マネジメント最前線

日本全国注目施設探訪

第22回 秋田県由利本荘市 社会福祉法人青嵐会 特別養護老人ホーム 夢うさぎ

2024.01 老施協 MONTHLY

独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」入賞施設を取材しています


「利用者、地域、スタッフの三方良し」の精神を持って黒字経営を実現

人望の厚い地元の医師が地域の老人のために開設

 秋田県の沿岸中央部にある秋田市から40㎞ほど南に位置し、県内最大の面積を持つ由利本荘市。秋田市街から日本海沿いに車で1時間ほど南下すると到着する、市内を流れる子吉川が日本海に流れ出る河口付近、羽後本荘駅が最寄りとなる市街地の中にあるのが、特別養護老人ホーム「夢うさぎ」だ。

特別養護老人ホーム 夢うさぎ
面積1万1429.51㎡の広大な敷地に立っている延床面積3458.12㎡の建物は、鉄骨造陸屋根の平屋建てとなっている
業務執行理事・施設長の保坂一弘さん
業務執行理事・施設長の保坂一弘さん

社会福祉法人青嵐会

1988年より本荘第一病院を中核とし運営していた「社会医療法人青嵐会」が、2013年に「社会福祉法人青嵐会」を設立。初代理事長には、本荘第一病院の創設者であり、医師である「社会医療法人青嵐会」理事長の小松寛治さん(故人)が就任。翌2014年に、特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービスを運営する「夢うさぎ」を開設。現在は、小松大芽理事長が初代理事長の遺志を受け継ぎ、これらを運営している。

 ’88年に本荘第一病院を開設、この病院を中核とした「社会医療法人青嵐会」を運営する人望の厚い地元の医師である小松寛治理事長(故人)が、過疎化が進んでいるこの由利本荘地区には介護老人施設が足りないということから、地域のために、’13年に自ら初代理事長となり「社会福祉法人青嵐会」を設立。翌’14年には、特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービスを運営する「夢うさぎ」を開設した。現在は、小松大芽理事長が初代理事長の遺志を受け継ぎ、これらを運営している。

 利用者は、市内とその近辺から来ることがほとんどであり、当施設がある南沿岸部は、霊峰・鳥海山のおかげか気候が比較的穏やかで、北の地にしては雪や災害も少なく、食べ物や酒もおいしい住みやすい地域だと好評なのだそうだ。

[1]イベントや地域交流に使用される多目的ホール。コロナ禍の現在は、面会にも使用されている [2]屋根が備わる車寄せがあり、雨にぬれずに済むエントランス
[3]座って履物をゆっくりと脱ぎ履きできる椅子が備わる明るく広いエントランスホール [4]それぞれに洗面所が設けられている明るく広いユニット型の個室 [5]カーテンで仕切られ、プライバシーが保たれているショートステイの2人部屋
[6]秋田県と山形県にまたがり、出羽富士と呼ばれ親しまれている、標高2236mの霊峰・鳥海山 [7]利用者同士が集まって、食事やくつろぎの場にもなっているユニット型のリビング [8]さまざまな催し物も行っているショートステイのリビング

うさぎのように飛躍し 夢のある空間を築く

 当法人の理念としては、「夢笑」。意味としては「明るく楽しく、笑顔あふれる環境づくりを目指します」「うさぎのように常に飛躍し、夢のある空間を皆様と共に築いて行きます」を掲げている。

 運営方針は、「ご利用者様の意欲を引き出し、『楽しく健康』を目標に自立支援を目指します」「温かいふれあい、楽しい交流で、元気と笑顔があふれる一時を提供します」「ご利用者様の意思を尊重し、笑顔で生活が送れるように支援します」を打ち出している。

 建物は、面積1万1429.51㎡の広大な敷地に、延床面積3458.12㎡の鉄骨造陸屋根という構造の平屋として立っている。

 居室は、特別養護老人ホームが全てユニット型の個室で50室、ショートステイは4人部屋が4室、2人部屋が2室となっている。

 スタッフは、男性が16人、女性が38人の合計54人、その中には看護師が8人含まれている。平均年齢は48.6歳である。外国人スタッフは現在在籍していないが、将来的には採用を検討しているという。

