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必読!特別養護老人ホームにおける コロナ「5類」移行後の感染対策②
2023.05 老施協 MONTHLY
感染症法上の分類が変わっても、新型コロナウイルスの病原性や感染力が衰えるわけではない。国民生活が活発化することで、むしろ高齢者の感染・重症化のリスクが高まる可能性も。高齢者施設が備えるべき、これからの感染対策を考える。
経験から学んだ感染対策
確実な感染対策のために必要なのは定期的な訓練
「この3年、松葉寮ではショートステイ利用者の発症で2回、特養の職員が発症するかたちで2回、入居者発症1回の計5回、コロナの感染が確認されました。ほとんどは感染者1〜4名で抑え込めましたが、うち1回は感染者56名(入居者30名、職員26名)というクラスター(感染者集団)が発生してしまいました。できれば二度と経験したくないですが、一丸となって命懸けで危機をくぐり抜けた職員たちの感染対策への経験値は確固たるものになったと思います」
今回のコロナ5類移行を受けて、感慨深げに話す特別養護老人ホーム 松葉寮施設長の岩瀬憲治さん。
実はそれ以前に、別法人が運営するグループホームで市内初のクラスターが発生。自治体からの応援要請で松葉寮を含む法人内から介護職員6名を派遣した。その際に岩瀬さんが行政に強く要請したのが、「事前に感染予防技術を訓練する場を設けること」。このときは市立病院で保健師と感染管理認定看護師から指導を受けたという。松葉寮 主任看護師である伊藤雅義さんも訓練の必要性を訴える。
「うちでも感染者が出たことで実感しましたが、職員にとって大切なのは定期的な訓練です。長期間感染対策を実践してきても、どこかで慣れてしまったり、細かな手順を忘れてしまったりするもの。そうした隙を突いて、ウイルスは施設に侵入してくるのです」
松葉寮が集団感染から学んだ対策の詳細を下記コラムで解説する。
CHECK1
使用後の防護具は“外し方”が重要! 感染管理認定看護師による講座を開催
デルタ株による感染者が増えだした2021年7月、松葉寮は感染管理認定看護師による講座を実施。「感染者の身体ケア後、ウイルスが付着した防護具の外し方について指導してもらいました。ガウンや手袋を外すたびに手指消毒をするのがポイントで、かなり感染リスクを減らせます」と伊藤さん。講義内容を基にマニュアルを作って職員に共有し、クラスター発生時にも活用した。「実際、クラスターの拡大防止に防護具を適切に着脱することは重要でした。また、多床室で感染者が出た場合、症状が出る前でも職員は防護服で対応して個室に移すことが必要だと実感。今後も気を緩めることなく、地域の認定看護師さんの力を借りて感染対策を継続します」(伊藤さん)
CHECK2
入居者家族に怒鳴られたことも… それでも包み隠さず情報共有
感染した入居者で重症化したのは3名ほど。いずれも本人や家族の意向でワクチン未接種だったという。家族への対応は生活相談員でもある古谷さんが務めた。「ご家族には詳しく入居者情報を集めて連絡するよう意識していました。ホワイトボードに感染経路や現在の状態について更新情報を逐一記録。その都度、ご家族とも共有し、処方されたコロナ治療薬については医師から説明していただきました」。家族の反応はさまざまで対応に難しさも感じたとか。「『コロナはいつどこで感染しても不思議ではない』と理解してくださる方がいた一方、『なぜ、うちの家族が感染したんだ』と怒鳴られる方もいて。それでも包み隠さず事実を伝えることが大事だと思いました」(古谷さん)
CHECK3
人手不足に陥ったクラスター発生時は夜用オムツで交換回数を調整
クラスター発生時、感染した職員26名に代わって対応に奔走した職員はパートを含めて14名。1ユニット28名の入居者に対して、一番少ないときは11名で対応した。「主任が感染したユニットもあり、指揮系統がうまくいかずに感染が広がったという反省点があります」と松末さん。当時、自身もフル稼働して複数のユニット業務の指揮を執ったそう。「その際、吸収量の多い夜用オムツを昼間も使わせてもらい、交換回数を1回減らして、人手不足を補いました。少ない人員でコロナ前と同じケアをするのは難しいですから。それに職員が無理をして疲労から免疫が落ちれば感染症にもかかりやすくなるので、非常時でもきちんと休むことは大事だと痛感しました」(松末さん)
コロナ禍でも続けた人との触れ合い
