マネジメント最前線

チームのことば

【INTERVIEW】株式会社ビックカメラ 総務人事部 人財開発担当 原澤友之

2023.10 老施協 MONTHLY

都市型家電小売業大手の「ビックカメラ」で、最近“専門販売員”なる腕章を着けた店員さんをチラホラと見掛けるようになった。これは、ニッチな専門性を持つ販売員を“マイスター”として登録する制度によって誕生したスタッフだ。昨年9月から“くらし応援マイスター”として制度がスタート、1年を経たこの9月に、これまでの知見も生かして、さらに専門性を追求した“ビックカメラマイスター”として制度を改定した。この制度の導入から運営までを統括してきた総務人事部人財開発担当、原澤友之さんに、その意図するところを伺ってきた。


より専門性を高めた“人財”を育成し
売り場での好事例をネットワークで共有することで
“こだわり”の専門店の集合体を追求しています

顧客には付加価値、従業員に新たなキャリアパスを

 ビックカメラといえば、カメラや生活家電、パソコンといった家電小売店の定番商品に加え、おもちゃ、ゴルフ用品、時計、旅行用品、薬、化粧品、お酒など多種にわたる商品を扱っている。その上で専門性の高いスタッフを全部門で育成するのは簡単ではないと思われるが、どういった経緯からこのマイスター制度が生まれたのか。

ビックカメラは現在全国のターミナル駅を中心に、43店舗(直営店)を展開している。傘下のコジマ、ソフマップなどを入れるとロードサイド店も含めて約200店舗。本店は池袋にあるが、写真の有楽町店は、商品の取り扱い数、スタッフ数は全店の中でも一番多い
家電小売店としてはかなり幅広いジャンルの商品を扱うビックカメラ。それにもかかわらず、今回取り上げる“ビックカメラマイスター”で、各商品の専門性も高めるというのは、かなり野心的な取り組みといえる

原澤「元々われわれビックカメラは『専門性と先進性で、より豊かな生活を提案する、進化し続ける“こだわり”の専門店の集合体』という企業理念を持っています。なので、そこをさらに追求したいという思いがまずあります。一人の販売員がいろんなコーナーの商品をご案内できる方がいいという方向にかじを切ったときもあったんですが、原点に立ち返り、スペシャリストの集団に戻ろうということで昨年9月から導入しました。いわゆるロードサイド型の店舗とは違い、当社はターミナル駅前の大型店舗ですから商圏が広い。ということは、わざわざビックカメラを選んでいただく付加価値が重要になっています。そのために、専門性の高い販売員の存在が大切になってくるということですね」

 マイスター制度は、こうした顧客目線の制度であると同時に、新たな社員のキャリアパスを作ることで専門職を充実させる目的もあったという(図1⬇)。

原澤「『私は店長とか目指していません、ずっとお客さまに寄り添っていたいんです』っていう社員は、昔から常に一定数いるんです。そうしたスタッフに、より高い専門性を身に付けてもらい、ランクを上げてもらうため、マネジメント=管理職とは別に、スペシャリスト=専門職というキャリアパスを作ったというわけです」

 社員として、管理職を目指さない人というのは、どれくらいの割合でいるものなのだろうか。

原澤「販売員リーダーといって、売り場で販売をしながらマネジメントも行うメンバーがいたので、この制度の発足を機にマネジメント、スペシャリスト、どちらの道を選びたいかとヒアリングしたところ、3分の1がマイスターを目指したいと答えたので、販売員全体では半分くらいがスペシャリストを志向しているかもしれないですね」

 導入から2年目を迎え、今年度でマイスターは会社全体で300人くらいになる見込みで、これは全販売員の10分の1程度だという。なかなかの狭き門だが、図1を見れば理解できる。具体的には、専門職におけるマイスターなら管理職におけるフロア統括と同等の、シニアマイスター、エキスパートマイスターなら副店長と同等の、エグゼクティブマイスターなら店長と同等の待遇となる。店長はその店舗に一人しかいないものだ(副店長は店舗の規模に応じて複数名いる場合も)。ちなみに副店長待遇のシニアマイスター、エキスパートマイスターの違いは?

