最新制度解説

特集(制度関連)

特養でお見送りする際の課題と変化 みんなで「成長する」看取り介護

2023.02 老施協 MONTHLY

特別養護老人ホームで“その人らしい最期”を支えるとは、どういうことか。看取りを担う介護職が身に付けるべき、尊厳に基づいた人を看取る心構えと技術を探る。


看取りニーズが増えゆく特養が今、すべきこととは?

 介護報酬に「看取り介護加算」が創設されてから17年。その間PDCAサイクル(下図)導入など、特養の看取り体制強化が図られ、’16年の調査(※)では「希望があれば施設内で看取る」とする施設は78%に。’21年度の介護報酬改定では、入所者死亡日より45日前からの看取り介護を新たに評価。入所者の意思を尊重した医療と介護の方針決定への支援に努めることも算定要件とされた。

現場での看取り介護の指針のベース
「施設における看取り介護の体制構築・強化に向けたPDCAサイクル」
出典:厚生労働省老健局

 本特集では、さらに“終の住処”となりゆく特養の看取り現場について、2施設の施設長に取材。「最期の迎え方に特化し過ぎるのではなく、加算ありきでもなく、いかに入所者の生きざまに寄り添えるかが特養の看取り介護の本質」(第二偕楽園ホーム・水野さん)といった指摘など、介護職員の成長につながるトピックをまとめた。また、看取り介護の実態に詳しい研究者にも話を伺い、特養なりの看取りについて提言をいただいた。

※出典:厚生労働省「平成27年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査」
(平成28年度調査)介護老人福祉施設における医療的ケアの現状についての調査研究事業

お話を伺った2施設

社会福祉法人 一誠会 地域密着型特別養護老人ホーム
第二偕楽園ホーム
社会福祉法人 一誠会 地域密着型特別養護老人ホーム 第二偕楽園ホーム

住所:東京都八王子市加住町1丁目18番地
電話番号:042-691-0913
URL:https://www.kairakuenhome.or.jp/kairakuen-sec/
定員:ユニット29名、ショートステイ9名

2018年設立。サテライトタイプの地域密着型施設。ユニットとショートステイで運営。法人理事長が医師であることの強みを生かし、訪問看護ステーションや看護小規模多機能型居宅介護も併設して医療ニーズにも対応している。

水野敬生

統括施設長 水野敬生さん

Profile●みずの・たかお=社会福祉法人 一誠会常務理事。偕楽園ホーム、第二偕楽園ホーム統括施設長。「介護現場で使える 看取りケア便利帖」(翔泳社)監修


社会福祉法人 邦知会 特別養護老人ホーム
ユートピア広沢
社会福祉法人 邦知会 特別養護老人ホーム ユートピア広沢

住所:群馬県桐生市広沢町6-307-3
電話番号:0277-53-1150
URL:https://www.houchikai.or.jp/
定員:多床室40名、ユニット20名

1998年設立。12室ある4人部屋をメインに、ショートステイを含むユニット個室も併設されている。多床室でも入所者の居住空間を和モダンな障子式の引き戸などで囲い、プライバシーに配慮している。入所者の意向や身体状況に合わせた丁寧な機能訓練も行っている。

服部弘

施設長 服部弘さん

Profile●はっとり・ひろし=1999年よりケアワーカーを始める。2002年に邦知会に移り、相談員、サービス部長、副施設長を経て、2021年より現職


ご本人・ご家族に対して

“重度化”が進むからこそ本人の意思をくみ取る工夫を

 要介護者本人の意思を尊重した看取り介護の充実は、先の介護報酬改定の重点課題。厚労省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に沿った取り組みを特養にも求めている。これは要介護者や患者本人が望む医療や介護の在り方を、家族や援助者らと繰り返し話し合うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)とリンクする。

「近年は特養入所時に要介護4〜5で認知症が進み意思確認が難しい方が多いことも事実。それでも日々のケアからくみ取れるご本人の“思い”があり、その積み重ねの上に看取りがあります」(ユートピア広沢・服部さん)。こうした介護現場の創意工夫を紹介する。

ORIGINAL
しおりでご家族に前もって
看取りへの変化をお知らせ

「最近はメディアでACPなどの知識を得ているご家族は多いです。が、仮に親御さんが終末期に食事量が減ってきたときに、どんな様子になるのかをイメージされている方は少ない」とユートピア広沢の中村さん。看取り介護については入所契約時から説明。終末期の呼吸の特徴などを記した手作りのしおりを渡し、心の準備を進めてもらうよう促す。「私たちの説明が『看取りについて家族で話し合うキッカケになった』というご家族もいます」(中村さん)

中村一樹

ユートピア広沢 施設サービス部長

中村一樹さん

Profile●なかむら・かずき=2004年より社会福祉法人邦知会に入職。2017年にユートピア広沢に異動し、2021年より現職

GROW UP!
コロナ禍で途絶えた絆を
会報誌でカバー

コロナ以前は家族らの面会が頻繁でにぎやかだったというユートピア広沢。「面会以外でも職員の異動時や介護保険制度改正のタイミングなどで懇親会を開き、職員紹介や制度の説明をしながら交流を図ってきました。コロナ自粛で会が開けなくなってからは、会報『こもれび』を作って郵送し、好評です」(中村さん)

GROW UP!
入所者の睡眠状態をモニターできる
見守り支援システムで安心感UP!

