マネジメント最前線

日本全国注目施設探訪

第16回 福岡県福岡市 社会福祉法人多々良福祉会 特別養護老人ホーム なごみの里

2023.07 老施協 MONTHLY

独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」入賞施設を取材しています


スタッフの教育に注力し、成長することで、利用者および地域に貢献

医療と福祉の両輪で支える 地域密着型特養老人ホーム

 福岡市東区は、市内都心部に対するベッドタウンとして、福岡市の行政区の中で最も人口が多い区であり、アイランドシティや香椎操車場跡地再開発など、都市開発も著しい。特に名子地域は高級住宅街として発展を広げており、その中にある特別養護老人ホームが「なごみの里」だ。

特別養護老人ホーム なごみの里の外観
総面積2823.31㎡の敷地に立っている建物は、「ケアハウス多々良川」と併設された鉄筋コンクリート造りの5階建てとなっている
施設長の土居孝男さん
施設長の土居孝男さん

社会福祉法人多々良福祉会

1967年、医師の原寛さんが母体である特定医療法人「原土井病院」を開設。1999年、病院の副理事長である原祐一理事長が社会福祉法人「多々良福祉会」を創設。2000年、精神障がい者生活訓練施設「ひだまりの里」開設。2002年、特別養護老人ホーム「なごみの里」「ケアハウス多々良川」開設。2007年、障がい者支援施設「たいようの里」開設。2012年、地域密着型特別養護老人ホーム「つくしの里」開設。現在は、「原土井病院グループ」として、医療と福祉の両輪で地域住民に貢献している。

 同施設は、医師である原寛さんが’67年に開設した特定医療法人原土井病院が母体となって、病院の副理事長でもある原祐一理事長が’99年に創設した社会福祉法人多々良福祉会が、’02年に開設。

 現在は、医療、研究、教育、福祉、生活支援の5つの機能を担う「原土井病院グループ」の一施設として、常に学習し続け、高い専門性を維持、専門性に裏付けられた支援を行い、地域の人々が、幸福で安心した生活を過ごせるよう、努めているという。

 また、地域密着型施設として、買い物支援や認知症行方不明者一時保護、福祉避難所の指定(定員20名)などの機能も有し、さらに、高齢者だけでなく、障害者への支援事業展開も行っている。

 利用者は、地元の方も多いものの、隣の糟屋郡や福岡市内など、広範囲から入居されているそうだ。

[1]1階にある地域交流スペース「笑皆(えみ)の広場」では、利用者や地域住民などが、小物作りや裁縫、木工などを行っている [2]駐車場と共に、屋根が備わり、雨にぬれずに済むエントランス。利用者たちが制作した木製ベンチがある [3]明るく広い待合席などがあるエントランスホール
[4]3階に12室あるベージュを基調とした広い個室 [5]利用者同士が集まってくつろぎの場にもなっている食堂は2階と3階にある [6]壁や床、扉などに木材をあしらい、利用者が休憩できるベンチが備わった2階と3階の居室の廊下
[7]障子と木材で和風に仕上げられたついたてやカーテンでプライバシーが確保されている2階と3階にある2〜4人の多床室 [8]さまざまな催し物が行われ、地域住民との交流の場でもある5階の地域交流スペース [9]利用者や地域住民などによって、四季折々の野菜や果物が作られている家庭菜園「笑皆(えみ)の畑」

その人らしさを大切にし安心と思いやりのあるケア

 母体である原土井病院グループの理念は「博愛」。全ての人に平等に手を差し伸べることを、グループ全体の精神的基盤としている。

 それを基として掲げられた同法人の理念は、「貢献」「共生」「誇り」。「人」を思い、社会への貢献、地域との共生を使命とし、自らに誇りを持ち続けるという、3つの行動原理を表している。

 そして、同施設の理念は、「私たちは、その人らしさを大切にし、安心と思いやりのあるケアを提供すると共に地域社会へ貢献します」ということを行動基準に、日々業務にいそしんでいる。

 建物は、「ケアハウス多々良川」と併設された鉄筋コンクリートの5階建てとなっており、居室は、3階に個室(14.19㎡)が12部屋、2人多床室(23.1㎡)が2部屋、2〜3階に4人多床室(43.2〜46.2㎡)が16部屋の合計30部屋80床を有し、その内6床はショートステイである。

