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手書きのメモが生み出す思いの伝わる「介護記録」術
2022.09 老施協 MONTHLY
厚生労働省が介護業界の業務効率改善のためICT化を推進し、介護記録作成も効率化されてきているが、デジタル化以前に介護記録の本質とは何なのか?「介護記録の書き方」の著者である馬淵敦士氏に、記録作成の際に重視すべき点と、伝えるべきことを指南してもらった。
「書くべきことがよくわかる!介護記録の書き方」(中央法規出版)著者
ベストウェイケアアカデミー学校
馬淵 敦士氏
Profile●まぶち・あつし=大学在学中より障害者のホームヘルパー・ガイドヘルパーに従事し、卒業後はNPO法人CIL豊中に入職。2007年、株式会社ベストウェイを設立し、代表取締役に就任。大阪府豊中市を中心に「かいごのがっこう」を運営し、介護人財の育成を行っている
合理的で根拠のある介護は
よい記録の積み重ねから
近年の介護現場のICT化に対応した介護記録ソフトの普及により、記録作業は大幅に軽減できるとされている。それでもなお、介護記録の難しさを訴える介護職員は少なくない。介護福祉士であり介護福祉士実務者養成施設校長の馬淵敦士氏は次のように指摘する。
「記録が難しいと感じる背景には2つの要素があります。まず介護業務の忙しさから、記録を“やらされている感”が否めない。もう一つは、介護職が記録の重要性を真に理解していないこと。これらは記録ツールがアナログかデジタルか以前の問題で、まずはなぜ記録を付ける必要があるかを正しく認識しなければなりません」
介護記録への理解不足の原因は、記録の必要性について合理的観点から学んでいないからだと馬淵氏。
「専門学校で学ぶのは介護技術が中心ですし、事業所などで働きだしてからも上司や先輩から介護記録について詳しく指導を受ける機会はほぼないと思います。そもそも介護職は、記録に限らず、他者に分かりやすくものごとを伝える表現法や指導法を学んでいません。しかし、今は“根拠のある介護”が求められる時代ですので、誰に対しても説明がつく、合理的な介護を提供していくためにも、よりよい介護記録は不可欠となります」
利用者たちの全体像が具体的に浮かび上がってくるような、思いの伝わる“よい介護記録”はどのように作成すればいいのか。馬淵氏は、まず記録を行う3つの理由を挙げた。それは大事なものごとを①忘れないため、②忘れた場合に思い出すため、③目標を達成するために記録(メモ)する。介護記録も同じことが言えるだろう。
「そもそも私たち人間はものごとを“忘れやすい”生き物であり、それに対するリスクマネジメントこそ“記録”なのです。日々変化する利用者の心身の状態を忘れないため、そして確認して思い出し、適切な介護を提供するために記録する。そうした意識で取り組むと、介護記録は利用者のQOL(生活の質)向上という目標のために欠かせないものである、という新たな理解が生まれると思います」と、馬淵氏。その上で「ただ単に行った介護を記すだけでは不十分」であるとも語った。書き手の思いを伝えるためには、まず何を記録(メモ)すべきかを馬淵氏に伺った。
記録のための文章の組み立ては“5W1H”を意識して記述
介護業務だけでなく、記録においても“根拠”のある文章であるか否かで説得力に違いが出る。例えば、おむつ交換をした場合、単にその事実を書くだけでなく、おむつに付いた便や尿の状態まで説明すれば、なぜ交換する必要があったのか、誰が見ても明らかな“根拠”となる。「問題は、その説明文をどのように書けばよいか。思いを言語化することに苦手意識を持つ介護職が多いことは確かです。そうした言語化の壁を乗り越えるためにも、人に伝わる文章の基本である“5W1H”を意識してみることを提案しています」と馬淵氏。
具体的には、次の基本要素に利用者の様子と援助を照らし合わせて経過を把握する。①WHO(誰が/利用者など)②WHEN(いつ/朝食後など)③WHAT(何について/食事中など)④WHERE(どこで/食堂、トイレなど)⑤WHY(なぜ/片麻痺があるなど)⑥HOW(どのようにして/転倒しないためになど)。使い慣れると文章の組み立てに役立つため、日頃から“5W1H”リストを作るクセをつけることをオススメする。
5W1Hリストと記入例
Mabuchi’s Point!