第二偕楽園ホームでは、複数の補助金を利用しながらショートステイを含めた全床にシートタイプのセンサー「眠りSCAN」(パラマウントベッド)を導入していったという。ベッドのマットレスの下に敷くことで、入所者の体動を捉え睡眠状態を把握できる。呼吸数や心拍だけでなく、寝返り、起き上がり、離床といった各入所者の動きは、スタッフルームのPCモニターや携帯端末にリアルタイムで表示される。「特に職員が少なくなる夜間の見守り体制が強化されました。看取り期の入所者を常に目視できなくても呼吸や心拍が確認できるので、職員の安心感は増えましたね」(水野さん)

「眠りSCAN」のモニター画面。入所者の変化が色分けされ分かりやすく表示されるので、経験の浅い職員も緊急性が一目瞭然
ORIGINAL
ケアプラン更新&日々の対応で
ご本人の希望をくみ取る

「入所の時点で今後の希望などの意思確認が難しい方は、第二偕楽園ホームでも多いです。しかし、日常生活の中で、その方らしい“選択”をされている姿を確認できるはずです」と水野さん。例えば、同施設では“誕生日リクエスト食”として、誕生日を迎えた入所者に好きな食事とケーキを振る舞っているという。「身体状態などは半年ごとのケアプラン更新時に把握できますが、こうした機会にも入所者の好きなものや希望を知ることができます。看取り介護とは、日々の積み重ねから見えるご本人らしさを大事にすることから始まります」(水野さん)


医療関係者に対して

介護職と医療職が同じステージで連携するために

 特養での看取りが増えてきたとはいえ、最終的に医療機関へ移送後に亡くなる入所者は少なくない。前出の調査では死亡退所した特養入所者は70.4%。そのうち入院後の死亡は29.0%。病院・診療所に移り退所した24.9%と合わせると約54%の入所者に医療ニーズがあったことになる。

 こうした背景から特養の医療体制が強化され、同時に介護と医療の密な連携も欠かせなくなった。「入所者の生活を支える介護職と、身体状況に対応する医療職の着眼点や意見が異なることは多い。彼らが対等に意見交換できる環境づくりは必須です」(水野さん)。多職種協働のチームとして看取り介護に臨むメリットを解説する。

ORIGINAL
歯科医・衛生士が加わったことで
誤嚥性肺炎の発症がほぼゼロに!

ユートピア広沢では、5年ほど前から医療と介護の多職種連携体制をつくり始めたという。現在までに嘱託医、看護師、機能訓練指導員、管理栄養士のほか、歯科医と歯科衛生士も加わった医療チームが介護職員たちを強力にバックアップしている。「寝たきりとなりやすい看取り期の機能訓練はとても大事ですので、機能訓練指導員が各部屋を訪ねて手足などの拘縮予防対策を行っています。また、歯科医と歯科衛生士による口腔ケアと嚥下指導が始まってからは、入所者全体で誤嚥性肺炎を起こして入院するようなことが、ほぼ無くなるという成果が出ています」と服部さん。実際、その歯科衛生士は介護福祉士の有資格者でもあるという。介護職員としての意識を持ちながら、入所者の口腔環境に合わせた歯磨きのブラッシング法や食前の嚥下体操を指導しているそう。

現在の医療チーム

嘱託医 看護師 機能訓練指導員 歯科医 歯科衛生士 管理栄養士

GROW UP!
食事、水分、排泄の記録を共有する
オリジナルの統一書式を制作

従来型の本施設(偕楽園ホーム)のサテライト施設である第二偕楽園ホームは、常勤看護師1名と本施設での業務も兼務する看護師の実質2名体制を組んでいる。夜間も介護職員から連絡が入れば対応できるため、併設する訪問看護ステーションを利用することはほぼないという。「ただ、医療体制を手厚くしても、介護職員が看護師ら医療関係者に遠慮をしていては連携しづらいもの。そこで入所者の食事、水分、排泄の量を記録する統一書式を作り、介護職員と看護師で共有することに。それが両者のコミュニケーションを促進することに一役買っています」と水野さん。介護と看護の両視点から気付いたことや留意点を書き込むことで、口頭では伝えきれないことも記録として残り、看取り時にも役立つエビデンスになっているという。

上記のような独自の「統一書式」を制作。「失禁の表記は◇。便量は、普通量=にぎりこぶし大、 少量=少×3つで普通量」など、介護職と看護師らの間で表記を統一している

未経験者が抱える不安は?