 スタッフは、現在、男性59人、女性37人の合計96人となっており、平均年齢は35歳となる。

[1]360度街が見渡せる日当たりの良い屋上 [2]利用者の体の状態に合わせた、さまざまな浴槽が備わっている2階の特殊浴室 [3]椅子に座ったまま入浴できるチェアー浴 [4]寝た状態のまま入浴できるストレッチャー浴 [5]寝た状態のままストレッチャー浴に移乗できるスライドボード [6]屋上からは、名子の街や九州新幹線が望める

人材育成を施設運営の重要な柱の一つに

 同施設は、開設当初の’02年に約40人のスタッフが従事していたが、11年後の’13年には、開設当初のスタッフは、わずか3人しか残っていないという状況だった。

 そこで、’13年より、人材育成を施設運営の重要な柱の一つとすることを決意。現場において「スタッフが自分自身を振り返る場面が少ない」「スタッフが成長を感じる機会が少ない」「管理者が人材育成の時間を確保できない」という3つの課題に対して、「目標管理制度の導入」「キャリアパスおよびラダー教育システム制度の導入」「教育担当主任の配置」といった3つの取り組みで対処したという。

 その結果、スタッフが自ら行動計画を意識できるようになり、目的意識を持って取り組むようになった。また、自分がこれから伸ばすべき能力や資格、施設から求められている姿を理解し、未来に視点を当てることができるようになるなどの成果が出たそうだ。

【キラリと光る取り組み】
「育つ」施設に変わった7年間の軌跡
キャリアパス・研修・OJT・ICT・わくわく感

「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」実践研究発表優秀賞受賞
教育担当主任 八木啓亮さん インタビュー
教育担当主任の八木啓亮さん
教育担当主任の八木啓亮さん

――この取り組みを始められたきっかけは、どんなものだったのでしょうか?

八木:私がこの施設に入職した20年前を思い返すと、教育というものをほとんど受ける機会がない状況で、日々現場で実践をしていたという苦しい時期がありました。そのような時期を乗り越えながら、私自身が管理者になって思ったことが、現場で頑張ってくれているスタッフに対して、どうすれば自分と同じ苦しみを感じさせずに安心感や納得性のある介護現場づくりができるのか?という気持ちが、今回受賞させていただいた取り組みの大きな原動力となっています。

――そこで教育について学んで、スタッフに教えていくことになるのでしょうか?

八木:私が学んだというよりは、当施設の母体である原土井病院には、既に「クリニカルラダー」と呼ばれる、看護師さんの教育がシステム化されているものがありました。それを知ったときに、なぜ介護職員には存在しないのかと感じたことを、今でも鮮明に覚えています。そういうシステム化されたものが既にあるのだったら、当施設オリジナルのラダーシステムを作っていくべきであると考え、当時の施設長や法人本部の方々の理解を得て、取り掛かったのが始まりです。

――その取り組みを始める以前には、現場でどんな課題があったのでしょうか?

八木:スタッフの目標管理が、人事考課シートに年2回記入するという方法であり、自分自身を振り返ることができづらい環境がありました。そこで、定期的に自らを振り返りながら、自分の姿を明確に感じ取れるようになっている目標管理シートを新たに活用することで、自らの目標を定期的に振り返り、行動につなげやすい環境になっていきました。

――管理者が実務をやりながら管理していくというのも難しい状況ですよね?

八木:まさしくそこがとても大きなポイントとなるところだと思います。現場の管理者は、プレーイングマネジャーであり、現場支援とマネジメント業務を同時に行わなければいけません。しかし、優先順位としては、利用者さんへの対応が一番最初に来るべきであり、どうしても帳票管理や面談、教育などがどんどん後回しになってしまいます。そこで、組織的にサポートできる体制をつくるために、教育担当主任という新たな役職を新設することになりました。このことが、組織にとっても、私にとっても、大きな転機となっています。

――教育担当主任の役割が、かなり多岐に及んでいるように見えるのですが?

