マネジメント最前線

チームのことば

【INTERVIEW】株式会社小宮商店 経営企画室 室長 伊藤 裕子

2023.09 老施協 MONTHLY

東京下町で1930年に誕生した、洋傘の企画・製造・卸売・小売を行う株式会社小宮商店。幕末に日本へと伝わり、日本の職人技術と美意識によって磨き上げられた洋傘の魅力を追求した傘作りを90年以上にわたって行っている。今回は、10年前はほとんど整備されていなかった小宮商店の女性の就業規則を見直し、2015年に法律としても制定された女性活躍推進を担当する伊藤裕子さんにインタビュー。アットホームな会社ならではのチーム感を作り上げる工夫や、会社が大きく変革を遂げるまでの道のりを伺ってきた。


みんなが働きやすい環境づくりには社員から出た意見や提案は否定せず
まずは受け入れることが大切です

女性がキャリアを重ねるモデルケースをゼロから構築

 日常生活と切り離せないものだからこそ、愛着を持って使用できる“作りの良さ”にこだわった傘を届けたいーー。そんな思いで一本一本、職人が丁寧に傘を製作しているのが東京・東日本橋に小売りの店舗を持つ老舗洋傘店・小宮商店だ。創業から90年以上の歴史を持つ同社は、社員のほとんどが男性だったこともあり、長きにわたって男性主体の就業規則が敷かれていたという。しかし、女性も働きやすい職場づくりを目指してさまざまな取り組みを続けた結果、’21年に「東京都女性活躍推進大賞」の大賞を受賞、翌’22年には「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」の優秀賞が贈られた。その背景には、元々はパートスタッフとして入社した一人の女性社員・伊藤裕子さんを中心とした風通しのいいチームづくりがあった。

伊藤「’13年に入社したとき、女性は私を含めて2人。当時は社員数が10人に満たない会社でしたが、長く男性主体でやってきたからこその就業規則が色濃く残っていたんです。それこそ、社内に女性専用のトイレがなく、鏡のある女性トイレを隣の建物まで借りに行ったり(笑)。社長も男性なので、女性ならではの生理的な相談がしづらいということもありました」

 また、男性と違って女性社員は同社でキャリアを形成していくイメージが湧かない(前例がない)という課題も強く感じたそうだ。

伊藤「50代後半〜70代の男性社員が多く、男性がここで働き続ける道筋は見えるんです。しかし、女性が入社してキャリアを重ねるとなると、そのモデルケースがない。なので、出産や育児、介護のタイミングでも退職せずに就労し続けられるのか…という点はとても不安に思いましたし、今後入社するであろう女性従業員のためにもどうにか改善したいと考えました」

裏路地にたたずむナチュラルな雰囲気の店舗。現在は日本製の傘を作る傘店は都内でもわずか数軒しかなく、リピーターや遠方からの来店も多い。修理やアフターケアなども行う
店内には、職人たちの思いのこもった日本製の手作り洋傘からアイデアの詰まった機能的な海外製洋傘まで多くの商品が並ぶ。オンラインストアに掲載していない店舗限定商品も
令和2年度「東京都女性活躍推進大賞」大賞や令和3年度「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」優秀賞など受賞歴多数。2018年には小宮商店の東京洋傘の一部が東京都の伝統工芸品に選出され、同社で洋傘製作に長年携わっている職人も伝統工芸士として認定された

週1回の社内勉強会が良いチームづくりの始まり

 その後、’14年に百貨店での販売経験を持つ20代女性社員が入社。高級な国産洋傘の需要が減少し、卸売り中心の経営が悪化する中、彼女を迎えてスタートした小売りは“女性目線”を生かしたPOPの作成や陳列の工夫、親切で丁寧な接客もあり、翌年には数千万円の売り上げを記録。’15年から正社員となった伊藤さんは、東京都主催の「女性活躍推進」に目を付け、その人材育成研修に参加する。

伊藤「私自身が出産や育児を機に職場を何度も変えてきた過去がありまして。当時は結婚→寿退社が当たり前でしたが、今はもうそういう時代ではない。20代の女性販売スタッフが入ったのも大きなきっかけだったのですが、女性目線の重要さを再認識し、女性がいろんなライフステージの変化を乗り越えて働き続けられる会社になればという思いで立ち上がりました」

 研修では、男女の役割の先入観や女性活躍のためのノウハウなど、ためになる知識が多かったそう。

伊藤「目からうろこの情報も多くて、これを私だけが知っているのはもったいないと。本当に詳しく学ぶことができたので、社長に『社内で共有していいですか?』と頼み、自ら抜粋資料みたいなものを作って週に1回20分の勉強会を開かせてもらいました。そこが、現在の弊社のチームづくりの始まりだったような気もしますね」

 当時はまだまだ“育児や家事は女性がするもの”といった考えの男性社員もいたというが、勉強会の内容には興味関心を持って参加してくれたのだとか。

伊藤「女性活躍推進法が施行された背景や女性の生涯賃金など、今の日本の現状からお伝えしました。すると『うちの会社もすごくなってきたね』という反応があったり、年配の方は『こんな時代になったんだ』と真剣に耳を傾けてくださったり。皆さんを巻き込んじゃったのかな?とも思うんですけど、当時あまり迷いはなくて。おせっかいかもしれないけれど、これからも時代は変わっていくし、誰もが知っておいた方がいいんじゃないかというシンプルな気持ちでした」

