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【INTERVIEW】株式会社ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所 主任研究員 福田 亮子

2023.08 老施協 MONTHLY

進研ゼミをはじめとする教育分野でおなじみのベネッセグループ。その中で、介護・保育事業を担っているのが株式会社ベネッセスタイルケアだ。同社内のベネッセ シニア・介護研究所は「自分や自分の家族がしてもらいたいサービス」「年をとればとるほど幸せになる社会」の実現に向けてさまざまな調査・研究に取り組み、成果を発信している。今回は主任研究員としてチームをリードする福田亮子さんを訪ね、社内の連携で実現した事例やその過程での工夫を伺った。


研究所は社内の知見をきっちり整理して横展開できるようにする役割を担う
だからこそ“現場の役に立つ”が鉄則です

成功事例におけるコツを“共通言語”として可視化

 日本・ドイツの大学で人間工学を学び、帰国後は大学で教える傍ら、人間工学やジェロンテクノロジー(加齢工学)を研究。その中のテーマの一つであった介護における気付きの研究などに従事するうち、介護に軸足を移したと語る福田さん。「同分野がまだ研究の未開拓だったことも興味を持った理由」と振り返る。

福田「人間工学の世界では、若い人に比べて高齢者のデータは多くありません。だからこそやる価値があると思ったし、自分の研究の成果を発信することで世の中の高齢者向けのさまざまなサービスがより良いものになっていけばいいなと。介護分野における研究の重要性をさらに強く感じ、大学から介護現場に研究の場を移してしばらくした頃、現在所属する研究所が立ち上がるタイミングで声を掛けてもらいました。私自身、まだまだ研究の余地や解決すべき問題がたくさんあると思ったので’15年に入社し、現在に至ります」

 ベネッセスタイルケア内のシンクタンクである同研究所。

福田「当研究所は、社内の知見をきっちり整理して横展開できるようにする役割も担っています。その一つの成果として高齢者向けホームなど現場に還元できたと思うのが’20年に完成した「認知症ケアメソッド®️」です。これまで個々のホームで完結していたであろうご入居者様への関わりの成功事例を分析し、コツを言語化してメソッドに落とし込み、冊子とカードにしたもの。マニュアルではなく“ヒント集”という位置付けです。こうしなければならないという強制的なものではなく、スタッフの対応や言葉の引き出しを増やす目的で作りました。完成までに足かけ4年かかりました。個々のホームなどで感じていたことや気付きを集め、“共通言語”として可視化する作業は本当に努力が必要でした。パイロット版ができた段階で一部のホームに使ってもらい、そのフィードバックを基に、分かりづらい部分や誤解が生じる表現がないか検証。より伝わりやすいように“だ・である”調から“です・ます”調に変えるといった工夫など、さまざまなブラッシュアップを重ねました。言葉はこちらの手を離れた瞬間に一人歩きしていくものなので、そこは相当練りましたね。社内で高い専門性を持つ介護の匠“マジ神”にも入ってもらい、丸一日議論していたこともあります」

ベネッセスタイルケアでは、介護・保育事業を展開。高齢者向けホーム354拠点、在宅介護事業37拠点、保育園65拠点、学童36拠点を運営(2023年7月1日現在)。介護事業は「その方らしさに、深く寄りそう。」、保育事業は「その子らしく、伸びていく。」を事業理念としている。高齢者向けホームは都市部の住宅地を中心に、保育園は首都圏を中心に展開されている。ホーム、保育園、学童の複合施設もある

職員の経験の差にかかわらず全員にとって役立つツールに

 上手くいく事例には共通項がある——。みんなが薄々気付いていたことに横串を通すことができ、ホームでの実践もスタート。昨年3月からはさらなる活用を促進するために、福田さんはメソッドの活用講座も始めたという。

福田「講座では、こういう考えで作っていますという全体の概要をまず説明し、効果的に使用された事例を紹介。そして具体的なシチュエーションを挙げて『こんなふうにご入居者様のあるいはスタッフが困っているとき、皆さんならどのメソッドを使ってみますか?』と考えてもらうんです。すると皆さんも使用イメージがつかみやすいようで、さらに実践的なツールとして広がっていった気がします。ただし、このメソッドは実際の成功事例から導き出しているので目新しくない内容も多いんです。経験豊富なスタッフには役に立たないと判断されるのではないかと最初は不安だったのですが、そういうスタッフは逆に『自分たちのやってることは正しかったんだと思えていいですね』という受け取り方をしてくれて。これは本当に目からうろこでした。経験の少ない人はもちろん経験の多い人にも安心感を与えるツールとして役に立つと分かったことは大きな収穫でした」

研究者として学会やフォーラムに登壇し、最新の取り組みや研究成果を発信することも

現場のスタッフへのリスペクトや感動した気持ちは
自分の思いとして素直に伝えるようにしていますね

調査の意味や目的を丁寧に伝えて納得してもらう

 研究や調査にはスタッフの協力が必須。社内のコミュニケーションで意識していることを聞いた。

福田「ここ数年はコロナで難しかったのですが、以前は研究所内のみんなでランチや飲み会をしていました。仕事モードとは違う場所で話すことで見えてくるものって絶対あると思っていて。そういう場を共有することで相手を知り、人となりが分かると“こういう人だからこんなアプローチをしてみよう”といった職場でのヒントも見える気がします。やはり、何でも言葉にしないと意思疎通は難しい。“あうんの呼吸”といいますけど、それができるのはかなりのコミュニケーションを重ねた相手だと思うので、そういう意味では普段からできるだけ話しやすい雰囲気をつくっておくことが大切かなと感じています。私自身はすごく話すタイプなので、まずは自分のことをオープンにしゃべって相手も話そうという気持ちになってくれたらと思っています」

