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9⽉21⽇「世界アルツハイマーデー」に考えたい!
認知症との新しい共生社会で私たちにできること②
2023.09 老施協 MONTHLY
6月に参議院で可決し、成立!
「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が示すこととは?
このほど成立した認知症基本法では、国としてどのように認知症と向き合っていくか、基盤となる方針が示された。前面に押し出されたのは「共生社会の実現」。そこから読み取れる変革の兆しを考察する。
テーマが認知症の〝予防〟から〝共生する社会〟への転機に
「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)が目指す〝共生社会〟とは、どのようなものか。おおむね「認知症の人を含む国民が個性と能力を発揮し、互いを尊重し支え合いながら共生する社会」と定義されている(下記『「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」とは?』CHECK1)。
実はこの法律、’19年に自民・公明党から法案が提出されたが、十分な審議ができずに成立は見送りに。翌年から新型コロナ関連の審議が優先されるも、’21年には超党派の国会議員による「共生社会の実現に向けた認知症施策推進議員連盟」が発足。’22年の参議院選挙後から活発な議論の下で新法案がまとめられ、今年6月に満を持して参議院で可決され、成立となった。
国会および社会に提言を行ってきた日本医療政策機構シニアマネージャーの栗田駿一郎氏は、’19年年当時の法案と今回成立した認知法基本法では、これまで国民が抱いてきた認知症観を変えるほどの大きな違いがあると語る。
「認知症基本法の第8条〝国民の責務〟という条文が象徴的です。『国民は、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する知識及び認知症の人に関する正しい理解を深めるとともに、共生社会の実現に寄与するよう努めなければならない』と明記されました。一方、前身の法案は『国民は、認知症に関する正しい知識を持ち、認知症の予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、認知症の人の自立及び社会参加に協力するよう努めなければならない』とあります(太字は編集部)。ポイントは、国民の責務が〝共生社会の実現〟に焦点が当たったこと。認知症のある人も、そうでない人も区別することなく同じ社会の一員であるという大前提が示されたわけです」
こうした動きからも、認知症基本法が単に疾病対策を目的に作られたのではないことが伺える。
「もちろん予防は大事であり、同法第21条に基本的施策として盛り込まれました。希望する人が科学的知見に基づく適切な認知症および軽度の認知機能障害の予防に取り組めること。そして早期の発見・診断・対応を推進するために国と地方公共団体は必要な情報提供や施策を講じるといった内容です(下記『「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」とは?』CHECK2)。予防ありきの認知症政策ではなく、当事者が希望を持って生きる共生社会での取り組みの一つだと理解できるでしょう」(栗田氏)
認知症当事者が参画する政策作りが今後主流に
認知症基本法の策定過程では、前出の栗田氏らの民間シンクタンクの他に、認知症の当事者組織や研究機関など多様なステークホルダー(利害関係者)からの提言を踏まえた議論が活発に行われた。
「結果、この法律において政策形成過程や研究開発における〝当事者参画〟が条文化されたことは、大きな進展であったと思います。’06年に国連で採択された障害者権利条約の策定では『私たちのことを私たち抜きに決めないで(Nothing about us without us)』を合言葉に、世界中の障害当事者が議論に参画しました。日本でも今後さらに当事者参画は医療福祉政策の重要課題になるでしょう」
こう栗田氏が言うように認知症基本法第12条3項には「都道府県計画の案を作成しようとするときは、あらかじめ、認知症の人及び家族等の意見を聴くよう努めなければならない」(市町村においての計画も同様の規定)と記されている。今後、どのような形で各都道府県や市町村(特別区含む)が政策作りにおいて当事者参画を進めていくのか。私たちは注視していく必要があるだろう(上記、POINT1参照)。ちなみに同法第3条(基本理念)4項には、「認知症の人の意向を十分に尊重しつつ良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスが切れ目なく提供されること」とある(下記『「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」とは?』CHECK4)。一般的に、認知症の人に対しては判断力の低下から「何も分からなくなる」といった思い込みが少なくない。故に〝認知症の人の意向を尊重する〟という同法条文に違和感を覚える国民もいるかもしれない。この点について栗田氏は、こう異を唱える。
「認知症の人が、たとえ重度であっても〝何も分からなくなるわけではない〟ことは、認知症の入居者さんに日々寄り添っておられる特養職員の皆さんなら理解されていると思います。私の祖母も認知症で、長年特養でお世話になっていたので分かりますが、認知症の人の言葉にできない思いをくみ取るスキルを持っているのが介護職の方々ではないでしょうか。だからこそ、認知症基本法で目指す共生社会において、当事者をよく理解されている皆さんからの社会への発信が、今後ますます重要になると考えています」
認知症の人と共生しながらいかに専門性を発揮するか
認知症基本法第6条は、介護事業者らの責務として「国及び地方公共団体が実施する認知症施策に協力するとともに、良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスを提供するよう努めなければならない」とある。これまでにも介護事業者は地道に認知症ケアの向上に尽力してきた。今後どのような意識改革が求められるのか。
