福祉施設DX

特集(DX関連)

データの連結解析が介護と医療を変える!?

介護・医療連携データの現在地と未来

2022.08 老施協 MONTHLY

自治体レベルでの在宅介護・医療連携を効率的にするために、 日本でも開発が進んでいる「介護・医療データの連携」。
日本ではどのようなシステムを目指し、現場にどのような影響をもたらすのかを産業医科大学の松田晋哉教授の見解とともに追う。


松田晋哉

保険医療システムのスペシャリスト
産業医科大学医学部 公衆衛生学教授

松田晋哉氏

profile●まつだ・しんや=1985年産業医科大学卒。1992年フランス国立公衆衛生大学校 Ecole Nationale de Sante Publique卒業を経て、1997年産業医科大学公衆衛生学助教授に就任、1999年より現職。専門は公衆衛生学(保健医療システム、医療経済、産業保健)。主な著作は「ビッグデータと事例で考える 日本の医療・介護の未来」(勁草書房)など


目指すのはより効果的な介護・医療サービスの提供

 政府が国民の健康寿命の延伸と、より効果的な介護・医療サービスの提供を目指し、「データヘルス改革」を打ち出したのは’18年のことだった。ご存じの通り、ICT(情報通信技術)などの新しい技術を利活用しながら、これまで分散していた健康・介護・医療分野の公的なデータを連結して、よりよい介護・医療を効果的に提供できるようにすることが大きな狙いである。

 介護の分野に注目してみると、’20年に「高齢者の医療の確保に関する法律」が改正されたことで、NDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)と介護DB(介護保険総合データベース)の連結解析が開始された。今年度には、DPCデータベース(匿名診療等関連情報データベース)を連結する予定となっている。

 最大のメリットとなるのは、患者が受けている治療・施術のデータが蓄積されることで、よりよい介護サービスの提供に向けた根拠ができることだ。介護の分野では職員などの経験に頼る部分が大きかったが、エビデンスに基づけば、誰でもどこでも質の高い介護サービスを望める。また、サービスを提供する側としても、人材・経験不足を補う手だてとして活用できるようになるだろう。

健康・介護・医療分野の公的データベースの連結解析について
※出典:厚生労働省「データヘルス改革で変わるヘルスケアの未来」
介護・医療分野の公的データベースを連結解析できる基盤づくりが加速。治療・施術のデータの蓄積によって、よりよい介護提供づくりのエビデンスができるメリットがある。地域包括ケアシステムの実現に向けても大きく前進することになる。

 今後も「全国がん登録データベース」のような臨床情報や、電子カルテ・レセプトなどの医療情報を収集・解析している「MID-NET」、「LIFE」(介護データベース「CHASE」、リハビリのデータベース「VISIT」)といった、さらなる公的データの連結解析が検討されている。

 実現すれば、高齢者に多く見られる、医療と介護を交互に受けている患者であったとしても、データを照合して最適解の施術を見つけられるようになる。これは、介護の世界において重要な地域包括ケアシステムの実現に向けても大きな力になるはずだ。

医療のデジタル化が進むヨーロッパの現状

本文にもある通り、介護・医療を細部にわたるまで連結したデータベースを作っているのは日本だけ。今後、この「日本型」のフォーマットが世界に広まっていくかもしれないが、比較としてICT(情報通信技術)の介護での活用を率先して行う国がビッグデータをどう扱っているかを挙げていく。


フィンランド

ヘルスデータ二次利用の法律を制定

フィンランドには、国が管理する医療プラットフォーム「KanTa」や社会保険データ、地方自治体が管理する介護・医療サービスのヘルスレコードなどを統合したデータベース「FI NDATA」がある。2019年に世界初となる「健康および社会データの二次利用に関する法律」が制定され、認可が下りれば民間でも研究、イノベーション促進などの目的にも活用できるように。