Q 一人で入所者さまの対応をするときに不安があります。特に夜間帯は職員が少なくなるので心細く、対応に自信が持てません。

A 一人で問題を解決しようせず、周囲を頼って!

「入職1年目だと、対応に自信が持てないことも多々あるでしょう。でも、介護職員はチームで動くもの。分からないことは同僚や先輩に尋ね、医療的なことは夜間でも看護師に連絡できるので遠慮しないこと。全ては入所者の皆さんの命を守ることにつながるので、決して一人で問題を解決しようとしないでください。看取り介護への対応では、さらに医師や看護師との連携が必要になってきます。そのために施設はチームケア体制づくりに努めているので、多職種協働から得られる学びを身に付けてください」(中村さん)

品川佳槻

ユートピア広沢 新人介護職員

品川佳槻さん

Profile●しながわ・よしき=大学で社会福祉を専攻。法人で開催している初任者研修を受講し、2022年度にユートピア広沢に入職した


介護職員に対して

特養における看取りを見つめ直す必要性も

「最近うちの施設に入所される方の入所期間が短くなる傾向に。以前は入所から退所まで平均3年でしたが、ここ数年1年前後で亡くなられる。週に数名を看取り、重度の新規者を受け入れる日々。寄り添う時間の短さに戸惑う介護職員も少なくありません」(服部さん)

 現在は全国的な傾向ではないものの、いわゆる“看取り期”間近の要介護者が特養に入所するケースは、今後ますます増えそうだ。

「そういう意味では、看取り介護は“看取り期”だけの問題ではない、ということを介護職員は意識しておくといいでしょう。入所時から、いかに普段の生活を支えるかで、その方の看取り期の良しあしが決まってきます」(水野さん)

GROW UP!
看取り介護は、看取り期だけにあらずということを肝に銘じる

上記で水野さんが述べているように、看取り介護は看取り期以前から始まっているならば、介護職員は具体的に何を意識していけばいいのだろうか。「普段のちょっとしたしぐさや表情の変化を捉えていくことから始めてみては。こうした細部に、その人の好き嫌いが宿っていますから」(服部さん)。「そんなふうに入所者の思いをくみ取り続けた延長線上に、ご本人の意思を尊重した看取りの在り方が見えてくるでしょう」(水野さん)

GROW UP!
食が細くなることの知識をしっかり深める

入所者が食べなくなっていくことへの不安は、介護職員にもあるだろう。が、終末期の体にとって食事や水分摂取が減っていくのは自然なこと。「体が死に向かって準備を始めたときに、無理に食べさせる行為は、入所者に負担をかけることになります。もし、少しだけ何かを食べたがったら、元気なときに好きだったものを用意して差し上げる。そのためにも普段からのケアで好きなものなどをくみ取っておくことが大切です」(服部さん)

ORIGINAL
ご本人の希望に沿って看取り期に温泉へ行くこともできる!

「以前、要介護4の80代男性入所者を看取らせていただいた際、ご本人の希望により、亡くなる1週間前に温泉にお連れしたことがあります」と水野さん。旅館の料理はミキサー食にして、一緒に温泉にも漬かったそう。「看取り期の入所者全てに、ここまでのことができるわけではありません。が、入所者の意思を尊重した看取りとは、その人の生きざまをとことん支えたい、という介護職の気持ちがあってこそだと思います」(水野さん)

ORIGINAL
忘れがちな項目は目につきやすい
ホワイトボードに手書きで共有!

介護記録などのICT化が進む中でも、手書きのメモが介護職員の業務リマインダーとして役立つことも。第二偕楽園ホームではスタッフルームに設置したホワイトボードに、職員らが忘れがちな業務項目をメモするようにしているという。「『申し送りノート』はあるのですが、多忙で逐一ノートを広げて確認すること自体を忘れてしまう職員もいて。ならば、全職員の目につきやすいホワイトボードで情報共有することに。内容は『検温を忘れないように』とか、そのほか気付いたことを随時書いていますが、新人職員らのスキル向上にも役立てていきたいですね」(水野さん)

未経験者が抱える不安は?

Q 自分が担当した入所者さまが亡くなると責任を感じてしまいます。(品川さん)

A やるべきことをやれば心配なし!

