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日本全国注目施設探訪

第18回 富山県富山市 社会福祉法人宣長康久会 地域密着型特別養護老人ホーム ささづ苑かすが

2023.09 老施協 MONTHLY

独自の取り組みでキラリと光る各地の高齢者福祉施設へおじゃまします!
※「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」入賞施設を取材しています


ICT/DXによって、業務効率化を図り、スマートな職場を実現

「ささづ苑」の別館となる新しい地域密着型施設

 富山県富山市の中心部から国道41号線で南下した南部地域に属している下夕林。さらに南には、岐阜県との県境となる飛騨の山々や一級河川の神通川が望める、のどかな農業地帯となっているこの土地に、地域密着型特別養護老人ホーム「ささづ苑かすが」はある。

特別養護老人ホーム ささづ苑かすがの外観
総面積5090.51㎡の敷地に立っている建物面積1798.82㎡の建物は、鉄骨造りの平屋建てというゆとりあるものとなっている
社会福祉法人宣長康久会理事長、全国老施協ロボット・ICT推進委員会委員長の岩井広行さん
社会福祉法人宣長康久会理事長、全国老施協ロボット・ICT推進委員会委員長の岩井広行さん

社会福祉法人宣長康久会

1998年、大沢野町(当時)の要請により、2人の医師によって社会福祉法人「宣長康久会」が創設。1999年、特別養護老人ホーム「ささづ苑」が開設。現在は、岩井広行理事長の下、特別養護老人ホーム「ささづ苑」、特別養護老人ホーム「ささづ苑ショートステイ」、地域密着型特別養護老人ホーム「ささづ苑かすが」、「ささづ苑 デイサービスセンター」、居宅介護支援事業「ささづ苑 居宅介護支援センター」、介護予防支援事業「大沢野・細入地域包括支援センター」を運営している。

 ’98年、大沢野町(当時)の要請により、整形外科と内科の2人の医師によって社会福祉法人「宣長康久会」が創設。翌’99年、特別養護老人ホーム「ささづ苑」が開設。’17年に、その別館的な位置付けとして、ささづ苑から約300m離れた場所に開設されたのが、このささづ苑かすがである。

 ちなみに、法人名の宣長康久会は、中国の故事「天長地久」に創設者2人それぞれの名前1文字ずつを入れ、この法人が永遠に続いてほしいとの願いからだそうだ。

 利用者は、高齢化率約40%の下夕林ほか富山県南部と岐阜県北部の方がほとんどを占め、前職は林業や農業従事者が多いという。

最先端の技術を活用した環境に優しい省エネ施設

 同法人の理念としては、以前のものが難解だったこともあり、’15年に刷新。新たに「5S(さしすせそ)の理念」として、「サービス(おもてなし)」「信頼関係」「スマイル(笑顔)」「セーフティ(安全・安心)」「尊厳」という5つのシンプルな項目となっており、誰もがすぐに覚え、実行できるものとしている。

 建物は、鉄骨造りの平屋建てとなっているが、特徴的なのは、最先端の技術をフル活用して、省エネルギー化している点だ。

 太陽光発電や自然エネルギー活用、高断熱、高効率換気を行う空調設備、エネルギーマネジメントシステムなど、省エネルギー技術や再生可能エネルギーを組み合わせることにより、建物で使うエネルギーをおおむねゼロにする技術であるZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を採用、光熱費は、通常の福祉施設と比較して、約6割カットを実現している。

