マネジメント最前線

介護現場NOW

ポストコロナの介護人材確保について考える② シニア世代の介護人材をいかに活用するか

2024.02 老施協 MONTHLY

人材不足の介護業界には、シニア世代の参入余地がある
身体的負担感と事故率は低く、活躍に一石三鳥の効果も

増え続けるシニア介護職員 介護業界の大きな戦力へ

 全3回にわたってお届けする連載の第2回は、介護業界でのシニア層の活躍について考えていく。

 平成30年の「働き方改革」の関係法律制定やアベノミクスによる「ニッポン一億総活躍プラン」がシニア層の働き方に影響している。年金の受給開始は65歳からだが、昭和36年4月2日以降生まれの男性、昭和41年4月2日以降生まれの女性は、60歳から年金受給までの間に受け取れる特別支給がないため、65歳未満で定年退職した場合、その期間を埋める仕事が必要になる。

 定年後の再就職は当たり前の時代。数年前に増えた大企業の早期退職希望者に対し、コロナ禍前には募集が多かったシニアの再就職も、コロナ不景気により、就職氷河期となってしまった。そのときに売り手市場だった介護の仕事を始めたという異業種からのシニア世代の就職も多かったようだ。

 しかし、なぜそんなに働くのか。住宅ローンが80歳まで支払いがある、基礎年金額が低いので、繰り下げ受給によってひと月0.7%の受給額上乗せがあるとなれば、元気であれば働ける職場を探すなど経済的理由が多いのが本音だ。就職しやすく、働きやすい職場となると介護職が浮上する。実際、介護が必要になる90歳前後の親がいる世代でもあり、フルタイムで働き、現役で活躍できる業界である。終生働ける会社もあるのは大きい。介護保険が始まった’00年に、ミドルエイジだった介護職員も70代を迎えている。長年の介護技術は、現役世代より身体的負担が少なく、事故率も低く健康にもいいという。シニア層の活躍は、世の中を明るく照らすだろう。

 今回も、社会保障や女性の労働環境に詳しい日本女子大学教授の周燕飛先生に詳しいお話を伺う。

現役職員による座談会【介護現場のリアル】

シニア介護職員はなぜこの仕事を選んだ?

特養の介護職員Aさん(70)と訪問ヘルパーのBさん(75)に聞く。Aさんは働いてまだ2年。Bさんは70歳で働き始めたというが…。

A「僕は元々自営業で、理髪店をやってたんだけど、国民年金だったから、年金が月6万円しかなくてね。75歳まで働いて繰り下げ受給をすれば加算されるから、この年でも社員で入れてくれるこの仕事を選んだよ。だけど、95歳の親や妻も介護が必要だから、いい勉強になってる」

B「私は70歳まで主婦だったけど、夫の介護をきっかけに、資格を取りに学校へ行ったら、本気でヘルパーの仕事もしてみたくなって始めたの。自分の親くらいの世代の介護が多いし、同年代の利用者さんと話も盛り上がるし、この年でお給料もらえるのはうれしいわ」

介護の新たな担い手として存在感が増すシニア世代

 人材不足にあえぐ介護業界にとって、65歳以上のシニア層は貴重な戦力である。(公財)介護労働安定センターの調査によると、介護労働者に占めるシニア層の割合は、’05年の約3%から、’19年の約14%に急増。ホームヘルパーに限ってみると、シニア層の比率は約23%にも達している(図1左)。また、一般的にパート就労のイメージが強いシニア層であるが、介護業界に限っては正社員として活躍する者が多い。介護労働者のうち、シニア層の2割弱が正社員として働いており、この比率は今後さらに増える見通しである(図1右)。

【図1】介護労働者におけるシニア世代の構成比と正社員比率(2005-2019年、%)
出典:介護労働安定センター「介護労働実態調査(各年)」(事業所調査票)より筆者が集計。

シニア世代の勤労意欲はかつてないほどの高まり

 人々の健康状態は、高齢になるほど個人差が大きくなる。介護労働に従事するシニア世代の約95%は75歳未満の層であるが、75歳以上の後期高齢者も近年増えている。例えば、前出の介護労働安定センターの’19年調査では、介護労働者の最高年齢は80歳であり、中には75歳を過ぎてからホームヘルパーとして働き始めた者もいた。

 背景には、シニア世代の勤労意欲のかつてない高まりがある。厚生労働省「職業安定業務統計」によれば、’20年にハローワークで職を探すシニア世代の人数は、調査開始以降、初めて25-29歳の層を上回り、月平均で20万人台(求職者総数の約11%)に上った。’23年はさらに25万人超(同約13%)と増え続けている。「これまでのキャリアや特技を生かしたい」「人や社会の役に立ちたい」などポジティブな動機のほか、「年金収入だけでは暮らしが厳しい」といった消極的理由も、シニア層を就労に向かわせる大きな要因である。

 しかし、体力や判断力の衰えが進んでくるシニア世代は、強い身体的負担感や高い労災事故率の発生が危惧される。ところが、調査から浮かぶ実態はその逆である。現役世代の介護労働者と比べると、シニア世代は「身体的負担が大きい」と感じる割合が約8ポイント低く(約31%vs.約38%)、業務上の事故率も顕著に低い(約14%vs.約28%)。正社員に限ってみても結果は同様である(表1)。

【表1】過去の1年間で身体的負担を感じた割合と事故率の比較(2018-2019年、%)
出典:介護労働安定センター「介護労働実態調査(2018年、2019年)」(労働者調査票)より筆者が集計。

 業務上の事故・ケガの経験別に、シニア層の働く職場を比較すると、「事故なし」グループでは、「福祉機器やロボットの導入」「介護能力に見合った仕事への配置」「働き方等について上司と相談する機会の設定」という項目において、その取組率が高いことが分かる。

シニア介護人材の活躍には一石三鳥の効果が期待できる

 老後資産や年金収入を有するシニア世代は、生活リズムや体力に合わせた無理のない働き方を好む傾向が強い。一方、介護事業所は女性比率が高い職場であり、元々、WLB(ワークライフバランス)施策や柔軟な働き方を積極的に進めているところが多い。つまり、労働需要と供給の両面から見て、介護業界とシニア層のマッチングの相性は、とてもいいと言える。

 無理なく働くことが前提となるが、老後不安の解消、孤独感の軽減、生活リズムの維持等、就労継続は高齢者の健康にもたらすメリットが大きい。介護業界におけるシニア世代の活躍は、人材不足の解消や老後生活費の底上げのみならず、本人の健康増進という一石三鳥の効果が期待できる。

今月の回答者
周 燕飛さん

日本女子大学
人間社会学部 教授

周 燕飛さん

Profile●しゅう・えんび =2001年大阪大学国際公共政策博士。労働経済学、社会保障論専攻。著書に『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(JILPT研究双書)、『貧困専業主婦』(新潮選書)など。2021~2022年度社会保障審議会児童部会臨時委員

(備考)本稿の作成に当たって、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターより個票データの提供を受けた


取材・文=一銀海生