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【INTERVIEW】公益財団法人 東京動物園協会 恩賜上野動物園 教育普及課長 大橋 直哉

2022.10 老施協 MONTHLY

今回お邪魔したのは、皆さんもご存じ、東京の恩賜上野動物園。今年で開園140周年、10月にはパンダ初来日から50周年の節目の年を迎えている。お話を伺う大橋直哉さんは、都内複数の動物園での飼育・展示といった現場の経験も豊富で、現在は現場スタッフとお客さんの間をつなぐ役目を持つ、教育普及課という部署で課長を務めている。園内で飼育する約300種もの生き物の誕生から死までの世話をしながら、動物園を訪れるゲストの安全も考え、魅力的な動物園の在り方を追求する仕事は、介護の現場にも参考になることが多いはずだ。


動物を擬人化した表現はしない
動物と人間が完全に理解し合えることはないというところから始めないといけないと思います

レクリエーションに限らない動物園の持つ重要な役割

 まず、私たちも知っているようで知らない、動物園における役職の種類や分担について伺うところからお話しは始まった。

大橋「現場仕事で言うと、飼育展示係は、東園・西園・両生爬虫類館といった係に分かれていて、それぞれ担当動物を持っています。“展示”も仕事として大きな位置づけです。他に獣医、造園・農園芸、施設管理、物販、案内サービスなどですね。あとは人事・総務などの管理部門。私の所属する教育普及課は、現場と管理部門の間に位置するようなイメージです」

園は東園と西園に分かれており、現在飼育されている動物は約300種3000点で、実は最盛期に比べると少ない。これは飼育環境を自然の状態に近づけていった結果であり、動物の生態も詳しく見学できる
左上から時計回りに、カモシカ、トラ、ゴリラ、ルリカケス。同園は東京の都心部にありながら、植栽なども動物たちの生息地の自然の状態に近づけた展示が行われている

 一言で飼育・展示といっても、動物の習性などによって仕事の内容は大きく変わる。専門性が高いぶん、どうしても目の前の仕事に集中する傾向はないだろうか。

大橋「それはあります。動物の飼育って、やっぱり楽しいですし、生き物ですから気を使うところも多い。どうしても自分の担当の動物の健康やケアに意識が集中して、園全体の方針などにはあまり興味を持たなくなってしまう傾向は出てきてしまいがちです。一般的に動物園には4つの社会的役割があると言われています。①種の保存、②レクリエーション、③環境教育、④調査・研究です。種の保存も動物園の仕事なんです。園内での繁殖ももちろんですが、’89年から続く〝ズーストック計画”では、野生動物の保全に積極的に協力することとしており、乗鞍岳のライチョウの卵を動物園で孵化させたりするなど、種の保存に深く関わっています。この社会的役割を踏まえて、東京動物園協会では3つの基本方針(⬇「東京動物園協会の3つの基本方針と4つの取り組み」参照)を設定しています。現場の飼育係や展示係はこれに基づいて展示パネルを作ったり、キーパーズトーク(飼育係の話の意。飼育係によるゲストへの説明)の内容を作ったりしています。飼育係はその動物に関する知識も経験も豊富なので、お客さまにも興味を持って聞いてもらえる半面、話が難しくなり過ぎたりすることもあります。また、パネル展示にしても、一般の方には衝撃的な生き餌をあげるシーンや、けがのシーンの写真などは使用しないようにしているのですが、そういったところを私が所属する教育普及課が中心になって、現場の意見を集約しつつ、伝わりやすいようディレクションを行っています。園全体の方針に基づいた表現や言葉を使うとか、あとは単純に言葉遣い。現場の人間は思い入れが強いので、そこのモチベーションを壊さないよう気を使っています。そして、動物を擬人化しないようにしようと言っています。これも重要なポイントです。動物は動物であって人じゃない。『◯◯ちゃん』みたいな言い回しはしないようにしています」

 なるほど、擬人化して考えない。そこがただの動物好きと、動物園で生き物を預かる責任ある立場との大きな違いと言えそうだ。

東京動物園協会の3つの基本方針と4つの取り組み

この方針と取り組みは全動物園スタッフにかなり浸透しており「異なる飼育担当間で共通のモチベーションを保つためにも役立っている」と大橋さんは言う

3つの基本方針
  1. 展示の工夫と快適な環境整備の提供による楽しみながら学べる動物園・水族園の実現
  2. 国内外の動物園や研究機関との協力による野生生物の保全への貢献
  3. 公益法人の制度特性を活かした公益性と経営感覚を併せ持った施設運営
4つの取り組み
  1. 動物を「まもり、育てる」取り組み
    “種の保全”がこれにあたる。希少種を中心に、繁殖、保全のために動物園外でも保全活動の一端を担い、生物多様性の維持に貢献するのも動物園の重要な責務なのだ
  2. 動物のことを「伝える」取り組み
    いわゆる“動体展示”の考え方がこれにあたり、キーパーズトークなどの実施もこの取り組みの一環。今や動物園は大人も子供も遊んで学べるテーマパークなのだ
  3. 「ようこそ」の心を表す取り組み
    “安心、安全、快適”が最も重要なゲストサービスという思考は、全てのテーマパークに共通する。その上で積極的に来園者とのコミュニケーションも取っている
  4. 「経営感覚」に富んだ取り組み
    基金などによる都民との協働や、民間企業との協働もこれからの動物園の発展・振興には大切という考え方。こうした企業努力が、より魅力的な動物園の実現に欠かせない

動物とは理解し合えないと基本的には考えています

 擬人化しないとはいえ、命は命。仕事として生き物を預かるプレッシャーはないのだろうか?