 これは、福祉施設業界で初めて、環境に配慮し、省エネルギー性の高い先進的な施設として、経済産業省より、’16年度のZEB実証事業として採択されている。

 居室は、ユニット型として、全29室全てが個室となっている。

 スタッフは、現在、男性7人、女性19人の合計26人となっており、平均年齢は40.88歳である。

[1]この地域交流ホールをはじめ、建物全体は、先進的な技術を採用し、環境に配慮した、省エネルギー性の高い施設となっている [2]地域交流ホールは、24時間換気を行い、熱交換し、室温をコントロールしている [3]エントランスホールには、各所の電力の供給と消費状況が分かる大型モニターが設置されている [4]施設の電力を発電して賄うためのソーラーパネル
[5]屋根が備わり、雨にぬれずに済むエントランス。右には、地域交流ホールのエントランスがある [6]利用者同士が集まって、食事やくつろぎの場にもなっているリビング [7]利用者とその家族がゆっくり面会できる面会スペース
[8]明るく広い清潔なエントランスホール [9]ユニット型の居室は全て、木を基調とし、障子などが備わる和風の個室となっている [10]蔵書をくつろいで読むことができる図書スペース

数々の取り組みが評価され、各方面より各賞を受賞

 介護現場で人材不足が慢性化している中、同施設では、その対策として、’20年度の事業計画で、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)の推進と3M(ムリ、ムダ、ムラ)の削減に取り組んだ。

 その手段として、’21年度より、ICT推進委員会を設置、音声入力や介護ロボットなどICT機器の導入により効率化を図り、作業時間の短縮やコスト削減に成功。スタッフも4〜5人減らすことができ、節約できた分を他へ回す好循環を実現しているそうだ。

 なお、この取り組みは、去る’23年1月に開催された「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜J Sフェスティバル in 栃木〜」の実践研究発表において、優秀賞を受賞している。

 また、同取り組みは、’23年8月に、「令和5年度介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰」を受賞している。

「Do&Think」= とりあえずやってみようをポリシーとしている同施設の今後に注目したい。

[1]浴室には、チェアー浴やストレッチャー浴に移乗するためのリフトが設けられている [2]看護師が常駐している医務室 [3]中庭では、四季折々の草花や野菜などが育てられている [4]チェアー浴やストレッチャー浴など、利用者の体の状態に合わせた機械浴のある特殊浴槽 [5]トイレは、移乗用ロボットなどを使用しやすくするため、入り口と逆向きに設置されている [6]2023年8月に行われた「令和5年度介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰」表彰式の様子

【キラリと光る取り組み】
「ICT・介護ロボット活用」で現場革新
情報共有システム整備・音声入力記録化によるスマートな職場作り

「第1回全国老人福祉施設大会・研究会議〜JSフェスティバル in 栃木〜」実践研究発表優秀賞受賞
介護福祉士 江尻勇輝さん・理事長 岩井広行さん インタビュー
介護福祉士の江尻勇輝さん
介護福祉士の江尻勇輝さん

――この取り組みへのきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

江尻:自分も実際に現場に入りながら、管理業務をしているのですが、その中で、介助などの実作業をしていると、記録業務などの時間の確保が難しくてなかなかできない、という声がスタッフから上がっていまして、仕事が終わってから記録をするのが当たり前という風潮になっているのが、大きな課題となっていました。その記録業務をどうにかして簡素化できないか、ということで音声入力に注目していたところ、今回、老施協の補助金提供をきっかけに、日本総研さんから提案していただいた「ケアカルテ」というシステムが非常に優れており、これであれば記録業務を簡素化できてスタッフの負担も軽減できると考え、導入することにしました。

――いいアドバイスをいただける業者さんとの出会いが前進のきっかけとなったのですね。

江尻:自分たちでも考えていたのですが、周りに音声入力に取り組んでいる施設もなかったですし、どうしたらいいか分からない。その情報収集といったところで、新たな情報をいただけたことはありがたかったです。

――音声入力導入の目的となった、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)の推進と3M(ムリ、ムダ、ムラ)の削減に関する取り組みのきっかけとしてはいかがでしょうか?

