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第20回 責任ある仕事を任されそうなので、辞めようかどうするか悩んでいます…。
2023.11 老施協 MONTHLY
健康社会学者として活動する河合 薫さんが、介護現場で忙しく働く皆さんへ、自分らしく働き、自分らしく生きるヒントを贈ります。
できるならば今のままで 利用者のケアに専念したい
かれこれ20年以上、働く人たちをインタビューし、社会問題に関するコラムを書き続けていると、「働く人の意識の変化」を感じ取ることができるようになる。かつては会社員にとって「出世」は当たり前で、万年ヒラ社員=仕事ができない人だった。入社後早々に出世競争はスタートし、名刺に肩書が付くことを誰もが喜んだ。30代後半でヒラの人は「何者にもなれなかった。転職しようにも履歴書に書くことがない」と嘆いた。
ところが10年ほど前からだろうか。出世したがらない若者が増えている。「責任が増えるだけ」「残業が増えるだけ」「雑用が増えるだけ」と増え増え不満を爆発させ、出世意欲をなくすのだ。
「主任になっちゃいそうなので、辞めようかどうするか悩んでいます」――。こんなお悩みを送ってくれたのは、介護士の山藤さん(仮名)だ。20代後半、入社してまだ半年。主任になった、のではなく「なっちゃいそう」とおびえる彼の胸の内を聞いてみよう。
「できれば今のまま利用者さんのケアに専念したい。ところが先輩2人が辞め、主任も辞めてしまい、順番的に僕が主任になっちゃう確率が高い。年上の女性スタッフもいるのですが、女性はよほどの熟練者じゃないと昇進しません。僕は責任のある仕事は向いてないので、辞めて転職する以外、昇進を回避する方法はないと悩んでいます」
さて、と。どこから攻めましょうか。結論を先に言うと、もし辞令が下りたら受けてください。責任を嫌う気持ちは分かるが、上司や先輩の力を借りれば、大嫌いな責任が「自分の存在意義」に変わる。一人きりで頑張る必要はない。分からないことがあれば先輩に聞く。一人で心細いときは「力を貸してください」と素直に言えばいい。部下に頼られれば上司も「自分の存在意義」を持てるし、後輩に聞かれれば先輩も「自分も頑張ろう」とやる気が出る。そういう人間関係ができればみんなが生き生きと働くことができる。その好循環の担い手に山藤さんがなればいい。
お手上げをして嘆いてばかりいる人を助けることはできないけれど、何とかしたいと前を向いて歩こうとする人には、みんなが手を差し伸べるものだ。特に施設の人生の先輩=利用者さんはいつだってヘルパーさんの応援団。周りの「傘」を借りて、目の前の仕事をきちんきちんとやっていくことで、人は成長する。そして後輩たちに傘を差し出す勇気も、ぜひ!
健康社会学者(Ph.D.)/気象予報士
河合薫
Profile●かわい・かおる=東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。退社後、気象予報士として「ニュースステーション」(テレビ朝日系)などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究に関わるとともに、講演や執筆活動を行う
イラスト=佐藤加奈子