福祉施設DX

特集(DX関連)

[最新リポート]GAFAMと日本企業はどこまで介護を進化させるのか?

2023.01 老施協 MONTHLY

医療分野へ積極的な施策を行うアメリカ大手IT5社「GAFAM」。
彼らのテクノロジーは日本の介護分野にどのような影響を与えていくのだろうか。


アメリカでIT大手が医療分野への進出を行う理由

 ここ数年、アメリカ大手IT5社「GAFAM」(Google、Apple、Facebook=Meta、Amazon、Microsoft)の医療、および介護といったヘルスケア分野への進出が注目を集めている。

 これには、アメリカならではの事情がある。アメリカは自由競争の国のため、医療費や薬価は規制されず、病院にかかるためには莫大な金額が必要となる。さらには公的な国民皆保険制度がなく、保険によって病院の利用も限られる。

 そんな中で、’16年にオバマ大統領が改革した高齢者医療保険制度「メディケア」によって、遠隔診療の保険適用が行われることが決まった。さらには、’20年からの新型コロナウイルス感染症の拡大によって、医療に限らず非接触型のサービス拡大がこれまで以上に求められるようになった。

 この二つによって、医療サービスにこれまで以上の利便性が求められるようになり、医療のDX化が本格化してきたと言っていい。

 そうした中で、DX化に必須のデジタルデータの利活用を十全に行うため、GAFAMの技術力を借りた医療サービスが広がっていくのは、ある意味、必然の流れであるとも言えるだろう。

医療DXの本格化で日本の介護現場にも波が来る!?

 このように、日本とアメリカとはかなり制度や環境が違うため、こうした動きがどれくらい日本の医療全体に関わってくるかは、現時点ではまだ分からない。とはいえ、日本でもコロナ禍において、医療、介護におけるリソース不足が顕著になったばかりである。

 それもあって、日本政府も昨年の岸田文雄首相が発した「骨太方針」によって、医療DX推進本部を発足させ、デジタル技術による医療のDX化を国として積極的に行っていくことを明らかにしている。またこれに合わせて、介護分野においても数々の企業がデジタルテクノロジーを活用したさまざまな施策を発表しつつある。

 今回の特集ではアメリカ、いや世界を代表するIT企業がいかなる取り組みを行っているのかを紹介し、それらが日本の介護の世界にどのような影響を及ぼしていくのか、今の状況を見ていきたい。


[世界の動向]
GAFAMの技術がどのように生かされるのか

近年、医療・健康・介護に関連した領域への進出が目覚ましいとされるGAFAM5社。特許出願の動向から、各社の最新状況と今後のアメリカそして日本での展望を見ていく。

ヘルスケアの特許出願は10年で約10倍に伸長

 世界のIT産業をけん引するアメリカのテック企業5社の頭文字を取ったGAFAMのヘルスケア分野の進出が注目を集める中、関連する特許出願は’00年代に比べて約10倍に増えている。

 各社の動向と今後考えられる展望はどのようなものなのか。化学メーカーで働く傍ら、特許分析の専門家で作る「IPL経営戦略研究会」のメンバーとして活動する梶間幹弘氏に見解を聞いた。

「まずGAFAMのヘルスケア分野への進出はじりじりと進んでいるのが現状です。ヘルスケア分野は裾野が広範囲に及ぶ上、非常にマネタイズがしにくい。さすがのGAFAMをもってしてもそう簡単にはいかず、一進一退にならざるを得ないのだと考えられます」

 5社の全体の特許出願数では、最多がMicrosoftで約5万件。次いでGoogleの親会社であるAlphabetの約3万件、Appleの2万6000件と続く。特許の累計出願数を見れば、各社がどのような技術の蓄積に注力しているかが一目瞭然だ。

「分析すると、直近5年間で成長が著しい分野として①医療・個人認証(主にバイタルセンシング)、②医療ICT(遠隔カルテ・遠隔医療など)、③バイオICT(タンパク質・遺伝子データ分析)の3つが挙げられることが分かります」

 では各社の動きはどうなのだろうか。まずGoogleから見ていきたい。親会社であるAlphabetがさまざまなヘルスケア関連事業を展開している。傘下にある企業で最大手となるのは医療ITのベリリー社。

 梶間氏はこう分析する。

「ビジネスが広範囲にわたることも大いにあるため、全体の戦略は見えづらいですが、WHOとの連携などの動きを考えると、医療データ連携よりも一段上のレイヤーで医療を取り巻く世界を変革することを目指しているのではないかと推察できます」

