キャリアアップ
女性活躍の核心 その3 バイアスの解消と 女性活躍の横展開
介護の現場に必要な「革新」や「確信」や 「核心」をその分野の専門家に伺います。
アンケートにもあった 「女性は損」という言葉
北本先生 この1年間、女性キャリアアップ推進部会の活動を行ってきてどう感じましたか。
山田 私が新卒の頃には男性と女性で採用要件が異なり、ソーシャルワーカーとして就職できませんでした。そこで介護職から始めて、女性が相談員でもよいということになってようやく、希望の職に就けました。そんな経緯を考えたら、今は女性が活躍できるように少しは進化したように思います。
藤井 女性って家のこと、子育てのこと、親のことをしたうえで仕事をするので「なんか損だな」と思っていました。でも仕事以外にもいろいろな顔をもっているということは、それが逃げ道になることもあるし、視点も増えて、自分の仕事にもプラスになる。だから女性が仕事をもったり、いろいろな生き方があってよいということを、女性はもちろん男性にもわかってほしいと思いました。
北本先生 「損だな」という言葉はアンケートの中にあって注目しましたが、それはご本人だけではなく、環境の問題があるので、そこは変えていかなければならないですね。
❶ 山田 淳子 理事(副会長)/新潟県 特別養護老人ホームみなみ園 施設長
❷ 藤井 満美 女性キャリアアップ推進部会 部会長/香川県 特別養護老人ホーム珠光園 施設長
❸ 秋吉 美由紀 女性キャリアアップ推進部会 副部会長/奈良県 特別養護老人ホームならやま園 理事長・施設長
❹ 里村 佳子 女性キャリアアップ推進部会 委員/広島県 ケアハウス呉ベタニアホーム 理事長
ジェンダーギャップ指数通りの 女性管理職の少なさ
北本先生 私がしなくちゃと藤井さんは思ってしまったけれど、日本の社会が「それは女性がやることでしょ」というプレッシャーをかけているのではないでしょうか。
秋吉 先生が7月号の記事で指摘されていた日本のジェンダーギャップ指数の低さにすごく興味をもちました。プライム市場上場企業は、2030年までに女性役員比率を30%以上とする数値目標を掲げていますが、われわれ福祉施設もこれだけ女性が働いているのに管理職はまだ少ない。私の施設のある奈良県でも女性の施設長は20%ぐらいですし、地方においては、東京などの都市部よりもさらに厳しい状況だと思います。
北本先生 日本のジェンダーギャップ指数が低いのは社会全体の問題ですが、女性の多い老施協から、女性活躍を推進していきたいですね。
なかなか外せない 男女差のバイアス(先入観)
里村 私は先生が8月号の記事の冒頭で書かれていたジェンダーに対する固定観念の記事を読んで、女性の給与格差もバイアスのせいだと思いました。一度、低い給与で就職してしまうと、それが次の職場でも基準になってしまう。EDGE(エッジ)という男女の平等の達成度を示す認証の取得には、男女の説明不能な給料の格差5%以内 などと定められているそうですね。
北本先生 私も今日まさに、このバイアスの話をしたいと思っていました。これはオーケストラの楽団員を採用するときのエピソードですが、目の前で演奏してもらうと、どうしても男性の採用が多くなる。でも、カーテンの向こうで演奏してもらうと女性が採用される。先入観は、ないと思っていても必ずあるので、できるだけ意識することが大事ですが、先入観が入り込む余地を減らしておくことも有効だと思います。
女性も知らず知らずかけている 自分自身へのバイアス
里村 バイアスは、社会や男性がかけて見ているだけでなく、私たち女性自身が、自分にかけているケースも多いと思います。例えば、給与は男性より少なくても当たり前だと納得してしまったり。
山田 管理職になりたいかどうかという問題でも、このバイアスが影響していると思います。新卒の若い女性でも「管理職にはなれない。なりたくない」という人が多い。その理由は、子育てが必死すぎて、家庭を回せる自信がないから。でも先生の記事の中の「時短勤務の職員も管理者になれる」には、目からうろこのショックを受けました。私自身に時短でもよいという感覚がなく、負担が増えるばかりだと思い込んでいたのですが「本人はやりたい」、「やるのであれば、こちらも支援ができるところを見いだせるのではないか」と考えさせられました。自分の意識も変えなければというのが今回感じたところです。
「キャリアアップ」のための 「キャリアプラン」の必要性
藤井 老人福祉施設の管理職が職員から見て憧れるような魅力に満ちていないという問題もあると思います。今までの仕事に加えて管理者やリーダーの仕事をするのでは負担が大きいのに、収入はあまり変わらない。となるとメリットはないので憧れないし、できればやりたくない。そのうえ、キャリアアップのロールモデルがないというのも要因だと思います。
