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チームのことば

【INTERVIEW】株式会社ドムドムフードサービス 代表取締役社長 藤﨑 忍

2022.08 老施協 MONTHLY

 ドムドムハンバーガーは、かつてダイエー傘下だったのでご存じの方も多いだろう。1号店のオープンは1970年で、日本マクドナルドより1年早い。一時期は300店以上を展開していたが、ダイエーの閉店ラッシュとともに店舗数は激減。2017年にホテル運営会社の傘下となり再出発した。その後、ユニークなメニュー展開、ECサイトでのマスクやキャラクターグッズ販売などで、昔のドムドムを知るオールドファンのみならず、若者の心も捉え、2021年には単年度黒字というV字回復を達成する。その立役者が今回の主役、藤﨑 忍社長だ。


他者を尊重するということは相手に対して思いを持つこと
そうした立ち振る舞いで初めて「和をもって事を運ぶ」ことができます

藤﨑 忍

ECサイトで発売中の「どむぞうくん」ぬいぐるみの新作に囲まれた藤﨑社長。ECサイトは、コロナ禍でマスクが不足している時期に従業員向けに制作したオリジナルマスクがかわいいと、SNSで話題になったことから一般向けに販売するために開設された

専業主婦から名経営者へ 入社9カ月で代表取締役に

 藤﨑さんはユニークな経歴の持ち主だ。父は墨田区議、東京都議を歴任。忍さんは短大卒業後すぐ、父の跡を継ぎ墨田区議となった男性と結婚、専業主婦となる。しかし’05年、ご主人が心筋梗塞で倒れられたのを機に、友人の紹介で渋谷109にあるショップで店長として働き始める。藤﨑さん39歳のときだ。’09年にご主人が今度は脳梗塞で倒れ、当初左半身が不自由になるが、それでも藤﨑さんは介護と仕事を両立し、’10年までの5年で売り上げを倍増させた。その後サラリーマンの聖地、ニュー新橋ビルの居酒屋でアルバイトとして働き、半年後には同ビル内の空き区画に自ら居酒屋をオープン。主婦時代に培ったノウハウを生かした家庭的なメニューや心のこもった接客が評判となり、1年足らずで予約なしでは入れない人気店になる。このお店の常連に、ドムドムハンバーガーを買収したばかりのレンブラントホールディングスの人がいたことから、’17年7月、新規メニュー開発顧問として招かれ、居酒屋を後進に譲り、同年11月に同社に社員として入社。入社後初となる’18年3月期決算の予想以上の低さや、店長として赴任した現場で見た効率の悪さなどに危機感を覚えた藤﨑さんが「意見の言える立場にしてほしい」と訴えると、経営陣は“代表取締役に”という驚きの答えを出した。こうして’18年8月、入社わずか9カ月で社長に就任した藤﨑さんは、これまでのキャリアを生かした現場改革や新メニュー開発を指揮。3年後の’21年3月期に単年度黒字を達成し、今期も単黒を維持している。

ドムドムハンバーガーの人気商品をクオリティーアップしたメニューが味わえる新規店舗「ドムドムハンバーガーPLUS(プラス)」が、7月16日に銀座にオープンしたばかりだ
SNSでブレークのきっかけにもなった「丸ごとカニバーガー」(写真右)は、ソフトシェルクラブを店舗で丁寧に水切りして揚げている手の込んだ一品だ。見た目の派手さだけでなく、実際に食べてみても本当においしい。7月に銀座にオープンしたばかりの「ドムドムハンバーガーPLUS」で発売中。銀座では以前話題となった和牛バーガー(写真左)などもラインアップされている

他者には他者のやり方や思いがあることを知る

 前置きが少し長くなったが、藤﨑さんが社長に就任した当時の苦労からお話を伺っていこう。

藤﨑「突然来た人間が社長になるわけですから、長く働いている従業員の人たちは不安だったと思います。ですので、まず皆さんに私を知っていただいて、信頼関係を築くところから始めました。週に4〜5日は現場に顔も出してコミュニケーションを取るようにし、グループLINEも活用して現場の声を聞き、本社からの声も優しく丁寧に伝える。そうして社内風土の改革を進めていきました。私の仕事の流儀に『和をもって事を運ぶ』というものがあるんですが、『和をもって』は、ただ仲良くするということだけじゃなくて、他者を尊重し、思いやりのある言葉掛けをしましょうということだと思うんです。皆さん、自分なりの仕事への矜持をお持ちだと思うんですが、それは自分らしさであって他者には他者の思いがある。例えば、同僚の人が同じ仕事を違うやり方でしていると、少し先輩の人は自分のやり方に寄せたくなるんですよね。でも押し付けられた方にしてみれば、それをやってしまえばいいので考えることをやめてしまうし、人に言われてやったことに責任は持てない。私の場合、現場がやりたいと言ってきて、多分失敗しそうなことでも、最終責任は取るからやりなさいって言います。そこまで他者を尊重して初めて、和をもって事が運ぶだと思っているからです。一般に情報は縦には共有しやすいんですけど、横にはしづらい。以前、新商品発売の日にたまたまお休みの店長が、“coming soon”って貼って先にポスター掲示しておきましたけどいいですか?ってLINEで聞いてきたので、『オッケー、ありがとう』と返したら、別の店長が、いい前宣伝になると思って同じことをしましたと投稿。全体でこの動きを共有できたことがありました。こうしてグループLINEは情報共有のプラットフォームとして非常に有効に活用できています。多くの新規メニュー販売においても、開発担当者の熱い思いが現場にダイレクトに伝わるのが成功の理由だと思っています。実はコロナ禍で、ここのところ店舗巡回ができなかったんです。でも、先日再開して大阪行ったときにですね、まだ会ったことのない従業員から『来ると思って待っていたんです!』なんてことも言われましたね」

