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【INTERVIEW】日本通運株式会社 関東美術品支店 係長 吉仲 勉

2022.12 老施協 MONTHLY

日本通運といえば、言わずと知れた日本の総合物流企業であり、今年、長年親しまれた「日通」から「NX」へグループブランドを変更したことを、メディアを通じてご存じの方も多いだろう。実は日本通運の中には美術品を専門に扱う美術品支店というのが東京・名古屋・京都の3カ所にあり、梱包、保存、輸送に始まって、なんと展示、設置に至るまで行っている。この高い専門性を生かし、多くの国内外の美術展、博物展の陰で活躍しているのだ。今回はこの美術品支店で19年のキャリアを持ち、マネジャーとして数多くの展覧会を手掛けた吉仲勉氏に、お話を伺った。


「信用」は実績で積み重ねることができますが「信頼」は日々の仕事で勝ち取っていくもの
その両方があって初めて仕事がうまく回っていくと思います

吉仲 勉

意外なことに美術品輸送にマニュアルは存在しない

 吉仲さんは京都市伏見区の生まれ。近所に神社仏閣が数多くある環境に育ち、物流に興味を持っていたことから実家の近くにあった日本通運関西美術品支店に中途入社。16年ほど関西に勤め、昨年4月に異動し、現在は東京にある関東美術品支店で美術品輸送全般のマネジメントに携わっている。

吉仲「入社するまでは画廊さんに美術品を配達する程度の仕事なのかなと思っていたんですが、実際は美術館、博物館の展覧会などにおいて、美術品の梱包から輸送、展示、撤収までを一貫して行う業務です。細かく言いますと、作品の下見を事前にして、採寸し、安全に輸送できる梱包の仕様などを学芸員の方と検討して費用を算出し、お見積もりを出してというところから始まります。仏像などは博物館の特別展などに出展する作品がお寺さんや個人のお宅にある場合もありまして、そうしたときには大型トラックが近くまで行けないことが多く、さらに細かく輸送方法を検討する必要があります」

国内に限らず、海外にも陸海空、あらゆるネットワークを持つ総合物流企業が日本通運だ。今回のテーマの美術品輸送に関しても70年の歴史を持つ

 やはり特殊な工程の多い美術品輸送ならではの細かい役割分担や、マニュアルはあるのだろうか?

吉仲「美術品輸送のための特殊な梱包資材というのはありますが、役割分担などはなくて、原則、一つの作品はどの作業も一貫して同じスタッフが携わります。マニュアルというのもないですね。例えば等身大の仏像の場合、最低6名が必要なんですけれども、仏様に直接触れて作業するリーダーが2名、後ろの4名はリーダーが必要とする資材を準備して、前のスタッフに回していくといった具合です。新人は最初は一番後ろにいて、先輩の動きを見ながら仕事を覚え、分からないことは聞きながらチーム内で徐々に前の方の立場へ移動していくという感じですね」

 日本通運には、日本博物館協会が定めている“美術品梱包輸送技能取得士”の資格を持つスタッフが175名もいるという。マニュアルもない中で、これだけの実績を作れるのはやはり現場の経験値の高さということなのだろう。

吉仲「その試験は学芸員の方が採点されるんですが、ペーパーと実技があります。実技ではスピードや正確性もそうなんですが、見た目のきれいさ、手際よく均等に梱包されているかなどが重点的に見られます。例えて言うと、デパートで包装をお願いするときに段取りよくきれいに行っていただくと、ここはいいデパートだなって感じますよね。遅いのはダメですが、必ずしもスピードばかりではない。それと同じことだと思いますね」

日本博物館協会が定める美術品梱包輸送技能取得士の資格を持つのは社内で175名(2022年11月現在)。試験ではスピードと手際よさだけでなく、手元の所作や出来上がりの美しさ、均等さなども見られるという
日本通運は伊豆に研修施設を持ち、新人研修や定期的な社内研修も行っている。仏像、額、掛け軸、甲冑、刀剣など形態が多様な美術品輸送のノウハウ交換に役立っている

“信用”と“信頼”は違う
“信頼”を得ることが大切

 吉仲さんが考える、この仕事のキモ、押さえておかなければいけない部分はどこにあるのだろうか。

吉仲「自分は今、マネジメントが主な仕事で、まず安全に作業するというのが第一ですが、安全に作業するには、時間も資材もあればあるほどいい。しかし、それでは予算や納期に見合わないこともあります。私は業務を安全とスピードと費用の三角形で考えていて、このバランスを正三角形に近づけていく方法は何かないのかと常に考えています。関東美術品支店のスタッフは四十数名おりますが、美術館や博物館の数はもっと多い。感覚的には弊社で全国の6、7割のそういった施設の仕事をさせていただいていますので、長期にわたる巡回展など、長く一つの案件に関わると、そのスタッフを必要としている別な案件に動員できないということにもなります」

美術品の輸送業務を専門に行っている日本通運の支店は、東京・名古屋・京都の3カ所にある。東京の関東美術品支店には、かけがえのない文化遺産を、過去から未来へと運ぶエキスパートのスタッフが四十数名おり、3支店の中で最も多い

 ということは、同じ美術品には同じ社員が関わることが多い?

