アーカイブ

チームのことば

【INTERVIEW】東北大学 スマート・エイジング学際重点研究センター 加齢医学研究所 応用脳科学分野 助教・博士(生命科学) オガワ淑水

2024.03 老施協 MONTHLY

今回は高齢者の暮らしの質を上げるための新たな方策を、ヨーロッパの大学・研究機関などと共同で開発している東北大学の助教・博士(生命科学)のオガワ淑水博士を、同学内の加齢医学研究所に尋ねた。このプロジェクトは、「e-ViTA(EU-Japan Virtual Coach For Smart Ageing)」(エビータ)といい、スマートエイジングのためのバーチャルコーチを促進させるもので、高齢者と接している私たちにとっても気になる研究だ。そこで、社会実装に向けて取り組んでいる本プロジェクトの概要はもちろんだが、さまざまな国や組織と連携し、円滑にプロジェクトを進めるためのチームづくりの秘訣を伺ってきた。


日本とEU。文化の違う集団が共同で研究を進めるには
とにかく意見を出すこと、そしてお互いに認め合うことが大切です

参加型デザインで始まった画期的なプロジェクト

 e-ViTAプロジェクトとは、欧州委員会の研究枠組計画である「Horizon2020」、および日本の総務省の令和2年度戦略的情報通信研究開発推進事業の共同事業として採択され、EUからはドイツ、イタリア、フランスから複数の大学、研究機関、民間企業が参加。日本からは宮城県、東京都、愛知県から、やはり複数の大学と研究機関、民間企業が参加している。今回インタビューしたオガワ博士は、日本側の代表機関である東北大学に所属する、このプロジェクトの日本側コーディネーターという立場にある(日本側の代表PIは瀧靖之教授、EU側コーディネーターはドイツ・ジーゲン大学のライナー・ヴィーヒング博士)。プロジェクトの主眼は、高齢者のウェルビーイング(「良く在る」=心身共に満たされた状態)を向上させるために、どのようなサポートが有効かを、最新のロボットICT機器やAIベースの会話システムを活用することも含め、日欧で研究しようというものだ。

東北大学加齢医学研究所はスマート・エイジング学際重点研究センターなどと連携し、複雑なヒトの年齢の重ね方(=エイジング)の仕組みを分子生物学的手法や生体実験など、さまざまな方法で包括的研究を行っている世界有数の施設だ

オガワ「このe-ViTAプロジェクトは人々の生活の質を上げる話ですので、まず大前提として人間中心設計というコンセプトでなければいけません。そのためには、まず利用者となり得る人たちにも開発段階から参加していただきながら、システムデザインを考える必要があります。この利用者参加型デザインの手法はヨーロッパではごく普通のことで、今回もその手法を採用しました。まず高齢者の方々に集まっていただき、例えばこのロボットたちをどう活用しようかといったことから話し合い、少し使ってみて、また改良し、使っていただく。こういった作業を繰り返します。日本では最初にほぼ完成したシステムを作って提供し、利用者がどう使うかを教えてもらうスタイルが多いですから、ヨーロッパ型デザインの実践はいい学習になりました。これからの社会では、セルフケア、自身で健康を管理することが求められてきます。ロボットたちにはさまざまな地域の情報、それに個別の健康情報などもインプットし、実験に協力してくださる高齢者の健康状態や生活状況などもモニターしながら、健康のための行動をアドバイスしたり、コーチング、モチベーションを向上させるための声掛け、参加すべきイベントの情報をリマインドするように設定します。声で会話ができることで、一人暮らしの高齢者にとってはモチベーションアップになる部分がある一方、認知機能が悪くなると会話でいろいろ理解するのが難しくなる傾向もあります。そのため、テキストベースで会話する機能も必要と分かってタブレットも導入するとか、ウエアラブル端末を装着していただいて生体情報をデータに入れるとか、本格的実験の前段階で、いろいろな再デザインを実施することができました」

 プロジェクト名にある“バーチャルコーチ”とは、主にこのロボットコーチを意味する。しかしロボットはただの“箱”であり(現段階ではダルマ型ロボット(⬇)以外、ロボット端末は既製品を使用している)、ロボットにデータを入力するだけでは解決できない問題もあるという。

