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【INTERVIEW】株式会社吉村 代表取締役社長 橋本 久美子
2022.11 老施協 MONTHLY
今回のゲストは1932年創業の老舗、株式会社吉村の橋本久美子社長。さまざまな商品のパッケージのデザインから生産、納品まで一括して行う会社だ。中でも日本茶のジャンルでは日本一の大手企業から地域のお茶専門店、地場のお茶農家まで8000件もの取引先を持ち、“日本茶で日本を元気に”のスローガンの下、ユニークな商品開発で注目される。一方、人材活用に優れた企業、女性が活躍している企業、ダイバーシティ経営企業として経済産業省や中小企業庁から数々の表彰や認定も受けている。橋本社長の人材活用術に迫ってみよう。
誰かの不得意を誰かの得意で埋める
こうしたチーム作りで組織を活性化させていくためには自己開示の原則が大事です
3段階で浸透させていった女性活躍という社風の構築
優れた人材活用制度を採用し、従業員一人一人の意見が社内に反映されやすい仕組み作りが内外から高く評価されている橋本社長に女性活躍の現場作りから伺った。
橋本「以前は育児休暇の制度があっても、多くの女性社員は『迷惑を掛けるから』って理由で出産と同時に辞めちゃうことが多かったんです。私自身、出産で辞めて10年してから復帰したんですが、専業主婦の経験でプロの消費者になった感じがして、商品開発にすごく役立っていましたし、女性たちがどんどん辞めてそのままになっちゃうのは惜しいと思っていたんです。何か賽の河原に石を積んでいるような気がして。’06年頃、品川区のワークライフバランスセミナーに参加したんです。社長になって間もなくだったので。無料でコンサルタントも入れてもらえるっていうので来てもらって、ES(従業員満足度)調査を全社員にしたんですが、これが不満だらけ。もっと給料上げろ、有給休暇よこせみたいな。中には『こんなひどいこと書かれたらどうせなかったことにするだろ?』という意見もあって。これ逃げたら終わるなと思って、まずはその結果を全社員に開示しました。ちょうどその頃、出産退職していた女性が子供の予防接種の帰りに会社に寄ってくれたんですね。『何買うのでも、買っていい?って旦那に聞かなきゃいけなくなって自己肯定感下がってる。近々スーパーのレジ打ちでもしようと思ってます』って言うから、これはチャンスと、戻ってきてもらうことにしたんです」
橋本社長の女性活躍推進の活動は、ここからスタートしたという。
橋本「彼女は、ES調査の結果を受け、不満があるなら自分たちで解決策を考えようという自社プロジェクトに参加してくれました。そこでできたのが“つわり休暇制度”。つわりは、いつ来るか分からないので先が読めない。これが迷惑を掛けると思う第一関門だってことになって。医師の診断書もいらず、いつでも休めるようにしました。それと出産に限らず、ご主人の転勤などで辞めてしまう人もいたので、そうした人にその状況が終われば元の職位で戻れるカードを渡す“MO(戻っておいで)制度” も作りました。これが第一段階ですね。つわり休暇、MO制度に加え、子育て時短も世の中の標準より長く使えるようにしました。そしたら今度はみんなが時短になっちゃった。人員配置がうまくいかないなと思っていたときに、小学校4年生の子供のいる人が育児休暇が終わって『すぐにフルタイムで戻ります』って言ってきたんです。子供がかわいそうじゃないって言うと、『女性の社会進出と男性の家庭進出はセットですよ』って。自分の中には3歳まではお母さんが面倒を見る、3歳神話みたいな考えがあって、それを社員も感じていたんでしょうね。その彼女がフルタイムで戻ったら、あっという間に時短の人たちがフルタイムに戻った。これが第二段階」
最終段階のキーワードは“ピンクカラージョブ”の脱却