自分たちの取り組みや成果、実績を積極的に発信していくことも大事です

無記名形式アンケートで全社員の声を拾い上げる

 週1の社内勉強会は現在も続いており、正社員、パート、業務委託スタッフが参加。貴重な情報共有&意見交換の場にもなっている。

伊藤「全体への報告や提案など、一人ずつ話してもらっています。誰かが意見したときに否定せず、まずはいったん受け入れるということを大切にしていますね。上の立場の人間が一方的に話すと、その人からの伝達のような形で終わってしまうので、みんなが話しやすい雰囲気づくりも心掛けています。また、当初やっていた“社内無記名アンケート”も有効でした。現在のように社内の制度が整っていないときは、社員が会社に何を求めているかをまず知りたかったですし、無記名だと言いづらいことやみんなの前で話すのが苦手な人の意見も拾うことができる。そこで集まった声に全て答えていくということにも注力しました。例えば『困っていることは?』の質問に『女性専用トイレがあった方がいい』『会社の建物を新しくしてほしい』などの答えが来ることもあります。物理的にできることとできないことがあるのですが、毎回集計を取り、結果を社長に見せて相談。それを次の会で発表します。無記名なので個人が特定できないような注意を払いつつ、なるべく具体的なフィードバックを意識するようにしていますね。できないなら、その理由もきちんと添えます。議題はさまざまな方向に及ぶこともあり、店舗の整理整頓に関することを会議でやったときは片付けが得意なスタッフが見取り図を作り、動線を改善したり、道具の収納を見直したり。完成してもそれが決定ではなく、不都合があれば都度、議題に上げてブラッシュアップしていきます。こういった取り組みの効果の一つとして、社員が自発的に行動できるようになりました。そのため、ボトムアップで事業が進むことが増えましたね」

 現在は就業規則が改定され、女性が働きやすい環境に。産休後の復職率は100%を誇り、前述の「東京都女性活躍推進大賞」の受賞もあり、女性が働きやすい職場として周囲にも認知されている。

伊藤「そういった取り組みをホームページやSNSで発信している効果なのか、近年は女性の求人応募がとても増えています。特に傘職人の応募者数は以前の80倍に増加し、うち8〜9割が女性。小さな会社だからこそ、制度や環境を整え、ご本人はもちろん親御さんにも安心して入ってもらえる会社にしたかったのですが、そこは達成できたのかなと思います」

小宮宏之代表取締役社長(写真中央)を中心に、普段から気持ちの良いコミュニケーションが交わされているという職場。20代から80代まで幅広い世代の方が働いているが、「何げないおしゃべりの中から、その人が今感じている思いや悩みが読み取れることもあります」と伊藤さん

社内の雰囲気が変わり 職場が活気づく好循環に

 小宮商店は女性活躍推進から、全社員の生活と仕事の調和の実現に向けたライフ・ワーク・バランス推進へ。改革を進める中で壁にぶつかったことはなかったのか?

伊藤「強いて言うなら、単なる女性優遇制度ではないという理解を得ることですかね。性別による無意識の思い込みがある社員に対しては、女性が出産前後から生理的に働けないという事実や、子育ては女性だけがするものではないということを丁寧に説明。人口の減少もあり、今は政府が女性の労働を推進している状況ですし、そういったことを整えるためには一人一人の意識改革が不可欠だとお話ししました。またそれらがうまく循環することで、男女全員が活躍できる職場づくりにつながるという理解促進も心掛けました」

 現に、女性目線の商品開発や取り組みが功を奏し、ブランド価値が高まったことでメディア露出が増加。知名度の上昇で、小売りの売り上げは増加の一途をたどる。

伊藤「社内の雰囲気が変わり、職場がどんどん活気づいてきました。そうして忙しくなってくると人手が足りない!となるのですが、最近は募集をかけると多くの母数の中から採用することができて、より良い人材の確保につながっています。女性が増えると休憩中におしゃべりをしたりして場が明るくなるのもいいなと思います。ホームページを担当する若い社員が80代の職人からいろんな体験に基づく話を聞いたり、年代を超えた交流も広がっています。例えば職人が納品に来たときに『この傘は…』と質問するとうれしそうに説明してくれる。こちらが真剣にリスペクトを持って聞くと年齢差は関係なく心を開いてくれるんですよ。中学卒業からやっている職人もいて、そういう方の重みのある言葉は本当に勉強になります」

 アットホームな職場ならではの柔軟性とスピード感。それがもたらすチームの一体感と意識改革は、今後も小宮商店の傘の品質向上と発展につながるに違いない。

傘作りの多くの工程を一人の職人が行う。傘の形は生地を裁断するときに使う三角形の木型の形で決まり、職人はこれを傘の種類ごとに作成する。写真下の「単環縫いミシン」は現在では製造されておらず、希少だそう
店舗限定で、傘の手元を選んでオリジナルの傘に仕上げるオプションも。手元の背の部分に直接文字を彫刻する「名入れ」や、名前を彫ったネームプレートの取り付けも可能

株式会社小宮商店 経営企画室 室長 伊藤裕子

株式会社小宮商店
経営企画室 室長

伊藤裕子

Profile●いとう・ゆうこ=2013年、家族の介護のため前職の営業事務を退職し、小宮商店の経理のパートとして入社。その後、総務や人事を兼任し、2015年からは正社員として会社のさまざまな施策をけん引する。現在は財務・人事を含めた管理統括担当の立場で、男女共に活躍できる環境づくりを目指して業務にまい進。プライベートでも以前から織物や着物が好きで、着付け講師の資格も持つ


撮影=磯﨑威志/取材・文=川倉由起子