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経済アナリスト・森永卓郎さんに聞く!何が足りない? ニッポンの高齢者福祉
2022.04 老施協 MONTHLY
超高齢社会に入り、人手不足、財源不足などさまざまな問題を抱える介護業界。
高齢者にとって、そして介護に従事する私たちにとって、よりよい未来を迎えるためにはどうしたらよいのか。
ご自身も実父の介護経験がある、経済アナリストの森永卓郎さんにお話しを伺った。
経済アナリスト:森永卓郎
Profile●もりなが・たくろう●獨協大学経済学部教授。自身の介護体験をメディアでも発信。著書「長生き地獄 資産尽き、狂ったマネープランへの処方箋」 (角川新書)が発売中
年金支給額の大幅減で、一般家庭の老後資金が足りない!
大都市から高齢者が消える!?年金だけでは生活できない!
団塊世代が後期高齢者になり医療や福祉などさまざまな分野に影響が出るとされる2025年問題。’20年の日本の高齢化率は28.8%だが、その後も高齢化率は伸び続け、団塊ジュニアが全て高齢者になる’40年には35%に達する見込みだ。一方で現役世代は’20年の7449万人から5978万人にまで落ち込み、高齢者1人を現役世代1.5人で支えるという時代がやってくる。この状況について「現在の公的年金の仕組みは現役世代が払った保険料を高齢者が山分けする賦課方式。現役世代が減り高齢者が増えるわけですから、減っていくのは当たり前。今後、年金の給付水準は急速に下がるので、高齢者の住まい方を考える時期にあります」と森永さんは警鐘を鳴らす。
現在の公的年金の所得代替率(現役世代の平均手取り収入に対する、受け取り始める時点における年金支給額の割合)は約6割。しかし「30年後には36%まで落ち込み、モデル世帯(※1)でも年金支給額は13万円にまで落ちる。経済成長や労働参加の水準により6パターンの検証が行われた厚生労働省の財政検証でもそれは明らかです」と森永さん。経済成長や労働参加が高い水準で進めば所得代替率は50%に維持できるが、それが進まない場合の最悪なケースでは36~38%という試算が出ている。年金収入だけでは老後の生活は難しく、また介護が必要になったら到底賄うことはできない状況だ。森永さんは「年金が激減する時代、大都市で高齢者が暮らし続けるのは不可能になる。田舎に移るか、トカイナカ(都会と田舎の間)に移るしか手がない」と語る。
実際、今年65歳になる森永さんは、埼玉県所沢市の自然豊かなトカイナカに自宅を構え、趣味で畑を耕す生活を送っている。コロナ禍でリモートワークが増え、東京へ行く機会も激減した。
「戦後に人口が増え続けてきた東京23区が、昨年、転出超過になりました。人口が減少に転じたんです。周辺の県でも減っているんですね。だから既に東京一極集中という状況ではなくなってきているんです。年金も下がっていく中で、どう暮らしていくのかをみんなで考えなければいけない時代がもう来ています」
※1モデル世帯=厚生年金に40年間加入した夫と、専業主婦の妻の2人からなる世帯。
だからこそ重要になってくる公的な福祉施設の存在
物価や賃金の変動に伴い、今年4月より年金受給額が0.4%引き下がった。「日銀は今年度の物価上昇率の見通しを1.1%に引き上げたから、実質の年金所得は1.5%も下がるというのが現在でも起こっている事態なんですね」と森永さん。今後は「公的な福祉施設の存在はますます重要になる」と断言する。それはご自身の父親の介護でも実感したことだという。
森永さんの父親は’06年に脳出血で倒れて要介護4となった。1年3カ月の在宅介護の末、高齢者施設に入所し、約10年前に他界している。初めは実家のある東京・新宿界隈の施設を探したが、月額利用料40万円、入居金1億円と言われ、最終的に所沢にある施設を選択したという。
「お金持ちならいいけれど、そんなお金、普通は払えませんよね。所沢の方でも特別養護老人ホームは2~3年待ちでいつ空くかは分からないと言われ、最終的に月30万円・入居金は0円の施設に入所しました。都心に近ければ近いほど特別養護老人ホームは空いていないですよね」
民間施設に入所できる人は限られ、受けられる福祉サービスの格差は大きくなってしまう。そこで重要となってくるのが、地方の老人福祉施設だ。
「地方の方が空床もあるし、民間施設でもコストも安いところがたくさんある。当時は父の出身地・佐賀県という選択も考えました」
しかし空床があったとしても、家族と離れて遠方の施設に入所するというのは、家族と会う機会がつくりづらくなり、現実的ではない。
「そういったことまで含めると、中高年の段階から地方へ移っていくという人が増えていく。コロナ禍でリモートワークも普及したしね。東京や大阪などの大都市は富裕層と、富裕層を支える若者だけの街になって、中高年は大都市から出ていくというように、国土構造が変わっていくでしょう。それを前提に、高齢者施設の経営も考えていかなければならないと私は思っています」と、語る。
高齢者の増加と、年金受給額の低下。予想される都市から地方への人口流出と、地方の老人福祉施設の存在価値の高まり。こうした背景を踏まえ、森永さんが考える「高齢者福祉に足りないもの」とは何か。次から詳しく紹介する。
いろいろな人を巻き込めるような働き方の多様性が足りない!