写真左のヒト型のロボットはソフトバンクロボティクスのNAO。ホログラムはGatebox社のもの。写真右のダルマ型ロボットは、早稲田大学の学生が3Dプリンターで作ったオリジナル。こうしたロボットたちが「今日散歩に行ってみませんか?」などと話し掛けると、日本人の被験者は喜ぶが、EUの被験者は気持ち悪がって、データだけ話してくれればいいという反応をしたという。ホログラムはEUでは男性の看護師に落ち着いたそうだ
上記で紹介したロボットの究極がこのヒト型モデル。認知症の被験者には、画像や文字よりこちらの方が分かりやすいと考えた。ラバーの手触りはヒトの手のようで、評判も良かったという

オガワ「WHO(世界保健機関)が規定する健康領域っていうのがあって、イントリンシックキャパシティー(Intrinsic Capacity=内在的能力=認知、心理、感覚機能、バイタリティー、移動能力)といいますが、この指標をわれわれの研究でも健康のベースにしようと考えました。国際機関が設定した指標ならグローバルに利用可能なシステムの開発にもつながりますからね。ただ、この指標には大事なものが抜けている。それが社会参加です。私は脳科学が専門ですが、社会に参加することが何より脳の活性化に寄与します。当初、ロボットICTの使い方指導や地域のイベントに参加することを促進する支援員として、ヒューマンコーチを仙台市社会福祉協議会の協力でボランティア募集しましたが、実際にスタートすると、このヒューマンコーチの重要性がどんどん大きくなっていきました。そこで、利用者への参加促進と、さらなる参加者を増やすために自らイベントを企画したり、セミナーの講師をするリーダー的存在のヒューマンコーチも募集することにしました。実際に地域の歴史セミナーを実施したところ、ぜひ、その場所に行ってみたいという話になり、以後の授業に大人の遠足が追加されて、イベントの内容も充実し、かつ効果も見えてきました。ヒューマンコーチに応募される方も比較的高齢の方が多かったんですが、彼らには活動の報告をお願いしています。活動自体は無償のボランティアのようなものだったのですが、活動報告を報酬みたいに感じてくれて、皆さんのモチベーションにもなってくれているようです」

ヒューマンコーチによるセミナーの会場には「仙台保健福祉専門学校」の空き教室などが提供された。一部線路や駅が地下化した後の仙石線の歴史を聞きながら、跡地を歩くなどの校外学習が行われたという

 時にケアする側とされる側が入れ替わることもあり得る話というわけだ。汎用性の重視という点も含めて、とてもサステナブルなシステムに仕上がった。

オガワ「データプラットフォームにはEUのFIWARER(ファイウェア)という基盤を使用しています。オープンなシステムで、サードパーティーが参入しやすく、将来の拡張性が高いことでグローバルな可能性も高まると思います」

 こうして半年にわたる前実験を終え、昨年夏から仙台市健康福祉局や地域包括センターの協力で本格的実験、多施設共同無作為化比較実験なるものがスタートし、昨年末まで行われていた。これはバーチャルコーチとヒューマンコーチのサポートを受けて生活するグループと、生活指導マニュアルを渡されただけのグループで、ウェルビーイングに及ぼす効果、身体的、精神的な影響を比較するというものだという。取材時はまだデータ精査の途中で、この号が発行される頃にちょうど最終カンファレンスが終了するタイミングとのこと。だが、大きな成果を上げていることは疑いがないだろう。

大学内に作られたラボ。普通の家の部屋のように作られているが、席には端末が置かれ、室内にはヒト型アンドロイドもいる。ここに高齢者を呼んで事前の実験が繰り返された。「冷蔵庫の残りもので何か作りたいな」と被験者が話し掛けると、ロボットやアンドロイドが中身を把握して、室内にある電子レンジだけで作れるレシピを考案して提案するといった具合だ

文化の違う国、組織と作るチームワークの築き方

 この企画の主旨でもあるチームワークの作り方について、伺わないわけにはいかない。まずは、何といってもEUとの共同研究で見えてきたことだろう。

オガワ「いろんなことをさまざまな会議で決めていくんですけど、とにかく意見を出すのがEU側。日本人は国も絡んだ大きなプロジェクトだと、関係各所に確認してからでないと言えないというケースがよくありますよね。でもEU側はその辺は後で確認するから、今はこう考えるって、どんどん発言しちゃうんですよ。このプロジェクトはいわゆるアジャイルソフトウェア開発(Agile=素早い。現場主導で設計、実装を短期間に繰り返してユーザーが得た価値を学習し適用する)なので、意見を出さないと始まりません。一方、先端のシステムを持っているのはEU側でしたが、地味ではあるけど、ヒューマンコーチの組織化や地域との連携構築について進める力は日本にあったと思います。だから、お互いのいいとこ取りができた開発だったかもしれません。ライナー先生とも、文化が違うので反対意見はたくさん出るだろうけど、お互いを否定せずに、必ずコメントを出していこうと話し合いました。これはかなりうまくいったと思います」