 言葉の選び方や表現も状況次第で意識していることがあるそう。

福田「私自身は研究職で、研究者としてのものの見方や言葉遣いだと実際に使用する現場のスタッフには通じにくい部分もあると思います。ですので専門的なワードは極力避け、分かりやすく話すというのを心掛けています。また研究に協力するスタッフは毎日忙しく、その中で調査やアンケートを依頼するのは正直心苦しい。ただ、こういうデータが取れれば新たなテクノロジーの開発に生かせ、ゆくゆくはスタッフをはじめ、このデータを利用する多くの方の負担軽減に役立ちます。協力してもらうことで皆さんや業界全体にも還元できるんだということを、押しつけがましくならないように話します。その時期が遠い先になることもありますが、『将来的にはこういうところまで行けるのでその最初の段階として力を貸してください』と伝えます」

 調査にはさまざまな方が関わるため、同意と協力を得るのは簡単ではないのだとか。

福田「やはり、一人一人に納得してもらえないと先へ進めません。現場のスタッフなら『こんなに忙しいのになぜ?』ということになるので。でもそこでちゃんと調査の意味や目的を伝えて、みんなに腹落ち感があると『ああ、だったらやります』と言ってくれる。アンケートの結果も、後日ですが、できる限り共有するようにしています。『回答したけど、あれは何の役に立っているの?』というフィードバックが協力者から来るのが一番良くないので。結果の返し方も現場でどう活用できるかを見据え、データだけ渡して解釈は現場に任せる場合もありますし、プラスアルファでこちらのメッセージを加え意見を乗せた方がいいと思えばそうする。私たちはとにかく“現場の役に立つ”が鉄則です。どんな研究テーマも、どう役立つかを常に考えています」

ウィンウィンの関係で両者の求める場所にたどり着けるか

 一方で、他業界や外部機関と協働する際に心掛けていることは?

福田「他社からお声掛けいただいた場合は、われわれの事業に関心を持ち、共に何かを成し遂げたいと思ってくださったということ。まずはそれをありがたく受け止め、お互いの強みを生かした上でいかにウィンウィンの関係で両者が求めている場所にたどり着けるかというのを社内でしっかり議論します。他分野の専門家と一緒に進めた事例でいうと、ユニ・チャームさんと立ち上げた『夜間ぐっすり排泄ケア』のプロジェクト。夜間の排泄ケアを見直すことで睡眠状態の改善を目指しましたが、大規模なデータを取った結果、3カ月くらいで7割程度の方に改善がみられました。そういうエビデンスがあると、利用する方に向けておすすめする説得力にもつながります」

 重要なのは「伝えたい内容にちゃんとメッセージを乗せること」とも福田さんは力説する。

福田「そのデータが意味することは何か、これを基にどんな方向に向かっていけるのか。社内の発表や会議の場なら『スタッフが現場で努力していることはこういうところに現れています』というのは強くお伝えたいと強く思っています」

 人間同士の温度感のある言葉やコミュニケーションが社内に協力的な空気を生み出していく。先日は福田さんが筆頭発表者として発表した“マジ神AI”の開発に関わる研究が「第24回日本認知症ケア学会大会」の石﨑賞を受賞した。

福田「本当に、みんなの協力あってこそ取れた賞だと思います。私は度々、当社の介護施設に行ってスタッフに話を聞くのですが、いつもすごく勉強になる。こんなことを考えていて、こんな気付きがあるのか…と。その感動を素直に伝えると、みんなは当たり前にやっていることのような反応をするんですけど、本当に専門性の高い仕事で私には到底できない。従事している方は自分たちのやっていることやそのすごさに自信を持って、さらにステップアップしてほしいなと思っています」

研究所の事務局長で、研究員をプロデュースする立場の原田文雄さんと福田さん。「研究員は福田を含めて3名。それぞれに専門領域が違うので、3名の中での知見の共有も積極的に行われています。介護の業界で社内に研究所があるのは珍しく、だからこそ発信できることや世の中の役に立つことを今後も地道に積み上げていきたいです」(原田さん)
社内で高い専門性と実践力を持つと認定された介護の匠「マジ神」に、自社開発した「マジ神AI」の見方についてインタビュー(右)。専門性の高い介護職のノウハウやさまざまなデータを援用し、経験の浅いスタッフであっても同様に質の高い介護サービスが提供可能になるという
6月に開催された第24回日本認知症ケア学会大会で「マジ神解体新書」と題して研究成果を発表する福田さん。チームやスタッフの協力・支えもあり、今大会195演題の中で19演題のみに贈られた「石﨑賞」を受賞した
「認知症ケアメソッド®️」の他にも、社内にはパターン・ランゲージ手法を使ったメソッドが。保育のメソッドでは「言葉は渡すもの」など子供が伸びる40の手掛かりが紹介されている
福田さんらが制作した「認知症ケアメソッド®️」の冊子とカード。ケアの実践から生まれた、「その方らしさに、深く寄りそう。」ための40の手掛かりが分かりやすく収録されている

株式会社ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所 主任研究員 福田亮子

株式会社ベネッセスタイルケア
ベネッセ シニア・介護研究所 主任研究員

福田亮子

Profile●ふくだ・りょうこ=ミュンヘン工科大学、慶應義塾大学環境情報学部にて人間工学を研究し、2015年入社。ベネッセ シニア・介護研究所の主任研究員として、高齢者・介護に関する未解決のテーマに日々取り組んでいる。2020年に「認知症ケアメソッド®️」を完成させるなど、業界全体の高齢者サービスに役立つ研究成果の発表・発信も続けている


撮影=磯﨑威志(福田さんの活動内容などの写真はベネッセスタイルケア提供)/取材・文=川倉由起子