マネジメント最前線

日本全国注目施設探訪

第10回 熊本県上益城郡甲佐町 社会福祉法人綾友会 特別養護老人ホーム 桜の丘

2023.01 老施協 MONTHLY

独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)入賞施設を取材しています


毎日の「食の力」で、利用者の心と体をケアし、地域を支えていく

近隣にある病院との連携で介護と医療を両輪にケア

 熊本県熊本市内から南東方向に向かって車で約30分、熊本県のほぼ中心に位置するのどかな農村地域である人口1万309人(’22 年3月31日現在)の町、甲佐町。その町内にある唯一の特別養護老人ホームが「桜の丘」だ。

特別養護老人ホーム「桜の丘」の外観
総面積23159.88㎡という広大な敷地内には、この特別養護老人ホームをはじめ、ケアハウス、グループホーム、デイサービスセンター、居宅介護支援センターなどが、別々の建物として立っている
施設長の宮崎眞樹子さん
施設長の宮崎眞樹子さん

社会福祉法人綾友会

1953年、甲佐に谷田病院を開設した谷田末高理事長が、1985年に設立。特別養護老人ホームをはじめとする、ショートステイ、デイサービス、ケアハウス、グループホーム、訪問介護、居宅介護支援の「桜の丘」、そして、サテライト型特別養護老人ホームと小規模多機能ホームの「綾の家」を運営している。

 ’85年、谷田病院を運営していた谷田末高理事長が、高齢の入院患者を診ている中で、退院しても自宅で看病できない、誰も看病する人がいないなどという方が増えてきて、当時はこの近辺に介護施設がなかったことから、家族のそばにそういう方たちの居場所を作ろうと同施設を開設。主に、高齢化が進んでいる甲佐町内と近隣町村からの高齢者が利用している。

 その名の通り、広大な丘となっている敷地内は、特別養護老人ホームをはじめ、各業種ごとに別々の建物で構成されている。

[1]その名の通り、敷地にはたくさんのサクラの木が植えられている(2017年撮影) [2]屋根が備わり、雨にぬれずに済む車寄せがあるエントランス [3]吹き抜けとなっており、天井が高い広大なエントランスホール

 スタッフは、18歳〜80歳の男性39人、女性135人、計174人が働いており(’22年10月現在)、その中には、専門学校卒留学生で介護福祉士のベトナム人が1人、技能実習生のベトナム人が2人、特定技能1号のネパール人が2人、特定技能1号のミャンマー人が1人といった外国人も含まれている。

 理念としては、谷田病院の理念である「地域とともに」を引き継ぐとともに、最期まで尊厳ある生活を送れるよう支援する「利用者主体」、家族や医療との連携を図り、一人一人の生活の継続性を大切にする「個別性・継続性」の3つを掲げ、近隣にある谷田病院との連携で、介護と医療を両輪としてケアしながら、あくまでも生活の場であることを大切にしているという。

[4]壁やカーテンでプライベートを確保している多床室(34床) [5]木目調でぬくもりが感じられる従来型個室(6床) [6]ソファや洗面台など、さまざまな設備が整っているユニット型個室(20床)
[7]吹き抜けとなっており、天井が高く天窓があって明るい広大な食堂 [8]利用者の体の状態に合わせて、さまざまなタイプの特別浴槽が用意されている浴室 [9]寝転んだまま入浴できるスウェーデン製のシャワートロリーバス(2台) [10]利用者を移乗する際、スタッフの負担が少なくて済む床走行リフト(7台) [11]車椅子移乗やトイレ介助で活躍するスタンディングマシン(6台) ※カッコ内は導入台数

スタッフが働きやすく心と体に優しい職場づくり

 近年の取り組みとしては、重篤化する利用者に寄り添うケアだけでは対応し切れなくなってきていることから、トータルケアを実践、多職種協働で、観察、記録、複数の職種の視点で分析する「ダブルチェック」というカンファレンスなどを行っている。

 一方、スタッフにも働きやすい職場づくりを心掛けている。利用者を持ち上げない介護であるノーリフティングケアを、さまざまな補助機器を導入して実践した結果、職員の腰痛が軽減され、精神的にゆとりができたという。

 また、スタッフが子育てしやすい環境づくりにも力を入れており、夏休みや冬休みなどは学童保育を行ったり、産休や育休を取りやすくし、復帰率100%を達成。

 さらに、離職する原因に人間関係が多いため、エルダー(先輩)制を導入、新人や中途採用者にエルダーを付けて、しばらくは毎日面接を行い、その日の疑問や不安は家に持ち帰らないようにした。

 その結果、熊本県から働く人が安心して働ける企業である「ブライト企業」に認定されたそうだ。

[1]3階建てとなっているケアハウスの建物 [2]平家となっているデイサービスセンターの建物 [3]ホテルのロビーのように豪華なケアハウスのロビー [4]さまざまな催し物も開催されるケアハウスの食堂 [5]古風な風情あるデザインの平家であるグループホームの建物 [6]木がぜいたくに使われた古民家風のグループホームの室内 [7]デイサービスで行っている運動器系疾患などのリハビリに効果があるノルウェー製の「レッドコード」

「食事はケア」という理念で利用者の健康面改善を実現

 同施設では、「食事はケア」であるという理念を掲げて、食事に力を入れている。例えば、「お出かけ調理員」という、調理員が厨房から食堂に出て行き、利用者の食事状況を観察した上で要望に応えたり、ダブルチェックを行って、利用者の食事状況を分析し、健康面での改善を実現。さらに、’16 年に発生した熊本地震の際には仮設団地で毎週「白旗食堂」を運営、現在も町の災害復興団地の子育て支援住宅で甲佐食堂「おかえり」を実施し、地域住民にも貢献している。

