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第23回 栃木県 社会福祉法人 裕母和会 養護老人ホーム 悠生園

社会福祉法人 裕母和会 養護老人ホーム 悠生園
 佐野市が運営していた養護老人ホームを引き継ぎ、福祉医療拠点として再整備。2000年より運営開始。自然豊かな環境のもと、家庭的な雰囲気を大切に、全室個室・バリアフリー環境でご利用者の自立支援と生きがいのある生活をサポートしている。併設のデイサービスやヘルパーステーションで地域密着型サービスも提供

 

原点に立ち返り、
“誰一人断らない支援”を可能にする体制へ

 養護老人ホーム悠生園が「第3回JSフェスティバル」で掲げたのは、稼働率の回復を目指す取り組みでした。もともと佐野市運営の養護老人ホームを承継し、福祉医療拠点として再整備した悠生園ですが、入所判定の仕組みや対象となる方の背景の複雑さ、感染症の影響が重なり、稼働率は厳しい局面が続きました。

 「法人にとって稼働率低迷は運営に直結する命題ですが、養護老人ホームは社会にとって必要不可欠なもの。これからも一人でも多くの生活困窮者を受け入れる施設であり続けるためには、原点に立ち返り、立て直す必要がありました」と、現役の医師でもある松永安優美会長(社会福祉法人 裕母和会)は語ります。

 

稼働率低迷からの立て直しは 働きがいの“土台づくり”から

 松永会長の思いを受け、法人内老健で長くマネジメントに携わってきた市川晃一さんが施設長に就任したのが2020年。まず着手したのは、組織運営の基盤づくりでした。

 「最初に年間計画を策定し、主たる職員たちと議論しながら目標と道筋を共有しました」

 個々の努力や善意に依存するのではなく、組織として迷わず判断できるようにすることを最優先にしたのです。そこで、これまで職種別に行っていた委員会活動を解体し、多職種協働の勉強会グループへと再編。毎月の職員向け勉強会を設け、外部研修にも参加できる体制を整えました。こうして自己研鑽を意識づけたことで、少しずつ職員が主体的に動く組織へと変化していったと話します。

 さらに大きな転換点となったのが、医療・介護体制の強化です。隣接する老健や法人グループの医療資源を活用し、職員と医師が直接連絡できるよう、24時間の「Dr・オンコール体制」を確立。夜間の緊急時には、医師の指示のもと施設職員が初期対応を行い、必要に応じて関連施設の看護師が駆けつける体制を整えました。

 「こうした改革によって職員の不安を取り除ける仕組みが定着し、心理的負担の軽減と、困難事例の受け入れにもすぐに踏み出せる勇気につながったと思います」と市川さん。

 職員との信頼関係を土台に、理解と納得を軸にした組織運営を徹底したことで、離職率が大幅に改善。結果的に稼働率を回復できたのです。

 

❶毎月実施している職員による伝達研修風景。施設では職員の学びを共有し、組織全体のスキルアップにつなげている ❷「うちの職員は素直」だと話す市川さん。その意味は、学びに対して開かれた姿勢、困難な状況への柔軟な対応、互いを尊重する態度を含んでいる ❸ご利用者に「楽しんでもらえる」食事づくりを目指す悠生園。外部委託を活用しながらも、施設内のチームと密接に連携し、ご利用者の希望に応える柔軟な食事提供体制を築いている ❹個室対応を活かした柔軟な受け入れと健康管理の徹底により、安心して生活を続けられる環境が整っている

 

「一人でも多くの生活困窮者を受け入れる」という使命のもと、 悠生園では理念を掲げるだけでなく、 それを実行可能にする組織体制と判断プロセスの再構築に取り組んできました。 ここでは、具体的な受け入れ対応と体制づくりの全体像を紹介します。

受賞者のインタビューはコチラから

 

■ 稼働率低迷と園の使命
稼働率が76%まで低下した状況を受け、措置を待つ受身の姿勢から脱却し、積極的に受け入れる体制への転換を図るには、根本的な風土改革が必要でした。養護老人ホームとして、一人でも多くの生活困窮者を支援する役割を再認識し、組織全体で取り組むことにしました