原澤「エキスパートは一芸ということです。例えばですけど、カメラのマイスターになって、さらにドローンだけとか、一眼レンズだけに特化するとか。家電の中でも調理家電が好きですとか、そういう人たちが活躍できるためのキャリアパスということですね」

 ユーザーとしては、かなり頼りになるスタッフになりそうだ。



全てのジャンルにおいてマイスターは公的資格が必須

原澤「シニアマイスターになるためには、別に公的資格を取って、複数の資格を持つことが条件になります。いずれにしろランクアップには社内で試験、面接があり、エキスパートに上がるにはプレゼンの試験も必要になります」

 実はビックカメラマイスターになるには公的資格を取ることが必須であり、家電製品アドバイザー、フォトマスター検定、唎酒師など、ほとんどの取扱商品で販売知識に関係する公的資格が存在するのだそう。商品ジャンルが多岐にわたるので、中には薬剤師のように国家資格の場合もあるわけだ。

原澤「ちょっと例外がゴルフの場合。シニアマイスターに上がるにはスコア90を切ったらOKというのがあって、グループ会社が経営するゴルフ場で試験を行います」

 まさに好きこそ物の上手なれということか。90を切るのはハードルが高いが。さらにこの新しいキャリアパスには、多様性社会に貢献する側面もあるという。

原澤「会社ですから定年があるわけです。しかし、定年後もマイスターとして継続できる制度を今回作りました。また、育児で時短勤務の人でも、専門性がある方なら上のランクにいけるような制度にしています。調理家電大好きママさん、パパさんとかですね」

 原澤さんの肩書きにある“人財”開発。“人材”ではなく“人財”であるところも、こういった制度に説得力を持たせてくれているそうだ。

原澤「この“人財”という考え方は会社でも大切にしています。現在の社長が就任して、人を大切にする経営というビジョンを掲げたことから、一連の制度設計が始まりました。私自身は新規に立ち上げたドラッグ事業部を10年率いた経緯があり、ゼロからヒト、モノ、カネ、情報を統括していたことや、薬剤師という国の資格を持つスタッフと業務をしていたこともあって、現在の社長が専務のときからHRM(ヒューマン・リソース・マネジメント)プロジェクトという今回の制度を作るメンバーに参加させてもらいました。新卒採用の面接は私の業務の一つですが、この文字に気付いてくれる学生さんも多いですね。人を大切にする企業なんだって思ってもらえます。マイスターの制度も学生さんに評判が良くて、マイスターになりたいですって言ってくれる人も多いです」

 しかし、新卒からマイスター志望では、将来の管理職候補が少なくなったりしないだろうか…?

原澤「いや、管理職を目指す人はまだまだ多いので、われわれとしてはもう大歓迎なんですよ」

 職業の多様性への道はこの国では始まったばかり。ビックカメラのように先進的な取り組みは今後もさらに必要ということだろう。

有楽町店のカメラ・写真プリントコーナーでカメラマイスターとして活躍している合津英明さん(2005年入社)。カメラを通じてビックカメラのファンを一人でも多くつくりたいという思いから、マイスターの試験に挑戦したという
マイスターになるには公的資格の取得が必須。さらに社内の筆記試験、実技試験、プレゼン試験などを経る狭き門だ。今年度の合格率は希望者の20%程度とのこと。マイスターは名札にバッジを付けていたが、分かりづらいという声の下、今年の9月から腕章を着けることになった。星1つがマイスター、2つがシニア、エキスパート、3つがエグゼクティブ。制度が始まってから2年目ということもあり、エグゼクティブマイスターはまだいないそうだ