 遠慮なく意見を出し合う、そしてその雰囲気を醸成する。シンプルだが、全ての組織において重要な点と言えそうだ。今回、研究機関と地域コミュニティーに加え、日本ではミサワホーム総合研究所はじめ民間の団体も研究に参加しているが、研究者と民間事業者の違いはどこにあるだろうか。

オガワ「やはり社会実装という点では、われわれ研究者には思い付きにくい鋭い意見が出ますね。データを整備して発表するのが研究者の仕事とつい思ってしまいがちですが、そのデータが個人に、社会に、どのような影響を及ぼしてどのような効果があるのかという点まで考察していかないと成果にならないという。考えてみれば至極当然のことに気付かせてもらえる存在だと思います」

ロボットと人間の理想のチームワークは
パーフェクトになり過ぎない関係性かもしれません

ロボットと人間でもチームワークが構築できる!?

 この数年でのIT界の大きなうねりとして、汎用AI(ChatGPT運営の会社名もOpenAI)があり、e-ViTAでも早速活用を目指しているという。ロボットを効果的に運用するのにAIを活用する未来はもう既成事実みたいなものだが、この企画らしく、脳科学の研究者でもあり、ロボットICTを使ったシステムの研究をされたオガワ先生に、人間とロボット(=AI)のチームワークはどうあるべきかを伺ってみた。

オガワ「実はAIといえどもプロンプト(Prompt=促すもの。コマンド入力待ち状態を指すIT用語)にヒントを与えて初めて動く。まだそういう段階だと思います。仕事の量も質も、人間に匹敵することは全然できていない。ただ、こうしたデバイスが生活に入ってくればくるほど、パーフェクトになり過ぎというか、正確過ぎて、人間が息苦しくなるかもしれませんね。人間って、ちょっと欠陥がある方が心地よい生き物なんです。ロボットなりAIが、どう行動すべきか、ちょっと隙を作ることとか、倫理的なところも含めて、指針やルールを確立すべき時期が今で、この今が一番大事な時のように思います。うまくいけば未来のコミュニティーの形は大きく変わります。実は、そういう研究を始めているところなんです」

 オガワ先生たちの研究の次のフェーズからも、超高齢社会の未来を楽しみにできる発表が行われることを期待したい。また、今回の記事をもって、本連載は最終回となる。これまでに紹介してきた、チームのつくり方が、少しでも皆さんの参考になっていたら幸いだ。

3年間で発行されたニュースレター。欧州の英語版とは別に、オリジナルの内容を盛り込んだ“日本語”版が発行された。プロジェクト説明、プレ実験、実証実験、社会実装と、各フェーズに当時のトピックを織り交ぜながら情報発信に注力した内容になっている。自治体へのアプローチのツール、福祉機器展の来場者など、対外的な広報に活躍している
東北大学のe-ViTA研究員メンバー。各メンバーがそれぞれの役割を担っている。右から、技術補佐員で精神保健福祉士の資格を持つ阿部さん、インドネシア出身の助手教員のデニーさん、技術補佐員の石川さん、先生を挟んで、イギリス出身の助手教員のライアンさん、助手教員の品田さん、後ろが普及展開の日本リーダーであるミサワホーム総合研究所の大原さん。ここに写っている方以外にも、獣医師と公認心理師、臨床心理士の資格を持つ学術研究員の鴻巣さん、秘書の臼井さんといったメンバーが

東北大学 スマート・エイジング学際重点研究センター 加齢医学研究所 応用脳科学分野 助教・博士(生命科学) オガワ淑水

東北大学 スマート・エイジング学際重点研究センター
加齢医学研究所 応用脳科学分野 助教・博士(生命科学)

オガワ淑水

Profile●おがわ・としみ=1973年、宮城県生まれ。生命科学博士。17歳から27歳までアメリカに滞在し、帰国後に大塚製薬で2019年まで研究員を務める。その期間に山口大学で学び、2019年からは東北大学に所属。現在は加齢医学研究所内スマート・エイジング学際重点研究センター助教として脳科学、運動生理学、栄養学の分野で高齢者の生活改善の研究を続けている


撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之