■ 個室の利点を生かし 受け入れを即断
緊急入所の依頼を受けた際は、施設長や看護師と協議し、全室個室という利点を活かして受け入れを即決。身元引受人が不在で個人情報が把握できず、既往歴の把握が難しいなど懸念事項も多くありましたが、受け入れ後に手続きを行うなかで本人の状況確認を進めていきました

■ 複合課題に対応し 困難事例も受け入れ
犯罪歴や治療の必要性、虐待や家族関係の問題、複数の機関が関わる事例など、受け入れ判断が難しいケースについても、地域生活定着支援センターや医療機関、自治体などと連携し、安全面と生活継続の両立を見据えたうえで、受け入れへと結びつけました

■ 学びの機会を増やし 健康管理意識を向上
ご利用者の生活を支援するには、看護師を中心に日頃からバイタル測定を徹底し、ご利用者の健康状態を継続的に把握することが大切です。悠生園では委員会活動や勉強会、外部研修を通じて必要な知識と技術を磨き、歯科医師の指導による口腔ケアの充実にも取り組みました

■医療連携と 支援体制を充実
薬剤管理を薬局に委託するなど業務を見直し、職員がご利用者と向き合う時間を確保しました。併設サービスとの連携により、介護度が高くなっても生活を続けられる体制を整備するとともに、「Dr.オンコール体制」を整備し、急変時にも対応できる支援体制を整えました

 

 

 

緊急入所と医療連携が 支えた受け入れ体制

 

  稼働率回復の背景には、突然飛び込んでくる緊急入所の相談や、重い背景を抱えた方の受け入れ判断に日々向き合ってきた現場の緊張と覚悟があります。

 

 生活相談員 主任の内海雅貴さんは、「受け入れを断る理由は簡単に見つかります。でも、それでいいのか、と。だったら、どうすれば悠生園で受け入れられるのかを考えようと視点を転換しました」と胸の内を語ります。受け入れ判断のスピードが問われる場面も少なくありませんが、受け入れフローがマニュアル化され、園内で「2時間以内での受け入れ対応」という仕組みが機能しはじめると、現場は迷わず動けるようになり、同じ方向を向いて対応できる体制が整っていきました。それを支えたのが、前述の医療的バックアップです。夜間は職員が1名という現実がありながらも、24時間のDr・オンコール体制の整備によって、何かの際には医師に直接相談できる安心感が生まれました。それが「不安を抱えたままケアをするのではなく、専門家の助言のもと適切な対応ができるという安心感につながりました」と内海さん。医療と生活支援が一体となることで、心理的負担は確実に軽減していったといいます。

 

理念を実践するという 自負が、現場を変えた

 

 以降、困難事例への対応も日常となりました。生活相談員の小澤聡子さんは、「ここに来る方は、暮らしの背景が多様です。だからこそ、自分の物差しを持ち込まないようにしています」と話します。犯罪歴や虐待被害など重い経緯を抱えた方がいても、その事実に引きずられるのではなく、まず一人の生活者として受け止め、安心して暮らせる場として成り立たせたいという思いは揺らぎません。栄養士の二渡裕美さんも、「以前は緊急入所に『え、これから?』と驚くこともありましたが、今では冷静に準備できます。厨房を含め職員同士が自然に助け合える空気があるから不安は小さいですね」。そんな意識の背景にあるのは“学ぶ文化”の定着です。医療・福祉制度や精神疾患、虐待、依存などご利用者の背景理解につながる研修や、実践と結び付けた学びの場が積み重なってきたのです。「知らないままで支援するのは失礼です。私たち一人ひとりが、もっと幅広い知識を身につけなければ」と内海さん。

 

 3名に共通するのは、仲間への信頼と感謝です。受け入れるという理念を皆で共有し、日々の実践につなげてきたことが、働くうえでの誇りとなっているのです。

 

 

社会福祉法人 裕母和会 養護老人ホーム 悠生園
●栃木県佐野市寺久保町238   ●tel.0283-25-0540  ●定員:50名(入所)、20名(通所) ●https://yusei.s-y.gr.com/

撮影=松浦幸之介 写真提供=社会福祉法人 裕母和会 取材・文=冨部志保子