「まずは共生社会において、介護事業者とそこで働く職員も〝認知症の人を含めた国民〟の1人である、という自覚を持つこと(同第1条)。そうした国民が認知症と認知症の人に関する正しい知識と理解を深め、共生社会の実現に貢献するよう努める(同第3条2項・第8条)ことが求められています。これまでの認知症政策は、認知症の人を介護者が見守って支援するという、両者の立ち位置に微妙な隔たりがありました。決して悪いことではありませんが、あくまで同法では両者が互いを尊重しつつ共に生きるのが基本理念。その上で、いかに介護の専門性を発揮していくかが問われていくだろうと思います」(栗田氏)
POINT2
認知症の入居者が多い特養が
蓄積された情報を地域と共有する未来に期待
認知症基本法第3条1項では、全ての認知症の人には基本的人権があること。その上で自らの意思で社会生活などをできるようにすると記されている(下記『「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」とは?』CHECK5)。特養の入居者の多くが中重度の認知症であるといわれるが、寝たきりであったり、意思疎通が難しくなったりしている入居者らにとっての社会参加とはいかなるものか。「最近は若年性認知症の当事者がメディアで取り上げられることが増え、彼らの意見は自治体も比較的集めやすいといえます。が、認知症の大多数は特養で暮らしているような高齢者。特に中重度の方々のニーズをどのように集め、政策に反映させていくかが、今、自治体にとって大きな課題です。だからこそ、特養職員の皆さんが中重度の入居者の実態やくみ取った思いを提言として行政に伝えていただくことも、当事者の伴走者として重要な社会貢献になるのではないでしょうか」(栗田氏)
「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」とは?
「認知症基本法」の目的は、認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互的に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(=共生社会)の実現を推進すること。←〈CHECK1〉“共生社会の実現の推進”という目的に向け、基本理念などに基づき、認知症施策を国・地方公共団体が一体となって講じていくことになる。これらは公布の日(2023年6月16日)から起算して、1年を超えない範囲内で施行、施行後5年をめどとして検討されていく。
基本理念
認知症の人が尊厳を保ちながら希望を持って暮らすことができるよう、1.〜7.を基本理念として行っていく。
- 全ての認知症の人が基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって、日常生活および社会生活を営むことができる ←〈CHECK5〉
- 国民が、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識、および認知症の人に関する正しい理解を深めることができる
- 認知症の人にとって、日常生活または社会生活を営む上で障壁となるものを除去することにより、全ての認知症の人が社会の対等な構成員として、地域において安全かつ安心して自立した日常生活を営むことができるとともに、自己に直接関係する事項に関して意見を表明する機会および社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、個性と能力を十分に発揮することができる
- 認知症の人の意向を十分に尊重しつつ、良質かつ適切な保健医療サービス、および福祉サービスが切れ目なく提供される ←〈CHECK4〉
- 認知症の人のみならず、家族などに対する支援により、認知症の人および家族などが地域において安心して日常生活を営むことができる
- 共生社会の実現に資する研究などを推進するとともに、認知症および軽度の認知機能の障害に係る予防、診断、治療、リハビリテーション、介護方法、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすための社会参加の在り方や、認知症の人が他の人々と支え合いながら共生することができる社会環境の整備。その他の事項に関する科学的知見に基づく研究などの成果を広く国民が享受できる環境を整備
- 教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉、その他の各関連分野における総合的な取り組みとして行う
基本的施策
- 認知症の人に関する国民の理解の増進など
- 認知症の人の生活におけるバリアフリー化の推進
- 認知症の人の社会参加の機会の確保など ←〈CHECK3〉
- 認知症の人の意思決定の支援および権利利益の保護
- 保健医療サービスおよび福祉サービスの提供体制の整備など
- 相談体制の整備など
- 研究などの推進など
- 認知症の予防など ←〈CHECK2〉
出典:厚生労働省 老健局「共生社会の実現を推進するための認知症基本法について」(令和5年7月10日付)より作成
構成=及川静/取材・文=菅野美和/イラスト=岡本倫幸
POINT1
自治体の「わが街の認知症対策」に注目
「ようやく認知症基本法は成立しましたが、これはあくまでスタートにすぎない」と栗田氏。今後、同法が施行された後、国や地方公共団体が基本理念に沿った政策の基本計画を策定。各自治体にも対策委員会が設けられ、本格的に条例作りが進みだす。「この際、自治体の姿勢として大事なのは政策形成プロセスを公開し、市民から意見を多く募ること。地域の当事者の声を丁寧に聞く努力をすること。こうした取り組み自体が、同法第16条でもうたっている“認知症の人の社会参加の機会”をつくることになるでしょう(下記『「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」とは?』CHECK3)」。こう指摘する栗田氏イチオシの認知症条例の先進地域は、東京都世田谷区、滋賀県草津市、千葉県浦安市だそう。「いずれも市民向けのワークショップやアンケート調査を行い、認知症を巡る当事者の声や地域の課題を集めて条例に反映しているので説得力のある内容です」(栗田氏)