5W1H思考で観察眼を養おう!
「5W1Hに沿って利用者を観察していくと、利用者の状態が整理しやすくなる上に、メモした語彙をリスト化すれば、記録作成時に活用できます。慣れないうちはこれまで記録で使った言葉をピックアップして、5W1Hに照らし合わせて書き直してみましょう。次第に記録する上で着目すべきポイントもつかめるように!」
便利な手書きメモを活用して記録への転記漏れを防ぐ
ポータブル端末に直接メモできる介護記録ソフトもあるが、もっと手軽なメモツールといえば、名刺サイズの紙を1枚ずつセットできる“ジョッター”。「ノート型メモ帳は、どこに何を書いたか分からなくなるのが難点。ジョッターなら利用者の記録ファイルに挟み込んでおけるので、転記漏れを防げます。端末入力の場合でも、利用者の情報を時系列に並べられるので、まとめて入力するときに転記ミスを防ぐこともできます」
「介護記録」各種シチュエーションと注意ポイント
ベテラン介護職も必見!利用者を“観察する力”を高めるコツ
利用者のQOL向上につながる介護記録作りを目指すには、さまざまな介助シーンで丁寧に観察し、「5W1H」をベースにこまめなメモを蓄積していく必要があることに触れてきた。とはいえ、馬淵氏は著書にて、「(観察は)介護職にとって、実は簡単にはできないもの」だと記している。なぜならばベテランの介護職ほど効率的な作業が習慣化しているので、利用者の心身の変調を見逃しがちだというのだ。多くの介護現場が人手不足であるが故に職員は多忙を極め、業務の効率化が優先されてきた影響もあるだろう。
馬淵氏は、入浴介助を例にして「本来は手早く利用者の体を清潔にするだけでなく、褥瘡(じょくそう)の予兆的な皮膚の変調などを発見する場でもなければならない」と注意を促す。さらに、利用者の状態が悪化すれば、それだけ人手も必要となるため、介護現場での“効率化”とは介助件数を手早くさばくことではなく、「いかに利用者のADL(日常生活動作)の維持向上を目指すかを指す」と指摘している。ここではそんな馬淵氏の解説と共に、入浴や排泄など介助のシチュエーションごとに、観察時の注意点について深掘りしていく。
【各種シチュエーション】
①衣類の選択
②衣類の着脱
③体位変換
④入浴(脱衣室)
⑤入浴(部分浴)
⑥入浴(洗身、洗髪)
Point①
洗身、洗髪時に発赤などを発見した場合は、どこにあったかを明確に記録
「入浴介助は全身を清潔にすることだけでなく、普段は見えない部位の状態を目視するのも目的の一つです。皮膚に発赤やアザはないか、浴室のぬれた床での足運びはどうかも確認を。洗髪を嫌がるなど意思表示があれば、その理由にも着目して具体的に書きましょう」(馬淵氏)
⑦入浴(浴室内)
⑧移乗
⑨移動(歩行器使用)
⑩移動(屋内での自走による車椅子移動)
⑪移動(屋外での車椅子移動)
⑫口腔ケア
⑬服薬確認
Point②
服薬確認は命に関わる記録 拒否した場合の表情にも注目
「服薬確認は利用者の命に関わる介助の一つです。毎食後の服薬に慣れている利用者でも、『飲んでおいてくださいね』とルーティン的に薬を渡して別の業務に気を取られる、といったことがないように。嚥下状態や薬への理解があるか否かなど服薬前後の様子を観察し、必ず最後まで立ち会って飲み残しの有無を確認。服薬を嫌がった場合の様子も記載を」(馬淵氏)
⑭排泄(おむつ交換)
⑮排泄(ポータブルトイレ)
Point③
羞恥心への配慮のあまり効率重視にならないように
「おむつ交換は利用者の羞恥心に配慮して手際よく行うことが求められますが、効率性にとらわれて、臀部のただれや褥瘡の有無などの観察がおろそかにならないようご注意を。ポータブルトイレでの排泄介助は、移乗や衣類着脱時の下肢機能の状態をチェック。もし利用者がポータブルトイレでなく、通常のトイレでの排泄を希望することがあれば、本人の意思に着目して記録を。その上で、できる限り希望をかなえられるよう意識して寄り添います。その場合、歩行時に尿意に焦ってつまずく利用者が多いので、転倒させないように気を付けて」(馬淵氏)