マネジメント以外のキャリアパスと
多様性社会に即した働き方の実現を目指しています

専門性が高いことと顧客目線の両立を目指す

 最後にちょっと余計なお世話かもしれないが、ここまで細かい専門性を追求すると、組織がタコツボ化し、理念や情報の共有が滞るという心配はないだろうか。

原澤「それはないと思います。まず、社内ネットワークで売り場作りとか接客での好事例は現場から随時アップしてもらって共有できるようになっていますので、他部署でも参考にできますし、他部署の動きも見えやすいと思います。私たちはお客さま喜ばせ業という考えが根幹にあるので、そこがブレなければ各部署の考えがバラバラになることはないと思っています。研修でも徹底して身に付けてもらっていますし、全てはお客さまですから。専門性が高いといっても、頭でっかちな人はマイスターにはなれないと言っています。お客さま視点でものが考えられて、その上で専門性を持っている人をわれわれはマイスターとして任命すると。いろんな引き出しを持っていて、お客さまのニーズに合わせて引き出しを選んで提案できるようにしてくださいという話をしています。いわゆる資格マニアみたいな人は、独り善がりな説明になりやすいところはありますしね」

 しかし、筆記や資格試験では適性は分からない。面接だけで分かるものなのだろうか?

原澤「もう、すぐ分かるんですよね。この商品を売りたいんだとか、自分のスキルを上げたいんだとかって。一生懸命で、愛情と真面目さはあるんだけど、そこにお客さまがいないという感じです」

 確かにマイスターへの道は難しそうではある。まだ始まったばかりの制度ではあるが、人数的な目標などはあるのだろうか。

原澤「人数は正直、決めていないんですよね。当初は販売員の3分の1くらいみたいな話もあったんですが、それはいき過ぎというか、そもそも今の基準では難しい数字かなと。なので、今年度300人、今後は500人くらいまで増えればなと思ってはいますね。今後はマイスターからの降職ということも考えようと思っています。つまり、マイスターになったはいいけど、ちゃんと活動していなければ降りてもらって、入れ替え制にするということですね」

 これはますます難しい…。

原澤「まあ、そもそも始まったばかりの制度なので、エグゼクティブマイスターになった人もまだいないですし、シニア、エキスパートに上がった人も10人ちょっとくらい。これからの話ですがね」

 最後に、立ち会った広報の方が「今の時代、買うものが同じなら、どこで買っても価格もそんなに変わらない中、お客さまの知りたいことをお客さまが分かる言葉に変換して伝えることができるのは非常に重要なスキルで、アドバンテージ」という話をされていた。今はビックカメラで販売している商品の多くがネットで買えるし、ビックカメラ自体もネット販売を行っている。ネット通販全盛の時代において、人と人との直接のコミュニケーション、販売の基礎の基礎である接客の精度アップが差別化のポイントになり、さらに職業多様性にも貢献しているという事実は何かホッとするものがあった。

「カメラで何を撮りたいのかを最初にお聞きして、お客さまのニーズに合ったものを提案できるように接客を行っています。カメラは決して安くないものなので、気に入って購入していただき、長く使っていただけるよう、私が培ってきた知識や技術を押し付けがましくならないように伝えていますね」と語ってくれた合津さん。特にスポーツ写真が好きだと言い「どんなレンズがあればスタンドから選手を撮影できるかなど、実体験を基に提案させていただいています」。大宮西口そごう店には飛行機撮影のスペシャリストもいるそうで、いい売り場設営や、撮影方法などを常に共有。マイスター同士のつながりも大切にしているという

株式会社ビックカメラ 総務人事部 人財開発担当 原澤友之

株式会社ビックカメラ
総務人事部 人財開発担当

原澤友之

Profile●はらさわ・ともゆき=2001年入社。ビックカメラ有楽町店の副店長を経て本部に移り、新規に立ち上げられたドラッグ事業部部長として売り場設計、商材調達、採用、教育などを担当。その手腕を買われ、HRM(ヒューマン・リソース・マネジメント)プロジェクトに参加。「人を大切にする経営」を具現化する制度として、今回のマイスター制度発足に関わる。昨年10月から現職


撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之