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介護職員に対する処遇改善について考える② 介護職員個人の報酬を上げるための改善策とは
2023.08 老施協 MONTHLY
介護報酬の加算は税制上103万円の壁が問題となる
介護職員への減税など斬新な施策を講じる方が効果的
パート介護職員における年収103万円という壁
介護人材の確保においては、一定の議論がなされている今日、介護職員の報酬が少ないことも問題視されてきた。それを解消するべく介護職員の報酬について、政府の改善策や議論は続いている。こうした介護職員報酬について、3回のシリーズでお届けしている今回の2回目では、非正規雇用の介護職員の現状について考える。
介護業界では、パート従業員や派遣社員など非正規雇用が多い。数字で表すと、非正規雇用が4割弱あり、訪問介護に至っては、6割もいるといった現状である。また、主婦のパート人材層が厚く、配偶者の扶養範囲での報酬で、という希望が多いのも特徴だ。その理由に、他業界と比べて、平均時給が高いことが挙げられる。
派遣会社を通した場合、時給2000円以上も可能、夜勤専従であれば日給3万円という好待遇の施設もある。さらに、正社員であれば定年があるが、非正規であれば終身働ける事業所が多い。育児や家事も担う主婦には短い時間で効率よく稼ぐことができ、 セカンドキャリアや長く働きたい場合にも魅力的に映るだろう。
しかし、扶養範囲で、となるとまた話が変わってくる。103万円の年収の壁、そして年収だけでなく、週の就業時間数制限など足かせが増えているのが現状。時給が高いため、労働時間としては短くしなければ、壁を越えてしまう。介護労働人材としても、時間数が足りなければ、より多く採用しなければならなくなってしまう。人材が足りない昨今、介護職員の所得制限の緩和などが必要だろう。
そこで今回は、経済学や政治学を基に、介護と医療中心の社会保障政策を研究されている淑徳大学教授の結城康博さんにお話を伺う。
介護報酬の加算は利用者に自己負担を課すべきではない
介護職員の処遇改善策は継続的に実施されていくべきであるが、「加算」という仕組みである以上、介護報酬を引き上げていくには多くの課題がある。介護職員には、正社員だけではなく、非正規職員も多く、税制度が大きく関わってくるからだ。今回は、処遇改善策を継続させていく上で、税制度について考えていきたい。
介護職員の処遇改善策を引き続き介護報酬引き上げで実現していくのであれば、少なくとも、これら「加算」は利用者に自己負担を課すべきではない。介護職員の賃金の引き上げは、いわば社会問題を是正する意味で公共政策であるため、利用者に負担を課すのは、負担と給付の観点から好ましくない。
そもそも、介護保険制度は社会保険方式であるため、毎月、被保険者である利用者が自らのリスクに備えて保険料を負担している。その意味では、自ら介護サービスが必要となった際には、サービス本体の負担分は課されたとしても、介護職員の賃金相当分は、適宜負担している保険料および公費負担分で賄われるべきであろう。
扶養家族の税優遇措置の壁 103万円を引き上げたい
もっとも、安易に介護職員の賃上げが喜べない側面もある。なぜなら、多少の賃上げが実施されても、非正規職員を中心に自ら勤務日数を減らし、逆に介護現場で人手不足を加速化しかねないからだ。
実際、介護サービス従事者の就業形態において、例えば、非正規職員の割合は「訪問介護」において約6割となっており、総じて介護現場は非正規職員によって支えられている(表1を参照)。
【表1】介護サービス従事者における非正規職員の割合
つまり、介護職員の中には主婦パート層が多く、この「103万円」の壁を意識しながら、年間収入と勤務日数を計算して、介護業務に従事している。周知のように「103万円」の壁は税制度に大きく関連している。つまり、主婦層パートである介護職員にとって年収103万円を超えてしまうと、扶養家族における税制の優遇策を受けられなくなってしまう。
しかも、企業によっては「家族(扶養)手当」といった福利厚生として、社員のために支給している「手当」制度も看過できない。この支給目安として、配偶者のパートなどによる年収が「103万円」の壁を越えているか否かで設定しているケースが多いのだ。
そのため、非正規の介護職員に関しては、年収103万円を超えても、税制優遇策が受けられる特例措置(介護職員扶養控除制度)を設けるべきである。例えば、158万円未満とするラインを一つの目安とすることも考えられる。なぜなら、「老人扶養控除」は年金収入を含めると158万円未満が適用となっているからである。
【表2】医療・福祉関連における就業形態別労働者割合
介護職員の所得税、住民税の減税策を講じてみてはどうか
さらに、介護職員個人への「給付」だけでなく、介護職員への所得税および住民税の減税を実施していくのも一案であろう。
もはや、介護職員の人材不足は深刻で喫緊の課題である。この先、一定の「加算」を続けても社会へのインパクトは限定的だ。介護職に就けば大幅減税策の恩恵を受けられるといった、斬新な施策を講じて人材確保・定着を図る方が効果的ではないだろうか。
【表3】全産業におけるパート(女性)の就業調整の実態
今月の回答者
淑徳大学 総合福祉学部 社会福祉学科 教授
淑徳大学大学院 総合福祉研究科 社会福祉学専攻 教授
結城 康博さん
Profile●ゆうき・やすひろ=1969年生まれ。法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。介護職、ケアマネジャー、地域包括支援センター職員として従事。元社会保障審議会介護保険部会委員。「介護職がいなくなる ケアの現場で何が起きているのか」(岩波書店)、ほか著書多数
取材・文=一銀海生
現役職員による座談会【介護現場のリアル】
扶養範囲パート介護職員の実際の現状は?
特養に勤めるパート従業員Aさんと訪問介護会社に勤めるヘルパーのBさん。どちらも非正規雇用で扶養範囲内の主婦のパートである。
A「前は事務のパートをしていたんだけど、時給1000円以下で、もっと稼ぎたいと思って資格を取ってこの仕事に就いたの。紹介見込み派遣なら時給1800円もあったのよ。だけど、扶養範囲を超えるから、直接雇用で今の仕事に。時短で働きやすいけど、もっと稼ぎたいわね」
B「時給は1500円以上で土日アップだし。生活援助と身体介護で金額は違うけど月に8万円くらいを維持しながらだと入れる時間が制限される。今は年収だけでなく、就業時間数も制限あるから。事業所に、入ってほしいけど扶養範囲内だから無理だよねと言われると、すごく残念」