人日本生産性本部経営品質協議会主催)を受賞しました。
「こうした一連の職場改革によって“人を大切にする組織”にだいぶ近づいてきたと思います。うちの創業者がよく『ありがとう』の反対語は『当たり前』だと言っていましたが、人を大切にする組織は『できて当たり前』と突き放すのではなく、『やってくれてありがとう』がベースになっています。離職防止につながる働きやすい職場づくりは、こういうシンプルな意識改革から始められるのではないでしょうか」(森氏)
構成=及川静/取材・文=菅野美和
直前の介護関係の仕事を辞めた理由上位5つ n=6,508、複数回答
※回答者は現在も介護関係で働いている人です