月4万5000円の仕事が介護業界を救う!?
高齢者が増え現役世代が減っていく近い未来、介護業界の人手不足はさらに加速する可能性が高い。森永さんは、「若い世代を正社員採用することにこだわり過ぎ、働き方に多様性が足りないのでは」と疑問を投げ掛ける。
「年金が大幅に減る団塊ジュニア世代が働けるような仕組みを作っていくのはとても重要だと思う。よく仕事がないって言うのは、楽しい仕事がないってことなんですよ。単純作業が嫌なんですよね。知人の中にはボランティアで自作の紙芝居を持って福祉施設を回っている人がいます。介護職はコミュニケーションが大切な仕事。コミュニケーションの仕事が面白いのはマニュアル化できないから。“もっと人間らしい仕事をしたい”というニーズをどうやって拾うかということです」と、森永さん。
そこでさまざまな生活スタイルの人が働きやすい環境づくりの必要性を森永さんは説く。その一つが「月4万5000円の仕事枠」だ。
「所得を給与所得控除額の55万円以内で働けば住民税非課税となり、さまざまな控除が生活の強い武器になりますよね。年金生活をする高齢者層を含め、そうした働き方をしたいニーズはあると思う。経営側からしても厚生年金の事業者負担分が不要になるから賢い選択ですよね」と説明。これは年金受給者だけでなく、現金収入が欲しい半農半Xなど、正社員を望まない層に着目した提案だ。
「そうすると高齢者だけでなく、副業として働きたい人など、いろいろなパターンの人を取り込める。その人の暮らし全体をモデルとして示してあげれば、都会から移住してそこで働きたいという人も増えるんじゃないかと思う」と語る。
人により異なるバックグラウンドや環境を持っている。令和2年度介護労働実態調査の結果では、介護関係の仕事を辞めた理由を男女別で比較した場合、女性は「結婚・妊娠・出産・育児のため」(23.9%)が最多を占めている。しかし働き方に多様性が出れば、ライフイベントによって生活スタイルが変わっても仕事を続けられる可能性が出てくる。そして働き方に多様性が生まれれば人材にも多様性が生まれ、現場に新たな価値をも生み出すかもしれない。
人が集まりやすい職場が高齢者福祉に必要!
介護業界の価値を底上げしていく必要性
KPMGヘルスケアジャパン株式会社
松田 淳
働き方の多様性について、医療・介護産業のアドバイザリー事業を手掛ける松田 淳さんに伺ったところ、「就業スタイルを変えるだけでなく、就業者が就業したい方法で働ける場を作ること、両方が必要」と語る。「例えば、訪問介護は仕事をフルタイムで埋められないので非常勤を活用しがちですが、常勤で働きたい人もいる。利用者をルートで確保する(=長時間働ける)など、常勤者にも働きやすくする工夫が大切です。また、根本的に重要なのは、人が集まりやすい職種にすること。介護業界で働くことは社会的に価値があるということを、社会全体に認められるような職種にしていくことも大きな課題です」
高齢者の生きがいを創出する農福連携施設の取り組みに注目せよ!