北本先生 今、学生のキーワードは「成長」なのです。お金以上に自分が成長できるかどうかに価値観をもっている。この職場は自分を成長させてくれるか、何が身につけられるのかが明確でないと不安になる。ところが老人福祉施設での仕事は、そもそもキャリアアップのためのキャリアプランが見えませんね。
里村 「管理職」の定義もわかりにくいと思います。小規模多機能の管理者もいれば、大きな施設でたくさんの職員をマネジメントしている人も同様に管理者と呼ばれる。定義をもう少していねいにしていかないと、ズレが生じるのではないかと思いました。
今、増やしたいのは、主任や 係長ではなく、女性理事や役員
北本先生 8月号の記事にも書きましたが「女性の管理者は既にたくさんいるから、いまさら増やす必要性はないのではないか」という意見をもつ男性も少なくありません。それはリーダーや管理職というのを、係長とか主任ぐらいのレベルだと考えているからです。でも今増やしたいのは理事や役員のことで、ここを増やさないと根本的に変わらない。逆にこのレベルまでキャリアアップすれば、責任が増えて大変ではあるけれど、裁量権が増し、給与も増え、仕事の面白さはアップすると思います。
秋吉 私がアンケートを見て思ったのは、施設長が女性の場合と男性の場合のアンケート内容に違いがあるのではないかということです。女性の場合には男女の関係なく登用しているケースが多いように思います。育休を経験したり、時短の役職員がいて、それがその後のロールモデルになっている。子育てしながらのキャリアアップは大変だと思いますが、やっていこうという意志をもったときに職場がサポートしてくれれば、それだけ自分に期待されていると思えて、成長できると思います。
女性活躍のための環境整備を 全国で共有できるように横展開
北本先生 最後に全国老施協の女性キャリアアップ推進部会として、今後の抱負や会員の方へのメッセージをお願いします。
山田 私たちの大事な目的の一つが若い人を育成していくことです。そのためには人事考課もキャリアアップも目に見えるように可視化しないといけない。女性のからだのことから心のことまできめ細かく面談し、女性の視点で環境整備をしていく必要があると思います。そして共有できるところは、全国の指標として横展開で共有し、男性も女性もなく、外国人も合わせて、さまざまな人と共に働ける社会を作りたいと思います。
藤井 悩んでいるのも、頑張りすぎているのも私だけじゃない。思いを共有できる人がいると励みになるという意味でも、横展開というネットワークは大切だと思います。
秋吉 女性管理職を増やすためには、女性が働きやすい環境を整備することが一番重要だと思うので、この部会を通して、そのためにこういうことをしているという事例を出し、全国に広めていくことが、全国的に女性管理者を増やしていくための一歩なのではないかと思います。
北本先生 事例の中には、女性のリーダーのもとで働いたらこんなだったという男性の声もあると、女性管理職に抵抗感のある男性が少しでも「そうなのか」と思ってくれることにつながるかもしれません。
里村 私はすべての管理職のための研修があるとよいと思います。法人の中核を担うことを目指すなら、組織としてのトレーニングの場を作っていくのも必要で、スモールステップでポジションを与えながら、その人に応じた教育訓練をしていくというような取り組みがもっといろいろあったらよいのではないでしょうか。一つの法人だけでは整備できないなら、老施協が取り組んでいくこともできるのではないでしょうか。
リーダーシップ研修と ネットワーク作りに注力を
北本先生 今まであまりにバランスが悪かったので、特に女性に目を配る必要性がありますが、もちろん男性も女性も適材適所で切磋琢磨しあえばよいと思います。そして、「ともに施設を変えましょう。社会を変えましょう。地域を変えましょう」という思いです。今の若い人は、世の中の役に立ちたいという気持ちがすごくあるので、老人福祉施設の仕事で地域を変えることができるとわかれば、ぜひその仕事に就きたいと思うはずです。自分の力が活かせるだけでなく、キャリアアップもできるならなおさらです。そのためには、リーダーシップ研修には力を入れないとなりません。また女性の場合は、上下よりも、同じ立場の人の横の繋がりがあることが、大きな支えになるという研究成果もあるので、研修に集まった人どうしのネットワークを作ることも大事なのではないでしょうか。このあたりを、ぜひ老施協の女性キャリアアップ推進部会で行ってほしいです。今日は貴重なお話をありがとうございました。
撮影=柿島達郎