⑯食事
⑰認知症のBPSD(徘徊)
Point④
徘徊には意味があることを理解して観察を
「施設内を歩き回る利用者を介助する際の注意点は、『この人は認知症だから徘徊している』という決め付けで見るのではなく、どんなときに・どんな様子で徘徊されているのか、その時々で見たままの事実を記録することです。徘徊は意味なく行われることはありません。いわゆる“夕暮れ症候群”という行動がありますが、その利用者はなぜ、夕方になると徘徊を始めるのか。介助者はその背景や気持ちに寄り添い、記録する際も単に『夕方に徘徊された』ではなく、利用者と積極的に言葉を交わし、その際の表情や発した言葉などを書き留めましょう」(馬淵氏)
⑱認知症のBPSD(暴言・暴力)
⑲見守り的援助
Point⑤
できること、できないことをしっかり見極めて一緒に行う
「見守り的援助では、利用者の“できること”と“できないこと”を見極めることがポイントです。ここを正しく把握しないと、利用者の残存機能を奪うことになりかねません。できることの程度は、その日の体調によっても変化するので、利用者に随時確認しながら必要な援助を行いましょう。また、利用者によっては、こちらから『お手伝いしましょうか』と働き掛けていいタイプの人と、逆に『手伝ってほしい』と言ってくるまで待たないと意欲が低下してしまう人がいます。そうした利用者の個性の違いにも着目して対応し、記録に落とし込んでいきましょう」(馬淵氏)
「介護記録」記入例
馬淵氏から教わった「5W1H」や客観的表現、記すべき利用者の発言、そして、各種シチュエーションのポイントを踏まえて、おもだった介護記録への記入例を紹介する。
入浴介助(洗身、洗髪)
排泄介助(ポータブルトイレ)
食事
認知症のBPSD(徘徊)
構成=及川静/取材・文=菅野美和
介護記録を付ける4つの目的
①スタッフの連携を強め、切れ目のない介護サービスを提供するため
介護は多職種協働によるチームケアが基本。記録があることでアセスメントの精度が増し、利用者に対して適切で切れ目のないサービスを提供することが可能となる。「介護職1人で利用者の24時間を把握することは無理です。だからこそ、介護記録は自分や他の職員の視点をつなぎ合わせて、援助に一貫性を持たせるためのツールとなります」(馬淵氏)
②専門性を高め、職員全体のスキルアップにつながる
「利用者の状態を具体的で分かりやすく記された介護記録は、それを読む職員たちにとっても学びになる、という視点も大事です」と馬淵氏。こうしたスキルアップにつながるよい記録は、おのずと書いた職員の頑張りぶりも周囲に伝わるもの。介護職としての専門性に対する評価が上がり、モチベーション向上につながる副次的効果も期待できる。
③介護記録が裁判の証拠に?利用者だけでなく、職員も守る
過去には、介護記録を巡る不備から利用者の命に関わる事態を招き、施設が訴えられる裁判事例も。「医療事故でカルテが証拠になるように、介護事故の裁判では介護記録が証拠になります。記録は本来、裁判のために書くものではありませんが、万が一の場合には『利用者の安全に配慮して介護していた』ことを示す証拠になるのです」(馬淵氏)
④利用者、利用者家族とのコミュニケーションツールにもなる
デイサービスでは、利用者の送迎時に家族と“連絡帳”をやりとりする事業所は多い。馬淵氏は「通所時の利用者の様子を記した連絡帳も介護記録の一つ。家族と施設の信頼関係を深めるツールになり得る一方で、記録に不備があればトラブルにも。例えば、デイ中に発生したおむつ交換にかかった実費など、費用については記載漏れがないように」と指摘。