施設・地域が一体となって高齢者の生きがいをつくる
高齢者のQOLの向上や健康には生きがいが大切だ。森永さんは、街や施設単位でその生きがいを創出していく必要性を感じている。その一例として挙げるのが活発になってきている「農福連携」だ。
「4年ほど前から畑を耕して野菜を育てているんだけど、周りの高齢者に畑の何が楽しいのかって聞くと、自由だからだって答える。土をどうするのか、鳥の対策をどうするのか、あらゆることが全部自分の自由。だから楽しいんですね。畑仕事は運動になるし、自分が作った野菜って食べたいから食事も自然とヘルシーになるんですよ。実際に、そういった取り組みを行っている高齢者施設もあります。入居者に畑をやってもらって、その野菜を施設の食事で出すとコストも削減できるし、みんなを元気にできる」と、自身の経験から感じたことだと明かす。
農業と福祉が連携する「農福連携」は、農業の担い手不足と障がい者雇用という問題を解決するために始まった活動だ。「街に産業がなく企業の誘致が難しい中、独自の地盤をつくろうと始めました」と語るのは、鹿児島県にある社会福祉法人白鳩会 花の木農場の横峯浩文さん。花の木農場は約50年にわたり障がい者雇用のため農業に取り組んできた農福連携のパイオニア。耕作放棄地を含む45haもの敷地で障がい者就労支援の事業所、ホーム、農畜産業や食品加工、レストランなどに携わり、障がいを抱える人たち約120人が働いている。注目すべきは福祉という枠にとらわれない幅広い活動だ。障がい者が作る商品としてではなく、商品そのものの価値を届けるための出店やイベントの開催。高齢化が進む地元農家の収穫の手伝いなどを行い、昨年は他の福祉法人や企業、自治体と共に農福連携の課題や情報の共有・支援を行うコンソーシアムも立ち上げた。結果として地域に多くのものを還元しているのだ。こうした活動への理解を得るためには、自治体の協力は有力な武器になるという。「自治体が一緒になれば補助金を得ることもできますし、周囲の理解も早く協力者・企業を増やしやすい」と横峯さん。しかし、花の木農場でも利用者の高齢化が進んでいる。
「70歳を超え体力の衰えや認知症の傾向がある高齢の利用者の生きがいをどうするかは、法人でも重要な課題。そこで、今年から水耕栽培や園芸など、体力があまりかからない生産方法を始めました」と、新たな取り組みに力を入れる。
介護業界でも農園を多世代交流の拠点にする、デイサービスのリハビリに活用するなど多角的な試みが広がっている。施設単体の取り組みとしてだけでなく、街づくりに生かしていくことが肝要だ。
地方へ人の誘導を行う行政と施設のタッグ、魅力のアピールが足りない!
地方だからこそできる柔軟な発想と対応がカギ
地方の老人福祉施設には、経営面で厳しい現実を抱えるところが少なくないが、経営を好転させるには、利用者の増加は避けられない課題であり、森永さんの提言する「高齢者と現役世代をセットで地方へ移住させる」は、施設利用者の増加を見込んだものでもある。こうした移住を促進するには、街づくりの一端を担う社会福祉法人や自治体の取り組みが必要だ。人口増に転じた自治体の好例として、森永さんは富山市中心部から電車で約15分、人口約3200人の富山県・舟橋村を挙げる。
「日本でいちばん面積の小さな村なんだけど、20年で人口が2倍に。何をしたのか村長に尋ねると、1つは村の規模以上に大きなホールを造ったこと(笑)。2つ目は大きな図書館を整備したこと。そして3つ目は、耕作放棄地を村で借り上げて細分化し、農家の指導をつけて転入者に畑作業をする機会を与えたこと。市街地で稼いで帰ってきて、晴れの日は畑を耕し、雨が降れば図書館で勉強する。まさに晴耕雨読なんですね」
立山連峰を望み、のどかな田園風景が広がる舟橋村。村役場総務課・工藤拓也さんによると、平成初期に小学校の新入生の数が1桁になったのを機に村で宅地開発を実施。富山市まで利便性が高く地価が安いことから転入が増加したそうで、当時のニーズをうまくつかんだ事例といえる。転入する世帯に向け「子育て共助のまちづくり」にゆるやかにシフトし、平成22年以降は人口3000人前後を維持している。この小さな村には保育園~中学校、子育て支援センター、デイサービスや特別養護老人ホームがそろい、特養の稼働率は100%近くある。また図書館や大ホールを含む公民館など、幅広い世代のための施設のほか、公園を活用したイベントなど世代を超えた交流も活発だ。こうした村の魅力は、村民の交流から口コミで広がったというのも驚きだ。工藤さんは「村が開発した宅地は2世帯が暮らすことを想定した広い造りで、当時から村に暮らし続ける人も多く、今後は高齢者の生きがいづくりにも力を入れていきます」と語る。世代バランスがとれた持続的な街づくりを目指し、コンパクトだからこそ柔軟な対応ができるのも強みのようだ。
「地方だからこそ自治体や施設、社会福祉法人が一体となることが大切だ」と森永さん。移住を促進させるには、舟橋村のように時流をつかみ、地方だからこそできる柔軟な街づくりが必要だ。「施設と自治体が協力するのはもちろん、高齢者施設がいくつか集まって大都市の住民にアピールしていくこともできると思うんです。うちの地域に来ると介護も含めてこんな幸せな生活ができますよという具体的なビジョンを示し、情報を発信することが大切です」と語った。
IT技術や介護ロボットを導入し人間は入居者の心のケアに専念せよ!
