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特集(制度関連)

著名人が語る 介護に向き合う「心」の作り方

心から伝えたい、やって良かった私の介護。阿川佐和子

2023.05 老施協 MONTHLY

日々要介護者を支援しながら“心”を一定に保つのが難しいとされる介護の現場。今回は、芸能界で活躍する一方、ご家族の在宅介護や施設での介護経験を持つ方々に、ご自身の取り組みや心の在り方、何を支えにしてきたかなどを伺った。


兄弟や知人と共に自宅での介護を実現
阿川佐和子さん

阿川佐和子さん

Profile●あがわ・さわこ=1953年11月1日生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業。TVリポーター・報道番組のキャスターなどを務め、その後エッセイスト、小説家、インタビュアーとして活躍。「聞く力 心をひらく35のヒント」「看る力 アガワ流介護入門」(共に文春新書)、「ことことこーこ」(KADOKAWA)、「母の味、だいたい伝授」(新潮社)など著書多数。父は作家の故・阿川弘之氏


母の世界に合わせることで今日が楽しめるように

離れて暮らす実家の母親をみんなで協力して介護

 作家、エッセイスト、MC、女優と幅広く活躍されている阿川佐和子さん。認知症になられたお母様を知人やご兄弟と協力して、約10年間、ご実家で介護され、その経験をまとめた著書も複数出版されている。最初にお母様の様子が変化したことを認識したのは、’11年のことだったという。

「母が心臓の手術のために入院した際に、東日本大震災のことを全く覚えていなかったんです。それが私のエポックな出来事でした」

 翌年、お父様である作家・阿川弘之氏が倒れたことをきっかけに、誤嚥性肺炎を発症。奇跡的に回復したが、その後、認知症初期のお母様と2人だけで暮らすのは心配と、弘之氏には高齢者介護・医療専門のよみうりランド慶友病院に入院してもらい、お母様は自宅で介護することになった。

「母は庭いじりが大好きな人で、認知症の気はありましたが、よく庭に出ていました。なので、興味があるものから引き離すのはどうだろうと思い、庭に興味を示さなくなるまでは実家に住まわせようということになったんです」

 ご兄弟に加え、実家の近くに住む古い知人に協力してもらうことで、何とか自宅での介護を実現するが、最初はイライラしてしまうこともたくさんあったという。

「心臓病の薬を飲まないといけないのに、飲んだか、飲んでいないかを覚えていない。飲んだら分かるように薬の殻を置いておいてと言ったのに忘れてしまう。つい大きな声を出してしまい、『何でそんなに怒るの?』と泣かれてしまうこともありました。思い返すと、半分クリアで半分コントロールできない初期症状の時期は、なぜ怒られるのかが理解できず、しんどかったろうなと思います」


 その後、症状が進み、お母様は徐々に子供返りしていくことに。

「母はどんどん自由になりました。一緒に父の見舞いに行こうとすると、『寒いから今度にしよう』と言ったり、『やだ!』と駄々をこねたりするんです。でも、とんちの利いた返しをすることもあって、父に『おまえの作るちらしずしが食べたい』と言われて、『ちらしずしならデパートに売っていますよ』と返したこともありました。母は料理上手な人だったので、デパートで買ったこともあったのかは謎ですが、父への見事な返しを聞いて、思わず笑い転げました」

 そんなお母様と過ごすうちに、阿川さんにも変化が。気難しい作家のお父様との生活を乗り切るために「何事も面白く変換する」ことが習慣だった阿川さんは、介護でも斬新な対処法を見つけ出す。

「デイサービスに行った母を車で迎えに行き、その日の感想を聞いたら、『今日は一日家にいた』と言うんです。でも、そのすぐ後に道端に子供を見つけて、『危ない』と私に注意喚起してきたりする。一体、認知症の人の脳みそはどうなっているのだろうかと思ったら、ちょっとワクワクしまして。その頃から母が言ったことを訂正せずに、母の世界に合わせるようにしたんです。例えば、うちにいない赤ん坊の行方を突然聞いてきたときは、『2階で寝ているよ』と答えると、『そうなの』と納得してくれる。その5分後にはまた『赤ん坊はどこ?』と聞いてくるわけですが、その都度、答える。いないと訂正してもお互い嫌な思いをするだけなので、合わせている方がこっちも楽。それに今日を楽しく笑い合えたら、それだけで十分幸せだと思ったんです」

 すてきな解決法を見いだした阿川さんに、悩みやフラストレーションを抱いた際の対処法も聞いた。

「気持ちを吐き出す場所を広く分散させてみてはどうでしょうか?話す相手が特定の人だけだと相談される方も忙しく、負担になるかもしれないですよね。だから、たまたま電話がかかってきた相手とか、たまたま会ったマンションの管理人さんとかに『ちょっと疲れてる?』などと聞かれた際に軽く本音をこぼしてみてはいかがでしょうか? 限られた時間をお付き合いいただく相手なら、大きな負担を掛けることもないですし、過度な期待もしないので、こちらも気楽に話せる気がします」

 では、病院にお父様を預けたご家族側としては、どんな意見をお持ちなのかを聞いてみた。

「慶友病院の大塚宣夫先生に伺ったのですが、会社で肩書を持って働いていた男性がいきなり『おしっこ出た?』などと話し掛けられるとものすごくプライドが傷つけられるそうなのです。認知症が進んで子供返りをしたとしても子供ではないので、赤ちゃん言葉ではなく、敬語で接してもらえると家族としてもうれしいですよね。慶友病院は皆さん敬語で、食事のときも『召し上がりますか?』と聞いてくれたり、常に患者に敬意を払って接してくださるので、預けている側としても安心しますよね。また、フランスの認知症ケアの『ユマニチュード』のように、目を見て穏やかに話し掛けることが大事だと聞いています。介護職の皆さんも看護師さんも本当にお忙しくて大変だと思いますが、利用者の気持ちに立って感じていただけるとうれしいなと思います」

麻布十番にある中国飯店「富麗華」のオープニングパーティーで司会をする阿川さんとお母様、父・阿川弘之氏

心を保つ気分転換は
後ろめたさを持つこと

好きなことをして気持ちを晴らす

あるとき、仕事と偽って大好きなゴルフに行ったら、後ろめたさが生まれて、いつも以上に母に親切にできたので、これだ!と思いました(笑)。好きなことをすると気持ちが晴れるから、介護をするエネルギーが湧くんですよね。ちょっとした後ろめたさを持つとうっかり暴言を吐いたりすることもなくなり、お互いにとってプラスになると思います。


撮影=西村康/取材・文=及川静