エストニア

セキュリティーの高い「X-Road」

この人口130万人ほどの小国には、eIDカード(≒日本におけるマイナンバーカード)を通して、さまざまな行政サービスを受けられるシステムがある。政府によるデータ交換基盤「X-Road」によって、各医療機関のシステムからデータベースとして利用可能。データへのアクセス記録が逐一記録されるなど、セキュリティーの高いシステムであることは注目に値する。


オランダ

「MedMij(メッドマイ)」の活用

オランダでは、同一医療機関内でのデータ活用ができるEHR、他の医療機関とのデータ交換が行えるHIEのシステム構築を重ね、2016年から「MedMij(メッドマイ)」というPHR(パーソナルヘルスレコード)の推進プロジェクトが始動。国がフレームワークを作り、そこに準拠した事業者によるサービスを利用者が選べるかたちで、データ利活用を行える。

 公的データの連結分析が進むことで、他にもさまざまな相乗効果が期待されるところだ。「医療と介護とを連結して大きなデータベースを作っている国は日本しかありませんので、日本から好事例が今後出てくると思います」と語る産業医科大学医学部公衆衛生学教授・松田晋哉先生に、より詳細な見解を伺った。


Q1 日本における介護・医療分野におけるデータサイエンスの現在地はどこにあるとお考えですか?

【松田先生のA】
日本の介護・医療分野におけるデータサイエンスは高水準!?

 日本は医療、介護共に出来高払い方式に対応した、諸外国とは比較にならないレベルでの粒度の細かいレセプトデータを作成してきました。このデータを用いることで、医療や介護の質を構造、過程、結果の3つの側面から総合的に評価することが可能になります。従来はこれらのデータを活用することが難しかったのですが、国が医療に関してはNational Database (NDB)およびDPC、介護に関しては介護データベースを作成し、これら3つを個人単位で連結して分析することが可能になりました。

 その意味でデータ基盤に関しては、世界で最も進んだデータベースが構築できていると思います。また、ビッグデータ解析に関しても人材は豊富ですので、今後そのマッチングが進むことで、わが国の介護・医療分野におけるデータサイエンスのレベルは世界でもトップクラスになると思います。


Q2 著書「ビッグデータと事例で考える 日本の医療・介護の未来」で高齢者の医療と介護を別々に考えることは不適切とおっしゃった、その最たる理由は何ですか?

【松田先生のA】
リハビリや複数の傷病に対応する総合診療的なアプローチが必要に

 社会全体の高齢化により急性期病院に入院する患者も高齢化しています。例えば、85歳の股関節骨折の女性患者が介護施設から救急車で運ばれてきます。整形外科で股関節置換術を行い治療が終わると、認知症や心不全、糖尿病といった種々の傷病のある要介護高齢者が病棟に戻ってきます。こうした患者に対して病棟ではリハビリテーションや介護ケアが不可欠ですし、複数の慢性期の傷病に対応するために総合診療的なアプローチが必要になります。

 今後、わが国では救急患者の増加が予想されますが、増えるのは75歳以上の後期高齢者の救急です。そのほとんどは上記のような急性期から慢性期の傷病、そして医療と介護が複合化したニーズを持った患者になります。


Q3 (Q2の回答を受けて)総合診療的なアプローチが必要ということですが、介護現場では、どのようなものが想定されますか?

【松田先生のA】
医学的管理を含めたケアマネジメントが重要に

 介護度の悪化要因について私たちが行った分析結果では、肺炎や心不全の急性増悪、尿路感染症、骨折、脳血管障害といった入院を必要とする急性期イベントの発生が関係していました。

 介護の現場では、こうしたイベントが発生しないようにするために医学的管理も含めたケアマネジメントが、介護予防としてとても重要になります。

 このように医療と介護とが複合化している現状に対応した、サービス提供体制の構築が必要になっています。介護現場における医学的管理の重要性は、特に今回の新型コロナウイルス感染症の流行で明らかになったと思います。


Q4 DPC制度の狙いは何ですか?
また、制度が進むことで、患者が十分な療養ができなくなる、介護での独自性が出せなくなるという可能性はないでしょうか?