[1]グループレクリエーションが行われるデイサービスセンター [2]チェアー浴やストレッチャー浴など、利用者の体の状態に合わせた機械浴のある特殊浴室 [3]看護師が常駐しているナースステーション [4]さまざまな機器がそろい、床が畳張りとなっている、利用者のリハビリを行う機能訓練室 [5]スロープがあり、車椅子のまま入浴できる一般浴室 [6]各サービスの利用者に食事を賄う厨房

運営ではなく経営の視点で赤字続きの当施設を黒字化

 現在の保坂一弘施設長は、当法人のメインバンクから派遣されてきた元銀行員である。門外漢ながら、「運営ではなく経営」の視点から、徹底的なコスト削減や稼働率アップを実行し、開設時より赤字経営が続いていた当施設の黒字定着化を達成している。

 もちろん、介護サービスの向上や顧客満足度のアップも欠かさない。苦情、事故対応のルール統一や新型コロナ感染症の予防徹底など、利用者の安全、安心に注力。

 その上で、スタッフを大切にし、スタッフの確保と定着を図ることこそが経営の最重要課題であると認識し、福利厚生の向上や業務の効率化などの改革を重ねた結果、スタッフが長く安心して働ける職場づくりが秋田県に認められ、’19年には由利本荘地域で2番目に「秋田県認証介護サービス事業所」に認定されている。

 母体となる社会医療法人青嵐会の理念である「地域と手をつなぐ医療」を受け継いでいる当施設は、「利用者、地域、スタッフの三方良し」の精神を持って、現在も地域には欠かせない福祉医療グループの一翼を担っている。

【キラリと光る取り組み】
「運営」から「経営」への意識改革!
〜はみ出し銀行マンの派遣施設長奮闘日記〜

「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」実践研究発表優秀賞受賞
業務執行理事・施設長 保坂一弘さん インタビュー
業務執行理事・施設長の保坂一弘さん
業務執行理事・施設長の保坂一弘さん

――保坂さんが、在籍されていたメインバンクから派遣されたとき、当施設はどのような状況だったのでしょうか?

保坂:私は、2016年10月、当法人の設立から3年半後に事務長として派遣され、その1年半後に施設長となりました。初代施設長と主だった幹部職員たちは、母体の社会医療法人青嵐会が運営する介護老人保健施設から転籍異動してきましたが、特養の経営は初めての経験で皆さん右も左も分からないゼロからのスタートで、失敗や苦労の連続だったと聞いています。その並々ならぬご努力と労苦には、最大限の感謝と敬意を表したいです。一方で、財務面や営業戦略、当局対応に精通したスタッフが少なかったため、コスト削減や業務の効率化が遅れ、設立時から赤字経営が続いていました。そこで、私が一番に目指したことが、「皆に嫌われてもいい。とにかく黒字に転換しなければ!」ということでした。いくら設立母体の病院が盤石だとしても、別法人であるからにはヒト・モノ・カネとも頼らず独り立ちしなければ、病院や銀行にも迷惑が掛かるため、必死でした。当初、法人内では、社会福祉法人や福祉施設はもうけてはいけないという風潮が強く、積極的に利益を出すという概念が希薄でした。そこで「より良い介護サービスを提供し、スタッフが長く働ける場を維持するためには、最低限の利益を出すことが不可欠」と訴え続けました。本来業務でやることと、余力があって無償サービスでやることは意味合いが違いますが、ご利用者さんやご家族から頼まれるとすぐに無償サービスでやってあげてしまう傾向がありました。青嵐会の風土である、「とにかく人に優しい」気持ちはとても大切なのですが、「あらゆるサービスにはコストがかかる」という意識が低かったのではないかと思います。

――取り組みの具体的な内容は、どのようなものだったのでしょうか?