岩井:この業界は総収入に占める人件費の割合が高く、大体2/3以上、70%を超えている事業者が多いのですが、生産性を上げるためには、介護現場の生産性を上げなくてはいけない。それが、人件費の圧縮につながる重要な要素だと以前から考えておりました。そこで、生産性を向上するためには、まずは一般企業でイロハのイと言われている5Sの推進、3Mの削減に、法人を挙げて取り組んでいかなければならないという結論となり、2020年度から取り組みを始めました。

江尻:事業計画に上がることで、現場のスタッフも主体的に考えるようになりました。その中で、新たな課題としてまず上がったのが記録業務。メモをして後で書くことになったり、後で忘れてしまったり、そういったところでムリやムダが出てきてしまっていました。そんなことから、音声入力に着目していったのです。

――介護ロボットについては、いつ頃から導入されていたのでしょうか?

岩井:介護ロボットは、13年前から既に導入していました。スタッフに腰痛持ちが多かったことから、まずは腰痛軽減に取り組もうということで導入しました。実際、導入すると、スタッフの腰痛軽減につながるだけでなく、利用者さんの安全安心な介護につながるため、さらに取り組まなければいけないと考え、腰痛予防以外の介護ロボットやICT化に取り組んでおり、今日に至ります。

江尻:13年前、理事長が社内LANを導入したのが、ICT化の第一歩でした。

岩井:社内LANを導入したきっかけは、15年前に施設長に就任したときに、事務所からスタッフに情報を伝達したい場合、毎朝夜勤者の申し送りをしていたのです。申し送りの後、事務所からの伝達を行っていたのですが、3日間、同じことを同じ場所で言わなくてはいけなかった。しかも、それをしたところで全スタッフに伝わらない。これを何とかしようと導入したのが、一般企業では既に導入されている社内LANだったのです。

――これまでのICT/DXの取り組みの成果は、どのようなものがありましたか?

江尻:音声入力を行うことによって、記録量が3倍になり、記録時間は半分になりました。また、導入後には、異動のため、スタッフの数も4〜5人減っていますが、効率が上がっているため、影響ありません。記録時間が減った分は、食事介助や入浴介助など、本来のケアに充てる時間が増えています。リフトや介護ロボットに関しても、導入後は利用者さんのQOLの向上に大きくつながっています。

――新しいものを導入する際は、スタッフに拒否反応が出ることが多いと聞きますが。

江尻:新しいことを始める際は、どうしても受け入れられない、ただでさえ忙しいのに新しいことを覚えなくてはいけないなど、ネガティブな感情が生まれ、抵抗感があるスタッフも出てくるのですが、そういうスタッフほど、効果に気付いたときの感激が大きくて、例えば、若いスタッフよりも年配のスタッフの方がその傾向が強いですね。

――今後の課題や改善点、将来への展望などがありましたら、教えてください。

江尻:集約されたデータがかなり増えているので、これを分析する能力が必要になっています。また、現在は眠りスキャンで睡眠の状況は見えるようになりましたが、一番見たいのは排泄の状況です。現在の介護ロボットでは、排泄の分野のモニター能力はまだまだ精度が低い。排泄したことを知らせてくれるものはあるが、排泄する前の状況が知りたいのです。自分たちの一番大きな負担は、予測ができないということ。だから、介護の仕事というのは、経験がものを言うのですが、新人でも目に見えるようにすることで、熟練スタッフと同じケアができるようになればいい。それをICT/DXによって、介護の仕事を目に見えるものにしたいのです。

[1]移乗サポートロボットHug T1-02 [2]移動式スタンディングリフト [3]利用者の身体状況データは、ネットワークにより共有され、各スタッフが一覧できるようになっている [4]眠りスキャンなど介護ロボットの情報は、スマートフォンなどでリアルタイムに確認できる

地域密着型特別養護老人ホーム ささづ苑かすが

社会福祉法人宣長康久会
地域密着型特別養護老人ホーム

ささづ苑かすが

〒939-2226
富山県富山市下夕林237
TEL:076-468-1000
URL:https://www.sasazuen.or.jp/sasaduen-kasuga/

[定員]
特別養護老人ホーム:29人


撮影=山田芳朗/取材・文=石黒智樹