橋本「女性は辞めなくはなったんですが、管理職にはなりたがらないんです。別な経営者セミナーで聞いたのですが“ピンクカラージョブ”という言葉があって、上司やクライアントに尽くす、補佐するという仕事を従来担うことが多かった女性は、主体が自分ではないから自分のキャリアの目標が立てにくいんです。ウチでいうと本社含めて6つの営業所があって、各所に2名くらい女性のデザイナーがいます。でも所長は大体営業出身の男性でMacもいじれない。デザインのことも分からない人に目標管理され、業績評価を受けるわけです。それで不満もたまっている。そこで、6営業所十数名のデザイナーで横串の組織を作ることを提案しました。マネジメントに抜てきした女性は嫌がっていましたが、自部署の名前を自分たちでクリエイティブデザイン部と名付け、会社の経営理念を実現するため、デザイナーは何に取り組むのかという視点からスタートしました。ここから風が変わりました。デザインの採用率を上げたい。そのために個人の力量に頼るのではなく、それぞれが得意不得意を開示し、連携していいデザインを創る。書き文字が得意だけどイラストは苦手とか、高級路線に強いけどポップな路線は苦手とかね。するとデザイン採用率は劇的に上がり、離職率も減りました」
“問題の所有権”を明確にし自ら解決する手助けをする
橋本社長が生み出した独自のメソッドが会社全体に浸透している。
橋本「ウチでは会議でも何か話し合うときでも、6人を超えるグループには絶対ならないようにしています。例えば会議リーダーが決めるのではなく、参加者から募る。議題をなぜ話し合いたいか、時間配分として何分欲しいか申請します。お客様としてではない参画を促すわけです。また、経営計画発表会のような全社員が参加する会議でも、プレゼンを聞いたら必ず聞いた側がアウトプットする時間を作ります。必ず6人以下のグループで、キッチンタイマーを片手に、一言ずつどんどん意見を言っていく。発言のパスも一回までのルールがあって、全員人ごとじゃなく会議に参加することになります。参画すると参加の原理が働いて、やり遂げようとする。それで組織が活性化すると思います」
これには、社長独自の組織に対する考え方があるという。
橋本「私の組織論の土台は一人一人にリーチするということにあります。ブレーンを置くと、その人のフィルターでしかものが見えなくなるので、いつも一人一人の社員に目を配り、何かアラームを感じたらすぐ見に行くというふうにしています。最初のうちはどこでも行って、話を聞いて、上司や会社の悪口を聞いて、その上司のところに行って説教して炎上するってことを繰り返していましたけどね。今は“問題の所有権”という考え方を使っています。課題がある人、悩みがある人がその問題の所有者であって、自分で解決しないとスキルは上がらない。私は同感と共感は違うと言っているんですが、話を聞いて『分かる分かる、その通りだよね』というのが同感。同感すると『でしょう? だからあなたが解決してください』と、問題の所有権がこちらに移ってきてしまう。あなたの悩みは分かったという共感にとどめておいて、では、自分で変えていこうと伝えるんです。ウチには“ノーベル起案”といって、誰でも起案書を書いて提出できる仕組みもあるので、行動を起こせば支援はするよと」
思いの共有から生まれた新しいビジョンと理念
社員一人一人の思いを汲み取り、独自のメソッドを多く持つ社長に今後のビジョンを伺った。
橋本「経営的、組織的なところはもうトップダウンではないので、うまく自走していくと思います。私は’27年に社長を引退するって決めていて、会社にも表明しているんですね。そしたら社員がプレゼンし合って、’27年ビジョンというのを作ってくれたんです。それが“日本茶で日本を元気に”っていうもので、パッケージメーカーの枠を超えた理念ですね。それでこの『リーフティーカップ』のような、お茶の葉自体を使った商品なども発売しました。新しい試みですが、お茶っ葉をお湯につけっ放しにする商品というのは最初お茶屋さんの抵抗も大きかったんです。理解を示してくれたお茶屋さんの協力も得て何度も試作し、今ではこの商品をウチのお茶でもという取引先さんも出てきています。今までの歴史で築いた信頼関係を維持しながら、こうした新しい社員発の取り組みを支援していくことが、私のここからの5年間かなと思っていますね」
あと5年で引退されるのはもったいない気もするが、これからも独自の人材活用術を社内外に発信していってほしい。
株式会社吉村 代表取締役社長
橋本 久美子
Profile●はしもと・くみこ=1982年、祖父の代から続く家業の吉村に入社。1995年に出産を機に退社し、2005年に復帰。社長となる。以降、数々の社内改革を実施し、女性が活躍しやすい環境、社員一人一人が意見を言いやすい環境、全社員が経営に参加する意識を浸透させ、働きやすい中小企業の代表と言われるまでに会社を成長させた
撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之