 続いてAmazonは、スマートスピーカー「Alexa」普及のイメージが強いが、意外にもヘルスケア分野での関連出願は少ない。

「特許出願の全体数は少ないのですが、企業買収や提携は積極的に行っています。プライマリーケア(総合窓口)を手掛ける企業をはじめ、遠隔医療にまつわる川下領域は一通り、Amazonが押さえているとも言われています」

 AppleはApple Watchが中心。バイタルチェックや健康管理を可能にする技術開発が進んでいるが、医療基準に達する精度を実現できるかどうかは不透明。法制度や許認可の壁もある。一方、Facebookはヘルスケア分野への進出ではなく、VR(仮想現実)/AR(拡張現実)に大きくかじを切っているのが特徴。

Microsoft 強さの決め手は業務改善

 GAFAM5社の中で最もヘルスケア分野における存在感を高めているのはMicrosoftだ。

「Microsoftはビジネスチャット『Teams(チームズ)』やクラウド『Azure(アジュール)』などを活用した医療機関向けのサービスを展開。さらに、医療用音声AIに強みを持つニュアンス・コミュニケーションズを買収し、医師の業務改善や医師・患者のコミュニケーション支援に注力していくことが予想されます」

 GAFA4社はいずれもBtoCビジネスの領域においてイノベーションを起こし、大きく成長してきた。しかし、ヘルスケア分野においては当初想定された医療データそのものを取り扱う、BtoCビジネスからは方向転換している様子がうかがえる。

「医療データは個人情報の極みであり、厳密さも求められるので扱いも非常に難しい。一方、業務改善はそこまでシビアではなく、ユーザーの抵抗感も生じにくい。しかも、BtoBビジネスであれば、合理的な判断もされやすい。こうした複数の要因から、既存の医療事業と連携し、BtoBビジネスで革新を行う方向に進もうとしているのではと推察されます」

 ここまで見てきたGAFAMの動きはあくまでもアメリカを中心としたグローバル市場におけるもの。日本の医療・介護市場に及ぼす影響は現時点では未知数だ。

「アメリカと日本では、遠隔医療に対する必要性や社会の切迫感が異なるという違いもあります。もちろん言語の壁もある。いくつかの障壁を乗り越えて、かつ開発コストを負ってまで進出する魅力があるのかどうか。ただ、現場の業務改善・効率化については抵抗感も少なく、医療データほど扱いがシビアではないため、思いのほか早く、本格化することも十分あり得るのではないかと思います」

GAFAMの特許出願数
[データベース] Derwent Innovation(Clarivate Analytics社)を利⽤
[検索式] 譲受人(CMP)で各社親会社を検索、2022年12月時点でのダウンロード・集計結果
[集計] IPCサブクラス単位、各社親会社単位で集計

GAFAMのヘルスケアへの動き

Google

「AIによる乳がん検出」「タンパク質構造解析」など臨床向けヘルスケア関連の特許出願が多数。WHOとの提携なども報じられ、より広範囲な展開の可能性あり。

Apple

Apple Watchの関連技術が中核を占める。血糖値や体温測定の技術開発も盛んに行われているが、医療対応となると精度や認可での苦戦が予想される。

Facebook

VR大手のOculus社などを買収。VR系のバイタルセンシング出願は増えているが、ヘルスケアを意図した出願はほぼ見られない。メタバースやVR⁄ARに注力。

Amazon

目立った技術革新や出願は乏しい。オンライン調剤薬局などの買収・提携の動きが活発化、がんワクチンや人体3次元モデル生成などに関する出願も。

Microsoft

ウエアラブルウオッチから撤退し、現在は医療支援が中心。医療用の音声変換ツールを買収し、医師と患者のコミュニケーションとドキュメント化に注力すると予想。


梶間幹弘

梶間幹弘

Profile●かじま・みきひろ=AIPE認定知的財産アナリスト。工学系大学院修士課程修了。化学メーカーにて研究開発職を経た後、大手コンサルティング会社にて技術戦略立案、新規事業開発などのコンサルティングに従事。2013年に知的財産アナリストを取得。現在、化学メーカーの知的財産グループに所属し、知財分析業務に携わる


取材・文=島影真奈美、一角二朗
写真=イメージマート、アン・デオール / PIXTA、 takeuchi masato / PIXTA、アフロ