ICT活用で安全に入居者と地域をつなげる取り組みを
コロナ禍を経て社会に定着したオンラインによる人との交流。’20年5月、最初の緊急事態宣言が解除された頃から特別養護老人ホーム せとうちでは、近隣のこども園の園児らと入居者とのオンライン交流会をスタートさせた。
「かねて交流のあった園児たちが、コロナでお遊戯を発表する場がなくなり残念がっていると連絡をもらったのがキッカケです。ちょうど〝リモート○○”という言葉がはやりだした頃、ならば自分たちも…とやってみることに」
こう語る施設長の大城憲一郎さんは、このとき既にスマートフォン上でSNSのビデオ通話機能を使った入居者と家族の面会を試していた。面会と交流会を続けることで、外出の機会がなくなった入居者には好影響があったという。
「感染対策については、うちもクラスターを経験して職員は大変な思いをしてきました。一方で感染リスクを回避できるICTを活用した交流会やSDGs(※1)の取り組みの一環として中高生に福祉教育のリモート授業を実施。高齢者施設のイメージアップにもつながったほか、今年度は高2のときに同授業を受けた卒業生が私たちの施設に就職してくれました。感染対策だけでなく、新たな人材確保につなげることができたこともうれしく思っています」(大城さん)
※1 持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)
社会福祉法人 藤花会 特別養護老人ホーム せとうち
住所:岡山県瀬戸内市邑久町福中1180
電話番号:0869-22-2006
URL:https://www.tohkakai.jp/
定員:ユニット型個室80名、ショートステイ20名
2010年開設。全てユニット型個室の特別養護老人ホーム。入居者一人一人の心身の状態や生活習慣、好みを理解し、その人らしさを尊重した取り組みを行っている。藤花会全体で“地域の中で共に生きる”を法人理念にしており、周辺地域の学校やこども園との交流も盛んに行ってきた。
CHECK1
リモートでの地域交流のために思い切った設備投資を実施
3年前、せとうちでは入居者と地域の子供たちをリモートでつなぐために、施設内のICT環境を見直し、Wi-Fi設備を増強して十数台のタブレット端末や周辺機器も新たに購入。「かなりの設備投資となりました。けれど、これはコロナ禍でも入居者の精神性豊かな暮らしを維持するためであり、地域と共存する特養としてSNSなどを活用した社会貢献の取り組みを進めるためにも必要なコストだったと捉えています」と大城さん。今後は、感染症の動向を見極めながら徐々に対面での面会や交流会を増やしつつ、日進月歩のデジタル技術を入居者のケアに生かしていくという。
CHECK2
子供たちと触れ合うことで心身機能や意欲が向上
リモート交流会に参加し続けた入居者らについて、大城さんは「皆さん元気になられました」とほほ笑む。交流会への参加群と不参加群の身体機能・認知機能・生活意欲を評価比較したところ、いずれも参加者らのデータは飛躍的に向上。アルツハイマー型認知症の女性入居者(87歳)においては、症状が重く暴言を口にすることも多かったが、交流会に参加し続けて子供たちと接することで認知機能が2倍にアップ。笑顔も増え、穏やかな言動をするようになったという。「オンライン上であっても人や地域社会とつながることの大切さを改めて実感しました。交流会では、子供たちが入居者に『どんな仕事をしてきたのですか?』というような質問をすることがよくあるのですが、こうしたやりとりがうまい具合に認知症の方々へのアプローチとして注目される“回想法”になっているのだと思います」(大城さん)
心身機能・意欲 評価結果
2021年7月と11月に2回評価各グループの平均の差を算出
構成=及川静/取材・文=菅野美和/イラスト=佐藤加奈子
社会福祉法人 西予総合福祉会 特別養護老人ホーム 松葉寮
住所:愛媛県西予市宇和町久枝甲1434-1
電話番号:0894-62-2111
URL:http://www.seiyofukushi.com/
定員:多床室56名、ショートステイ20名
2000年新築移転(1975年受託経営開始)。13部屋ある4人部屋を中心に、4部屋の個室を含むショートステイ用ユニットも。19名分全個室の地域密着型特別養護老人ホームも併設されている。自然の中で、お年寄りが生きがいを感じられる上に、誰もが利用したくなる施設づくりを目指している。