八木:2015年に、私が教育担当主任に任命されて、最初は目標管理やキャリアパスというものから進んでいったのですが、教育をする上で何が必要かと考えたときに、教育する際の基準がバラバラで、管理者によって言っていることが違うということが現場ではよくありました。そこで、指導するための教育基準をきちんとマニュアルとして可視化して、現場とマニュアルのズレが生じないように、随時、マニュアル確認も行っています。マニュアルを管理するための委員会という組織編成も、明確にしていきました。また、委員会の中にも育成指導委員会を新設して、施設全体で教育に力を入れていくという体制を構築できました。介護職のラダーでステップ3以上の方は委員会の委員長になれますよという基準まで作って、委員長を介護職員に担ってもらうという組織編成も整えていきました。そうしていく中で、新たに介護ロボットやICT機器などといった福祉機器を導入する際にも、使い方や指導もバラバラになってしまうので、導入したものをどうやって現場で運用していくのか、適切に使用できるスタッフをどう承認するのか、といったところの現場調整役など、役割が多岐にわたるようになっています。

――それをお一人でやられているのですね?

八木:あくまで調整役に徹して、現場の管理者やスタッフを中心に活動してもらっています。現場はPDCAを回すのがなかなか難しい状況があります。だからこそ、私がアナウンスしながら、不足している箇所をサポートしています。あくまでも主役はスタッフで、私は全体像を見ながらコーディネートしていくという役割を担っています。

――このような取り組みをされた結果、どのような成果が得られたのでしょうか?

八木:まだ途中段階ですが、困っているスタッフにタイムリーに寄り添うことができてきており、心理的安全性を高められる施設に近づいてきていると感じています。今までは、どうしても毎年の離職率というものにとらわれがちだったのですが、そのスタッフがどのような未来を見て介護職として活躍できるのか、私たちが寄り添ってサポートしていき、そのスタッフに合った活躍できるフィールドを整えていくことで、長期的な離職率の低下につながってきていると実感しています。

――この取り組みに対するご自身の評価は、どんなものだとお考えでしょうか?

八木:教育担当主任である傍ら、2019年から法人本部の仕事も依頼されるようになりました。その際に、現場の介護職という役割を解かないでほしいと申し出た際に、快く受け入れてもらえました。今、現場で指導してほしいと思うスタッフがいたら、すぐに現場に降りていけますし、サテライト事業である特別養護老人ホーム「つくしの里」のスタッフにも指導できる立場ですので、法人の期待に値する仕事をしていきたいと考えています。やはり、現場の事を共に理解できる法人でなければいけないと常に感じています。そのためにも、私が現場とのパイプ役になりたいと考えています。それは、私も現場で感じていたのですが、本当に組織全体を高めていくためには、中間管理職の質を上げていかなければならないと思います。先々、介護職員から私のような仕事を目指すスタッフが出てきたらとてもうれしいなと思っています。

――今後、さらに取り組まれたい課題がありましたら教えてください。

八木:今、福祉業界は大きな変換期だと認識しています。教育の部分では、外国籍の方も入ってきている中、今までの指導のやり方では、十分な受け入れができなくなる可能性があります。マニュアルについても、タブレットなどを効果的に使用しながらDX化していくことも今後の課題と考えており、文字ではなく映像と音声で分かるような動画マニュアルというものも、昨年から作り始めています。福祉の業界が変わっていっている方向に、自分たちも対応しながら変化を恐れず、実践していくことが必要と考えています。新しいものを導入すると、新しいリスクが発生します。例えば、見守りシステムというのは、すごく便利なのですが、ずっと見ていると監視になってしまいます。それらをきちんと現場で教えていく土壌が必要と考えています。私たちは、介護がICT/DX化していく中で、それが適正に使われているか継続的に見ていく必要があります。誰のために、何のために支援を行うのかを忘れないように、これからも目の前の全ての方々の豊かさを、仲間たちと一緒に追求していきたいと考えています。

[1]床走行型移動式リフト [2]移乗サポートロボットHug [3]見守りシステムをスマートフォンの画面でモニターしているところ

特別養護老人ホーム なごみの里

社会福祉法人多々良福祉会
特別養護老人ホーム

なごみの里

〒813-0024
福岡県福岡市東区名子3-23-50
TEL:092-691-8411
URL:http://www.tatara-fukushikai.com/nagomi/

[定員]
養護老人ホーム:74人
ショートステイ:6人


撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