【キラリと光る取り組み】
「食の力」〜食事はケア 食事は人・地域をつなぐ〜

「令和3年度全国老人福祉施設研究会議(鹿児島会議)」最優秀賞受賞
管理栄養士 川本里江さん・益田紘子さん・施設長 宮崎眞樹子さん インタビュー
(左から)管理栄養士の川本里江さん、益田紘子さん
(左から)管理栄養士の川本里江さん、益田紘子さん

――この取り組みを始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

川本:当施設では、元々食事を重視して、家庭的な食事を提供していたのですが、利用者さんが重度化していくのを見て、少しでも食事を楽しんでもらおう、今まで食べてこられたものをここでも食べてもらおうなどといった、食事で何ができるかということを考えるようになりました。2007年、関連施設のサテライト型特別養護老人ホーム『綾の家』でユニット内調理を始めたのはひとつの大きな転機でした。さらに、トータルケアという取り組みにおいて、多職種でカンファレンスを行っている中で、これまで食事で関われる部分はあまりないのではないかと思っていたのですが、みんなで勉強していくうちに、食事で認知症の利用者さんが落ち着かれるなどの事例があったことを聞き、食事の影響の大きさを知り、それが大きなきっかけとなりました。

宮崎:2016年に発生した熊本地震の際、白旗仮設団地で「白旗食堂」という食堂を、川本、益田と共に、2年間週1回運営したのですが、そこでの経験が、食事の可能性の大きさに気付かせてくれたのも大きかったです。

[1]トータルケアにおいて、多職種のスタッフが集まり、カンファレンスを行っている様子 [2]トータルケアにおける総合記録シート

――その取り組みとは、具体的にどのようなものだったのでしょうか?

川本:ユニット内調理は、調理員がユニット内の台所で一から調理します。作る人、食べる人、介助する人が近いのが利点です。「お出かけ調理員」は、調理員が食事中に厨房から食堂へ出て行って観察する取り組みです。今までは管理栄養士が見て伝えていましたが、捉え方も人によって違うので、直接利用者さんを見て気付いたことを生かすようにしました。

益田:今までは食事を出したら終わりだったのが、この方はこのような食べ方をする、食事の姿勢に問題があるのではないか、この方にはこういう提供の仕方をした方がいいなど、私たちが気付かなかった点を拾い上げてきてくれます。調理場だと味付けなどということだけになるのですが、配膳の向きだとか、近くで見て気付いたことが上がってきます。利用者さんとも近くなり、介護士とも接することが多くなり、変化していく状況をみんなで捉えて分析することができ、チームとして取り組めるようになってきました。

川本:調理員も自分たちの作ったものを食べてもらいたいという気持ちが強くなってきて、観察にも力が入ってきています。

宮崎:介護士など他のスタッフも、今日の食事は?など、みんなが以前より食事に興味を持ってきています。さらに、食事は排せつケアにも効果的であることが分かりました。

川本:今まで下剤で排せつをコントロールすることが多かったのですが、薬でおなかが痛くなることもあり、看護師も介護士も食事で何か改善できないか考えるようになりました。

宮崎:また、認知症に対しても、最初は食事でできることは見た目で分かるようにするくらいだったのが、味覚の減退や異常も食事でいろんな対応ができるようになりました。カンファレンスでも食事ケアが大きな部分を占めるようになっており、以前は縁の下の力持ち的な存在だった管理栄養士が、今ではトータルケアの中心のひとりになっています。

――この取り組みをなされた成果には、どのようなものがあったのでしょうか?

川本:ユニット内調理をすることで、食事を楽しみにしてくださる方が増えました。リビングの台所で調理員が作るので、食材を見たり、音、匂いなどで、「今日はおいしそうね」と、利用者さんももうすぐ食事が始まるという期待感と共に食べる準備ができるようになり、食事を残すことも減りました。

益田:「お出かけ調理員」は、調理員が出て行って、食事を食べやすくして出しているので、食べてもらえる量が増えてきました。調理員のことも覚えてもらえ、コミュニケーションが図れるようになりました。

宮崎:今までしゃべれないと思っていた人がダイコンを見て「今日はおでんだね」としゃべれることが分かったり。食事が出来上がる過程を見ることによって、脳が刺激されて良い影響を与えますし、食事に対するリクエストも増えてきました。調理員も利用者さんと会話しながら作るようにしたり、見た目や彩りなども気にしながら作るようにしています。

地域のボランティアと共に調理、運営する地域食堂である甲佐食堂「おかえり」

――今後、さらに取り組まれたい課題がありましたら、教えてください。

川本:施設の中だけではなく、地域の方に私たちの食でできることを提供していきたいと考えています。自分で作れず、食べることに困っている方に、もっと関わっていきたい。

益田:買い物の仕方から、減塩の仕方、とろみの付け方が分からないなど、在宅介護のヘルパーと共に、私たち管理栄養士が情報を発信していくことが必要ではないでしょうか。

宮崎:今、調理員が不足している状況なのですが、施設全体に余裕がないとなかなかそういう取り組みができないので、施設長として努力してまいりたいと思います。


桜の丘

社会福祉法人綾友会 特別養護老人ホーム

桜の丘

〒861-4609
熊本県上益城郡甲佐町西寒野1161
TEL:096-234-1191
URL:https://sakuranooka.or.jp/

[定員]
特別養護老人ホーム:60人
(従来型40人/ユニット型20人)
ショートステイ:20人
デイサービス:35人
ケアハウス:30人
グループホーム:9人


撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