吉仲「結果的にそうなります。以前その作品で作業したことのあるスタッフの方が作業の効率がいいのはもちろんですが、日々の作業の中でお客さまに信頼をいただいているというのが重要。日本通運の美術品輸送という看板でお客さまに“信用”をいただいてるのは間違いないんですが、“信頼”を得るのはまた別な話。実際私も関東に異動で来た際に、いろんな美術館、博物館、あとは専門のメディアの方などにごあいさつし、その後実際の仕事に関わるわけですけど、すごく観察されているなと感じました。会社の信用はあっても、個人の信頼は仕事の中で勝ち取っていかなければいけないものなんですね。先ほどのデパートの話と一緒です。大手百貨店には信用はあるけど、信頼は個々のスタッフの仕事ぶりとか、応対の仕方で築かれていくものですからね」

ドライバーは専任ではないものの、美術品輸送担当は固定されることが多い。信頼を得るには彼らの努力も欠かせない

専門性の高いスタッフがそろう現場は意見を言い合う

 自らクライアントの“信頼”を勝ち得てきているスタッフたちの仕事を、チームとしてまとめるには、さぞご苦労がありそうだ。

吉仲「自分も現場を長くやってきてスタッフの気持ちも分かるので、苦労という感じはないんですけれども、ベテランも中堅も若手も、皆替えの利かない美術品を扱うプライドというものを持って仕事をしています。それを認めた上で、意見を言い合える場をつくることが大事かなと思います。マニュアルはないと申し上げましたが、それ故スタッフそれぞれ細かい部分でやり方は微妙に違っていたりして、意見のぶつかり合いが結構あるんですね。最終的にはリーダーが決断して方法を決めるんですけれども、最初から意見の出ない場というのはよくない。介護の現場にもいろいろな専門職の方がいると思いますが、われわれの現場も、それぞれが一人親方と言いますか、割合一枚岩ではないんです。でも言いたいことは言い合って、最終的な理想の出口に向かうよう、うまく誘導することを、私は常に考えて仕事に向き合っています」

美術品輸送向けの段ボールは強度を上げるために二重構造になっている。白く丸まっているのはおなじみのプチプチ。さまざまな資材を駆使して作品に合わせた梱包を行っている
美術品は大きさがマチマチで規格がないため、梱包はカスタマイズがほとんど。段ボールや外側の木枠なども測って専用に作ることが多い。木箱は海外輸送などの際に使われているものだ
作品に直接触れる紙は“薄葉紙”と呼ばれ、日本通運が開発したものだ。酸性が多い洋紙ではなく、和紙をベースに作られた中性紙のため、吸湿性が高く、もみ方で柔らかくも強くもなるという

 最後に、吉仲さんにとって美術品とは何かをお尋ねしてみた。

吉仲「美術品の定義と言われると難しいですが、例えば、会社や個人のお宅の引越しでも、所有されている絵画や彫刻などを輸送する際に『これは美術品扱いにしてくれ』という依頼が来ると、われわれのチームが担当することになります。美術館所有のものでも、お寺所蔵のものでも、個人所有のものでも、全てにおいてお客さまに安心してもらえる作業をしなければいけない。それが美術品を扱うスタッフの矜持かなと」

 つまり、誰にとっても唯一無二の存在であれば、それは美術品に等しいということ。全ての仕事において、そうした覚悟を持つことは大切だと考えさせられる。

吉仲「一方で、僕は京都の生まれなので、仏像を見るなら、美術展より、それがあるお寺で見た方がいいんじゃない?って感覚も持ってたんです、正直。でも遠方にお住まいで、なかなか見られる機会がない方もいる。海外の作品なんか特にそうですよね。そうした方々のために美術展や展覧会があり、われわれの仕事があると今では思っています。そしてそれを機会に、今度はその仏像があるお寺へ行って、実際に鎮座されている姿を見てみたいと思っていただける方が増えるといいなと」

 人類共通の唯一無二の文化を、多くの人々が共有する。そのために、吉仲さんたちの活躍は続く。

関東美術品支店内にある、天井も壁も床も全て木材で覆われた美術品倉庫。温度は20℃±2 、湿度は55±5%に固定されており、美術館や博物館の展示空間に近い環境がキープされている。また、成田空港へ向かう高速道路のインターチェンジが近く、同支店は“保税倉庫”として国に登録されている。輸出入通関手続きをここで行うことができるようになっているのだ

吉仲 勉

日本通運株式会社 関東美術品支店 係長

吉仲 勉

Profile●よしなか・つとむ=大学卒業後、飲食店のアルバイトなどを経て、2004年に京都市伏見区の実家に近い日本通運関西美術品支店に中途入社。16年間、関西の美術展を中心に数多くの美術品の梱包、輸送、展示に携わる。2021年4月、東京の関東美術品支店に異動。現在は美術品輸送案件全体のマネジメントを行っている


撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之