大橋「それはもちろんあります。生き物を生育している以上、例えば体調を崩せば休みを返上してでも見てあげなければいけない。仕事を先送りにはできないという大変さもありますし、一番は相手がしゃべってくれるわけではないってことですね。病気のケアにしても、今やっている作業が本当に正しいのかどうかは、動物が健康を取り戻すまで分からないし、間違っていたら死んでしまうこともある。私は基本的に動物とは理解し合えないと思っているんです。いろんな作業も、相手の反応を見ながらなぜそういう反応を示したかを想像しながら対応していくんです。でも、それが正しい解釈だったかどうかは、しゃべってくれないわけですから、こちらが想像してあげないといけません。相手の立場になって考えることが大事です。こちらの管理しやすい方法が動物にとってベストとは限らないわけですしね。動物に対して思い入れが強過ぎると、自分の思い込みも強くなって、その辺を見誤ることがありがちだと思っています」

 言葉をしゃべれない動物たちと、信頼関係を築いていく上で大事なこととは何なのだろうか。

大橋「シンプルですが、動物にとって嫌なことはしないということだと思いますね。命令を聞かせるのではなく、うまく誘導してあげていく。力でねじ伏せることも短期的にはできるんですが、最終的には嫌われて、その人が来ると攻撃的になるというようなことが起きてしまうんです。だから、きっと子供に接するのと同じ。完全に理解し合えなくても、動物が安心して言うことを聞いてくれる。何ていうか、柔らかい関係性を築いていくことだと思っています。それと、同じ動物でも飼育しているのが若い個体の場合は、どんどん子供を増やしていくぞ!でいいんですけれど、年老いた個体の場合は、どう幸せに死なせていくかということを考えなければいけないようになってくるんです。もちろん、なるべく健康で長生きするように飼育するのが大事ですが、弱ってきたときにいかにつらくないように飼育するかということにも直面します。思い入れが強いとつらい部分もあります。なので、私はなるべく一線を引くように心掛けてきたつもりです。かわいいといえば、かわいいんですが、そこでベタベタになり過ぎないように。例えば他の動物園に出さなければいけないようなこともあるわけですからね。割と公立動物園にはそうしたスタンスの人は多いと思います」

左がオスのリーリー、右がメスのシンシン。双子パンダのシャオシャオとレイレイの両親だ。今年10月28日はパンダ初来日からちょうど50年にあたる。1972年9月29日の日中国交正常化を受け、パンダが来ることが初めて動物園に伝えられたのは、来日3週間前のことだったという

飼育・展示の先を見据えた魅力的な動物園を目指して

 動物園の役割の一つである調査・研究も、完全に理解し合えない動物の飼育に役立つ部分も?

大橋「そうですね。日本動物園水族館協会の中に生物多様性委員会というのがあって、この活動の中で同じ動物の担当同士が協力し合うこともあります。独自の定期的な勉強会などで他の園との横のつながりがあるので、他の園の飼育方法が参考になることも多いです」

 横のつながりは同じ動物担当である一方、一つの園全体の方針が各担当に浸透しにくいという話もあった。それを改善していくための方策を持っているのだろうか。

大橋「みんなで同じ目標を持たないと難しいというのはあります。多摩動物公園にいたときに開園50周年事業があって、各動物担当チームがいろいろアイデアを持ち寄り検討し合っていたときにうまくまとまっていた経験があるのですが、上野も今年140周年なので、どう記念の年を盛り上げるかという共通の目標を持てばいい方向に向かうと思っています。それとお客さまの安全第一ですね。動物の命にも気を使いますが、相手が動物であるが故に、私たちはもちろん、ゲストがけがをする危険も常にあるわけです。その意識は持ちながら日々の仕事の中でのヒヤリハット事例を共有するようにしています。こうした仕事をきっかけに、動物園をもっとこうしていきたいという思いを現場と共有していって、飼育・展示のさらに先を見据えた魅力的な動物園を目指していきたいと考えています」

今年は1882(明治15)年から数えて開園140周年。日本最古の動物園だ。園内では歴史をコラージュしたパネルが展示され、記念イベントも開催されている
左は1907(明治40)年ごろの正門(現在の東園出口)。右は、1949(昭和24)年にインドから贈られたアジアゾウ。戦前からゾウは今のパンダくらい人気のある動物だった

公益財団法人 東京動物園協会
恩賜上野動物園 教育普及課長

大橋 直哉

Profile●おおはし・なおや=1974年生まれ。1997年、日本大学農獣医学部畜産学科(現・生物資源科学部動物資源科学科)卒。東京都衛生局(現・福祉保健局)での食品衛生監視員を経て、恩賜上野動物園に配属。その後、都で畜産行政、動物園行政などの職に就きながら、多摩動物公園、井の頭自然文化園で飼育展示係、教育普及係を歴任。昨年より現職


撮影=高嶋一成/取材・文=重信裕之/写真提供=公益財団法人 東京動物園協会