マネジメント最前線

介護現場NOW

介護業界の経営状況や資金調達の現状に 働く施設の先行きを不安に思う職員が増加!?

2022.06 老施協 MONTHLY

経営者は「実現可能性の高い事業計画書」を作成し多様な資金調達方法で経営の安定性を高める必要あり

施設の経営状態が悪化して入社後に困惑する事態も

 介護業界で働く人々の疑問や悩み、課題を聞き出し、その解決策を専門家に伺う本連載。第3回となる今回は「介護業界の事業計画と資金調達」 について取り上げる。

 入社してみると、入居者が少な過ぎる、給与や福利厚生が他の施設より見劣りする、など介護職員にとって気になる勤務先の経営状況が、後から分かることも。法人の事業計画や資金調達計画は本当にきちんと作られているのだろうか。

 背景には’00年から増え続けた介護事業の供給高止まりにより介護業界の再編、統廃合が活発化したことが考えられる。’12年を境に新規参入事業者は減り続けるなど、介護業界全体の成長スピードが落ちている。そのため、業界の信用度が落ち、金融機関の融資が慎重になっているのだ。

 一方、営利企業の事業拡大による不動産の流動化やリースファイナンス(ベッドや入浴設備などをリースで調達)の活用など、資金調達方法が多様化している。

【図1】介護業界の資金調達市場

高齢者施設・住宅業界を含む介護業界全体の資金調達規模は7兆円程度である。 高齢者施設・住宅不動産の規模と比して、業界全体の資金調達額が小さいが、高齢者施設・住宅事業者が不動産調達を主に個人地主に依存してきたことが背景にある。

【図1】介護業界の資金調達市場の図表
※日本銀行「預金・貸出関連統計」、 公益社団法人リース事業協会 「リース統計」、 独立行政法人福祉医療機構決算説明会資料、各種資料に基づきKPMG作成

 図1を見ると介護業界全体の資金調達規模は約6兆7200億円となっており、資金調達方法もコーポレートファイナンス、不動産流動化などさまざまである。

 近年では介護事業を行う企業の急な倒産や事業買収なども増え、介護施設で働く側も、給与や福利厚生だけでなく、法人の経営状態や資産状況を見て就業先を選定する必要に迫られている。

現役職員による座談会【介護現場のリアル】

ずさんな経営で突然の解雇や倒産も?

倒産したグループホームに勤めていたAさんと派遣切りに遭ったというBさん。それまでの経緯と経営陣への思いを聞いてみた。

A「入居者が9人の1ユニットで、家族経営の認知症グループホームで働いていたの。アットホームで雰囲気は良かったんだけど、ワンオペ夜勤はあったし、突然倒産して終わり…」

B「私は自立型サ高住でのオープニングで派遣に。高時給だったけど入居者が要支援の1人だけ。掃除ばかりで2カ月で解雇されたよ」

A「うちの倒産は放漫経営が原因。経理もいいかげんで、利用料未納も許していたし」

B「計画性を持って入居者を確保してから、従業員を雇ってほしいよね。経営状態とか資産力を見て応募するべきだけど、分かりづらいし…」

 経営者はどのようにして実現可能な事業計画の策定、資金調達を実施し、利用者・入居者や従業員に還元していくべきなのか。事業計画の策定と資金調達の手法について、ヘルスケア関連企業の戦略立案やアドバイスを行うKPMGヘルスケアジャパン株式会社代表取締役の松田淳氏にお話を伺った。

施設経営のための資金調達に金融機関の融資は不可欠

 法人が目指す事業を継続するためには、事業・財務の実態把握をした上で、実行可能な将来計画を立てていく必要があります。提供サービス、展開地域ならではの戦略など、自分たちのビジョンに基づいた事業ポートフォリオを作り利用者の獲得や事業展開の可能性を検討します。そして、展開する地域・商圏・競合などの外部環境や事業者の経営資源、人的・物的資源での実現が可能かどうか検証し、戦略の策定を行います。また、図2のような事業、財務の両面でのKPI(計画・指標)作成により、収入、支出関連を明確にし、事業の課題についての分析も重要です。

 基本的な事業計画に基づいた、外部環境や分析については外部の専門家を利用するのも手です。そうして「実現可能性の高い事業計画書」を作り、金融機関(銀行、信用金庫、政府系金融機関)に提出し、融資へとつないでいくのです。

【図2】KPIの例
【図2】KPIの例の図表
※KPMG作成

外部環境のリサーチも必須
優良経営となるメソッドとは

 事業計画通りの経営を行っていれば問題がないかもしれませんが、人手不足による利用者数の制限や、施設で購入した福祉用具代、機械やIT維持費、人件費、建設費、光熱費等が計画を超えてしまい赤字経営に至るケースも出てきます。しかし、介護業界は製造業と違い、見込み収支は立てやすいはずです。事業計画で見込んだ収支内容をモニタリングして改善を図るよう経営陣は心掛けていてください。

 また、営利企業では事業展開地域や規模を積極的に拡大するケースも多くみられますが、社会福祉法人の場合、必ずしもそうした戦略を好まないケースも多いかと思います。ただし、事業の安定性を確保し利用者・入居者や従業員に還元していくためには、ある程度の事業規模とサービスの多様化を進めることも必要です。その場合、例えば特養を経営する法人なら、同一地域内で関連性もありニーズのあるサービス、例えば訪問看護、訪問介護やデイサービスなどの領域に事業拡大することも一つのアイデアです。ただし、各サービスの提供ノウハウは特養とは全く異なるものであり、マネジメント方法の確立ないしはマネジメントできる人材の確保が必要である点には留意する必要があります。なお、事業計画の策定にあたっては、地域環境や競合環境の調査を入念に行うことを忘れてはなりません。

 社会福祉法人も事業拡大は必要不可欠であり、それが同じサービスの中でできること、もしくは提供可能な他のサービスを増やすことを念頭に事業展開すべきだと考えます。そのためには事業、財務両面の実行可能性のある内容で外部調査データや入居者確保のマーケティング、介護人材の調達方法含め、それを反映した事業計画書の提出により、金融機関からの融資が受けやすくなります。その結果、介護職員の待遇に還元できれば、より良い経営組織、より良い施設になるのではないでしょうか。

今月の回答者
KPMGヘルスケアジャパン株式会社 松田 淳

KPMGヘルスケアジャパン株式会社
代表取締役・パートナー 松田 淳さん

Profile●まつだ・じゅん=早稲田大学政治経済学部卒業。医療関連企業、介護事業者などに戦略立案、投資ファイナンスなどのアドバイザリーサービスを行う


取材・文=一銀海生