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介護保険制度23年目の課題~取材の現場から~③ 増加する”ワンオペ介護”、介護離職を防ぐには?

2023.03 老施協 MONTHLY

介護離職は個人のキャリアを失うだけでなく企業・社会にとっても損失
柔軟な働き方、介護サービスの利用ができるよう制度の見直しを

問われる介護離職の現状と改善 何が介護と仕事の両立を阻むか

 スタートから23年目を迎えた介護保険制度。その課題について取材現場から報告するシリーズの3回目は介護離職について。

 家族の介護のため仕事を辞める「介護離職」が後を絶たない。過去1年間に看護や介護を理由に仕事を辞めてしまった人は、9万9000人(平成29年就業構造基本調査)。5年に一度行われているこの調査を実施した総務省は、前回に比べてほぼ横ばいだとしているのだが、この数は氷山の一角だとの指摘は少なくない。

 介護離職した後、再就職した人は4人に1人に留まっている。これには、働きながら介護を担っている年代の中心は40代から50代で、いったん仕事を辞めると、再就職は難しいことが伺える。

就業状態別介護・看護のために過去1年間に前職を離職した者及び割合
-平成19年、24年、29年
出典:総務省「平成29年就業構造基本調査」

 介護離職は本人の収入やキャリアが途絶え、将来の年金が少なくなるだけでなく、企業にとっても貴重な人材を失うことになり、社会全体の損失となってしまう。

 そのため国は法律を作り、仕事と介護の両立支援を進めている。通算約3カ月(93日)休みが取れる介護休業や、年5日の介護休暇などメニューは取りそろえられている。

 しかし、実際に何らかの制度を利用した人は8.6%にとどまるなど制度の利用が広がっているとは言い難い。コロナ禍で進んだリモートワークも介護と仕事の両立支援につながると期待されているが、柔軟な働き方が認められていない職場も少なくないのが現状だ。

 何が介護と仕事の両立を阻んでいるのか。現場の取材に基づき、状況を把握していきたい。

 NHKで長年、医療や介護の現場を取材してきた経験があり、現在World News部で海外向けのニュースを発信している堀家春野さんにお話を伺った。

現役職員による座談会【介護現場のリアル】

介護現場勤務は介護離職を回避しやすい!?

特養に勤める職員Aさんと訪問介護会社に勤める社員Bさん。どちらも親が介護状態であり、介護転職組でもある。仕事の両立について聞く。

A「以前の会社は、若い人が主流のIT系で、介護休暇なんて取る人がいなかったんだよね。それで、親の介護や自分の老後を考えて、介護を学ぼうとしたのが転職のきっかけだったんだ」

B「僕はコロナの影響でリストラされて、失業保険をもらっている間、介護の資格を取る学校に行ってね、介護の技術が学べたから、家での介護も楽にできるようになった。資格を生かして今の会社に入社したよ。何か親の通院や病気で休むときも、介護会社だけに言いやすい環境にあるね」

A「うちは、介護休業が通算360日もある。職場に戻りやすい環境が大事だね」

離職加速につながる? ワン・オペレーション介護

 核家族化、単身化が進む日本。一人で介護を担う〝ワンオペ〟介護も少なくありません。〝ワンオペ〟とはワン・オペレーション、一人で全てを担うという意味の略称です。このワンオペ介護が離職の要因となっていることをうかがわせるデータもあります。実際、介護離職をした1000人を対象に行われた調査(みずほ情報総研・’17年)を見てみると、仕事を続けられなかった理由について複数回答で尋ねたところ、「体力的に難しかった」が39.6%、「介護は先が読めないから」が31.6%、そして「自分以外に介護を担う人がいなかった」も29.3%と3割近くを占めています。一人で介護を担うとなると、介護サービスを使っていてもおのずと負担は重くなります。

正社員の就業継続が難しかった理由
※1000人対象 複数回答
出典:「介護と仕事の両立を実現するための効果的な在宅サービスのケアの体制(介護サービスモデル)に関する調査研究」(みずほ情報総研、2017年3月)

 神戸市に住む高志直全さん(67)も介護離職した一人です。4年前、取材に伺った際は母親と2人で暮らし、デイサービスやショートステイを使いながら、自宅では一人で食事や排泄などの介護を行っていました。高校の教師だった高志さんは、定年後も再任用で教師を続けていました。しかし、自宅から離れた高校に転勤になったのをきっかけに介護との両立が難しくなり、退職しました。おととし99歳で母親を見送った高志さんは「育児と異なり、終わりの見えない介護について周りに理解してもらうのは難しかった。同僚の中には『大変だな』と声を掛け親身になってくれる人もいたが、組織となるとまだまだ介護への理解が広がっているとは言えないのではないか」と話していました。

介護家族への理解進まず 職場・介護保険制度でも

 介護離職を加速させる要因には働き方の問題に加え、介護保険制度に家族の負担を軽減するという視点が欠けていることもあります。都内の食品メーカーに勤めるいわば介護離職予備軍の50代の男性に話を聞きました。両親をワンオペで介護する中、母親の認知症の症状が重くなったので施設への入所を考えました。しかし、母親は要介護1。原則要介護3以上しか入れない施設は諦めざるを得ませんでした。男性は「仕事と介護が断続的に続いていて、疲れが取れない。仕事を辞めることが頭をよぎる」と話していました。

「介護の社会化」のはずが 懸念される「介護の家族化」

 23年前、介護保険制度がスタートしたとき、「介護の社会化」が大きなテーマでした。家族だけが担っていた介護を社会全体で分かち合うということです。ところが後を絶たない介護離職から見えてきたのは「介護の家族化」に戻っているという現実です。介護をしながら仕事をするということは、何も特別なことではありません。〝人生100年時代〟とも言われる中、長く働きたいと希望する人が増え、働きながら介護をする人もさらに増えるでしょう。企業にとって、そして社会にとって貴重な人材を、介護を理由に失うのはもったいないという他ありません。そこにいち早く気付いた企業は、週休3日制度などの介護と仕事の両立支援を打ち出しています。柔軟な働き方、そして柔軟にサービスが利用できるよう、介護保険制度の見直しが求められています。

今月の回答者
NHK World News部 堀家 春野さん

NHK World News部

堀家 春野さん

Profile●ほりけ・はるの=1997年NHK入局。医療や介護現場を取材する記者、解説委員を経て、現在、World News部で海外向けのニュースを発信している


取材・文=一銀海生