[1]他業種とのコラボレーションはファン層の拡大に寄与。アパレルブランド「niko and…」とコラボした時のスタッフとの写真で、他にもBEAMSなどともコラボを行っている [2]1日限定でオープンした池尻大橋のポップアップストア開催時のスタッフとの写真 [3]さまざまな活躍が認められ、日経WOMANが主催する「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2022」において、その名も「思いやり経営賞」に選ばれた
日本の観光業の復活に寄与するために、コロナ禍の2020年にオープンした浅草花やしき店。出店には意味を持たせないといけないというのが藤﨑流だ。黒毛和牛を使用した店舗限定メニュー「浅草コロッケバーガー」が人気

人の心に尽くすことの大切さ こだわらない心の大切さ

 お話を伺っていると、藤﨑さんを家長として、中小企業のような“家族経営”を、大きな会社で実現できているように思える。今回の取材の窓口となった広報担当や商品開発担当の方の様子からもそれはうかがえた。そうした家長的資質には、これまでのご自身の歩みが寄与しているのだろうか。

藤﨑「私は政治家で自営業の家に生まれたものですから、幼い頃からいろんな人がワイワイガヤガヤと家にいる環境で育ちました。おかげで親はとても忙しく、工作の宿題を、手先が器用な近所のおじさんに手伝ってもらったりしたことも。そういう状況では自分の言葉をちゃんと発しないと流れに乗っていけないみたいなところがあって、そこで鍛えられたと思いますね。その後は専業主婦も長く続けましたので、家族を守るという意識を培ってきた時間は長いです。そして、何より39歳から109で働き始めたときですね。全くカルチャーの違うお嬢さんたちと一緒に働いたわけですが、彼女たちは見た目も派手で、よく遊んでもいるんですが、仕事においてはとても優しくて誠実で、一生懸命なんです。それまである意味、視野が狭かった私に、こだわらない心を教えてくれたと思います。居酒屋では人の心に尽くすということの大切さを感じて努力しました。例えば、その店に来たい理由はお客さまそれぞれで、嫌なことがあって静かに飲みたい人もいれば、お友達が欲しい人、盛り上がりたい人もいる。そういった方同士はできれば席を離したいけど、できないときは前もってお伝えするようにしていました。そうしてお互いが気を使いながら、居心地のいい空間をつくれていたと思います。他者を尊重するのは、相手をよく見て自分なりに相手への思いを持たないとできないこと。だから今でも、髪の毛伸びたねとか、余計な話を社員とすることは多いですね。時代と逆行しているかもですが」

[1]一人一人のパーソナリティーを認める“こだわらない心”を教えてくれた109時代の仲間たち [2]ECサイトでは、和牛バーガーに使った高品質の牛肉の余りを活用したレトルトカレーも販売。瞬く間にヒット商品となり、全国のイトーヨーカドーでも販売が開始される

循環型社会を目指して 支え合う社会をつくりたい

 ご主人の介護の経験も、今に生きていると藤﨑さんは言う。

藤﨑「夫は急激にものができなくなったわけですね。人は急に変わってしまう。その現実を受け入れて生活することで、それぞれの立場やスキルを理解して、人生においても仕事においても導いていく必要があるということを学んだと思います。ケアマネジャーさんやヘルパーさん、理学療法士の方々など、多くの方に思いやりを持って接していただいたことが、今の仕事にも生きていると感じます。生活の質を上げるというのは大事なこと。夫がちょっと声が発せられるようになっただけで、人生が明るくなっていくという瞬間に立ち会えたことは大きいです。私、下町に住んでいるんですけれども、お一人で寂しく住まわれている方も多くて心配に思うこともあります。それまでの人生でご苦労されてきた方々のついのすみかになり、集大成を守られる施設運営というのは、非常に素晴らしいお仕事だと思います。実はここに入る前、近所の古アパートを改築してグループホームを作ろうかと思ったことがあるんです。いろいろハード的な制約が多くて実現はしませんでしたが、将来は子供や高齢者の方を、家族だけがケアするのではなく、施設とまではいかなくても、私たちのような子育てが一段落した世代の人間がバックアップできるようなシステムを作って、循環型社会というか、支え合う社会をつくる仕事もしてみたいと思っているんです。それにはまずドムドムで、“思いやり経営”と私は呼んでいるんですけれど、この経営スタイルを体系化して、次世代につなげていくことに、しばらくは専念しないといけませんけどね」

 さまざまな目標、夢も語ってくれた藤﨑さん。今後の活躍に、これからも目が離せない。

現在の礎を築いたという、小学校入学時の写真。下町でたくましく育ち、さまざまな経験を経て思いやり経営に行き着いた藤﨑さん。彼女のつくる「循環型社会・支え合う社会」の実現にも、ぜひ期待したい

株式会社ドムドムフードサービス 代表取締役社長

藤﨑 忍

Profile●ふじさき・しのぶ=小学校から短大まで青山学院に通い、卒業後結婚、専業主婦に。39歳から渋谷109のショップ店長を5年務め、新橋に居酒屋「そらき」をオープン。5年後の2017年、新規メニュー開発顧問を経てドムドムフードサービスに入社。2018年8月より現職。兄の山本享氏は現・墨田区長。長男のこうき氏は現・墨田区議


撮影=磯﨑威志/取材・文=重信裕之