マネジメント最前線

介護現場NOW

介護職員に対する処遇改善について考える③ 働き盛りに多い「ビジネスケアラー」とは?

2023.09 老施協 MONTHLY

仕事と介護が両立できるような社会システムの構築が重要である
介護施策は「負担」ではなく「投資」であり経済政策という認識を

働き盛り世代が直面する親の介護は大きな社会問題

 昔から、一番働かなくてはいけない時期に親の介護がやって来る、などとよく言われてきた。50代前後ともなると、親が80代前後に突入し、介護が必要になってくる。子供が大学生ともなれば、高額の学費のために働かざるを得ない。ましてや、世代的に責任ある立場だと、そうそう休暇も取りづらい。介護休暇は、育児休暇よりも社会的に取りづらい現状があるようだ。

 介護職員の処遇改善について、3回の連載でお届けしているが、最終回は、働きながら介護する「ビジネスケアラー」に焦点を当てる。

 経済産業省の資料によると、’20年に比べて、30年後の’50年には、総人口は約20%減少し、生産年齢人口は約30%減少する。さらに高齢者人口は総人口の約40%を占めるようになり、約10%が要介護者となるという統計が出ている。

 このようになれば、生産人口の減少が加速し、対処しなければ、経済維持は困難になるだろう。また、要介護者の増加に伴い、公的保険で賄われる社会保障の負担額も約35%増となり、大きな課題だ。

 著しい人口分布図の変化にまず対応すべきは、増え続ける要介護者に対する家族の介護者への社会的救済措置であると思われる。育児休業の取得率は、55%以上と高い水準にある。では、介護休業の取得状況はどうだろうか。

 厚生労働省の「令和4年度雇用均等基本調査」によると、’19年度に0.11%だったのが、’22年には0.06%と落ち、ビジネスケアラーの現状が、休業ではなく退職する傾向になっていないか心配だ。

 連載の最終回となる今回も、経済学や政治学をベースに、介護と医療を中心とした社会保障政策の研究をされている淑徳大学教授の結城康博さんにお話を伺う。

【図1】同居の主な介護者の年齢階級
厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査の概況」令和2年7月 26頁より作成

現役職員による座談会【介護現場のリアル】

ビジネスケアラーは介護会社にも多い?

有料老人ホームに勤める介護職員のAさんとサ高住に勤めるヘルパーのBさん。どちらも親が高齢で要介護。会社からの待遇は?

A「うちは介護休暇はあるけど、会社の規定上あるだけって感じ。親の通院やデイサービスの送りをすると早番はできないって話したら、それは困るの一点張り。『いっそ社員辞めてパートになれば?そうすれば自由な時間に仕事できるから』なんて言われたら、取りづらいよね」

B「私も休みにくいし、遅刻早退で済むレベルなのに、1日休んでの介護休暇ならOKとか、時間的な融通が利かないところはあるわね。介護で休むときは、有休として使って、介護休暇として取っている人は少ないけど、通算で360日も休暇が取れる会社の規定はあるのよ」

ビジネスケアラーに関する経済損失額は約9.2兆円

 7月21日、総務省から「令和4年就業構造基本調査」が公表され、直近1年間で介護・看護のために離職した人が10.6万人にも上ることが分かった。これは、’17年の調査時と比べて7000人増えており、今後、団塊世代が要介護者となっていくと、その息子や娘である団塊ジュニア世代層にとって重要な課題となるのである。

 今回で私の本連載も最終回となり、介護施策は「投資」であるという持論を述べて締めくくりたい。

 超少子化・高齢化に直面している日本社会において、15~64歳の生産年齢人口減少に歯止めがかからない。’95年の8716万人を境に’21年には7450万人と減少し続けている。仕事をしながら家族などの介護に従事する人は「ビジネスケアラー」と呼ばれる。

 ’22年10月時点で、親などの介護をしている人は629万人である。そのうち、仕事をしている人が365万人に上る。そして、経済産業省資料によると、今後、「仕事と介護」の両立が難しい労働者が増えていくと、’30年には経済損失が約9.2兆円となるそうだ。

 今後、65歳以上の就業率を高め、70歳現役社会を目指さなければ、全産業において労働力不足が深刻化し、経済活動が停滞しかねない。現在、65~69歳の就業率は半数を超えてきており(図2参照)、さらなる向上に努めなければならない。

【図2】60~69歳の就業率推移
(令和4年版高齢社会白書P22では)
内閣府「令和4年版高齢社会白書」令和4年 22頁より作成

親の介護に専念して仕事を辞めてしまう

 私がヒアリング調査した結果、以下のような事例があった。数年前、夫と死別し1人暮らしとなった高齢者Aさんが、ある日、転倒によって右足を痛め、後遺症が残り、要介護者となってしまった。そして、デイサービスの利用を中心に介護生活が始まった。

 これを機に別居していた長女が、月2回ほど泊まりがけでAさんの受診同行や身の回りの世話のために介護することになった。そして、Aさんは徐々に認知症の症状が出始め、薬の飲み忘れや「火の始末」などができず鍋を焦がしてしまうようになっていったそうである。

 結果、その長女は仕事を辞めて、日々、通いの「介護」に専念することを決断したという。その長女の決め手は、自宅が火事になることを心配し、「周囲に迷惑を掛けるくらいなら自分が仕事を辞める」という結論に至ったものであった。

介護休業および介護保険はさらに利用しやすくすべき

 親族の介護を担うことになれば「介護休業制度」はあるが、厚生労働省が発表したデータによれば、’21年4月1日から’22年3月31日までの間に、介護休業を取得した者がいた事業所の割合は1.4%にすぎない。これには、さらなる取得率向上の取り組みが必要である。

 また、介護保険制度の支援対象は要介護(支援)者であり、家族介護者を主眼としては想定されてこなかった。実際、在宅介護におけるヘルパーが担う掃除、洗濯、買い物といった「生活援助」サービスは、同居家族がいる場合、行政通知では利用しにくいシステムとなっている。しかし、「仕事と介護」の両立を考えるのであれば、同居家族が日中働いているといった家庭の場合、積極的に利用できる介護保険の仕組みにすべきだ。

 昨年の出生数が80万人を下回り、現在、政府は人口減少社会打開のためもあって「子育て支援」策に力点を置いている。それも重要な政策ではあるが、「仕事と介護」が両立できる社会システムの構築も重要で、それがなければ経済活動に大きな支障を来す。

 将来の生産人口減少対策をしながら、現在、働き盛りの世代が中心となっているビジネスケアラーを、生産人口として生かしていく。

 いわば、介護施策の充実は「負担」の解消ではなく、経済活動への「投資」といった積極的なものであるという発想転換によって財源確保も含め考えていくべきである。

今月の回答者
結城 康博さん

淑徳大学 総合福祉学部 社会福祉学科 教授
淑徳大学大学院 総合福祉研究科 社会福祉学専攻 教授

結城 康博さん

Profile●ゆうき・やすひろ=1969年生まれ。法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。介護職、ケアマネジャー、地域包括支援センター職員として従事。元社会保障審議会介護保険部会委員。「介護職がいなくなる ケアの現場で何が起きているのか」(岩波書店)、ほか著書多数


取材・文=一銀海生