人対人の介護職だからこそコミュニケーションを重視
現在既に直面している介護職の人材不足。厚生労働省では’25年にはさらに約32万人の職員が必要との推計を発表しており、介護難民があふれる状況に陥りかねない。人材不足解消の一つの策として「ICTの活用や介護ロボットの導入」が進められ、厚生労働省主導で「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム事業」も行われている。こうした動きを加速させるべきだと森永さんは言う。
「機械やロボットに置き換えられる作業は徹底的に置き換え、人はコミュニケーションに特化するというように、仕事の中身を変えていく必要がある。3Kといわれるつらい部分を機械が担えば離職者の抑制だけでなく、高齢者層の雇用も可能です。若い世代にはITやロボットの管理を任せるなど、世代による役割分担もできます」と、さらなる分業化と業務の特化を推進するべきだとコメント。
しかしこうした整備には財源が必要だ。社会保障費の増大も問題となっているが、「誰も負担せずに高齢者福祉を充実させることは、私は十分可能だと思っています」と、森永さんは異を唱える。
「国の債務1500兆円に対し日本政府は1000兆円の資産を保有しているから、本当の借金は500兆円しかない。日本のGDPと同程度の借金なので、ごく普通の水準といえます。財政難という認識を改め、国や自治体に働きかけ、投票で意思を示していかなければいけない。公的な施設がなくなったら、日本の高齢者福祉は崩壊します」と、今後の高齢者福祉の在り方を危惧する。
これまでも全国老施協では国や自治体へ処遇改善をはじめとする要請活動に取り組んできた。すぐ近くに迫る高齢者福祉の危機に対し、介護経験者の森永さんも一丸となった活動に期待を寄せる。
介護現場の課題整理が高齢者福祉に必要!
介護ロボットは課題解決の手段厚労省の事業の活用を!
株式会社NTTデータ経営研究所
足立圭司
「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム事業」を統括する足立圭司さんによると、ロボットの普及が進まない要因の一つに、「導入するロボットと現場の課題とのズレがある」という。「導入効果は即効性がないものもあり、課題が不透明だと実感しづらくなります。コロナ禍により2040年に起こり得る人手不足を前倒して経験しました。これを機に“どんな介護を実現したいか”、現場の課題を整理しテクノロジーを使って解決していくことが必要です。介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム事業では全国17の相談窓口で、介護ロボットの試用貸し出しなど支援をしているので活用してください」
撮影=新妻和久(森永卓郎)/取材・文=岸上佳緒里/写真=イメージマート
魅力のある施設運営が高齢者福祉に必要!
公的施設は単なる受け皿に甘んじてはいけない
株式会社日本総合研究所
紀伊信之
介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングを行う紀伊信之さんは「都心から人が流れても生産人口は全国的に減るため、地方の方が介護職員の不足は顕著になる」と予測する。「年金が減って公的な高齢者施設を求める人が増えたとき、特養などは資金がない人の単なる受け皿にとどまってはいけない。入居者の役割づくりや、社会とのつながりを保つ取り組みを始めている事業所は既にあります。それにももちろん人手は必要です。しかし、入居者にとって魅力ある場所になれば、職員がやりがいを感じたり、業務が整理されたりといいスパイラルが生じ、結果として人手が集まる職場にもなり得るのです」