保坂:単純な足し算と引き算で、入り(収入)を増やして出(支出)を減らすということです。コスト削減は当たり前として、収入を増やすということは稼働率を上げるということ。まず、収入源の金額をスタッフに意識させるため、ざっくり年間で一人当たり特養は500万円、ショートステイは400万円、デイサービスは200万円だと伝えました。それと、赴任した直後に特養の待機者名簿を見たら、非常に待機者数が多かったので、それを洗い直しさせました。その結果、100人以上いた待機者が半分以下に減りました。既に他の施設に入っていたか、お亡くなりになった方、元から特養入居の意思がない方などが混在していたのです。部屋が空いてから次の入居者を探していたのでは遅い。スピード感を持って次々と入居者を決めておかないといけない。そのための待機者名簿の整理は非常に有益でした。また、入居判定会議の開催頻度が少なくかつ長時間を要したため、次の入居候補者を決めてから実際入居させるまでに2週間以上もかかっていました。そこで、書類回覧会議を導入し、入居者決定→入居までの日にちも大幅に短縮させました。一方で、特養の個室でもショートステイで空床利用ができるのですが、その届出をしていなかったので、すぐに届出をして、ショートステイの空床受け入れを増やしました。また、デイサービスの稼働率が5割以下と低く近隣の施設が稼働率の低いデイサービスを廃業した際、当施設もやめようかという意見が出ましたが、私は断固反対しました。長い目で見れば、デイサービスのご利用者も年々要介護度が上がるとショートステイを併用します。そして、ショートステイで要介護度が上がると夢うさぎの特養に入居します。そうなると、ご利用者さんもなじんでいますし、スタッフも普段の状態を見ているから移行がしやすく、特養の稼働率も上がるわけです。そのため、青嵐会ブランドの確立と夢うさぎファンを増やすことに徹しました。毎月初めは各事業所へのあいさつ回り、地域の老人会や町内行事への参加等で、営業活動をしました。人事異動、配属に関しては、従前は懲罰的な異動が主だったのを、毎年4月には定例異動を行うことにしました。初めは抵抗されましたが徐々に浸透。定期的な異動で職場内の風通しが良くなり、新たな気付きにもつながったと思います。また、幹部職員から理事を選出し、理事会に参加させています。これまで介護現場のこと以外は経営トップ任せだったスタッフも、経営についての関心と理解が深まりました。主任以上が集まる運営会議でも、毎月の稼働率や経営状況を公表し、経営意識を高めています。新型コロナ感染症対策としては、全職員に抗原キットを配布して毎週2回の検査を実施するなど徹底的に感染対策をした上で、人間の尊厳を大切にして、可能な限り外出や面会、イベント開催を許可しました。特別なことをしなくてもちょっと気を付ければ、細かいことの積み重ねで経営は改善できます。「介護業は究極のサービス業」だと自負していますから、基本的にはホテルや飲食業などと同じだと思っています。

――この取り組みの成果としては、どのようなものがあったのでしょうか?

保坂:当面の目標だった「繰越損失を解消し、プラスの繰越利益に黒字転換した」ことが一番の成果ではないでしょうか。まずはホッとしています。職員の新規採用や給料アップ、介護に必要な設備を充実させるには、最低限の利益確保が必要なんだということも、スタッフに分かってもらえてきたと思います。また、コロナ禍の3年間、スタッフは何人か罹患しましたが、ご利用者さんは一人も罹患されなかったのも大きな成果と言えるでしょう。スタッフには本当に感謝しています。

――この取り組みに関して、今後の課題、目標がありましたら、教えてください。

保坂:とにかく人材の確保と育成・定着ですね。これはどこの施設でもそうでしょうが、今、介護スタッフが足りないので、運転手さんに介護現場に入ってもらい、その代わりに、私や事務長が運転手をしています。おかげでご利用者さんやスタッフと会話する機会が増え、現場の実態もよく見えるようになりました。求人票を出す際、以前は未経験者でも採用していましたが、現在は有経験・有資格者を優遇しています。資格取得費用は10万円を上限に補助をして、毎年2〜3人が介護福祉士の資格を取得しています。今年は開設から満10年となる節目の年。新たな加算の取得やさらなる経営の効率化など、私からトップダウンで指示するのではなく、スタッフから能動的な意見がボトムアップされる職場環境となり、近い将来、介護職から管理者が育つことを大いに期待しています。

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特別養護老人ホーム 夢うさぎ

社会福祉法人青嵐会
特別養護老人ホーム

夢うさぎ

〒015-0011
秋田県由利本荘市石脇字石ノ花194番地230
TEL:0184-74-3675
URL:http://yumeusagi.info/

[定員]
特別養護老人ホーム:50人(ユニット型)
ショートステイ:20人
デイサービス:20人


撮影=山田芳朗・夢うさぎ/取材・文=石黒智樹