「『あと数日かもしれない』という状態の入所者が、自分の介助中に亡くなられたらどうしよう……と責任を感じてしまうのは、介護職員なら誰もが経験すること。しかし、終末期の人体がどうなるのかを理解し、その方の経過をしっかり観察していれば、たとえ自分が夜勤のときにお亡くなりになっても『ああ、今日だったんだ』と自然な流れで寿命が尽きたと納得できるはず。看取り介護体制の中で、介護職としてやるべきことをやったのであれば、罪悪感を抱く必要はありませんよ」(中村さん)


介護を研究する学者目線で見る
看取り介護の未来像

看取り介護のプロフェッショナル
小松亜弥音

国立研究開発法人
国立長寿医療研究センター 老年社会科学研究部

小松亜弥音

Profile●こまつ・あやね=大阪市立大学大学院博士課程修了。現在、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 老年社会科学研究部 特任研究員として、介護分野の研究を行っている

課題を乗り越えるための特養なりのACP

「私が看取り介護の調査研究を行った際に、最も顕著な課題として挙がっていたのが、看取りを受けるご本人の意向が十分に確認されていないということでした」

 そう語るのは、国立研究開発法人国立長寿医療研究センターの特任研究員・小松亜弥音氏だ。

「’06年の介護報酬改定から『看取り介護加算』が加えられ、ご本人やご家族が看取り介護についての説明を受け、同意を得ることになりました。しかし、ある1施設を対象とした調査研究では、ご本人・ご家族も含め、終末期の意向を6割の方に確認できていなかったというデータも挙がっています」

 こうした問題を解決するために近年、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性が唱えられている。政府も’18年に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を改訂し、ACPに「人生会議」と愛称を付けて、普及を進めている。

「私はACPの進め方は、場所によって変わるのではないかと考えています。特養の場合、入居された時点で、ご本人に明確な意思を伺うことが難しい場合も多いでしょう。となると、職員の方が日常的な触れ合いを多くして、その方の好みや考え方=〝選好〟を把握し、ご本人の価値観に寄り添い方針を決めるかたちが、特養なりのACPになるのではないかと思います」

理想の看取り介護に必要な施設の風土づくり

 小松氏は「あくまで私の考えですが」と前置きした上で「看取り介護は日常の延長線上にあるものではないでしょうか」と言う。

 その人の尊厳を守り、意向を尊重したケアをすることは、当然の〝介護の日常〟である。その中に、看取り介護も存在する。ただ、そこに横たわる大きな課題がある。

「現場の方々は〝入居者の方それぞれにふさわしい看取り〟という理想像をお持ちです。ですが、そうした理想の看取りが日々の業務に追われて行えない、というジレンマを抱えていらっしゃるという意見を多く伺いました」

 こうした課題を抱える介護職に対し、施設の管理職にあたる人々はどんな配慮をすればよいのか。

「やはり、看取り介護をやりやすい職場環境づくりが大きいのではないでしょうか。実際に現場を知る上司の方、つまり経験値の多い方からのアドバイスは実践しやすい、という声も聞きました。また介護職同士だけでなく、医療職の方々と情報や意見の交換を行える風土づくりも必要だと思います」

他職種との連携でつくる理想の未来像

 特養での看取り介護は、医療チームとの連携も重要なポイントだ。

「他職種連携のコミュニケーションで思わぬ落とし穴になりがちなのが、職種独自の用語による混乱です。職種によって、短縮したり省略したりする独自の言葉は、他職種の方には理解できない場合も多いです。その一つの解決例として、日本認知症ケア学会では、さまざまな職種の方たちによる『認知症ケア用語辞典』を作り、互いの職種の言語理解を図っています」

 個々の専門知識を、文字によって〝見える化〟する。こうした行為は、世間に対しても、ACPや看取り介護の重要性と問題点を行き渡らせることになるはずだ。

「言語化することで、介護の実践に関するプロセスというものが、暗黙知にならず、さまざまな方に理解をしてもらえる結果につながるのではないかと考えています」

 これらの論点を踏まえ、先生に看取り介護の未来を伺った。

「まず〝こうなるだろう〟と考えられるのが、高齢化社会の進行によって増加する、認知症の方々に対するACP確認のガイドライン整備がより重要視されてくる未来です。そして〝こうなってほしい〟のが、ICT機器などで収集した介護用のデータを十全に活用できる未来です。’21年の介護報酬改定から加算されることになった科学的介護情報システム(LIFE)で、日常業務で得られるデータを収集することで、個々の負担を減らしながら介護の質を高めることが望めます。また介護職の方が行っている普段の業務が見える化して、その正当な評価にもつながります。こうして現場の方がケアを行いやすい、理想的な介護の環境がつくれるようになっていくはずです」


構成=及川静/取材・文=菅野美和、一角二朗