【松田先生のA】
最も重要な目的は“医療の可視化” 可視化させることで質は確保できる

 DPC制度の最も重要な目的は、医療の可視化です。医療の場合は医療行為に関して臨床研究が数多く行われ、その結果に基づいてガイドラインが作成されています。医療界ではDPCデータを用いて、こうしたガイドラインがどのくらい適用されているかといった研究も行われています。エビデンスの確立されたものについては、そのような治療を行うことが患者の利益に資するものになります。DPCは後追いの仕組みで、現場で行われている医療内容を基に分類が作成され、またドクターフィー的な手術・処置については別途出来高払いになっているので、患者が十分な医療を受けられなくなったということはないだろうと思います。

 また、データは公開されていることが重要です。現在はDPCのデータを用いた医療の質指標の公開も進んでいます。こうした可視化の仕組みを持つことで医療の質は担保できると思います。独自の介護というのはエビデンスがあるのであればよいと思いますが、それを立証するためには介護における臨床研究が必要でしょう。

 下の図は、DPCプロジェクトを開始したときに作成した鳥瞰図です。おおむねこの設計図に従ってDPCプロジェクトは進んできていると思います。

国が推奨する医療費支払い制度である、DPC制度のために松田先生らが作成した鳥瞰図。この流れにのっとることで、一番右側に記された事項が高まるようになっている。

Q5 自治体や介護施設が新たにすべきことはありますか?
また、導入後に大きく変わることは何ですか? メリット、デメリットを教えてください。

【松田先生のA】
最大のメリットは関わる医師らの医療の質に対する意識の向上

 新たなシステムは特に必要ないと思います。医療レセプトと介護レセプトの連結分析はSQLサーバーなどで簡単に行えますので。必要なのは、それをどのような目的で活用するか。目的のためにどのような指標が必要で、その指標を用いて、どのようなマネジメントの改善をしていくかを考えることだと思います。施設ベースであれば、ExcelとAccessが使えればほとんどの業務が行えます。DPCのプロジェクトでは、こうしたデータ分析のスキル向上のためのセミナーを研究班のメンバーが講師となって、手弁当で継続的に行っています。今はコロナがはやっているのでオンサイトでできませんが、産業医科大学では毎年8月にDPC対象病院の関係者を対象としたセミナーを開催しています。そこではモデルデータを用いた分析手法のハンズオンセミナーなども行っています。また、当教室では介護・医療全般に関して、レセプト分析のためのセミナーを全て無料で開催しています。

 また、研究班のメンバーが、分析の視点を考えるための、各種データをHPで公開しています。そのような体制を介護側でも作れるかどうかだろうと思います。セミナーを行ってきての感想ですが、データが活用できるようになって、病院のマネジメント職の意識が大きく向上しました。それまでは単にレセプトを作成する業務に追われていた方たちが、レセプトやDPCデータを解析することで、病院経営に主体的に関与できるようになったことで、明らかに彼らの意識が変わりました。また、DPCデータを用いた臨床研究が活発化したことで、実臨床に携わる医師、看護師、セラピストなどの医療の質に対する意識も向上したと思います。こうした点がメリットでしょう。デメリットとしては、営利性が高まり過ぎることが考えられますが、それについては情報を可視化することである程度防げると考えています。


Q6 日本が目指している「介護・医療連携データ」の理想型とはどのような姿とお考えですか?

【松田先生のA】
求められるのは質の向上に資するデータベースの構築と活用の進行

 医療と介護とを連結したデータベースを基に、上記の鳥瞰図のような介護・医療データの活用が各方面で進むことだと思います。そして、最も重要なのは、医療と介護の質の向上に資するデータベースの構築とその活用が進むことだと思います。


構成=及川静/文=一角二朗